368)漢方がん治療におけるメトホルミンと2-DGの併用

図:糖尿病治療薬のメトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素を阻害してATP産生を低下させる。その結果、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、mTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)を阻害してがん細胞の増殖を抑制する。最近の研究で、メトホルミンは、解糖系でグルコースをグルコース-6-リン酸へ変換するヘキソキナーゼを阻害する作用が報告されている。つまり、メトホルミンは解糖系とミトコンドリアの両方でエネルギー産生を阻害する。半枝蓮や白花蛇舌草のような抗がん生薬にも解糖系やミトコンドリアでのエネルギー産生を阻害する作用が報告されている。抗がん生薬を多く使った漢方薬にメトホルミンを併用すると、がん細胞のエネルギー産生を相乗的に抑制することができる。さらに、糖質制限やケトン食や2-デオキシグルコースを併用すると、その効果はさらに増強できる。

368)漢方がん治療におけるメトホルミンと2-DGの併用

【漢方薬のがん縮小効果とメトホルミンの接点】
漢方薬は、胃腸の状態や血液循環を良くして諸臓器の機能を高め、食欲や体力や免疫力や回復力を高める効果などがあります。このような効果は、手術や抗がん剤や放射線治療の副作用の軽減に有効です。
実際に、がんの標準治療に漢方薬を併用して、手術後の回復促進、抗がん剤による骨髄抑制や末梢新鋭障害の軽減、食欲や体力の低下の軽減、再発率の低下などの効果が臨床試験で確認されています。(例えば、171話274話345話参照)
がん細胞に対する増殖抑制作用や殺細胞作用のような直接作用に関しては、「漢方薬はがんに効かない(縮小作用は乏しい)」という意見の方が主流かもしれません。
しかし、漢方薬に使用される生薬の成分から、がん細胞の増殖を抑制したり死滅させる成分が多数見つかっています。
漢方薬だけで、がんが縮小した症例報告もあります(234話参照)
生薬成分が増殖シグナル伝達や遺伝子転写に作用して、がん細胞の増殖を抑制したり死滅させる効果があることは324話で考察しています。
植物が動物細胞に毒になる成分を持っていることは理由があります。
植物は、病原菌からの感染や、虫や動物から食べられるのを防ぐために、生体防御物質や毒になるものをもっています。このような防御物質や毒を持っていない植物は絶滅してしまいます。逆にいうと、このような防御物質や毒を持っている植物が淘汰に生き残ってきたということになります。
このような物質は、人間でも抗菌作用や抗ウイルス作用が期待できます。また、抗菌・抗ウイルス作用をもった成分の中には抗がん作用を示すものもあります。実際、植物から見つかる抗がん物質の多くは、植物が自分を守るための生体防御成分のことが多いようです。
植物が動物細胞に対して毒になる成分を持っている理由とそれが薬として利用されていることは246話『植物エストロゲンが存在する理由』で解説しています。
さて、糖尿病治療薬のメトホルミンの抗がん作用に関する論文が増えています。臨床試験で有効性が認められ、その抗がん作用のメカニズムに注目が集まっています。
メトホルミンの抗がん作用については、本ブログでも何回も解説しています(217話308話)。
メトホルミンは、ビグアナイドと呼ばれる経口血糖降下剤で、世界中で1億人以上の2型糖尿病患者に使われています。
ビグアナイド剤は、血糖降下作用のある中東原産のマメ科のガレガ(Galega officinalis)から1920年代に見つかったグアニジン誘導体から開発された薬です。
かなり古くから、糖尿病と思われる病気(口渇や多尿)の治療に経験的に使われ有効性が認められており、その関係で1920年代になってこのガレガから血糖降下作用のあるビグアナイドが発見されました。
マメ科のガレガという植物が血糖降下作用を有する成分を持っている理由は、ガレガの生き残り戦略と関連していることが指摘されています。これに関しては309話『血糖降下作用やAMPK活性化作用をもつ植物成分が存在する理由』で解説しています。
このメトホルミンの血糖降下作用と抗がん作用のメカニズムが関連しているが明らかになっています。また、ビグアナイドと同様の作用(血糖降下作用や抗がん作用)を持った植物成分も多く見つかっています。(詳細は309話参照)
つまり、植物から見つかったメトホルミンの抗がん作用が注目されていることは、漢方薬(あるいは生薬レベル)の抗がん作用を支持する理由の一つになるかもしれません。

