外国で一時的個人的無目的に暮らすということは

猫と酒とアルジャジーラな日々

新型コロナウイルス感染拡大で休校となったミラノの高校の校長からの生徒たちへのメッセージ

2020-03-01 13:49:12 | イタリア

*写真はイタリア・ロンバルディア州のジェラート屋さんの「コロナケーキ」。イタリア人ならではのユーモアと食欲のマリアージュ

 

今回、イタリア北部ロンバルディア州の学校が新型コロナウイルスの感染拡大の影響で休校となった際、同州の州都ミラノのヴォルタ理科高等学校のドメニコ・スクイッラーチェ校長が生徒たちに宛てて書いたメッセージを和訳してみた。

イタリア在住の友人にこの素晴らしい文章の存在を教えてもらい、訳してみようかどうしようか迷っている時に、その友人に「ぜひ訳してみて!」と後押しされて、重い腰を上げた。イタリアと日本では、感染をめぐる状況、政府・国民の姿勢や行動パターン等がかなり違うわけだが、共通する点も少なくないので、何かの参考になれば幸いだ。

 

(以下、上記の校長の生徒宛てのメッセージの全訳)

 

「公衆衛生裁判所は、ドイツ傭兵の集団と共にペストがミラノに入り込むことを恐れていた。この懸念が現実となったのは、周知の事実だ。ペストがミラノに留まることなくイタリアの大部分に広がり、人口を激減させたこともまた、よく知られているところである…」

 

上に引用した文章は、「許嫁」(訳註:イタリア人ならほぼ誰でも学校で読んだことがある、アレッサンドロ・マンゾーニ著の古典的な歴史小説)の第31章の冒頭部分だ。この章と次の32章は全て、1630年にミラノを襲ったペストの蔓延の記述にあてられている。これは啓蒙的かつ非常に現代的な文章であり、最近のひどい混乱の日々の中では特に、これを注意深く読むことを君たちに勧める。

その中には全てが書かれている。外国人の危険性への確信、権力を持つ機関同士の激しい衝突、最初の感染者を見つけようとする必死の試み、専門家の意見の軽視、感染を広めたと考えられる人々の追跡、デマの暴走、奇想天外な治療方法、必需品の奪い合い、公衆衛生上の緊急事態等々。

読んでいるうちに、君たちは高校の周りの道路を日々歩いていて確実に見た覚えがある名前に行き当たるだろう。ルドヴィーコ・セッターラ、アレッサンドロ・タディーノ、フェリーチェ・カザーティ等(訳註:17世紀にペストの治療に力を尽くしたミラノの医師・聖職者らの氏名。彼らの名前を取った通りが市内に存在する)。我々の高校がかつて隔離病院の建っていた場所の中心に位置していることを忘れてはいけない。

そういったわけで、上の引用文は、マンゾーニの小説というよりは、今日の新聞のページから出てきたかのように思えるのだ。

 

親愛なる生徒たちよ、「日の下に新しきものなし」と旧約聖書に書かれているように、今さら言うべきことではない気もするが、学校が閉鎖されるという事態にあたって、君たちに伝えずにはいられなくなったことがある。それはこういうことだ:

学校とは、そのリズムと習慣的行動によって、流れゆく時間の中で秩序正しく市民生活を送る姿勢を形成する教育施設だ。それゆえ、当局が強制的に学校を閉鎖することはめったになく、ごく例外的な場合に限られる。

休校が適切な措置か否かを評価するのは、私の役割ではない。私はその方面の専門家ではないし、そのふりをしようとも思わない。当局を尊重して信頼し、その指示をきちんと守るつもりだ。それとは別に、私が君たちに言いたいのは、「冷静さを保ち、集団的ヒステリーに引きずられないようにして、(必要な予防措置は取るにしても)通常の生活を続けなければいけない」ということだ。

この日々を利用して散歩をし、良書を読んでほしい。健康上の問題がないのに、家に閉じこもる必要はどこにもない。スーパーや薬局に殺到する必要も全くない。マスクは病人だけに役立つものだ。彼らのために残しておきなさい。

