【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

本は燃える

2020-03-21 06:55:49 | Weblog

 「焚書」で私がすぐ思い出すのは、「アレクサンドリア図書館の火災」「秦の始皇帝による焚書坑儒」「ナチスの焚書」「華氏451度(レイ・ブラッドベリ)」くらいですが、1986年にアメリカのロサンゼルス中央図書館で大火災が発生して40万冊が焼かれ70万冊が損傷を受けたそうです。
 個人的な体験では、学校が火事になったとき、私の教室は焼けなかったのですが、消火活動で教科書やノートが濡れて使い物にならなくなっていたのを思い出します。あれが図書館規模で起きたら、一体どんな惨状だったことか、と本と図書館が好きな私は打ちのめされたような気分になってしまいます。

【ただいま読書中】『炎の中の図書館 ──110万冊を焼いた大火』スーザン・オーリアン 著、 羽田詩津子 訳、 早川書房、2019年、2600円(税別)

 子供の時に「図書館の魔法」にかかった著者はロサンゼルスに引っ越したとき、この図書館の大火災のことを知ります。86年には大陸の反対側にいたにせよ、それだけの大ニュースを知らなかったこと自体に著者はショックを受けます。というか、私もこの火災のことを知らなかったので同様にショックを受けます。このニュースは同じ日に発生した「チェルノブイリ」によって吹き飛ばされていたのです。
 1926年に建設されたロサンゼルス中央図書館には、スプリンクラーなどの防火設備はほぼ皆無でした。そして、煙感知器が警報を出し、消防車が到着して消防士が複雑でわかりにくい館内をチェックし始めたとき、すでにフィクション部門の保管庫の本棚は火に包まれようとしていました。屋外に退避させられた人の「どうせ誤報だ」という楽観は、すぐにパニックに変わりました。そして、消防士たちの苦闘が始まります。鎮火するまで7時間38分の大火災となり、全市の消防士がここに緊急出動する事態になってしまったのです。
 永遠に失われた本は40万冊、煙や水や熱で損傷を受けた本は70万冊。水を浴びた本は48時間以内にカビが生え始め、そうなったら修復は不可能になります。70万冊を保管するための冷凍庫、せめて涼しい場所が必要です。ホテルや水産加工会社が冷凍庫の提供を申し出ます。ボランティアが集まり損傷した本を箱詰めして輸送します。
 火災の原因捜査も始まります。消防署の調査官が調査をし、「放火か失火か事故か」「もし放火ならその犯人が内部にいるか」「内部犯行ならどのような行動計画が必要か」などが囁かれ、それまで家族同然に過ごしていたスタッフは、火災で心が傷ついただけではなくて、お互いの間の疑心暗鬼にも苦しむことになります。
 図書館について調査していると、著者は「ホームレスの問題」にも気づきます。図書館はホームレスのコミュニティーセンターの機能も果たしていたのです。また、日本ではまだ考えにくい、図書館内での麻薬使用やセックスといった問題も、アメリカでは司書や警備員が対応するべき現実です。
 「図書館」には、それぞれに「歴史」があります。設立された経緯、司書や代表者、歴史、所蔵される蔵書、それらはどの図書館でも違っているのです。そういえば、私が住む街でも、各区の図書館によってそれぞれに蔵書の傾向や中の雰囲気が違っています。そして、戦災や火災などは、人の人生での事故や病気のように、図書館の歴史の中で起きることがあります。ちなみに、アメリカでは1年に200件の図書館火災が起きているそうです。
 放火犯人と目されたのは、ハリー・ピーク。ハンサムで悪戯好きな人気者、しかし息をするように嘘をつくことが自制できず行動はあまりに不注意で軽々しい、という青年です。容疑の根拠は、アリバイがない(それどころか、火災の時に図書館のそばにいた、と火災直後に友人に自慢していた)ことと、外見が現場で目撃された怪しげな行動をしていた若者に似ていたこと。そして、ハリーの供述は変遷しまくり、何が本当のことか、(本人も含めて)誰もきちんとした判断ができなくなってしまいます。大きな事件の場合、犯人が捕まらないことに不安定な気分となってしまって「真犯人をきちんと間違いなく罰すること」よりも「真犯人だとされた人を迅速に罰すること」に熱中する人(マスコミを含む)がわらわらと登場することがあります。ロサンゼルスでも同じ現象が起きました。どうみてもあまりに無理筋の裁判なんですけれどね。
 本書には「放火事件とされているものに、実は放火ではないものが相当数混じっている」という重要な指摘があります。「発火源が無いから放火に違いない」と思い込むと、調査官は「意外な発火源」を見落とすのだそうです。これは火災調査に限ったことではありませんね。人生のどんなことでも「結論を先に持ってから調査する」ではなくて「まず調査してあらゆる可能性を検討してから結論を出す」にした方が良さそうです。