散歩から探検へ~個人・住民・市民

副題を「政治を動かすもの」から「個人・住民・市民」へと変更、地域住民/世界市民として複眼的思考で政治的事象を捉える。

評論「経済学の現実把握」室田康弘1975年~永井陽之助の現代社会論(11)

2014年08月15日 | 永井陽之助
『経済秩序と成熟時間』(中央公論1974/12,「時間の政治学」所収)において、人間の生活時間の中における成熟時間とその“腐蝕”を永井は指摘した。“経済学批判”に対して論文の中で「…自分の無知を承知で、精緻な体系を誇る経済学に大胆な挑戦を試みざるを得なかった」と述べている。
 『「成熟時間とその腐蝕」の発見1974年140624』

この挑戦に対して、コンピュータを駆使して日本経済の長期予測に従事しているエコノミスト・室田康弘が『経済学は現実を捉えられるか』を中央公論誌上に肯定的な立場から専門的な知見をもって寄稿した(1975/4月号)。永井はあとがきの続きで、「…氏との交友と討論が生まれたことは、政治学徒にとして、このうえない喜びであった」と述べている。永井論文の位置づけは次の記事でも続けて紹介している。その中で、中核的な問題意識を以下の様に述べた。
 『高度経済成長による「時間の稀少化」140701』

「戦後25年、日本経済が、絶え間ない高度成長を続け…労働者ひとり当たり投入される資本量、すなわち、資本装備率が急速に上昇し、それが労働生産性上昇の加速化を生み出してきた。だが、その結果、自由に亭受しえた自然環境、大気、エネルギー等のみならず、豊かな時間さえも、稀少性を帯びるに至った」。

「生産性の向上によって、労働時間が短縮され、節約された時間がすべて自由な文化的時間になるだろうというケインズの予見とは逆に、節約された時間は、時間当たりの産出価値が均等するかたちで、各部門に配分されるという経済法則が、生活時間の中に貫徹してくることになった。」

室田も上記の部分を捉え、具体的な現れを次の様にまとめる。
1)近代工業で生産が円滑に行われるためには、多数者の共同作業の同時化が必要であり、消費における時間の商品化と相俟って、各個人の質的に異なった時間を通約して一種の無時間体系を押し付ける原因となったこと。

2)人間の経済活動を分析することが本来の目的である経済学においても、数学を適用する「精密」科学モデルに近似するほど科学的であるとする科学主義が、分析にあたって、人間固有の時間の流れを無視し、物理的時間の導入や、遂には時間そのものの捨象という事態を引き起こしたこと。

3)既に経済成長による人間の「豊かな時間」の浸食は限界に近づいており、そのことがドロップアウトや子殺しもしくは蒸発という形で現れてきている。

見事に、それも永井が表現した以上に、明快にまとめた後で、室田は現代経済学に関して、特に予測が「当たらない」という点に絞って、次の様に二つの考え方を紹介し、コメントを付ける。

一つは、データが整備され、統計的手法も発達すれば、予測は精密になるとの考え方。もう一つは、経済学が採用しているアプローチに問題があり、本質に迫っていないとの考え方だ。永井は後者で、少数意見になる。

室田も永井の考え方に共感すると云い、文化人類学者・山口昌男も同じ立場に立つと紹介し、経済学の異分野からの指摘であることに注意を促す。室田は専門的に前者を「1)差分方程式体系として捉え、2)例外事象を無視し、平均的事象のみに注目する古典物理的アプローチ」と批判する(山口の所論は後日に紹介)。
 『山口昌男、一代の塵化分類学者の死130321』

更に批判の理由に以下の三点を挙げる。
1)社会構造の非定常性(構造は常に変化する)
2)パレート分布の存在(非対称分布の存在)
3)時間の非可逆性(歴史過程の存在)
では、どの様な方法を用いるか、との問いに、「段階的接近法」を紹介する。
この辺りも後日に改めてまとめる。

最後に「学問の輸入化」に室田氏は触れる。現在の社会科学は欧米からの輸入理論枠で日本の現実を抽象化するプロセスを辿り、日本で重要な問題が抜け落ちる。日本の経済学者には自らを社会科学に駆立てた原体験が不足し、問題を素直にみて、それに応じた分析、という順序を外れる傾向を持つ、と指摘する。

結論的に、永井論文は、そのような経済学者が見落とした問題点を、他分野の政治学者が素直に現状をみて抉り出した処に意味をもつのではないか、と述べる。この指摘は鋭く、学問の問題点を指摘している様に筆者は思う。「専門家であるが故に過去に築かれた諸観念、あるいは、マスメディアの流す情報等に自らを拘束され、常識外になって社会的発言を繰り返す人間に事欠かない」状態なのだ。我々一般人は自らの常識を鍛えることが武器になるのだと思う。

      

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