246)植物エストロゲンが存在する理由

図:レッドクローバーはフォルモノネティン(Formononetin)などの植物エストロゲンを多く含み、ヒツジなどの草食動物を不妊にする作用がある。植物は自らの生存・繁殖の手段の一つとして、植物を食べる草食動物の繁殖を制限するために植物エストロゲンを産生していると考えられている。人間の健康維持やがん予防に役立つ植物エストロゲンも、過剰に摂取すると内分泌かく乱物質となって副作用を引き起こすので注意が必要。

 246)植物エストロゲンが存在する理由

【植物エストロゲンは人間の健康に役立っている】
野菜や薬草などの植物から女性ホルモンのエストロゲンと似た作用を持つ成分が多数見つかっており、これらを「植物エストロゲン(フィトエストロゲン)」と総称します。多くはエストロゲンと類似の構造を持ち、人間や動物の細胞のエストロゲン受容体に結合してエストロゲン類似の作用を発揮します。場合によってはエストロゲン受容体と正規のエストロゲンとの結合を阻害してエストロゲンの働きを邪魔する場合もあります。
植物エストロゲンとして最もよく知られているのが、大豆に含まれるイソフラボンです。大豆製食品を多く摂取すると前立腺がんや乳がんの発生率が低下することが知られていますが、その主な理由は、大豆イソフラボン(ゲニステインやダイゼインなど)がエストロゲン様作用を持つからです。
米国におけるある疫学研究では、豆乳を1日1回以上摂取する人では前立腺がんの発生頻度が70%減少することが報告されています。大豆イソフラボンのゲニステイン(genistein)、ダイゼイン(daizein)およびその代謝産物はエストロゲン活性を持ち、前立腺がん細胞の増殖を抑制し、アンドロゲン受容体の遺伝子発現を抑制し、動物実験で移植した前立腺がん細胞の発育を抑える効果などが報告されています。
大豆製品の摂取が多い地域では前立腺がんの発生頻度が低いという疫学的研究結果は多数報告されています。
また、前立腺がんの予防に効果があると報告されているザクロジュースや亜麻の種子(flaxseed)も植物エストロゲンが多く含まれています。
エストロゲンは乳がんの発生や増殖を促進しますが、乳がんが発生するような体内のエストロゲン濃度が高いときは、植物エストロゲンは体内のエストロゲンと拮抗的に働いて抗エストロゲン作用を示すため、乳がんの発生を予防する効果があります。
また、閉経によって体内のエストロゲン濃度が低下すると、植物エストロゲンはエストロゲン様作用を示し、ホルモン補充療法と同じ効果を示し、更年期障害の症状を緩和する効果を発揮します。大豆を常食するアジア人女性は欧米人に比べて更年期障害に悩む人が少ないのは、大豆に含まれる植物エストロゲンのためだという意見もあります。
タイやミャンマーの山岳地帯に生息するマメ科クズ属のプエラリア(Pueraria mirifica)には強力なエストロゲン作用をもつミロエステロール(Miroesterol)などの植物エストロゲンが多量に含まれており、更年期障害の緩和や美肌効果や乳房を大きくする(豊胸)目的でサプリメントとして利用されています。
エストロゲンが低下すると骨粗しょう症を起こしやすくなるので、大豆イソフラボンなどの植物エストロゲンは骨粗しょう症の治療や予防にも利用されています。
漢方薬に使われる生薬の薬効にも植物エストロゲンが関与しているものがあります。
このように、植物エストロゲンは人間の健康維持や病気の治療や美容に役立っています。

