309)血糖降下作用やAMPK活性化作用をもつ植物成分が存在する理由

図:ガレガ(Galega officinalis)に含まれる植物エストロゲンはガレガの捕食者(草食動物)の生殖能力を低下させて不妊にし、グアニジン誘導体(ビグアナイド)はミトコンドリア毒となってミトコンドリアでのATP産生を低下させる。このような効果によってガレガは捕食者である草食動物の繁殖を制限し、食い尽くされて絶滅するのを防いでいる。ビグアナイド以外にも、ベルベリンやレスベラトロールやケルセチンなどの植物成分にAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)を活性化する作用が報告されているが、これらのターゲットはミトコンドリアにおける酸化的リン酸化やATP合成酵素の阻害であり、その結果ATP産生が低下してAMP/ATP比が上昇し、AMPKが活性化されることになる。このような作用は植物の防御機構の一つという意見は合理的である。

309)血糖降下作用やAMPK活性化作用をもつ植物成分が存在する理由

【植物毒が薬になる】
糖尿病に対して治療効果のある薬草や生薬は多くあります。『このような薬効をもつ成分を植物が持っているのは偶然なのか、それとも何らかの理由があるのか』という疑問に対して、後者の可能性を示唆する根拠が幾つかあります。
私たちは、様々な病気の治療に植物由来の成分を利用しています。 例えば、解熱鎮痛薬のアスピリン(アセチルサリチル酸)はヤナギの樹皮から抽出された鎮痛成分のサリチル酸を元に合成された薬です。ヤナギの樹皮に鎮痛効果があることは紀元前から知られており、古代ギリシャのヒポクラテスは発熱や出産時の痛みに対してヤナギの樹皮で治療したと伝えられています。
麻薬性鎮痛剤のモルヒネはケシの未熟果実から、副交感神経阻害剤のアトロピンはチョウセンアサガオやベラドンナなどのナス科の植物から、強心利尿薬のジギトキシンはゴマノハグサ科のジギタリス(和名;キツネノテブクロ)の葉から見つかり、現在でも使用されています。
遺伝子改変技術によって、人間の病気の治療に役立つ薬効成分を植物に作らせるように改変することは可能ですが、本来このような薬効を持った天然成分は、植物が人間のためにわざわざ作っているわけではありません。これらの成分は植物が自分の身を守るために作っており、それがたまたま人間に薬効を示しているということです。
野菜や果物に含まれるポリフェノールやカロテノイドやビタミンCやEなどの抗酸化物質は、植物が日光の紫外線の害から身を守るために作っているのですが、人間はそれらを摂取することによって活性酸素やフリーラジカルを消去して、老化やがんの予防に役立てています。 また、昆虫や鳥や動物から食い荒らされないように、これらの生物に対して毒になるものを作っており、それらが人間の病気の治療にも使われています。毒は適量を使えば薬になるということです。「毒にも薬にもならない」という言葉がありますが、基本的に毒にならないような物質は薬にもならないということで、薬になるような物質は大量に摂取すれば毒になるようなものです。

