暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

立礼の会が始まりました

2019年10月29日 | 暁庵の裏千家茶道教室



只今、「立礼の生徒さんを募集中です」
AIさんが暁庵の茶道教室の門を叩いてくださったので、9月から月に1回立礼のお稽古を始めています。

10月15日(火)は2回目の立礼のお稽古の日でした。
今のところAIさんお一人なので、ご近所の小堀遠州流Yさんをお客様にお招きしました。
というのも、AIさんがとても味わい深い愉快な方なので、暁庵一人よりお客様がいらした方がより楽しくなるし、AIさんの励みにもなるのでは・・・と思ったからです。





最初に主菓子を運んでもらい、立礼の濃茶点前をしていただきました。
暁庵は末座に座り、半東を兼ねます。
濃茶は3人分点てていただき、正客Yさんから飲んでいただきました。
すると、Yさんは小堀遠州流のお流儀で、茶碗を三角に畳んだ出し袱紗にのせてお飲みになりました。
次は暁庵です。せっかくの機会なので、三角に畳んだ出し袱紗をお借りして、小堀遠州流の濃茶の頂き方を教えてもらいました。
濃茶を口に含むと、薫り好く、練り加減も濃さも程よく、美味しかったです。

AIさんにも飲んでいただきました。
「ご自分で練った濃茶はいかがでしたか?」
「自分で言うのも変ですが、とても美味しいですね。良かったです・・・」
点前座に戻ってもらい、茶銘、菓子銘を尋ねます。
「茶銘は小山園の金輪でございます」

主菓子は練りきりのコスモスでした。「コスモス」そのものではつまらないので「コスモス」から連想する菓子銘を考えていただきました。すると、
「難しいですねぇ~。「コスモス(秋桜)」からすぐに連想したのは「山口百恵ちゃん」でした。」
(注・・・その昔、山口百恵ちゃんが「秋桜」というステキな歌を歌っていました)

「あらっ! それじゃ「山口百恵ちゃん」から何を連想して菓子銘にしますか?」
ひらめいたようで
「菓子銘は「旅の友」(・・・だったと思う)、石井製でございます」
(なんか連想ゲームみたいですが、こうして意味深な菓子銘が付けられました)





      AIさんの旅のお土産の「土佐日記」


次に薄茶点前をしていただきました。
濃茶より薄茶点前の方が流暢で楽しそうでした。
濃茶の後の薄茶は格別ですが、AIさんの点てる薄茶がとても美味しく、Yさんがしきりに感心しています。
毎朝、干菓子と薄茶一服は欠かさないとのこと、それであんなにキメ細かくまろやかな薄茶が点てられるのですね・・・。




・・・というわけで、楽しくゆるゆると立礼のお稽古をしています。

最後に着物の話になり、最近着物を着なく(着れなく?)なったそうです。
「これからまた着物を楽しみながら着てください」と私。
「先生、家にはとっても不思議な箪笥があるんです。
 入れて置いた着物や洋服がどんどん小さくなるんです」
「ぷぅ!」思わずYさんと顔を見合わせて吹き出してしまいました。

・・・AIさんとYさんのお陰で、ほのぼのと、とても良い時間でした。    

このような立礼の会のお稽古ですが、ご興味のある方や見学希望者はメールでお問い合わせください。 
年内の立礼の会は、11月12日(火)と12月10日(火)です。

詳しくはブログ「立礼の生徒さん募集中です」をご覧ください。


     暁庵の裏千家茶道教室    前へ    次へ   トップへ





蝋燭能「姨捨」をみる・・・その2

2019年10月27日 | 歌舞伎・能など


つづき)
10月14日(月・祭)に横浜能楽堂で蝋燭能「姨捨」(おばすて)をみました。



・・・「姨捨」の能も後半に入り、シテ(老女)の登場です。

満月が昇り、白衣の老女が現れます・・・先ほどの里女と同じシテ・浅見真州が演じます。
橋掛かり近くの脇正面席だったので、舞台に向かう一歩一歩にわが身を投じて見ることができました。
老女の姿と足運びそして発する声は、浅見真州そのものなのか、老女を演じる浅見真州なのか、それとも全く別人なのか・・・一歩一歩よろめく足を運ぶ姿に「西行桜の片山幽雪」を思い出していました。