【植物エストロゲンは植物が草食動物から身を守る手段の一つ】
植物エストロゲンを持つ植物は300種類以上あるといわれています。その中でも、クロ-バ-や大豆などのマメ科の植物には多量に含まれていることが知られています。生薬では葛根湯(かっこんとう)に使われる葛根(カッコン:クズの根)や高麗人参や甘草などに含まれています。
植物がなぜエストロゲン作用を持った物質を作り出すのかという理由についてはいろいろと説があります。人間のがん予防や更年期障害の治療や豊胸の効果のために植物がエストロゲン作用をもった物質をわざわざ作り出してくれているはずがありません。植物は自分に何らかのメリットがあるから植物エストロゲンを合目的的に産生していることは常識的に推測できます。
その理由として最も妥当だと認められている説は、「植物を食べる草食動物の過剰繁殖を防ぐ目的で、草食動物の生殖能力を低下させる(不妊にする)ために植物エストロゲンを利用している」というものです。(参考文献1)
植物エストロゲンはエストロゲン(女性ホルモン)に似た作用をするので、動物が植物エストロゲンを含む植物を食べ過ぎると、生殖機能が狂わされ、不妊になって繁殖できなくなります。
植物エストロゲンによって草食動物が不妊になるということは現実として起こっており、よく知られているのが1940年代初めにオ-ストラリア西部で発生したヒツジの「クロ-バ-病」です。
健康そのもののヒツジたちが、なかなか妊娠せず、妊娠しても流産するようになりました。その原因は牧草としてヨーロッパから持ち込まれたクローバーで、そのクローバーにはフォルモノネティン(Formononetin)などの植物エストロゲンが多量に含まれ、このクローバーをヒツジが食べたために、不妊や流産の原因となったことが明らかになりました。
つまり、クローバーは草を食べる捕食者からの防御として、フォルモノネティンという強力なフィトエストロゲンを作りだし、捕食者(クローバーにとってはヒツジ)を不妊にしてヒツジの数を減らすことによって生存・繁殖を有利にするという戦略と取っているというわけです。
クローバーは、草を食む捕食者からの防御としてフォルモノネティンという強力なフィトエストロゲンを作り出す。そう、クローバーから見れば、あのウールのコートを着たおとなしいベジタリアンは捕食者なのだ。ヨーロッパの湿気に慣れていたクローバーは、オーストラリアの乾燥した気候に順応するのに苦労していた。クローバーは、降水量や日照量が多すぎたり少なすぎたりして実りが悪かった年は、次世代の捕食者の数を制限して自分たちの生存や子孫を守ろうとする。フォルモノネティンをたくさん作って、それを食べる捕食者を不妊症にさせるのだ。(参考図書p.105~106より引用)』ということだそうです。
植物エストロゲンによる草食動物の不妊の例はヒツジとクローバーの関係だけではなく、アルファルファ(ムラサキウマゴヤシ)による牛の不妊、サブタレニアン・クローバーによるモルモットやヒツジの不妊、ラジノクローバーによるマウスやウサギの不妊などが報告されています。これらは家畜や実験動物での研究から明らかになっていますが、野生の草食動物についてはほとんど研究されていないのが実情です。植物エストロゲンによる植物の生き残り戦略は自然界では広く行われている可能性が指摘されています。
ヒツジを不妊にしたレッドクローバーは、更年期障害の治療や豊胸のサプリメントとして販売されています。レッドクローバーはヒツジを不妊にするほどのエストロゲン作用を持つので、更年期障害や美容に効果が期待できると考えられています。しかし、植物エストロゲン自体は、植物毒の一種である点に注意が必要です。
毒と薬は基本的には同じで、薬も過剰に服用すれば毒になり、毒も適量を使えば薬になります。
植物エストロゲンも同じです。過剰に服用すればホルモンバランスを乱し、不妊などの原因となります。適量を使えば、美容やがん予防や更年期障害の治療に使えることになります。

