337)2-デオキシ-D-グルコースの抗がん作用

図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース・トランスポーター(GLUT1)によって細胞内に取り込まれる。がん細胞はGLUT1の発現量が増え、グルコースと同時に2-DGも多く取り込む。2-DGはヘキソキナーゼで2-DG-6リン酸に変換されるが、それ以上代謝されない。がん細胞はフォスファターゼの活性が低いので、2-DG-6-リン酸ががん細胞内に蓄積する。2-DG-6-リン酸はヘキソキナーゼをフィードバック阻害(アロステリック阻害)するので、 2-DG-6-リン酸を取り込んだがん細胞はグルコースの解糖系での代謝が阻害される。その結果、がん細胞のエネルギー産生と物質合成は阻害されることになる。

337)2-デオキシ-D-グルコースの抗がん作用

【2-デオキシ-D-グルコースはグルコース(ブドウ糖)の誘導体】
2-デオキシ-D-グルコース(2-Deoxy-D-glucose)は、2-ヒドロキシル基が水素原子に置換されたグルコース分子です。
2-デオキシグルコース(2-DG)はグルコースと同じようにグルコース輸送体(グルコース・トランスポーター)のGLUT1を利用して細胞内に取り込まれます。

グルコースと2-DGは細胞内に入るとヘキソキナーゼ(Hexokinase)によってリン酸化され、グルコース-6-リン酸あるいは2-デオキシ-D-グルコース-6-リン酸(2-DG-6-リン酸)に変換されます。
リン酸化されるとグルコース・トランスポーター(GLUT1)を通過できないため細胞外へ出れなくなります。このヘキソキナーゼによる6位のリン酸化は解糖系によるグルコースの代謝の最初のステップで、細胞内に取込んだグルコースを細胞内に停めておく目的があります。

リン酸化反応後は、グルコース-6-リン酸はヘキソース・フォスフェート・イソメラーゼによってフルクトース-6-リン酸に変換(異性化)され、さらに解糖系酵素で代謝されてエネルギー産生に、ペントース・リン酸回路などによって核酸などの物質合成へと使用されます。
しかし、2-DG-6-リン酸は、解糖系酵素で代謝できないため、細胞内にトラップされます。
がん細胞はグルコース・トランスポーターのGLUT1の発現量が増えてグルコースの取り込みと同時に2-DGの取り込み量も多いので、摂取した2-DGの多くががん細胞に蓄積します。2-DGによってエネルギー産生が低下するとそのストレス応答によってグルコーストランスポーターの発現がさらに増え、グルコースの取り込みが増えます。このことは2DGの取り込みがさらに増えることにもなります。
グルコース-6-リン酸や2-DG-6-リン酸を脱リン酸化するフォスファターゼは糖新生を行う肝臓や腎臓の細胞にはありますが、多くのがん細胞はフォスファターゼの活性が低いので、一旦入った2DGは2DG-6-リン酸に変換されたあとは細胞外に出ることができず、さらにそれ以上代謝されることもできないので、2-DG-6-リン酸の状態で蓄積します。
細胞内で蓄積した2-DG-6-リン酸はヘキソキナーゼとヘキソース・フォスフェート・イソメラーゼを阻害します(拮抗阻害)。

したがって、2-DGを経口摂取すると、がん細胞に多く取り込まれ、がん細胞の解糖系を阻害するので、グルコースの代謝によるエネルギー産生と物質合成を阻害することになります。(トップの図)

2-DGががん細胞内に多くトラップされることを利用した検査法がPETです。PETは「ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(Positron Emission Tomography)」の略で、日本語では陽電子放射線断層撮影といいます。
2-DGの2位の水素原子(つまり、グルコースの2位のOH基)を陽電子放出同位体フッ素18(18F)で置換された18F-フルオロデオキシグルコース(FDG)という薬剤を注射した後、それをPET装置で撮影し、FDGの集まり方を画像化して診断するものです。
多くのがんは、グルコース取り込みおよびヘキソキナーゼレベルが上昇しているため、がん細胞にFDGが集まるのです。(下図)

図:18F-フルオロデオキシグルコース(18F-FDG)はグルコース(ブドウ糖)の2位の水酸基を陽電子(Positron)放出核種であるフッ素18で置換した誘導体。がん細胞は正常細胞の3~8倍ものグルコースを取り込んで消費している。グルコースと同様に、がん細胞は18F-FDGの取り込みも多いので、18F-FDGを注射してがん組織を検出することができる。この検査を陽電子放出断層撮影(Positron Emission Tomography: 略してPET)と言う。 

【2-デオキシ-D-グルコースは抗がん剤治療や放射線治療の効き目を高める】
2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はがん細胞の解糖系を阻害するので、がん細胞の増殖速度を低下させる効果がありますが、2-DG単独では、がん細胞を死滅させる作用は弱いと言わざるをえません。がん細胞のグルコースを完全に枯渇させることが現実的に困難だからです。
今まで、動物実験や人間での研究が報告されていますが、2-DGの投与だけでは十分な抗腫瘍効果は得られていません。
しかし、がん細胞のエネルギー産生や物質合成の経路を阻害すると、抗がん剤や放射線に対するがん細胞の感受性が高まります。つまり、抗がん剤治療や放射線治療の時に2-DGを服用すると、それらの抗腫瘍効果を高めることができます。以下のような報告があります。

A phase I dose-escalation trial of 2-deoxy-D-glucose alone or combined with docetaxel in patients with advanced solid tumors.(進行した固形がんの患者における2-デオキシ-D-グルコースの単独およびドセタキセル併用の第1相用量増加試験)Cancer Chemother Pharmacol. 71(2):523-30, 2013年

