〔曲目〕
・シューベルト:さすらい人幻想曲(グラーフ・フォルテピアノ使用)
・ショパン:12の練習曲 Op.10(エラール使用)
・リスト:ドン・ジョヴァンニの回想(ベーゼンドルファー使用)
・ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの3楽章(スタインウェイ使用)
これは、久しぶりに初めて聴くピアニストの「技巧」の凄みに、思わず少し胸が震えてしまったCD。
このCDの演奏者、アレクサンドル・メルニコフについては、もう年齢的には40代半ばなのでヴェテランとも呼べる域に入っているのかもしれないんだけど、自分にとってはこれがほぼ初聴き。世界的にも活躍していて録音もそれなりの数があるようなのだが、主要レパートリーがロシアもので(それもラフマニノフとスクリャービンはほとんど弾いていないし)、室内楽の伴奏が半ばを占めるという点が、これまで自分が耳にする機会がなかった理由かもしれない。
しかし、このCD最初の「さすらい人幻想曲」で「おっ!」となって、次のショパンで「おおっ!」となり(この曲集を聴くのがすごく久しぶりだったので、練習曲自体のすごさにも圧倒されたのだが)、さらに「ドン・ジョヴァンニの回想」を経て、「ペトルーシュカからの3楽章」で、「うおおぅ!!」と唸ってしまった。
ロシアには、昔から「何でも軽々と弾けてしまうピアニスト」というのが何人もいたわけだけど、この人も十分にそんな中の一人に数えていいんじゃないだろうか、というレヴェル。で、ちょっと調べるとリヒテルの弟子筋(直接教えてもらったことはないらしいが、晩年親しくしてもらってアドバイスなどはしてもらったみたい)にあたる人なのだとか。なるほど。
そして、そんな人がかなりの楽器オタクというか、歴史的ピアノを集めていてその曲の作曲当時の楽器で弾くのが好きらしい、と。
しかし、とりあえず今回は当方としてはメルニコフ初体験だし、まずは彼の技巧のすごさにシンプルに打たれてしまった。いやあ、これは中々スゴイ。とりあえずの第一印象としては、リヒテルよりはちょっと繊細で柔軟な感じはあるけど、やはり基本の骨太なゆるがなさはしっかりとあって、そしてそれがあまり細かなニュアンスの出せない(と思うのだが)歴史的楽器を弾くことで、打鍵の力強さが一層強調されている感じ。
そして、もうひとつ感じたのは、細部の表現には(いい意味で)けっこう無頓着なところがあるというか(ここらへんはリヒテルに似ている)。このへん、元々ホロヴィッツ信者の自分としては、美音のスタインウェイでもって豪華絢爛な演奏もこの人なら楽々出来そうなのに、それがすごくもったいないともつい思ってしまったのだが、この人は普通に誰でもタメるところでもあっさりインテンポで通過することも多いし、しかしここまで技巧があるとそんな些末なことはもう興味がないのか、なんてことも思ってしまう。
実際、わざわざ「ドン・ジョヴァンニの回想」なんて超難曲をチョイスしておいて、それを難なく弾きこなしていながらあえて飾らないなんてほかのピアニストにしたら嫌味にしか映らないだろうし、それと今回実は「ペトルーシュカからの3楽章」が個人的にはすごく良くて、この曲、昔ポリーニ盤で聴いた時に「たしかにスゴイけど、でもこれ以上工夫のしようも無いんじゃないか」と思って、以来ほとんど他の演奏を聴いたことがなかったのだが、それがこのメルニコフは、細部にかなりニュアンスがある演奏で、ポリーニのある意味機械的な演奏に比して、潤いとこの曲に本来宿っている生命力みたいなものを感じてしまった。
この盤でどれか1曲推しを選べと言われれば、この演奏かなあ。
ただ・・・、彼のディスコグラフィーをみると、ベートーヴェンをはじめとするドイツものはいまだに伴奏ものの域を出ていなくて、この年齢で独奏曲を録音させてもらえていない、というのはなぜなんだろう。
今回、いろいろと写真を見て、何となく柔和で優しそうな顔が多いのがちょっと気になったのだが、例えばベートーヴェンの演奏をして、そこに確固たる説得力みたいなものを発揮できていないのかなあ(ある意味、「ハッタリ」力とも言うべきか)、なんてことも頭をよぎってしまった(写真の印象だけであまり飛躍したことも言えないけど)。
それはともかく、今現在、ぼくの頭の中ではこの人の弾くプロコフィエフというのが、一番気になっている。この人はけっこうプロコのソナタの盤を何枚も出していて(全集企画なのか?)、ということはそこでは当然リヒテルの演奏が頭に入っていて、あえて録音しているという解釈が成り立ってしまう。
リヒテルの演奏がもちろんスゴイのは前提としても、やはり録音としてはやや古いので、この盤の演奏の感じでメルニコフが弾いてくれるというだけですでに十分存在価値はあると思うのだが、実際にはどんな音が聴こえてくるのか、今からちょっと楽しみというところです(国内盤があるみたいだから、とりあえず図書館からタダで借りられそうだし(笑))。
Trois mouvements de Petrouchka: III. La Semaine grasse