【植物の繁殖と防御の手段とは】246話から一部引用)
全ての生き物は、敵から防御し、自分の仲間を繁殖させるための様々の方法を獲得しながら進化してきました。生存に有利な手段を持った生き物が生き残り、自分や仲間を守れないと絶滅するのが自然の摂理となっています。
植物にとって「動けない」ということは、生存や繁殖において最大の弱点と言えます。移動できなければ自分から離れた場所に種を播くことができませんし、逃げることができなければ捕食者から簡単に食べられます。
おいしい実や果物を作るのは、動けない状態で自分の子孫を増やすための手段の一つです。果物の中には種子があり、果物を食べた動物(哺乳類や鳥)が遠くへ運んでどこかで排泄すると、動物の消化管の中で消化されなかった種子が播かれることになります。移動できない植物は、子孫を増やすには動物に運んでもらうしかないため、動物や鳥が食べるようにおいしい実を作るように進化したと考えられています。
植物にとって実を食べてもらうことはメリットになりますが、葉や根を食べられると繁殖できません。動ければ敵から逃げるという抵抗手段がありますが、動けない場合は、動物や鳥や虫から食べられないようにする手段を持つことができれば生存と繁殖に有利になります。
例えば、トゲは植物の防御機構の一つです。植物には消化が困難なセルロースなどの繊維が多く、消化酵素(アミラーゼやトリプシンなど)の阻害物質を含んでいたり、低栄養になるように進化しているのも、草食動物と戦う手段の一つ考えられています。不快な臭いや味で捕食者を近づけないのも防御機構の一つです。捕食者がその植物を食べる気を起こさせないようにすることが、植物にとって生存のための基本戦略になるのです。
レッドクローバーに含まれる植物エストロゲンが捕食者(ヒツジなどの草食動物)の生殖能力を低下させることが知られています。つまり、レッドクローバーは自らの生存・繁殖の手段の一つとして、植物を食べる草食動物の繁殖を制限するために植物エストロゲンを産生している可能性が指摘されています。
植物エストロゲンによる草食動物の不妊の例はヒツジとクローバーの関係だけではなく、アルファルファ(ムラサキウマゴヤシ)による牛の不妊、サブタレニアン・クローバーによるモルモットやヒツジの不妊、ラジノクローバーによるマウスやウサギの不妊などが報告されています。(246話参照)。
人間は、骨粗しょう症や更年期障害の治療や、美容やがん予防の目的で植物エストロゲンを利用していますが、植物エストロゲンは植物が生き残る戦略(捕食者を不妊にして数を減らす)として合成している植物毒の一種だと言えます。したがって人間でも、植物エストロゲンを過剰に服用すればホルモンバランスを乱し不妊などの原因となります。適量を使えば、美容やがん予防や更年期障害の治療に使えることになります。
さらに、細胞に毒作用のある化学成分を合成・蓄積することによって動物や鳥や虫からの攻撃を防いでいます。植物が多くの毒を持っているのは、捕食者から自分を守るためです。毒草や毒キノコを摂取して人間が死ぬ場合もあります。このような毒は適量を使うと病気の治療に有効なものもあります。
例えば、アブラナ科植物に含まれるイソチオシアネート類やネギ科のアリル化合物、カフェインなどは多くの動物に対して毒になりますが、人間には薬効成分として利用されています。
植物には血液の凝固を阻害して出血しやすくする成分も知られています。これを大量に摂取した動物は出血を起こして死ぬ可能性があり、植物が身を守る一つの毒ですが、このような成分は血栓の予防の治療に使えます。
植物体に病原菌や寄生菌が侵入すると、植物細胞は抗菌性物質(生体防御物質)を生成する場合があります。このような生体防御物質をフィトアレキシン(phytoalexin)といいます。例えば、赤ブドウの皮などに含まれ寿命延長作用やがん予防効果が話題になっているレスベラトロール(Resveratrol)もフィトアレキシンの一つです。 レスベラトロールはスチルベン合成酵素(stilbene synthase)によって合成されるスチルベノイド(スチルベン誘導体)ポリフェノールの一種で、気候変動やオゾン、日光、重金属、病原菌による感染などによる環境ストレスに反応して合成されます。
また、アブラナ科植物のホソバタイセイに含まれる抗菌成分のグルコブラシシンも病原菌の感染から身を守るために作られます。ホソバタイセイの葉に病原性ウイルスを感染させたり機械的に傷をつけるとグルコブラシシンが多く作られてくることから、グルコブラシシンはホソバタイセイの生体防御の役割をしていると考えられています。このグルコブラシシンを人間が摂取すると、体内でインドール-3-カルビノールやジインドリルメタンのようながん予防成分に変換します。
野菜のセロリは虫やカビによって茎に傷がつくとソラレンをいう物質を防御の目的で大量に作り出します。ソラレンは光の吸収を増幅する作用をもち、ソラレンを摂取したあとに紫外線を浴びると、日焼けや湿疹を引き起こします。
このように、植物は病原菌からの感染や、虫や動物から食べられるのを防ぐために、生体防御物質や毒になるものをもっています。このような物質は、人間でも抗菌作用や抗ウイルス作用が期待できます。また、抗菌・抗ウイルス作用をもった成分の中には抗がん作用を示すものもあります。 熱帯地域やジャングルなど過酷な環境で生育する植物には、そのような抗菌作用や抗炎症作用や抗がん作用の強い成分が多く含まれているので、病気の治療に役立つ成分が多く含まれている可能性も指摘されています。

