群馬はかって養蚕県として生糸を輸出産業にして外貨獲得に寄与した。
関東の農家の七割で養蚕をやっていたといわれていた。
養蚕の出来るように茅葺民家も改造なり新規に建築された。
群馬の茅葺き養蚕民家は二階建て構造の物が多いがこの家は古いためか改造が小規模である。採光と風通しをよくするため一部を突き上げている。妻部も切り落として窓にしている。
私も歩ければ民家にお邪魔してどんな改造をしたのか養蚕はどのようにしていたのかなど聞いてみるのだが今は軽薄な撮影旅行になっている。
群馬の養蚕も、1930年代になり合成繊維ナイロンの発明、戦後は中国などの安い製品に押され近年は着物離れで生糸の生産は壊滅寸前に追い込まれている。
合繊繊維は素晴らしすぎるのが欠点である。強い安い加工も容易、大量生産できる。
絹織物は決してなくならない。人間は金持ちになると手間のかかるもの高い物、人が持っていない物をほしがるものだ。
農産物も工業製品も盛衰のサイクルが速くなっている。
20年間産業が栄える事が珍しくなってきている。
会社に入社して定年まで同じ会社に勤めづけるのは難しくなっている。
会社も何十年も存続できるか分からない時代だ。
農水省の推進する農作物の栽培もTPPへの参加で先が読めない。
蚕の糸を利用は5000年前と言われている。蚕には天蚕と養蚕があるそうだ。天然の蚕の生産も長野ではされているようだ。緑色の美しい絹織物になる。
茅葺仲間の秋田の人が天然の蚕に詳しく山道を走りながら木の枝の繭を見つけた。緑の繭を見せてくれた。秋田ではお守りにするそうだ、私ももらった繭を車に飾っている。。私も山道で繭を探すが全く見つからない。
養蚕の蚕は人間に長い間飼われて家畜化されていて目も足も退化してぶら下がって繭を作れないので人から桑の葉をもらい専用の箱で繭を作る。