見もの・読みもの日記

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戦後が求めた新しい日本史/つくられた縄文時代(山田康弘)

2018-08-21 21:41:59 | 読んだもの(書籍)
〇山田康弘『つくられた縄文時代:日本文化の原像を探る』(新潮選書) 新潮社 2015.11

 この夏、「縄文」がブームらしい。東博では特別展『縄文』が開催されている。しかし、ブームは疑ってみたほうがいいので、東博に行く前に縄文についての知識を整理しておきたいと思って、本書を選んだ。

 縄文時代とは、日本の歴史において大体1万6500年ほど前から2400年ほど前の、主に狩猟・採集・漁撈をなりわいとしていた時期を言う。縄文時代や弥生時代という言葉が学会で認知されたのは1960年代初めで、一般に使用されるようになったのは、さらに10年ほど経ってからだという。では、1960年生まれの私は「縄文時代や弥生時代という言葉」を小学校で学んだ最初の世代にあたるのかもしれない。

 縄文時代と弥生時代は、世界史的には新石器時代に相当する。日本における石器時代の存在を明らかにしたのは、明治時代に来日したモースで、大森貝塚で出土した土器の形式から「縄文式土器」という用語が生まれた。当時は、石器時代の日本列島には先住民がおり、のちに日本人の直接的な祖先によって北方へ追いやられたと考える研究者が多く、シーボルトは石器時代人=アイヌ説を唱えたが、モースは石器時代人=プレ・アイヌ(アイヌよりさらに前の先住民)説を主張した。

 戦後は、1947年に始まった登呂遺跡の調査によって「弥生式文化」の研究が進み、1951年頃から時代区分として「縄文式時代・弥生式時代」さらに「縄文時代・弥生時代」という言葉が使われ始める。一方で1949年に岩宿遺跡の調査により、日本に先土器文化(旧石器文化)が存在したことが明らかになり、先土器文化→縄文式文化→弥生式文化→古墳文化という変遷が描かれるようになった。著者は、戦後の日本が独立国家としての歩みを開始したことと、「新しい日本の歴史」の叙述の開始、そして日本独自の歴史区分が積極的に採用されたことは、当然ながらリンクしていたと述べる。納得のいく指摘である。

 1960年代の縄文時代のイメージは「(弥生時代と比較して)貧しく、それゆえに平等な社会」というものだった。うん、確かに私が最初に教わったのもそのようなイメージだったと思う。ところが、70年代から80年代にかけて発掘調査が進むと、予想外に豊かで安定した生活を営む狩猟採集民の姿が浮かび上がり、90年代から2000年代になると、分配の不公平や社会の階層化が議論されるようになる。これらは純粋な研究の進展というより、現代日本の世相の変化を反映したものと考えられる。やっぱり「一国史」だと、こういう影響を避けきれないのではないだろうか。

 縄文時代は、新石器時代に相当するにもかかわらず、農耕や牧畜を行っていないという点で、人類史上非常にユニークな文化である。旧石器時代の日本は冷涼だったが、次第に温暖化が進んでドングリなどを食べるようになり、アク抜きのための土器が必要になった(土器の出現=縄文時代の始まり)というのが、従来の学説だった。ところが、日本における土器の出現はおよそ1万6500年前で、まだ最終氷期の最中であることが分かってきた。そこで、土器の出現ではなく、土器の一般化、あるいは縄文時代的な生業・居住形態の確立を以て縄文時代の開始と考える説もあるそうだ。しかし、縄文土器の出現から縄文時代らしい生活の成立までは5000年の差があると聞くと、ずいぶんふわっとした時代区分だなあと思う。一方、縄文時代の終わり=弥生時代の始まりは、水田耕作の開始で区分されるが、これも2500年前とも3000年前とも言われていてはっきりしない。弥生時代の存続期間は600~700年程度と考えられているので、500年の差は決して小さくないのだ。

 縄文文化の空間的な広がりは、現在の日本国と厳密には一致しないが、日本の国土内に収まっている。また、縄文人の形質的特性(顔つき、体つき)は世界的に見てユニークで、他地域との混血や大規模な人的流入はなかったと考えられている。ただし、大陸の諸文化と全く無関係だったとも言えない。このへんは、まだ探求の余地を残しているのが現状のようだ。

 次に定住・人口密度・社会複雑化から縄文時代の社会を考える。3つのキーワードは互いに関連しており、定住が進展すると人口数(人口密度)が増え、様々な社会問題(安全と清潔の確保、不和の解消)が生じてくるので、それを解決するために社会システムや精神文化が発展する。ただし実態としては、様々な地域差があるというのが面白かった。最後に著者の研究テーマである縄文時代の死生観についても、多様かつ複雑な葬法があり、円環的死生観と系譜的死生観が共存していたことを示す。このように一つの文化の中に「多様性」を見出すのも、もしかしたら、今という時代の反映なのかもしれない。
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