暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

早春の茶事に招かれて・・・(2)

2024年03月10日 | 茶事・茶会(2015年~他会記録)

 

つづき)

中立後、銅鑼の音で後座の席入りです。

床には、太郎庵椿とアブラチャンが伊賀焼の旅枕に生けられていました。

太郎庵椿は、江戸中期の茶人・高田太郎庵に因んでその名がつけられたと言われている中京地区の名椿です。原木が熱田神宮にあると聞いたことがあります。残念ながら我が家には無いので、ピンクの蕾を膨らませている太郎庵椿に会えて嬉しかったです。

アブラチャンは小さな赤い実をたくさんつけていて、今頃赤い実が・・・と不思議でした。ところが、赤い実と思っていたのは花芽で、春になると黄色の花が咲くそうです。早春の山野の息吹を感じる取り合わせがステキでした。

 

   懐石・Iさま創作の菓子銘「暁餡(あかつきあん)」

濃茶の前に主菓子を頂きました。チョコレート味の金団で、中の餡子が紅色で暁を表わしているとか。懐石を作ってくださったIさま製で菓子銘は「暁餡(庵ではなく)」だそうです。紅色の餡にはフルーティな甘味があり、とても凝った菓子で、菓子銘に恐縮しながらも美味しく頂戴しました。

濃茶になり、小堀遠州流の、裏千家とは全く異なるお点前を堪能させて頂きました。茶入や茶杓の清め方に興味津々、袱紗や茶巾の扱いに見惚れ、柄杓の大きさにもびっくりです。

やがて、濃茶の薫りが茶室に満ちて、よく練られた熱い濃茶を頂戴しました。菓子のすぐ後でもあり待ち遠しく、とても美味しゅうございました。

そして、茶を練っている時から気になって仕方がなかった主茶碗、とても個性的な茶碗で、李朝のようですが魚屋(ととや)かしら? と内心思いながらお尋ねすると、「茂三(もさん)でございます」とご亭主。

「茂三ですか! 初めて茂三の茶碗で濃茶を頂きました。茂三らしいお形と言い、個性的な色合いの窯変の景色と言い、素晴らしい茶碗で頂けて感激です」と私

各服点なのでご亭主が選んでくださった、Yさまは古丹波、Kさまは御本の茶碗で美味しそうに濃茶を頂いています。

茂三については李朝の職人の名前であったとか、役人の名前とか諸説あるそうですが、またご縁があったらこのお茶碗で濃茶を頂きたいもの・・・と密かに願いました。   

 

     (後座の席入りの様子です)

   梅月の水指と大海茶入(間道の仕覆はご亭主作)

詳しく書きませんが、茶入も茶杓もFさまのお目にかなった素晴らしいものばかりで、由来やFさまの元にやってきたご縁を伺うのが楽しかったです。

特に古瀬戸の大海茶入と茶杓は、小堀遠州流のいにしえの茶人の息づかいを感じるもので、茶入と茶杓が数百年の時を経てこの茶室で出会い、茶事に使われたご縁に心震える思いがいたしました。

薄茶になり、懐石のIさま夫妻も参席して、楽しくお話しながら薄茶を頂戴しました。

薄茶の途中で詰Kさまに交代してもらい、ご亭主とIさま夫妻に薄茶を点てさしあげたのも座が一段と和んで良かったです。

お疲れのところ、車で駅までお送りいただき、最後まで面倒をお掛けしました。

あれから時が過ぎましたが、今も鮮明に「早春の茶事」が思い出され、余韻を楽しんでいます。 ありがとうございました! 

ご亭主Fさま、連客のYさまとKさま、そして懐石のIさま夫妻、これからも暁庵並びに暁庵社中と仲良くお付き下さいますよう、よろしくお願い致します。

 

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早春の茶事に招かれて・・・(1)

2024年03月08日 | 茶事・茶会(2015年~他会記録)

        待合に飾られた嵯峨面(今年の干支の辰)

 

2月18日(日)に早春の茶事へお招きいただきました。

1月17日に黒子切除の手術をし、退院しても鼻に大きな絆創膏をしていました。元気でしたが、絆創膏がなんともうっとおしく気持が沈んでいた時に茶事のご案内が届いたのです。茶事バカなので何よりの励ましに思え、嬉しかったです! 

