岩清水日記

「あしひきの岩間をつたふ苔水のかすかにわれはすみわたるかも」良寛

アスファルトの上の武士道

2010-11-14 13:21:50 | 


ここ2週間ほど断続的に、
『幕末武士道、若きサムライ達』を読んでいました。
山川健一著 ダイヤモンド社

前半は知識として知っていることも少なくはなかったのですが、後半に至り作者の思いが語られていくさまは、
なかなか読みごたえがありました。

最終頁である272ページを引用させていただきたいと思います。
記憶しておきたい文章です。

憲法第9条は、武士道が最終的に帰結した言葉である。
それは日本以外の国家においては生まれえなかったものだ。
「非戦」をアジアに広げていくこと。それをさらに根気よく世界に提案し続けていくこと。
坂本龍馬なら、こんなふうに考えるのではないだろうか。

「アメリカ合衆国に追随するのをやめて、憲法第9条の理念を辛抱づよく説き続け、
軍事大国ばかりではなく世界のあらゆる国家の意志を変えさせるように努力していけばいいんぜよ」
それが、西郷隆盛が言った「道義的国家」という本来の意味なのではないか。

さらにもう一度繰り返すが、山鹿素行の「中朝事実』は単なる日本優越論ではなく、
日本は完全な道義国家であるべきだという願いだったのだ。
素行が言わんとしたのは日本が神国であることなどではなく、日本は天地の至誠、
すなわち宇宙の真理に合致した道義が貫徹される国であるべきだということだ。

そして長い時間が経過し多くの犠牲を払い、日本はついに憲法第9条という非戦の思想を得た。
これこそは「天地の至誠」である。
日本の美しい国土ほど誇らしいものは他にない。
生活の支柱というべき地域性、江戸時代には確かにあった地方、藩の多様性ほど大切なものはない。
日本の美しい魂は、豊かな自然や地方の多様性の中にしか宿りはしない。

そしてぼくらはいつでも、国家にとってなにが恥ずべきことなのか、考えなくてはならない。
間断なく考え続けなければならないのだ。
それこそが、アスファルトの上での武士道であるはずだ。

引用を終わります。

私たちが武士道をみるのは幕末が最後ではないように思います。
明治、大正、昭和と受け継がれています。
もちろん、平成にも受け継がれています。

私は確信しています。

※岡山市内・法界院の紅葉。


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