ノエルのブログ

シネマと海外文学、そしてお庭の話

砂漠の囚われ人マリカ

2020-09-20 05:44:33 | 本のレビュー

もう、十数年も前に買った本なのですが、強く惹きつけられるものがあり、二、三回と再読してきました。

当時、世界のびっくりするような人生を送った人達の実話を収録したTV番組が人気で、この物語の主人公マリカ・ウフキルの物語もそこに紹介されていたのです。

マリカ・フキキル――モロッコ将軍の娘であった彼女は、少女時代、モロッコ国王の養女となり、王女の遊び相手として宮殿で暮らすという特殊な体験をします。しかし、1973年、突然、父親が国王に対する軍事クーデターを起こしたため、彼女は最上流の生活から一転して、家族とサハラ砂漠の牢獄に幽閉されることとなってしまいました。酷暑の砂漠で何年も、何年も――投獄された時、まだ二十歳の美しい娘であった彼女は、地獄のような長い歳月をそこで過ごしますが、ついに1987年、わずかな隙をつき、姉妹と共に脱獄。

 この経緯が、TVで紹介されていたのですが、その時中年を過ぎていたはずのマリカが、インタビューに答えていた様子が、今もくっきり印象に残っています。今なお美しく、アラブのプリンセス然とした風格がありながら、運命に痛めつけられた様子が、彼女の表情に漂っていて、俄然、その人生が詳しく知りたくなってしまい、この本を購入したという訳。

一読して、愕然とするのは(今は、多少開かれているのかもしれませんが)、モロッコという国の神秘的にも、恐ろしい側面。王室の力は絶大で、マリカも将軍の娘というトップ階級の出でありながら、まるで人質のように王室に差し出され、家族とも離れたまま、王女の遊び相手を務めさせられます。いうなれば、黄金の鳥籠に閉じこめられた小鳥のようなもの?

このモロッコの宮殿たるや、奇々怪々で、その迷路のような部屋部屋の奥には、かつての愛妾たちが、年老いた今も、監禁同様の身で暮らし、何十年振りかで、太陽の下に出るという描写があったと記憶しています。

そして、マリカが暮らすこととなったサハラ砂漠の牢獄――そこには何があったか? 正直、本に書かれていることを見ると、ひどい虐待があったとか、恐ろしい目にあったという描写はさほどないのですが、本当はあまりにもつらくて、今なおマリカが口をつぐんでいる凄絶な事実があるのかもしれません。

私が最も印象に残っているのは、彼女が牢獄からサハラ砂漠の夜空を見ながら、涙を流すシーンです。

青春の盛りという若さで、こんな絶海の孤島にも等しい場所に閉じこめられ、むなしく年を取っていかねばならないという悲嘆。本当に、つらい体験だったろうなあ、その胸の内を思うと、何とも言えない気持ちになってしまいますね。

しかし、明けぬ夜はない。彼女はついに、機会をつかみ、家族と共に脱獄することができたのですが、モロッコからマリカの救いを求める電話を受け取り、誠意をもって答えたのが、かの、フランスの大スター、アラン・ドロンだったというのが面白い!

「モロッコに私の人生はない」マリカは作中で、幾度も、こう呟いています。自分はモロッコの大地を愛しているが、そこで生きるすべはないのだ、と。晴れて自由の身になった(実に、1991年になっていた)彼女が、かつての遊び相手であったモロッコ王女の宮殿に行った時、王女が自分の牢獄での暮らしの逐一を知っていたことに、慄然とする場面でのことです。

最後に、彼女がモロッコを離れ、パリに行き、そこでフランス人建築家と結婚した後、今はフロリダで幸福に暮らしている、というエピソードを知った時には、本当にホッとしてしまいました。

「私は、牢獄で過ごさねばならなかった後、すでに老いの入り口にいる。それは、とても不当だし、つらいことだ」――彼女の言葉が、こちらの胸に突き刺さるとしても。

 

P.S  どこかで目にしたのですが、現代モロッコのラーラ・サルマ王妃が、公の場面から、この一年以上姿を消しているとのこと。モロッコ王室というものが神秘のベールに包まれているため、誰も詳しい経緯を知る者はないというのです。何だか、怖いですね。

今なお、閉ざされた国というのは、世界中にいくつも存在するのかも。

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