昨年7月の「曉雪の朝茶事(立礼)」へお招きしたFさまからでした。手術のことはお知らせしていませんが、茶事の日は術後1ヶ月経っているし、2回目の手術前なので、恐る恐る伺うことに決めました。

不肖暁庵が正客を仰せつかり、次客はYさま、詰Kさまと連れ立って(実際はKさまに連れて頂いて・・・お世話になりました)、初めてのFさま宅へドキドキ胸を弾ませて訪れました。

お手紙には「お茶を差し上げたく・・・」とありましたが、Yさまのお話ではリニューアルしたらしく、その時に茶室もいろいろ改築して茶室披きの茶事も兼ねているらしい・・・とのことでした。

素敵なマンションのお宅へ伺うと、リビングの一角が待合になっていて、辰の嵯峨面が飾られていました。そちらでお支度し、汲出しを頂戴し、詰Kさまが鈴を鳴らして迎え付けを待ちました。

 

 

すると、羽根を手に持ったご亭主Fさまが茶室への通路から現われて、緊張しながら無言で挨拶を交わしました。

茶室への通路(廊下?)を通リ、三畳出炉の茶室へ席入しました。

床の間には時代を感じる床柱や、ナグリのある脇柱など風情のある古材が使われていて、後で滋賀県まで茶室に使う古材を探しに行ったと伺って、Fさまの熱い思いを感じます。網代天井は前の茶室に使っていたものだそうですが、時を経て味わい深い色合いになっていました。

ご挨拶の後に伺った御軸のお話が今も心に残っています。

 

 

御軸には、宝珠の画と「應茶 如花」が書かれていて、不昧公御筆でした。

宝珠の画は目出度く、茶室披きのご亭主の喜びが伝わってきます。

でも一番心に響いたのは「應茶 如花」

季節がめぐって来ると、何事もないように花が咲きます

そんな花のように、人がやってくると、何事もないように茶を点ててもてなします

・・・なんて、さりげなく素敵なことだろう!・・・不昧公の茶の真髄に思いを馳せ、そのお軸を掛けたご亭主の思いに感動しました。 (じ~んっ)

そして、ご亭主Fさまはサラサラと自然体で、まさに「応茶如花」のおもてなしをしてくださったのでした。

 

 

Fさまは小堀遠州流をお習いで、小堀遠州流の炭手前をすぐ近くで拝見することが出来ました。思えば、Fさまとのお出会いは前田さまの茶事での炭手前からだった・・・と懐かしく思い出しました。

炭の大きさや形、置き方、黒の枝炭など裏千家流と異なる炭や手前に毎回驚き、目を凝らして魅入ります。最後に点炭が胴炭の外にポツンと置かれ、「これにてお終い」の意味かしら?

釜は七宝文甑口釜、綺麗さびの小堀遠州流らしい優雅な釜に見惚れ、釜好きとしてはこちらも嬉しいお出合いでした。

香合を拝見すると、黄土色の亀香合で手びねりのような素朴な味わいがありました。大田垣蓮月尼作と伺って、もう嬉しくって何度も飽かず眺めてしまいます。

懐石は茶室への通路が相伴席になっていて、その工夫が素晴らしいと思いました。長い正座が苦手な暁庵はじめ客3人はそこに椅子を出して頂き、椅子に腰かけて美味しい懐石に舌鼓を打ちました。

食べるのが先になり、春の食材をふんだんに取り入れてくださった、目にも美しい懐石の写真がありません(汗!)。懐石は同門社中のIさまが手間暇かけて作ってくださったそうで、客冥利につきます・・・美味しく完食いたしました。 

 

 (懐石の向付(水月窯)やバカラのグラスが素敵です)

信州産のお酒やワインをたくさんご用意いただき、ありがとうございます。

暁庵とYさまは一杯を味見をする程度でしたが、酒豪(?)のKさまはきっと存分に楽しまれたことでしょう。 つづく)

 

      早春の茶事に招かれて・・・(2)へつづく

 

 


古希をお祝いする茶事に招かれて

2023年11月21日 | 茶事・茶会(2015年~他会記録)

 

 

11月3日にS先生の東京教室で共に研鑽に励んでいるYさまの古希をお祝いする茶事へお招き頂きました。

あれから日が経ちましたが、今でもYさまのおもてなしの心意気に満ち溢れたお茶事だった・・・と、ため息をつきながら思い出します。

感激のままにすぐに後礼のお手紙を差し上げました。こちらに忘備録として記します。

 

  