【植物エストロゲンは環境ホルモンの一種】
環境中に存在する化学物質のうち、生体にホルモン作用をおこしたり、逆にホルモン作用を阻害することによって、内分泌系に影響を及ぼし、生体に有害な影響を引き起こす物質は「内分泌かく乱物質」あるいは「環境ホルモン」と呼ばれています。
内分泌ホルモンの受容体に作用し内分泌系を撹乱する作用を有す環境中の物質の総称で、人工的に作られた環境汚染物質の他に、植物エストロゲンなど天然に存在するものも含まれます。
植物エストロゲンは更年期障害やがん予防の分野では有用な物質として評価され利用されていますが、体内のエストロゲンの働きや代謝に影響を及ぼし、内分泌かく乱物質(環境ホルモン)としての有害な性質も持っています。人間は天然の植物エストロゲンを食品を通じて、化学物質とは比較にならないほど多量に体内に取り込んでいると考えられています。
植物が作り出すフィトエストロゲンが動物を不妊にするほど強い場合もあることは、前述のオーストラリアのヒツジのクローバー病の出来事から納得できます。また、カール・ジェラッシイ博士が1951年に世界初の経口避妊薬「ピル」をヤムイモがつくるディオスゲニンを基に合成したことからも、天然に存在する植物エストロゲンが人間の生殖に強い影響を及ぼす可能性が推測されます。
大豆は栄養価が高く健康増進にも効果があるので、欧米でも多く食べられるようになりました。しかし、これまでほとんど大豆を食べてこなかった欧米人が最近になってたくさん食べるようになったことに対して、その長期的な影響を心配する意見もあります。
日本でも大豆イソフラボンの健康作用が過大に宣伝され、サプリメントとして販売されて大量摂取が推奨される風潮があったので、2006年に食品安全委員会が、大豆イソフラボンの過剰摂取に対する警告を行っています。すなわち、日常的な大豆食品の摂取に加えて、大豆イソフラボンのサプリメントとしての目安は「1日30ミリグラム」までとし、特に妊婦や子供は大豆イソフラボンのサプリメントの摂取については十分注意するようにと警告しています。
イソフラボンに限らず、健康に良いと言われている天然成分でも、何らかの薬効がある限り、不適切な過剰摂取は体に悪影響を及ぼす場合もあることを理解しておくことが大切です。漢方治療で植物エストロゲンの薬効を利用するときも、その副作用についても十分に知っておくことが大切です。