長い時間をかけて橋掛かりから舞台へ到着すると、老女の霊は、老いの姿を恥じつつも来たこと、はかない世であるから草花を愛で月に興じて遊びたいものだと言います。
姨捨山の仲秋の名月は、すべてのものを透明に浄化するような神々しさで、煌々とあたりを照らしていたことでしょう。
月光の下、老女の霊は昔を懐かしんで舞を舞います。

その舞はいろいろなことを語ってくれました。
姨捨山に捨てられたあの日のことを・・・一人残された心細さ、日が暮れ始めると風が吹き、その音に身を震わせて過ごした一夜のこと、わが身の不幸を嘆き、外界を恋しく思う心の葛藤、やがて仏にすがり静かな成仏を願うようになったこと・・・。

   わが心なぐさめかねつ更科や姨捨山に照る月を見て





老女の心の内を語るように序の舞が長く長く続き、執心の深さを思わせます。
はじめて脇正面で観能したせいかもしれませんが、序の舞になっても囃子方の大鼓、小鼓、太鼓、笛が静かなのです。
リズムはしっかり聞こえるのですが、激しく声高ではなく老女の心に添って融和しているように思えました。

なんせ、長い長い序の舞が続いたので、いろいろな妄想だけは広がっていきましたが、
その間、客席の皆様も私も身じろぎもしないで舞台を見つめていました。

やがて舞が終わり、月も山の端に隠れたのでしょうか。
旅の男たちは去って行ってしまい、一人老女があの時のように・・・取り残されました。
老女はその場に崩れ落ち、なんとも形容しがたい声で「う~っ、う~~っ、う~~っ!」と哭いたのです。
この一瞬、客席全員が氷のように固まったように思いました。

その哭き声も止み、老女は静かに立ち上がり、よろめく足取りで何処へと帰っていくのでした。

舞台から後見、地謡方、囃し方が静かに立ち去っていきましたが、皆、なかなか現実に戻れずにいたように思います。
言葉は交わしませんでしたが、お隣の初老の男性が終了後に「ほおっ~~」と大きなため息を一つついたのが、皆の気持ちを表していると思いました。
見事な「姨捨」でございました。





(忘備録)
  横浜能楽堂特別講演  -蝋燭能-
           令和元年10月14日(月・祝) 午後4時開演
 
  狂言 「空腕」   シテ(太郎冠者) 野村 萬  アド(主) 野村万蔵
                              後見 野村万之丞
                
   能  「姨捨」  シテ(里女・老女) 浅見 真州    
              ワキ(信夫何某)  大日方 寛
              ワキツレ(同行者) 則久 英志
              ワキツレ(同行者) 野口 能弘
                 アイ(里人) 山本泰太郎    
        
            囃子方  大鼓  柿原 弘和   太鼓  小寺真佐人
                 小鼓  吉阪 一郎   笛   竹市 学



     蝋燭能「姨捨」をみる・・・その1へ戻る



蝋燭能「姨捨」をみる・・・その1

2019年10月26日 | 歌舞伎・能など



10月14日(月・祭)に横浜能楽堂で能「姨捨」(おばすて)をみました。
「姨捨」は秘奥の能とされ、「桧垣」「関寺小町」とともに「三老女物」と称されています。

遥か遠く・・・2012年9月16日の楽美術館・特別鑑賞茶会で「姨捨(おばすて)」という銘の黒楽茶碗に出逢いました。ブログに次のように書かれていました。

なかでも茶会に使われた六個の茶碗は興味深いものでした。
主茶碗は、黒楽で「姨捨(おばすて)」という銘です。
「姨捨」伝説の舞台、長野県千曲市の「田毎の月」を連想させます。六代左入作、二百之内、如心斎書付が添ってます。
(中略)
「姨捨」という能があることを知りました。
中秋の名月の夜、老女の霊が旅人の前に現れます。
老女の霊は、山奥に捨てられた悲しみも孤独な死も突き抜けて、月光の精のように舞います。