霜月なのに記録的な暑さが続いておりますが、心地好い風を感じながら

一昨日の茶事のあれこれを思い出し、余韻に浸っております。

この度は古希をお祝いする茶事にお招き頂きまして、誠にありがとうございました。

何度もため息が出るほど、好いお茶事でございました・・・Yさまのお茶事への熱い思いや、これまで歩んできた茶の道の歴史が伝わってくるお茶事でした。

 

 

いろいろな場面が思い出されますが、初座へ席入りすると、新しい畳の香りが満ち、広い御床に坐忘斎お家元御筆の「「松無古今色」が清々しく迎えてくださり、正客として身が引き締まる思いがしました。

炉の初炭では、亡き恩師から譲られたという美しい瓢炭斗が運ばれ、ご亭主の初炭手前を新鮮な気持ちで拝見でき、炉の時期の到来を嬉しく思いました。

鵬雲斎大宗匠好みの雲鶴釜の堂々とした大きさや形、青海波の炉縁に魅せられ、連客の皆様と和やかに炉を囲み、初炭手前や後炭を楽しませて頂きました。

 

 お忙しいにもかかわらずご自分で調理されたという懐石は一つ一つ作り方やコツを伺いたいほど美味しく、特に煮物椀の銀杏真蒸が絶品でした。そして懐石では喫架を用意してくださり、本当にありがとうございました。

後座の席入りで襖を開けると、照葉(ジューンベリー)とピンクの西王母が素晴らしい青磁下蕪花入に生けられていて、その空間の見事な美しさに息を呑みました。

火相と湯相も程よく、心を込めて練ってくださった濃茶のなんと!薫りよくまろやかで美味しかったことでしょう。「寿ぎ」という銘の紅白の金団も美味しゅうございました。

そしてYさまが長い時間と愛情を注いで集められた茶道具の一つ一つに、その時の出逢いのご縁や、Yさまのお茶に取り組まれているご様子が垣間見られ、そんなことを想像しながら、濃茶や薄茶を美味しく頂戴いたしました。

今思い出しても、使われた茶道具の一つ一つが生き生きと輝きを放ち、この日を待ちに待って一緒に喜んでいるようでした・・・客としてご亭主とお道具の縁のお話を伺うのが楽しく、とても幸せな時間ございました。

お心入れの茶道具の中で特に印象深いのは、濃茶を頂いた旦入作の赤楽茶碗と茶杓(大宗匠作)です。

小ぶりの赤楽茶碗は各服点にピッタリで、釉薬がとても複雑な景色を生み出して魅力的でした。古瀬戸の肩衝茶入の端正な形や味わい深い色合い、そして珍しい裂地の仕覆が今も目に残っています。

亡き恩師もきっと天国からこのお茶事を見守って喜んで大声で笑っていらっしゃるのでは・・・と、茶杓「呵々(かか)」を拝見しながら思いました。

 

 

いつまで出来るかわかりませんが、とにかく出来るところまで一生懸命にお茶を生徒さんに教え、同時に今自分に出来る「立礼の茶事」に取り組んでいこう・・・と決意して五月の初風炉からやっと踏み出しましたが、その初風炉の茶事にお出ましくださり、刺激を受けたというお言葉が有難く、嬉しかったです。

これからも力強くYさまの茶の道を歩んでいってほしいと心から応援しておりますし、どうぞ素敵なお茶事を大いになさって下さいませ。

末筆になりましたが、半東や水屋を務めてくださった社中の皆さまによろしくお伝えください。

三日間(?)の茶事を成し遂げて、きっと今頃はお疲れがどっと出ているのでは・・・と案じています。

どうぞくれぐれもお体を大切にお過ごし下さいませ。   かしこ

    令和五年霜月吉日        暁庵より

 

 


令和5年度 徳川茶会へ・・・(2)

2023年10月23日 | 茶事・茶会(2015年~他会記録)

         (山ノ茶屋の副席)

つづき)

山ノ茶屋の副席(薄茶席)へ回りました。

薄茶席は山ノ茶屋と呼ばれるように、どこか風流な作りになっていて、開け放たれた窓辺から庭の緑が美しい茶席でした。茶室は上段、中段、下段によって構成され、床は奥に行くほど高くなり、天井や柱なども違うそうです。