【植物毒が薬になる】
動物も植物も昆虫も全ての生き物は、敵から防御し、自分の仲間を繁殖させるための様々の方法を獲得しながら進化してきました。生存に有利な手段を持った生き物が生き残り、自分を守れないと絶滅するのが自然の摂理となっています。
植物にとって「動けない」ということは、生存や繁殖において最大のデメリットになっています。移動できなければ自分から離れた場所に種を播くこともできません。逃げることができなければ、捕食者から簡単に食べられます。
おいしい実や果物を作るのは、動けない状態で自分の子孫を増やすための一つの手段です。果物の中には種子があり、果物を食べた動物(ほ乳類や鳥)が、遠くへ運んでどこかで排泄すると、動物の消化管の中で消化されなかった種子が播かれることになります。
移動できない植物は、子孫を増やすには動物に運んでもらうしかないため、動物や鳥が食べるようにおいしい実を作るように進化したと考えられています。
植物にとって実を食べてもらうことはメリットになりますが、葉や根を食べられるのは困ります。葉や根が食べられてしまえば、繁殖できません。
動ければ敵から逃げるという抵抗手段がありますが、動けない場合は、動物や鳥や虫から食べられないようにする手段を持つことができなければ、生存と繁殖に不利になります。つまり、捕食者から食べられないように防御する手段を進化の過程で獲得した植物のみが生き残ることができます。
例えば、トゲは植物の防御機構の一つです。植物には消化が困難なセルロースなどの繊維が多く、消化酵素(アミラーゼやトリプシンなど)の阻害物質を含んでいたり、低栄養になるように進化しているのも、草食動物と戦う手段の一つ考えられています。不快な臭いや味で捕食者を近づけないのも防御機構の一つです。捕食者がその植物を食べる気を起こさせないようにすることが、植物にとって生存のための基本戦略になるのです。
さらに、毒作用のある化学成分を合成・蓄積することによって動物や鳥や虫からの攻撃を防いでいます。植物が多くの毒を持っているのは、捕食者から自分を守るためです。このような毒は適量を使うと病気の治療に有効なものもあります。例えば、アブラナ科植物に含まれるイソチオシアネート類やネギ科のアリル化合物、カフェインなどは多くの動物に対して毒になりますが、人間では薬効成分として利用されています。
植物には血液の凝固を阻害して出血しやすくする成分も知られています。これを大量に摂取した動物は出血を起こして死ぬ可能性があり、植物が身を守る一つの毒ですが、このような成分は血栓の予防の治療に使えます。
植物体に病原菌や寄生菌が侵入すると、植物細胞は抗菌性物質(生体防御物質)を生成する場合があります。このような生体防御物質をフィトアレキシン(phytoalexin)といいます。例えば、赤ブドウの皮などに含まれ寿命延長作用やがん予防効果が話題になっているレスベラトロール(Resveratrol)もフィトアレキシンの一つです。
レスベラトロールはスチルベン合成酵素(stilbene synthase)によって合成されるスチルベノイド(スチルベン誘導体)ポリフェノールの一種で、気候変動やオゾン、日光、重金属、病原菌による感染などによる環境ストレスに反応して合成されます。(第222話参照
また、アブラナ科植物のホソバタイセイに含まれる抗菌成分のグルコブラシシンも病原菌の感染から身を守るために作られます。ホソバタイセイの葉に病原性ウイルスを感染させたり機械的に傷をつけるとグルコブラシシンが多く作られてくることから、グルコブラシシンはホソバタイセイの生体防御の役割をしていると考えられています。(第80話参照
ナス科の植物にはアルカロイドなどの毒物を多く含んでいるものが多く、これらの中には医薬品として利用されているものもあります(チョウセンアサガオのアトロピンなど)。ナス科のイヌホオズキは生薬名を竜葵(りゅうき)と言い、抗がん作用のあるソラマルジンなどのアルカロイドを含み、がんの漢方治療によく使用されています。(第45話参照
野菜のセロリは虫やカビによって茎に傷がつくとソラレンをいう物質を防御の目的で大量に作り出します。ソラレンは光の吸収を増幅する作用をもち、ソラレンを摂取したあとに紫外線を浴びると、日焼けや湿疹を引き起こします。この性質を利用して、乾癬や白班や皮膚のリンパ腫などの治療に紫外線照射とソラレンの内服あるいは外用を組み合わせた治療法が行われています(ソラレン光化学療法:PUVA療法)
このように、植物は病原菌からの感染や、虫や動物から食べられるのを防ぐために、生体防御物質や毒になるものをもっています。このような物質は、人間でも抗菌作用や抗ウイルス作用が期待できます。また、抗菌・抗ウイルス作用をもった成分の中には抗がん作用を示すものもあります。
実際、植物から見つかる抗がん物質の多くは、植物が自分を守るための生体防御成分のことが多いようです。つまり、植物が自分の生体防御の為に持っている成分は、感染症やがんに対する薬効が期待できるのです。
熱帯地域やジャングルなど過酷な環境で生育する植物には、そのような抗菌作用や抗炎症作用や抗がん作用の強い成分が多く含まれているので、病気の治療に役立つ成分が多く含まれている可能性も指摘されています。

 

参考文献1:Phytochemical mimicry of reproductive hormones and modulation of herbivore fertility by phytoestrogens.(植物エストロゲンによる生殖ホルモンの植物化学的類似性と草食動物の繁殖力の制御)Enviromental Health Perspectives. 78: 171-175, 1988

参考図書:「迷惑な進化- 病気の遺伝子はどこから来たか」(シャロン・モレアム、ジャナサン・プリンス著;日本放送出版協会)(植物の防御機能の進化に関する記述は、この本の第4章「ソラマメ中毒はなぜ起きる」を参考・引用しています。)


乳がんの漢方治療については、こちらへ


(漢方煎じ薬についてはこちらへ

 

 

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