能の多くは仏の導きにより成仏して終わるのですが、
「姨捨」の老女の霊は成仏してあの世へ帰ったのか、
この世の悲しみの中にあって山にとどまっているのか、
わからない終わり方になっている・・・という当代楽吉左衛門(現 直入)氏のお話を伺うと、
手に取った「姨捨」の黒楽が一層趣深いものに思われてきたのでした。 (後略)






その時から能「姨捨」を観たい、どんな終わり方になっているのかしら?・・確かめてみたいと思っていたのですが、やっと横浜能楽堂特別公演-蝋燭能-で観ることができました。

午後4時の開演で、最初に「狂言「空腕」(和泉流 野村萬)が演じられ、休憩をはさんで照明が消され、火入れ式が行われました。
橋掛かりから舞台の周りにかけて20本ほどの燭台が置かれ、厳かに1つずつ火が入っていきました。
これから始まる能「姨捨」の呪術(まじない)のようでもあり、異次元空間への結界のようにも思え、その異次元空間でどのような「姨捨」が舞われ表現されるのだろうか・・・と胸が高鳴りました。

「能は現実をただ表現するための演劇ではない。異次元空間の世界を造型する目的を多く持っている。そのためには演者自らがまず自己催眠にかかる必要がある。(中略)
能面をかけて、演者が一種の暗黒の世界に肉体と精神を閉じ込めるのも、自己催眠に必要な祭儀と考えることができる。」

上記は、私の能の入門書「能をたのしむ」(増田正造 戸井田道三)からの引用ですが、演者自らが自己催眠が必要ならば、観る側も自己催眠をかけて幽幻浮遊の時間を過ごしたいものです。





能「姨捨」のあらすじ(パンフより抜粋)

信夫の何某は同行者たちと信濃国・姨捨山に仲秋の名月を眺めに訪れます。
そこへ女が現れます。女は、ここは昔、山に捨てられた老女が

”わが心なぐさめかねつ更科や姨捨山に照る月を見て”

と詠んだ所だと教え、その旧跡である桂の木を案内します。
そして、自らも山に捨てられた一人で、秋の名月の折に現れて執心を晴らしていると、正体を明かして姿を消しました。
(ここで里人(アイ)が登場し、旅人に姨捨伝説を語ります。)

やがて満月が昇り、あたりを隈なく照らすと、白衣の老女が現れます。老女は、仏の話と極楽世界について説き、静かに舞います(序の舞)。
夜が明けると、男たちは去り、老女は山に一人寂しく残されるのでした。






      蝋燭能「姨捨」をみる・・・その2へつづく



名残りの稽古茶事を終えて・・・(3)

2019年10月23日 | 社中の茶事(2018年~)


  後座の花 白木槿 杜鵑 藤袴   花入 韓国製・杼(ひ)の釣り舟

つづき)
銅鑼が大小大小中中大と打たれ、後座の始まりです。
茶事は濃茶にあり・・・と言われていますが、美しいお点前でよく練られた美味しい濃茶を差し上げたことでしょう。
濃茶は「松花の昔」(小山園詰)です。
肩衝茶入は丹波焼の石田陶春造、茶杓は銘「無一物」(玉瀧寺明道師)、今回の名残りの茶事のために求められたという茶入と茶杓でした。
仕覆は二重蔓牡丹唐草です。


   ご亭主お心入れの茶入、茶杓、仕覆です


   濃茶茶碗は「魚々屋」写  山清窯ミン・ヨンギ造

濃茶のあとは続き薄茶で、お点前は半東Uさんが勤めました。
旅の思い出が詰まった唐津焼と萩焼の茶碗で2服ずつ、楽しくお話も弾み(弾み過ぎ?)薄茶タイムを堪能されたようです。