床には二代将軍・徳川秀忠筆の和歌色紙が掛けられていました。「神風や・・・」の和歌は読めませんでしたが、色紙と書はとても美しいなぁ~と。

席主さんの説明によると、徳川家歴代将軍の中でも徳川秀忠は書に優れ、和歌をたしなむ方だったそうです。

床には秋の花がいっぱい・・・ススキ、紅水引、鉄線、男郎花、野紺菊が絵高麗の侘びた風情の花入に生けられていました。

絵高麗槌形花入、武野紹鴎所持と伝えられています。花の持つ力でしょうか、秋の花たちと絵高麗槌形花入がぴったりとお似合いでお互いを引き立て合っています。

槌形とは俵を横にした形の胴に口と高台がつけられていて、「俵壷(ひょうこ)」とも呼ばれています。白釉を掛けまわした上に、中央に牡丹文、両脇に唐草文と草花文の鉄絵が描かれています。とても風雅な侘びた印象の花入で、秋の花もお似合いだけど、武野紹鴎はどのような花を入れたのかしら?・・私だったら??・・・と想像するのも楽しい!

 

 

本席同様に副席の釜も垂涎ものでした。会記に「達磨堂 尾垂 下間庄兵衛」と書かれています。大徳寺塔頭・芳春院の達磨堂にあった香炉(八角形?)を尾垂釜に仕立てたそうです。胴に達磨堂の鋳込みがあり、細長い鐶が釜の上部に付いていて香炉鐶というそうですが、初めてお目にかかりました。

鉄絵・兎雲鶴模様のある水指は名残りの茶会にふさわしく、欠けた壷の上部を切り取って水指に作り直したそうですが、説明を伺わなければわからない出来でした。

主茶碗は渡辺又日庵作の黒楽が使われ、拝見にも回されました。   

上段の間の、昔は川を眺めたという窓辺の席で菓子と薄茶をいただきました。濃茶の後の薄茶はとても美味しく喉を潤していきました。

薄茶は濃茶と同じ松柏園詰の「初昔」、菓子(吉光製)がえ~っと?思い出せません・・・

副席から点心席(宝善亭1F)、道具飾席(宝善亭2F)へ回りました。

その後に徳川美術館へM氏と行きましたが、常設展と特別展をしっかり見て回るのは大変で、つい急ぎ足で・・・。

さすがに見ごたえがありました。特に次の4つの展示品が心に残っていて、今も思い出すたびにときめいています。またいつか、お目にかかれるかしら?

① 国宝 太刀 銘 来孫太郎作(花押) 正応五年壬辰八月十三日

     徳川家康所持  鎌倉時代  正応5年(1292)

② 猿面茶室の展示品の内

  芦屋籬に秋草文甑口釜   室町時代  15-16世紀

  伯庵茶碗      岡谷家寄贈  江戸時代  17世紀

 (ここで伯庵茶碗に逢えるなんて! 前に調べた伯庵茶碗10個のうちの一つ、岡谷家寄贈伯庵・徳川美術館蔵でした)

③ 国宝  納涼図屏風二曲一隻  久隅守景筆

 (昔から大好きな図でしたが、徳川美術館蔵とは知らず、今回感動の初対面で・・・感激一入でした)

 

記念に副席の会記を記します。

副席  山ノ茶屋 (太字は道具飾席(宝善亭2F)に展示されていました)

床  二代将軍・徳川秀忠筆 和歌色紙「神風や」

   伝来 藤田家ー森川如春斎

花入 絵高麗 槌形   裏千家十一代 玄々斎箱

   伝来 武野紹鴎ー尾張家茶頭 山本道傳家

香合 鎌倉彫 仙人

香木 伽羅  伝来 三代将軍・徳川家光ー尾張家二代光友正室・千代姫

釜  達磨堂  尾垂  下間庄兵衛作  

風炉 古銅 遊鐶

水指 鉄絵 兎雲鶴   遠州流八世宗中箱

茶器 葵紋散蒔絵 棗

茶杓 織田道八作 共筒  銘 こなた共六本の内

茶碗 萩 三島写 俵形  伝来 尾張家二代・徳川光友

 替 渡辺又日庵作  黒楽   安井家寄贈

建水 塗曲

蓋置 竹

御茶 初昔    松柏園詰

菓子       芳光製     以上

 

     (晩秋の野の花を生ける・・・我が家の床ですが)

 

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令和5年度 徳川茶会へ・・・(1)

2023年10月21日 | 茶事・茶会(2015年~他会記録)

    (徳川茶会の会場の徳川美術館・・・曇り、時々秋時雨

 

