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『新・幸福論』(読書メモ)

内山節『新・幸福論:「近現代」の次に来るもの』新潮社

『文明の災禍』が良かったので読んでみたのが本書。

一番衝撃を受けたのは「まえがき」。なぜなら、内山さんは「目標を追い求める生き方」に疑問を呈しているからである。

「戦後的な目標が虚しいものに感じられ、そればかりか目標をもって生きること自体に虚無感がある、そんな時代が展開しはじめている。そしてこの変化は、戦後的な目標を達成してきた人々が、はたして幸せを手に入れたのだろうかという問いと一体のものであった。彼らが不幸だと言っているのではない。目標を達成してきた人たちの生き方が、未来の目標ではなくなっているということである」(p.3-4)

ここでいう戦後的な目標とは、「欧米に追いつき追いこせ」という目標であり、経済成長を追い求める目標のこと。個人に置き換えてみると、良い学校に入り、良い会社に入り、出世して、良い給料をもらうということだろう。

内山さんいわく、そうした目標を追い求めている限り幸せにはならないという。なぜなら、「人々」というくくりの中に埋没し、「個人」として生きなければならないからだ。

では、どのような生活が幸せにつながるのか?

「それは関係とともに生きるという存在のあり方だ。自然との関係のなかに生きる。他者との関係のなかに生きる。それは関係的存在としての人間のとらえ直しである。そういう動きがさまざまなちいき、さまざまな領域で広がり、それが関係を軸にしたローカリズムの時代をつくりはじめた」(p.148)

たしかに、数字的目標を追い求めていると、だんだん「自分中心」になっていき、関係が薄くなってしまう。もちろん、数字的目標を達成するために、手段として「関係」を利用することはあるかもしれないが、そうした関係の質は悪い。

本書を読み、自分が当たり前だと感じていた前提が揺り動かされた

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