【ガレガ(Galega officinalis)の生き残り戦略と薬効の関係】
前回(308話)紹介したメトホルミンは、ビグアナイドと呼ばれる経口血糖降下剤で、世界中で1億人以上の2型糖尿病患者に使われています。 ビグアナイド(biguanide)はグアニジン2分子が窒素原子1個を共有して連なった構造をもつ有機化合物です。グアニジンはグアニン(核酸を構成する塩基の一つ)の分解や蛋白質の代謝で生成され、グアニジン誘導体の中には生理活性をもつものが多く見つかっています。
ビグアナイド剤は、血糖降下作用のある中東原産のマメ科のガレガ(Galega officinalis)から1920年代に見つかったグアニジン誘導体から開発された薬です。 このガレガ(Galega)は東アジアからヨーロッパに広がり、現在では世界中の温帯地域で生育しています。古くから牧草や薬草として利用されていましたが、現在では鑑賞用として植えられることも多いようです。
ヨーロッパでは、中世のころからペストなどの感染症や寄生虫病や蛇の咬傷などいろんな病気の治療に薬草として利用されています。アメリカ原住民(Native Americans)は滋養強壮剤として利用しています。
薬草としては花が咲き始めるころに地上部を刈り取り乾燥させて利用します。
牧草としては、その葉が牛やヤギの乳汁分泌を増やす作用が利用されています。GalegaのGaleはミルク(milk)のことでegaは作り出す(to bring on)という意味で、ヨーロッパではガレガの乾燥した葉は牛やヤギのミルクの産生量を増やす目的で与えていました。欧米では、美肌効果や乳房を大きくする(豊胸)目的でサプリメントとしても利用されています。
乳房の発達を促進し乳汁分泌を増やす作用において、ガレガは最も強力な植物の一つと言われています。
さらに、かなり古くから、糖尿病と思われる病気(口渇や多尿)の治療に経験的に使われ有効性が認められており、その関係で1920年代になってこのガレガから血糖降下作用のあるビグアナイドが発見されたということです。
さて、このガレガに含まれるビグアナイドは現在ではAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化することによって血糖を下げることが明らかになっています。AMPKは肝臓における糖新生を阻害し、筋肉や脂肪組織におけるグルコースの取り込みを促進することによって血糖を低下させます。 ビグアナイドがAMPKを活性化する機序は幾つか提唱されていますが、最も妥当なのは、ビグアナイドがミトコンドリアの酸化的リン酸化を阻害してATPの産生を減らし、そのためにADPやAMPが増える(AMP:ATP比が上昇する)ためにAMPKが活性化されるという理由です。つまり、ビグアナイドはミトコンドリア毒であり、この毒を適量使うと血糖を低下させることができるという訳です。
先ほどの、乳腺組織を増やし乳汁を増やす作用というのはエストロゲン作用です。つまりガレガには植物エストロゲンが含まれていることになります。レッドクローバーもマメ科の植物でマメ科には植物エストロゲンが多いようです。レッドクローバーがヒツジやヤギや牛のような草食動物を不妊にして数を増やさないようにしているというのは246話で紹介しています。 ガレガにはレッドクローバー以上の植物エストロゲン作用があるようです。植物エストロゲンはメスには乳汁分泌を増やしますが、エストロゲンを与え続けることはメスもオスも不妊にします。ヒツジにピルを飲ませているのと同じ効果です。
つまり、ガレガは植物エストロゲン作用とミトコンドリア毒という2つの機序で草食動物と戦っていると考えられます。このような防御作用があるため、草食動物に食い尽くされずに絶滅を免れたのかもしれません。 米国には1800年代の後半に家畜のエサとして導入されましたが、その苦味と毒性のため、現在ではガレガは毒草のリストに入っています。