10月9日(月、祭)に令和5年度・徳川茶会へ出かけました。

10月8日(日)から11月3日(金、祝)中の開催日(8日間)を表千家、裏千家、石州流、宗徧吉田流、大日本茶道学会が持ち回りで担当しています。

念願の茶会の一つでして、社中M氏が茶券の手配をしてくださり、この度初めて参席できて嬉しいです。

茶会の会場も主催も徳川美術館で、本席・濃茶席(餘芳軒)、副席・薄茶席(山ノ茶屋)、点心席(宝善亭1F)、道具飾席(宝善亭2F)が設けられていました。

     (同席の皆さまと本席の外待合へ向かいます)

 

M氏が開館1時間前から並んでくださったので、運よく第1席目(18名)の本席・餘芳軒へ入ることが出来ました。

寄付(後で入る薄茶席の山茶屋にあり、ちょっとわかりにくい・・・)の床には徳川家康の書状、「茶壷口切・・云々・・長原弥左衛門尉宛」が掛けられていて、口切の季節の到来を思わせます。

 

さて、本席の床には「応無所住」

鎌倉時代に来朝した中国の高僧・一山一寧(いっさんいちねい)の墨蹟です。辺りを祓い清めるような凛とした気迫と、枯淡を感じる筆遣いに圧倒され、惹きこまれて、その意味するところと共に「応無所住」がM氏と私に迫って来ました。

伝来は徳川家康の遺品(駿府御分物)として尾張徳川家・初代の徳川義直へ伝わりました。署名も落款もないそうですが、徳川家康のお気に入りだったとか・・・。

M氏が昨年準教授を拝受した折にM氏にふさわしい禅語と思い、お贈りした軸が「応無所住 而生其心(おうむしょじゅう にしょうごしん)」でした。

「ここでこのような素晴らしい墨蹟に出合うなんて! これだけでも来て良かった!」と思いました。

床の青磁浮牡丹の花入に西王母の蕾が一輪、生けられています。

床脇には唐物茶壷(銘「安国寺」)、こちらも伝来は徳川家康から尾張初代・徳川義直です。

・・・そして、炉に掛けられた釜(芦屋、松竹梅)がもう~垂涎でした。釜肌や蓋のやつれた風情と言い、芦屋の持つ高雅な文様、釜の気品存在感が上り立ち、しばし見惚れてしまいました。(独り言・・・こんな釜を懸けてみたい

その釜の湯で表千家流のお点前で薫りよく濃茶が練られました。主茶碗は会記に書かれた副茶碗の高麗雲鶴が用いられ、拝見にも回されました。濃茶は蓬左の昔、とてもまろやかでよく練られ、美味しゅうございました。久しぶりに表千家流のお点前を拝見できたのも嬉しく心に残りました。

主菓子は銘「玉兎」(栗きんとん)で、両口屋是清製です。織部の銘々皿(幸兵衛窯)でだされ、皿はお持ち帰りでした。

      (心空庵・・・徳川美術館の茶室の一つ)

濃茶席(餘芳軒)のお道具はどれも素晴らしく(流石!徳川茶会!)、記念に会記を記します。(太字は道具飾席に展示されていました)

 

本席  餘芳軒   

床  一山一寧墨蹟「応無所住」 伝来 徳川家康ー尾張家初代・徳川義直

床脇 唐物茶壷 銘 安国寺 伝来 徳川家康ー尾張家初代・徳川義直

花入 青磁浮牡丹

香合 呉須赤絵 扇  遠州流八世・宗中箱 伝来 尾張家二代・徳川光友

釜  芦屋 松竹梅 

長板 真塗

水指 染付 獅子麒麟 象耳

杓立 古銅 柑子口  金森宗和箱  岡谷家寄贈

飾火箸 砂張 椎頭         岡谷家寄贈

茶入 大名物 瀬戸 銘 筒井 伝来 筒井順慶ー尾張家初代・徳川義直

仕覆 角龍金襴  雲麒麟金襴

茶杓 豊臣秀吉作 共筒 銘 ひがし山ごぼう

茶碗 大名物 大井戸 銘 大高麗 伝来 安宅冬康ー尾張家初代・徳川義直

 副 高麗 雲鶴 歌銘 高浜  松尾流六代箱

建水 唐銅 銀象嵌

蓋置 唐銅 七宝透

御茶 蓬左の昔

菓子 銘 玉兎   両口屋是清製

器  銘々皿    幸兵衛窯製       以上

 

      令和5年度 徳川茶会へ・・・(2)へつづく