暁庵には席中の様子がわかりませんが、しっかりしたご亭主の様子を拝見していると、稽古茶事ではなく茶事にすれば良かった・・・と安心していました。
それにお正客SAさまはじめお客さま方がご亭主の心に寄り添って、座を盛り立ててくださったことでしょう。


   旅の思い出が詰まった朝鮮唐津の茶碗    山口雲仙作


茶事終了後に今回初めて茶事を経験された三客SYさんから下記のお手紙を頂戴しました。
嬉しく拝読し、お手紙から茶事の様子をあれこれと想像しています。 

 
暁庵先生
秋の花々が咲き出し、透き通る風が心地よい季節となりました。
先日はお茶事のお稽古に参加させて頂き、有難うございました。
寄付き待合での皆様へのご挨拶に始まり、美味しく素晴らしい懐石料理、数々のお道具、心躍ることばかりでした。
中でも腰掛待合、露地の風情、可憐に咲いている秋明菊に心奪われました。
十月とは思えない暑さの中、秋の風を感じさせてくれました。

また、お濃茶席では静かにお茶が練られる音のみが響き、とても厳かな気持ちと、ご亭主KTさまの暖かな雰囲気が相まって、こんなに心地よい空間があるのだな・・・と、今もまた思い出しているところです。

ただ、お客様としての作法は何一つ満足に出来ず、皆様にもご迷惑をおかけし申し訳なく思いましたが、少しでも皆様の後についていけるよう学んでいきたいと思っております。
N様はじめ先輩方皆様には色々ご指導頂き、また先生にはこのような貴重な機会を頂き、感謝の気持ちで一杯です。
有難うございました。       SYより 



       萩焼の茶碗    納富鳥雲作


最後になりましたが、KTさん、お茶事のご成功、誠におめでとうございます!
これも長年のご精進の賜物と存じます。
もちろん反省点は多々あると思いますが、それらを大事にして次回に生かしてください。
お正客SAさま、お客さま、半東Uさん、懐石Yさん・・・たくさんの方々がご亭主を応援してくださったことを忘れないでください。

皆様、これからもお茶事を大いに楽しんで励んでくださいね。



       初雁香合とつけぼし香

忘備録として会記を記します。
  待合  
   床    「秋耕」   野沢蓼州画  
   煙草盆  春慶塗香座間透 
   火入   染付 冠手

  本席(初座)
   床    「日々是好日」  前大徳 柳生 紹尚筆
   風炉   鉄やつれ風炉(中置)
   敷板   織部      
   釜    糸目桐文車軸   長野 新造    
   炭斗   認得斎好み松山篭
   羽根   シマフクロウ
   火箸   以岡山城大手門古釘      
   香合   初雁    前畑春斎作
   香    つけぼし香    

  本席(後座) 
   床    花   白木槿  杜鵑  藤袴   
        花入  韓国製・杼(ひ)の釣り舟
   細水指  青磁釉  京焼        
   茶入   肩衝  丹波焼   石田陶春造
   仕覆   二重蔓牡丹唐草  
   茶碗   今高麗 魚々屋写  山清窯 ミン・ヨンギ造
   茶杓   銘「無一物」   玉瀧寺明道
   棗    秋草文化粧壷  
   茶碗(薄茶) ①朝鮮唐津  山口雲仙作
          ②萩焼    納富鳥雲作
   蓋置   竹        
   建水   赤膚焼    
   濃茶は「松花之昔」(小山園)、薄茶は「金輪」(小山園)です。



   名残りの稽古茶事を終えて・・・(1)へ戻る   (2)へ戻る




名残りの稽古茶事を終えて・・・(2)

2019年10月21日 | 社中の茶事(2018年~)