【要旨】
目的:この第1相試験は、進行した固形がんの患者における、解糖系阻害剤の2-デオキシ-D-グルコースの単独およびドセタキセルを併用した場合の、安全性と薬物動態と最大耐用量(患者が耐えられる最大投与量)を評価する目的で実施された。
方法:修正加速滴定デザイン法(A modified accelerated titration design)を用いた。(この方法は、各用量レベルで単一の被験者を加入させ、用量制限毒性が起きるまでの用量増加を100%とする試験法)
2-DGの投与量は2mg/kgの経口摂取から開始し、1週間おき(8週からなる毎サイクルの1週目、3週目、5週目、7週目)に7日間、1日に1回経口投与した。
ドセタキセルは、4週間毎に2週目から3週間(8週からなる毎サイクルの2、3、4、6、7および8週目)、週の第1日目に1時間にわたって30mg/m2で静脈注射により投与した。
用量増加試験が終了した後は、4週毎に21日間あるいは毎日2DGの投与を最大12サイクルまで受けた。
【結果】34人の患者が参加した。最大耐用量の基準に相当する用量制限性毒性は認めなかった。最も多い副作用は倦怠感、発汗、めまい、吐き気であり、2DG投与で予想される低血糖の症状と類似していた。したがって、63mg/kgを臨床的耐用量と決定した。63-88 mg/kgの投与でみられた最も重要な副作用は可逆性の高血糖(100%)、消化管出血(6%)、可逆性のグレード3の心電図上のQTc延長(22%)であった。
12例(32%)は病状安定(stable disease)、1例(3%)は部分奏功、22例(66%)は病状進行であった。2DGとドセタキセルの薬物動態において相互作用は認めなかった。
結論:週1回のドセタキセル投与との併用療法における2GDの推奨投与量は63mg/kg/dayであった

2-DGを抗がん剤治療と併用する場合の2-DG投与量の一つの目安として、1日に体重1kg当たり63mgという報告です。
2-DGはグルコースと競合的に取込まれるため、糖質の摂取が少ない条件では、2-DGの服用量を減らしても抗腫瘍効果が期待できます。つまり、糖質制限食やケトン食を行えば、2-DGの摂取量をかなり減らせます。
2-DGとの併用で効果増強が報告されている抗がん剤として、上記のドセタキセル以外に、ドキソルビシン、5-フルオロウラシル、トラスツズマブ(Trastuzumab;商品名はハーセプチン)、シクロフォスファミドなどもあります。いずれも、それぞれの抗がん剤単独の場合より、2-DGを併用すると抗腫瘍効果が増強することが報告されています。

また、放射線治療との併用においても、2-DGが放射線治療の効果を増強することが報告されています。

【2-デオキシ-D-グルコースの毒性について】
解糖系を阻害すれば、正常細胞のエネルギー産生にも影響するので、高用量や長期間の2-DGの摂取は毒性が出る可能性はあります。しかし、2-DGが抗老化の目的で研究されたこともあります。
カロリー制限による寿命延長の研究を行ってる米国国立老化研究所(National Institute on Aging)のジョージ・ロス(George Roth)博士の研究グループは、カロリー制限と同じ効果を真似る薬の開発において、2-DGの可能性を研究していました。普通に食事を摂取しても2-DGによってグルコースの代謝を抑制すれば、たくさん食べても太らずにすむし、カロリー制限と同じメカニズムで老化予防に有効ではないかという仮説です。
しかし、ラットの実験では2-DGを大量に長期間投与すると心筋細胞の空砲化と死亡率の上昇などの毒性が確認されています。(Toxicol Appl Pharmacol 243(3): 332-9, 2010年)
つまり、老化予防や寿命延長の目的では2−DGは有用とは言えないようです。
ただし、てんかんやがんの治療目的においては、臨床効果の方が毒性より上回っていると考えられ、人間での臨床試験が行われています
ジョージ・ロス博士らの研究グループの現在のターゲットは、インスリン受容体の感受性を高める薬(insulin receptor sensitizers)、サーチュイン活性化剤(sirtuin activators)、mTORの阻害剤(inhibitors of mTOR)のようです。この3つを全て達成できるのがケトン食なのですが、ロス博士らはケトン食による寿命延長の可能性についてはまだ何も言及していないようです。
2DGの毒性に関しては、マウスの実験では50%致死量は2g/kg以上という報告があります。(Cent Eur J Biol. 5:739–748. 2010年)
人での検討では200mg/kgくらいまでは投与できるという報告もあります。前述の第1相試験の結果では、抗がん剤との併用において1日体重1kg当たり60mg程度の投与量が推奨されています。
まだ、長期投与の安全性は十分に検討されていないため、がんの再発予防の目的ではまだ推奨できませんが、進行がんの治療の目的で抗がん剤などとの併用など短期間の使用に関しては問題無いようです。
2DGとグルコースが競合してがん細胞のエネルギー代謝を阻害するため、糖質制限でグルコースの摂取量を減らせば、2DGは少ない量で阻害作用を発揮できます。ケトン食に2DGを併用すると、がん細胞のグルコース枯渇状態を増強できます。
2-デオキシ-D-グルコースは比較的高価ですが、1g当たり500円程度で購入できます。体重60kgの場合、60mg/kg/日の投与量だと1ヶ月に5万円程度の費用になりますが、糖質制限やケトン食との併用であれば、その半分から3分の1程度に減らしても十分に効果は期待できるため、進行がんの治療に試してみる価値はありそうです。

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