見もの・読みもの日記

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豪華×ノスタルジー/明治錦絵×大正新版画(神奈川歴博)

2020-09-05 23:33:21 | 行ったもの(美術館・見仏)

神奈川県立歴史博物館 【復活開催】特別展『明治錦絵×大正新版画-世界が愛した近代の木版画-』(2020年8月25日~9月22日)

 本来、4月~6月に開催されるはずだったものが、新型コロナウイルス感染症の影響で中止になり、復活開催の決まった展覧会である。明治錦絵の最大の版元大倉孫兵衛、新版画の版元土井版画店に焦点をあて、近代日本における木版画の展開を追いかける。

 博物館のサイトに、担当学芸員が見どころを解説するYouTube動画が掲載されていたので、予習のつもりで視聴してみた。動画に展示室風景が映るのだが、その「密度」が凄い。展示ケースをびっしり隙間なく作品が埋めているのだ。これ、どういうこと?と怪しみながら見に行って、その理由が分かった。

 明治錦絵の展示の目玉となっているのが『大倉孫兵衛旧蔵錦絵画帖』だ。大倉孫兵衛(1843-1921)は、幕末明治から大正にかけての実業家で、家業の絵草紙屋から独立し、のちに大倉書店、大倉孫兵衛洋紙店を設立し、大倉陶園の設立に参加した。2018年、孫兵衛旧蔵の600点を超える錦絵を折本状にまとめた(裏表に貼り付けた)画帖7冊(木箱入り)が発見された。横に開いたときの長さは15メートル級、長いものは20メートルに及ぶという。本展は、できるだけ多数の錦絵作品を見せるため、展示ケースの端から端まで、しかも上下二段で(!)画帖を開く方式をとっている(毎週展示替えもあり)。どれも摺りの状態がよく(画帖七を除く)明治錦絵独特のベッタリした極彩色なので、反物を拡げた呉服屋さんか絨毯屋に迷い込んだような華やかさである。

 有名な絵師の作品もあるが、むしろ署名のない、花鳥や美人・日本風俗を取り合わせて、分かりやすい華やかさと美しさを追求した作品が特徴的で、輸出用の錦絵と見られている。確かに江戸の錦絵、国内で消費された錦絵と違って「ベタ」な感じがする。ただ、いまの日本人の感覚に全然合わないかといえば、そうではなくて、私の子供の頃(昭和40年代)の包装紙とか千代紙とか、安っぽい絵本や紙製の着せ替え人形には、こういう美意識の末流が流れ込んでいたような気がする。

 絵師の署名があるものは、あまり知らない作品が多かった。いなせな火消しの全身像を一人ずつさまざまなポーズで描いた『各大区纏鑑(まといかがみ)』は月岡芳年の作品だというが初めて見たように思う。『靖国神社真景』も初めてで、鳥居の異様なデカさが目立つ。井上探景(安治)の署名あり。歌舞伎狂言の登場人物を上半身像で描いた豊原国周のシリーズは楽しくて目を奪われた。安達吟光の『大日本史略図会』シリーズも面白かった。この伝説、この場面が、当時の一般常識だったんだなあ、ということが分かった。あと水野年方の『開化好男子』には笑った。法学博士の風体が謎である。

 後半の大正新版画の展示は、風景が一転。川瀬巴水(1883-1957)、土屋光逸(1870-1949)、ノエル・ヌエット(1885-1969)の作品を、これも多数展示する。巴水の『東京二十景』は関東大震災後の作品で、必ずしも名所旧跡でない、ノスタルジックな東京風景が集められている。「月島の雪」とか。巴水以外の二人は初めて知る名前だったが、土屋光逸は月や街灯など闇と光の表現が印象的で、ヌエットは銅版画のような繊細な描線が美しかった。なお、土屋光逸作品は土井利一氏のコレクション(図録の紹介によればサラリーマン・コレクター)、ヌエット作品はクリスチャン・ポラック氏のコレクションである。ポラック氏といえば、先頃、インターメディアテクの『遠見の書割』で泥絵のコレクションを公開していた方でもある。

 期待どおりの大変おもしろい展覧会だった。復活開催ありがとうございます。図録は記事が多くて読みでがありそうだが、もうちょっと大きい図版が欲しかった。

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