【臨床試験で証明されたメトホルミンの抗がん作用】
メトホルミンを使用した臨床試験の結果は多く報告されています。その一部は308話の『メトホルミンの抗がん作用:update(最新情報)』で解説しています。
メトホルミンには、糖尿病患者のがん発生率や再発率を減少させる効果だけでなく、がん幹細胞の抗がん剤や放射線治療に対する感受性を高める作用があり、最近では、糖尿病が無いがん患者さんに投与して抗腫瘍効果が検討されています。
例えば、非糖尿病の乳がん患者を対象にして、術前化学療法にメトホルミンを併用すると、抗がん剤治療の効果が高まるという臨床試験の結果が報告されています。(論文の詳細は308話で紹介)
その他、以下のような論文もあります。

Metformin suppresses colorectal aberrant crypt foci in a short-term clinical trial.(メトホルミンは短期間の臨床試験において結腸直腸の異常陰窩巣を抑制する)Cancer Prev Res. 3(9): 1077-83, 2010年

この論文は横浜市立大学医学部の消化器内科のグループからの報告です。
このグループは、ラットの結腸直腸がんの発がん実験モデルを使って、メトホルミンが発がん予防効果を示すことを報告しています。
人間においても、メトホルミンが大腸がんを予防する効果が疫学研究で示されています。
この研究では、大腸がんの前がん病変と考えられているaberrant crypt foci(異常陰窩巣)を指標にして、メトホルミンを1日250mgという低用量の服用で結腸直腸がんの発生を予防する効果を報告しています。
aberrant crypt foci(異常陰窩巣)は結腸や直腸の粘膜上皮にみられる異常な腺管の集まりで、発がん過程にある粘膜上皮と考えられています。
異常陰窩巣の数や大きさは内視鏡検査で確認できるので、その変化を指標にメトホルミンの人間における大腸発がんの予防効果を検討できます。
この研究では、大腸内視鏡検査で異常陰窩巣を認めた糖尿病のない26例の患者を対象にして、ランダムに1日250mgのメトホルミンを服用するグループと服用しない対照群に分けて、1ヶ月後の異常陰窩巣の変化を比較しています。
その結果、メトホルミンを服用した群では異常陰窩巣の数が減少していました。
服用前の異常陰窩巣の一人当たりの数の平均が8.78±6.45であったのが、1日250mgのメトホルミンを1ヶ月間服用したあとは、5.11±4.99に減少していました(P=0.007)。メトホルミンを服用していないコントロール群では異常陰窩巣の数の変化は認められませんでした。(7.23±6.65 vs 7.56±6.75)

このグループ(横浜市立大学医学部消化器内科)は、現在、結腸直腸ポリープに対するメトホルミンの有効性と安全性を検討する二重盲検ランダム化プラセボ比較試験を行っているようです。
メトホルミンが直腸がんの化学放射線療法の効き目を高めるという研究結果が最近報告されています。以下のような論文があります。

Metformin use and improved response to therapy in rectal cancer(メトホルミンは直腸がんの治療効果を高める)Cancer Med. 2(1): 99-107, 2013年