  初座の床の掛物 「日々是好日」  前大徳 柳生紹尚師の御筆です

つづき)
10月5日(土)、9時半に亭主KTさん、半東Uさん、懐石のYさんが我が家へ到着。
亭主側の4人でご挨拶をし、それぞれの担当の支度を始めます。
席入りまでに炭手前、濃茶、薄茶の支度、菓子や菓子器、鳴り物の確認、花入に合わせた花づもり、汲出し、煙草盆まで集中して準備しておきます。
KTさんもUさんも暁庵の茶事で半東の経験を積んでいるので、どんどん支度がはかどり、確実に水屋力が上がっているのが嬉しいです。

暁庵は簡単な指示だけで、自分の仕事に取り掛かりました。
湯の用意、煙草盆の用意、下火の用意、それから懐石のYさんの手伝いです。
懐石はお任せなのですが、Yさんにとっては初めての台所なので最初だけお手伝いしました。

お客様がそろそろいらしたようです。
なかなか板木が打たれず、半東Uさんが今か今かと待っていました。
席入のご案内の11時半ちょうどに板木が5つ打たれ、Uさんが昆布茶の入った志野の汲出しをお出しし、腰掛待合へご案内しました。
動線の都合で、その間に風炉に下火を入れ、釜を掛けました。

いよいよ亭主の迎え付けです。
・・・迎え付けを終えてから「先生、枝折戸が開いたままでした」と亭主。
「あっ!露地の最終確認を忘れたわ!」と私。
「確認しなかった私のせいです・・」(二人でしばし反省・・・)





さて、気を取り直してUさんと懐石の手伝いに取り掛かりました。
ほぼ時間通りに進行し、挨拶の後、懐石を12時頃から予定していました。
すると、ここでハプニングが・・・御飯が炊き上がるのが12時15分頃になると言うのです。

挨拶から戻ってきたKTさんにもう一度茶席に入って、御飯が炊き上がるまで何かお話でつないでもらうように指示を出しました。
向付やつぼつぼを並べながら茶席の様子が気がかりで耳を澄ませていると、皆の楽しそうな笑い声が聞こえてきて、安堵しました。(・・・そしてやっと心配するのはやめて、主客にお任せしようと気持が切り替わったのです)

炊き立ての一文字が盛られ、膳が次々と運び出され、懐石のスタートです。
Yさんが丹精込めて作ってくださった献立を記します。

 名残りの茶事 献立

  飯椀    一文字
  汁椀    石川小芋    辛子
  つぼつぼ  紅白なます
  お向う   鯛一塩  水前寺海苔  胡瓜  山葵  加減酢
  煮物碗   銀杏真蒸  松茸  三つ葉  柚子
  焼き物   カマスの塩焼        
  強肴    炊き合わせ (茄子、生麩田楽枝豆餡、鳥丸)     
  箸洗い   昆布引き湯  甘酢茗荷      
  八寸    白鱚風干し  渋皮煮  
  香もの   沢庵、ズッキーニ、紅い大根          
  湯とう   炒り米
  酒     山田錦の名前が ?





懐石が終わり、炭手前が始まりました。
鬼面環付の鉄やつれ風炉なので最初に環を下げます。
元は切掛け風炉なので灰器は持ち出さず、中履きもありません。
羽帚の履き方がいつもの道安風炉と違います。
香合は帰雁香合、香はKTさんとUさんに作ってもらったつけぼし香です。
環を上げてから炭斗を引きます。

前日に火を入れて釜を掛け灰をあたためておいたので、席入り前に輪胴大の丸ぎっちょ3本を下火に入れました。
鉄風炉のせいでしょうか、下火の熾りが遅かったようで、開始2時間前に炭を入れて風炉をあたためて置くべきだった・・・水屋として反省しています。

縁高で菓子が運ばれました。
菓子は「山づと」(栗の乗った金団)、石井製(旭区都岡)です。
腰掛待合へ中立になりました。


     名残りの稽古茶事を終えて・・・(3)へつづく  (1)へ戻る