伝染病が世界の端から端まで伝わる速度は、我々の時代の産物だ。それを止めることができる壁は存在しない。数世紀前にも同じことが起こっていたのだ。ただ、速度が少しゆっくりだっただけ。

今回のような事態において、最も危険なことの一つは、社会生活や人間関係が毒され、野蛮なものと化すことだ。これはマンゾーニが、そしておそらくそれ以上にボッカチオが、我々に教えてくれていることだ。

目に見えない敵に脅かされていると人が感じる時、先祖代々受け継がれた本能によって、周り中が敵に見えるもの。危険なのは、あらゆる人間を「攻撃してくる可能性がある相手」として、自分を脅かす存在と見なすことだ。

14世紀と17世紀のペスト蔓延の時に比べ、我々には現代医学という味方がある。医学の進歩、その確実さは馬鹿にできない。これは本当のことだ。我々が持つ最も貴重な財産、すなわち社会組織や人間性を保つため、論理的に物事を考えよう。現代医学は論理的思考の産物なのだ。

もしそれが出来なければ、我々は本当に「ペスト」に打ち負かされてしまうだろう。


早く学校で君たちに再会できる日を待ち望みつつ

ドメニコ・スクイッラーチェ

 

(終わり)

 

<引用元の記事>
https://www.corriere.it/scuola/secondaria/20_febbraio_26/coronavirus-cari-ragazzi-leggete-manzoni-boccaccio-non-fatevi-trascinare-delirio-59cd3726-5869-11ea-8e3a-a0c8564bd6c7.shtml?fbclid=IwAR3rFCiR1TBm1VVYgQQrMs0fLx8KTnaWb2BT5Uuyll5tQmtgukxPTOZd8LQ

https://milano.repubblica.it/cronaca/2020/02/26/foto/coronavirus_torta_corona_cake_casalamaggiore_cremona-249640005/1/?ref=fbpr&fbclid=IwAR06Ldxc5wp_ZlIKiZW57XoqZRHn4_xvYBgYUdkyf5tz6xm4v-dmZJs3b5E#1

 

*このブログ以前に、同じ文章を和訳された方がいるのは知っているが、私は自分なりのやり方で別途訳しており、そちらとは無関係なので、念のため。

**見出し写真の「コロナケーキ」は、一見不味そうだが、中身はミルク系のジェラートとラズベリーのジェラートで出来ていて、トッピングはチョコレートなので、普通に美味しいと思われる。

(終わり)

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2 コメント

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人類って、進化していないんですね (Zhen)
2020-03-01 22:24:19
Michiさん
含蓄のあるメッセージありがとうございます。
Michiさんのような翻訳者なしには、このような素晴らしいメッセージに触れることもできない訳で、感謝に尽きます。

>そういったわけで、上の引用文は、マンゾーニの小説というよりは、今日の新聞のページから出てきたかのように思えるのだ。

つまるところ、400年近く以前と比べても人類って、ほとんど進化していない。ゆえに歴史に学ぶことは、価値があるのですね。

ところで、私の中国の取引先の1社にイタリア資本の会社があって、そこにはイタリアの駐在員が2人いたのですが、彼らは春節休暇で一時帰国し、そのまま中国に戻れないでいます。(中国の工場は操業再開してます。) まさか、彼らがウイルスを持ち帰っていないと思いますが、“中国帰り”の彼らは、針の筵というか、ともかく辛い思いをしているのではないかと心配しています。ブログと関係ない話で、失礼しました。
Zhenさんへ (michi)
2020-03-03 04:34:26
素晴らしいメッセージですよね。お伝えすることが出来てよかったです~がんばって訳した甲斐があった・・・

人類は、有史以来あんまり進歩していない気がしてなりません。歴史を学んでも、同じ過ちを繰り返す可能性はありますが、確率は減るかもしれませんね。

中国帰りのイタリア人も大変そうですが、イタリア在住の中国人の方がもっと辛い思いをしていそうで心配です。早くこの騒ぎが過ぎ去ってほしいものです~

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