【要旨】
原発部位が進行している直腸がんの場合は、手術前に化学放射線治療(chemoradiation)を行って腫瘍を縮小させてから全直腸間膜切除術(TME;total mesorectal excision)を行うことが多い。
メトホルミンが直腸がんの化学予防剤として有効である可能性や、直腸がんの治療効果を高める可能性が今までの多くの研究によって示唆されている。
そこで、この研究では、直腸がんの化学放射線治療の病理学的完全奏功率(pathologic complete response rates)と予後に対するメトホルミンの効果を検討した。
局所進行した直腸腺がんで1996年から2009年の間に化学放射線療法と全直腸間膜切除術を受けた482例のカルテを検証した。
放射線照射量の中央値は50.4Gy(19.8~63 Gy)で、98%の患者は5-FUをベースにした抗がん剤の同時投与を受け、81.3%は放射線治療後に抗がん剤治療を受けた。
422例は非糖尿病患者で、40例は糖尿病がありメトホルミンを服用していない患者で、20例は糖尿病があってメトホルミンを服用していた。
この3つのグループの間には、がんの臨床的分類や、リンパ節転移の状況、肛門からの腫瘍の距離、がんの深達度、診断時の腫瘍マーカー(CEA)の値、がん細胞の分化度において差を認めなかった。
病理学的完全奏功(pathologic complete response)の率は、非糖尿病患者が16.6%、メトホルミンの投与を受けていない糖尿病患者が7.5%、メトホルミンを服用している糖尿病患者が35%であった。
メトホルミンを服用している糖尿病の患者のグループは、非糖尿病のグループ(p=0.03)と糖尿病でメトホルミンを服用していないグループ(p=0.007)と比べて、統計的有意に化学放射線治療の病理学的完全奏功率が高かった。
メトホルミンの併用は、単変量解析(p=0.05)と多変量解析(p=0.01)の両方の解析で、病理学的完全奏功率と統計的有意に相関していた。
さらに、メトホルミンを服用している糖尿病患者では、メトホルミンを服用していない糖尿病患者に比べて、無再発生存期間(p=0.013)と全生存期間(p=0.008)が統計的有意に長かった。
メトホルミンの服用は、直腸がんの術前化学放射線治療の病理学的完全奏功率を高め、生存期間を延長する効果が認められた。さらに前向き研究によって、このメトホルミンの効果を検証する必要がある。

この論文は、米国のテキサス大学MDアンダーソンがん研究所からの研究報告です。
局所進行した直腸がんの場合、手術で切除する前に放射線治療と5-FUベースの抗がん剤治療の併用によって腫瘍を縮小させてから摘出手術を行うことが欧米では標準治療となっており、手術単独の場合にくらべて優れた治療成績が報告されています。日本でも術前の化学放射線療法を併用する所が増えています。
手術前に化学放射線治療を行って、手術で切除したがん組織を病理で検査すると、生きたがん細胞が見つからない(がんが完全に死滅している)場合があり、これを病理学的完全奏功(pathological complete response)といいます。
病理学的完全奏功が認められた患者さんは、再発率が低く、予後が極めて良いとこが明らかになっています。
したがって、手術前の化学放射線療法(放射線治療と抗がん剤治療)の効果を高めるための抗がん剤の組み合わせの検討や、化学放射線療法の効き目を高める補助療法の検討が行われています。
この臨床試験は、過去に遡った後ろ向きの研究ですが、メトホルミンが直腸がんの化学放射線療法の効果を高めることが示されています。
通常、糖尿病があると、直腸がんや大腸がんの手術後の再発率が高くなることが、過去の疫学研究で示されています。さらに、直腸がんの術前化学放射線療法の効果も低いことが知られています。ある臨床試験では、直腸がんの術前化学放射線療法で病理学的完全奏功率が非糖尿病患者で23%に対して糖尿病患者では0%という結果が報告されています(Ann. Surg. Oncol. 2008;15:1931–1936)。
しかし、メトホルミンを服用している糖尿病患者は、メトホルミンを服用していない糖尿病患者だけでなく、糖尿病がない(したがってメトホルミンも服用していない)患者よりも、病理学的完全奏功の率が高かったという結果が得られており、メトホルミン自体に化学放射線療法の効果を高める作用を示唆しています。
直腸がんの術前化学放射線治療における病理学的完全奏功率は、今までの臨床試験では15%前後の数値が報告されています。この論文のデータでも非糖尿病のグループの病理学的完全奏功率は16.6%です。それに比べてメトホルミンを服用しているグループでは35%に増えています。
メトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素を阻害してATP産生を阻害し、AMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する作用があり、その他にも複数の抗腫瘍効果が報告されています。
がん細胞のエネルギー産生を抑制することは抗がん剤や放射線の治療効果を高める方法として有効であることは十分に理解できると思います。
メトホルミンは糖尿病の治療薬ですが、インスリン感受性を高めてインスリンの分泌を減らす作用(少ないインスリン量で血糖をコントロールできるようにする作用)であるため、糖尿病がなくても服用できます。
最近は糖尿病が無いがん患者にメトホルミンを投与して抗がん剤の効き目を高めるを作用を認めたという報告もあります。
抗がん剤や放射線治療の補助療法としてメトホルミンの併用は有用と言えそうです。
メトホルミンが糖尿病の薬なので、日本ではまだ少量(1日250~500mg程度)で検討されているようですが、欧米では非糖尿病患者に1日1500mgが投与されていて、副作用は心配ないと報告されています。