【なぜ、植物に血糖降下作用のある成分が存在するのか】
ガレガのグアニジン誘導体(ビグアナイド)以外にも、薬草や植物の中にはAMPKを活性化して血糖降下作用を示す成分は数多く報告されています。植物成分のAMPK活性化の機序を説明する前にAMPKについて簡単に解説しておきます。
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMP-activated protein kinase:AMPK)は人から酵母まで真核細胞に高度に保存されているセリン/スレオニンキナーゼ(セリン/スレオニンリン酸化酵素)の一種で、代謝物感知タンパク質キナーゼファミリー(metabolite-sensing protein kinase family)のメンバーとして細胞内のエネルギーのセンサーとして重要な役割を担っています。 全ての真核生物は、細胞が活動するエネルギーとしてアデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate :ATP)というヌクレオチドを利用しています。
ATPは「生体のエネルギー通貨」と言われ、エネルギーを要する生物体の反応過程には必ず使用されています。 ATPがエネルギーとして使用されるとADP(Adenosine Diphosphate:アデノシン-2-リン酸)とAMP(Adenosine Monophosphate:アデノシン-1-リン酸)が増えます。 すなわち、ATP → ADP + リン酸 → AMP+2リン酸というふうに分解され、リン酸を放出する過程でエネルギーが産生されます。
AMPKはこのAMPで活性化されるタンパクリン酸化酵素で、低グルコース、低酸素、虚血、熱ショックのような細胞内 ATP 供給が枯渇する状況において、AMPの増加に反応して活性化されます。 AMPKは細胞内エネルギー(ATP)減少を感知して活性化し、異化の亢進(ATP産生の促進)と同化の抑制(ATP消費の抑制)を誘導し、ATPのレベルを回復させる効果があります。すなわち、AMPKが活性化すると、糖や脂肪や蛋白質の合成は抑制され、一方、糖や脂肪や蛋白質の分解(異化)が亢進してATPが産生されます。(下図)


さて、AMPKを活性化する成分が多数報告されています。その中には医薬品として開発中のものもあります。活性化の機序としては、AMPそのもののようにAMPKの酵素活性を直接活性化するものと、ミトコンドリアでのATP産生を低下させて間接的にAMPKを活性化するものなどがあります。
植物成分から見つかっているものの多くは後者です。つまり、一種のミトコンドリア毒のような作用で、ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化の過程やATP合成酵素を阻害する作用があるものが、結果的にAMPKを活性化し、血糖を低下させる効果やがん細胞の増殖を抑える効果を発揮することになります。
メトホルミンはミトコンドリアの酸化的リン酸化を阻害することによってAMP/ATP比が上昇し、LKB1(liver kinase B1)が活性化されその下流のAMPKが活性化されます。 ミトコンドリア毒のオリゴマイシン(oligomycin)やジニトロフェノール(dinitrophenol)、グルコースの取込みを阻害する2-デオキシグルコース(2-deoxyglucose)、活性酸素の過酸化水素も、ATP産生を阻害することによってAMPKを活性化することが明らかになっています。
ベルベリンはメトホルミンと同様にミトコンドリアの酸化的リン酸化を阻害して間接的にAMPKを活性化します。ベルベリン(berberine)は黄連や黄柏に含まれるベンジルイソキノリンアルカロイドの一種です。
レスベラトロールケルセチンはATP合成酵素を阻害してATPの産生を減らし、AMPKを活性化します(Cell Metab 11(6):554-65, 2010)
その他、お茶に含まれるエピガロカテキンガレートなどのポリフェノールも同様の機序でAMPKを活性化するようです。
カロリー制限や糖質制限や運動はATPの量を減らすことによってAMPKを活性化します。
最近の論文(今年5月のScience)で、アスピリンの体内代謝産物で活性本体であるサリチル酸がAMPKを直接活性化する作用があることが報告されています。(Science 336(6083):918-922, 20120)
サリチル酸はヤナギの樹皮から見つかった成分で、古くから鎮痛剤として利用されていますが、病原体感染に対して植物が産生する防御物質と考えられており、他の植物にも含まれています。

このように植物成分から見つかるAMPKを活性化する成分の多く(現時点ではサリチル酸以外)がミトコンドリアでのATP産生を阻害する作用機序によって間接的にAMPKを活性化しています。この点について、AMPKの研究の第一人者である英国のダンディ大学(University of Dundee)のGrahame Hardie教授は、「このような植物成分は捕食者(草食動物)や病原菌に対する防御機構の役割を持っている」という推測を論文に記述しています。(Cell Metab 11(6):554-65, 2010 / Chemistry and Biology 19, October 26, 2012)
つまり、漢方薬の血糖降下作用や、AMPKの活性化を介した抗がん作用は、植物が生存・繁殖するために進化させた防御機構で使っているミトコンドリア毒が基本になっていると考察できます。このような成分を多く含む漢方薬はがんの治療に役立ちます。

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