夜明けの曳航

銀行総合職一期生、外交官配偶者等を経て大学の法学教員(ニューヨーク州弁護士でもある)に。古都の暮らしをエンジョイ中。

学生向けの推薦図書

2007年08月28日 | profession
夏休みが終わり、今日から講義が始まった。

大学の総合図書館から、最近借り出し冊数が減って困っているので、5点ほど推薦図書を推薦文とともに指定してほしいと全教員に依頼があったので、私が学生時代に読んで感動した本を推薦しておいた(もっとも5はあまり学生向けではないかもしれない。3については、松田聖子の「野ばらのエチュード」の歌詞に激怒したことを思い出す。やはり愛読していた立命館大学生高野悦子の『二十歳の原点』は本書に影響を受けているのか?)

最近本当に若い人が本を読まない(たとえば私が大学に入った頃は、理系の学生でも駒場生の必読書といわれていた『されど我らが日々』や『赤頭巾ちゃん気をつけて』は大体読んでいたと記憶する。また、点字サークル仲間の理I男子の愛読書はスタインベックだった。)のが嘆かわしいことだと思うので協力した次第。


1. きけわだつみの声
学徒出陣などで青春の盛りに戦争にかりだされ、若い命を無念に散らした学生たちの手記。「この人にだけは死んでほしくない」と思うようなすばらしい人間性が死を前にした覚悟の手記に表れ、涙なくしては読めない。
学生諸君がたまたま21世紀の日本に生き、平和でのんきな学生生活を送れることは偶然の僥倖に過ぎないこと、現在でも世界のあちこちで戦火に苦しむ人々がいること、日本でも油断すれば憲法改悪などによって同じ目に遭わないとも限らないこと、きけわだつみの声の悲劇を繰り返さないように努力する義務を諸君らが負っていることを自覚してほしい。

2. いのちの初夜 北條民雄 角川文庫
1996年に「らい予防法」が廃止されるまで、ハンセン病患者が療養所に収容され、強制的に断種させられるなど人権を踏みにじられ、いわれのない差別を受け続けてきたことをご存知だろうか。
この小説は、20歳でハンセン病を発症した著者が療養所の中で書き、川端康成に激賞された作品である。極限状況の中でいのちを燃やし尽くして24歳で夭折した作者の声がすばらしい文学作品として昇華されていることを感じ取ってほしい。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した高山文彦『火花』は北條民雄の評伝なのでこちらも合わせて読んでほしい。
患者が国に賠償を求めた裁判で2001年に小泉首相が控訴を断念し、補償がなされることになってからも、旅館の宿泊拒否など差別が続いていること、遺族をはばかり北條民雄の本名が未だに公開されていないことについてもきちんと考えてほしい。

3. 二十歳のエチュード 原口統三 ちくま文庫
1946年に19歳で入水自殺した一高生の遺稿。ランボーの詩に憧れ、ニーチェなどの哲学書との対話から人生の意味を極限まで自問し、「僕は最後まで誠実でなかった」という言葉を最後に残した。物質的には豊かな時代だからこそ、青春時代に一度は生きる意味についてとことんまで考えてほしい。

4. 死と愛 フランクル みすず書房
ユダヤ人の強制収容所での過酷な経験から、精神科医が著した実存分析。極限状況でも人間は価値を生み出すことができるという人生賛歌。
たとえば、人は健康なときは、仕事などを通じて社会の中で価値を創造できる。
病気になって入院しても、別の患者さんと会話したり、美しい音楽を聴いたりすることによって、価値を体験できる。
いよいよ寝たきりになっても、別の患者さんに迷惑をかけないとか、医師や看護師の負担をなるべく減らすようにするなどによって態度で価値を生み出すことができる、というのだ。苦難に陥った時に読むと勇気づけられる。

5. 豊饒の海 三島由紀夫 新潮文庫
45歳で自裁した作者の遺作で、映画化された『春の雪』、『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の4部からなる壮大な大河小説。悲劇的な恋に20歳で殉じた大正時代の貴族の若者が、右翼の少年、タイの王女などに転生していくのを最初の主人公の親友である弁護士が狂言回しとなって目撃していく。人生は月面上の「豊饒の海」のように何もない砂漠なのか?作者の美学や人生観を余すところなく投影した純文学の傑作。


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