【抗がん作用におけるメトホルミンと漢方薬の相乗効果】
がん細胞の代謝やエネルギー産生の特徴は、グルコースの取込みが亢進し、解糖系やペントースリン酸経路が亢進していることです。
メトホルミンには上記のように確実な抗腫瘍効果がありますが、その作用機序として、一般的には、メトホルミンのミトコンドリア毒としての作用機序が重視されています。
すなわち、メトホルミンはミトコンドリアにおけるATP産生の呼吸鎖の複合体1(電子伝達複合体1)を阻害することによってATPの産生を阻害し、ATPが減少してAMP/ATP比が増加するとAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)が活性化され、mTORC1が抑制されることによってがん細胞の増殖を抑制します(309話参照)
さらに最近の報告では、メトホルミンには解糖系のヘキソキナーゼを阻害する作用が報告されています。
ヘキソキナーゼは細胞内に取り込まれたグルコースをリン酸化してグルコース-6-リン酸に変換させます。グルコースのままでは、グルコーストランスポーターから細胞外に出て行くことができますが、リン酸が付くと細胞外には出れなくなります。つまり、細胞内に取り込んだグルコースを外に逃がさないようにまずリン酸化して細胞内にトラップし、解糖系とミトコンドリアで分解します。このヘキソキナーゼを阻害することはグルコースの代謝を最初の段階でストップすることになります。
ヘキソキナーゼの阻害剤としては2-デオキシグルコース337話)と3-ブロモピルビン酸354話)も使用されています。
つまり、メトホルミンには、解糖系とミトコンドリアでの呼吸酵素の二重阻害で抗腫瘍効果を発揮している可能性が指摘されています。
ヘキソキナーゼ阻害作用のある2−デオキシグルコースとメトホルミンの相乗効果が報告されています。(338話参照)
また、抗がん生薬の半枝蓮には解糖系とミトコンドリアの酸化的リン酸化の両方を阻害する作用が報告されています。(303話参照)
その他、生薬や植物には、解糖系やミトコンドリアを阻害して毒となって動物細胞の増殖を阻害する成分が多く含まれています。
つまり、解糖系やミトコンドリアでのエネルギー産生を阻害することによってがん細胞を死滅させる治療法として、抗がん生薬を多く使った漢方薬にメトホルミンを併用する方法は有効性が期待できます
また、理論的には、メトホルミンと漢方薬にケトン食や2−デオキシ-D-グルコースを併用するとさらに抗腫瘍効果が高まると思います。(338話参照)
漢方薬の抗がん作用を検討するとき、植物の生き残り戦略である「動物に対する毒作用」の観点からの考察が重要です。現在使用されている多くの医薬品ももともとは植物から見つかった薬効成分を改良したものですが、多くは植物毒です。
このような事実を理解すれば「漢方薬はがんを縮小できない」という意見が間違いであることを納得できると思います。

 

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