京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

出会いも縁も

2017年05月26日 | 日々の暮らしの中で

古本屋で本を値切ってたしなめられた客がいた。
その時の客が、あるとき、どうしても欲しい本があるが、今はお金がないので取り置いてもらえないか、と頼んだ。わけあって郷里に帰らなくてはならない。恐る恐る事情を打ち明けたら、それなら半値でいい、とあっさりまけてくれた。
これを徳とした客がのちに出世して、当時のことを店主に語った。しかし、店主に記憶はなかった。客の顔も覚えていない。店主は大森の古本屋「山王書房」主、関口良雄。客は芥川賞作家の野呂邦暢。野呂は自著の扉に献辞を記して関口に贈った。「昔日の客より感謝をもって」。

関口も野呂も今は世になく、山王書房もない。ただ、関口が『昔日の客』という可憐な随筆集を残したことで、本来なら当人だけしか知らない美しい交情を、当人たちの感動と同じ感動をもって、知ることができる。――と、出久根達郎さんが「美しい交情」と題した短い文章に書いている(『人さまの迷惑』)。

少し前に、古くからの知人で書籍の編集に携わるMさんから『野呂邦暢小説集成』の続巻が上梓されたということを教えていただいた。7巻以後、1年ぶりだろうか。全集はなかなか思い切れなくて、図書館利用派の一人でいる。外出ついでに近くの書店に立ち寄ってみたが、全集V8はあった。手に取ってみた。一方、目的の一冊はなくて、取り寄せで頼むことにした。
本との出会いも人との縁も取り扱いを大事に…。

数珠には、切れかかった縁を再び結びつける働きがあると耳にしたことがある。縁の切れかかった関係があるわけではないが、つまずく石も縁の端? 乱れた心を整える。それには数珠を手にしてみるのがいい。
 「はづかし はづかし わが心」
 「やれやれうれしや、ありがたや」
妙好人、才市のつぶやきを口にしてみている。

コメント (6)
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