【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

目にしみる

2020-03-08 07:42:07 | Weblog

 玉葱を切ると涙が出る、とよく言いますが、私は子供時代からそれで悩んだことがありません。不思議だったのですが、よく考えたら私は子供時代から眼鏡をかけていたので、これで揮発成分が目に飛んでくるのを防げていたんでしょうね。確認するためには眼鏡を外して玉葱を刻んだらわかりそうですが、それだと手もとが危ないのでやめておきます。

【ただいま読書中】『タマネギとニンニクの歴史』マーサ・ジェイ 著、 服部千佳子 訳、 原書房、2017年、2200円(税別)

 タマネギもニンニクも、西洋料理では日常的に使われる人気のある食材です。しかし、両者とも「脇役」であって「料理の主役」にはならないという共通点があります。タマネギとニンニクはアリウム属に属していますが、仲間にはネギ・ニラ・エシャロットなどがいます。ごくありふれた野菜ですが、その歴史を探ると実に面白い物語が次々と登場します。
 アリウム属は中央アジアの山中が原産地ですが、栽培しやすく保存が利くため、古代世界に瞬く間に広がっていきました。古代メソポタミアの楔形文字粘土板には、商品取引やレシピも含まれていますが、その中にはタマネギ・リーキ・ニンニクがよく登場し、「ニンニクとポロネギの組み合わせ」という料理もあるそうです。すでに「美食の追求」が始まっています。古代エジプトの貧しい人の昼食は「パンと生タマネギとビール」でした(文献や壁画があります)。『歴史』(ヘロドトス)には、クフ王のピラミッド建設で、労働者に供したダイコン・タマネギ・リーキの費用が銀1600タラント(4万3200kg=約2100万ドル)とあります。古代ギリシアとローマでも、タマネギとニンニクが愛好された記録がたくさん残されています。ローマ人はタマネギを好み北ヨーロッパ各地に広めました。
 ただ、本当に好かれたのは「リーキ(ポロネギ)」のようで、古代エジプトでは「リーキ」は「野菜」の意味を獲得、ギリシアとローマでは「緑」を意味するようになりました。
 中国で人気のあったアリウム属は「ネギ」です。タマネギやニンニクも人気がありましたが、難点はその臭い。漢の時代にはタマネギとニンニクを赤い紐で玄関先に吊して虫除けにしていました。日本にもニンニクが朝鮮半島経由で持ち込まれていますが、『古事記』や『日本書紀』には倭建命(やまとたけるのみこと)が悪神の化身としての白鹿を食べかけのニンニクで打ち殺すシーンがあります。
 インドでは宗教的な理由でアリウム属が好まれないことも多いのですが、イギリス人はインド料理を導入するに当たって平気でタマネギやニンニクを大量に使うようにしました。そのおかげで私たちも「美味しいカレー」を食べることができるわけです。
 民間伝承でもアリウム属は大活躍。タマネギの育毛効果や病気の治療効果はヴィクトリア時代まであるいはもっと後代まで生き残りました。タマネギ占い、なんて面白いものも本書に紹介されています。「ドラキュラとニンニク」も有名です。これを有名にしたのは『吸血鬼ドラキュラ』(プラム・ストーカー)です。ただしこの作品で吸血鬼ハンターのヘルシング教授が使うのは、ニンニクの「花」でした。これは、映画では「ニンニクの鱗茎」に変更され、そちらが有名になってしまったのですが、「花」より「ニンニクの鱗茎」の方が「ニンニクの匂い」を観客に連想させやすかったからでしょう。さらに視覚効果を求める映画では、「ニンニクは無効」とされて杭や銀の弾丸が使われることになります。ただ、ヘルシング教授がニンニクを使ったのは、それまでの民間伝承(ニンニクの匂いには瘴気を中和する作用がある)を根拠としているはずです。
 国民一人あたりのタマネギの消費量が多いのは、リビアとインド。ニンニクは韓国(なんと一人1日55グラム(8〜9個)食べるそうです)。
 なお、玉葱を切ると涙が出るのは、揮発成分のガスが目の水分と結合して硫酸になるからだそうです。それは痛いわけだ。