喜多圭介のブログ

著作権を保持していますので、記載内容の全文を他に転用しないでください。

電子本を販売してみたい女性を募る

2008-12-10 10:34:06 | Weblog
T-timeについては7、8年前に当時の体裁について批判したが、その後ヴァージョンアップしているので最近の事情を調査した。

結果としては相変わらず進化していないということ。おそらく読者の多くは「喜多圭介電子図書館」の書籍版に軍配を上げるだろう。

T-timeはボイジャーの開発した電子本システムであります。講談社、新潮社、角川書店、文藝春秋、集英社、筑摩書房などがこのシステムを採用して電子本を発売しています。出版社はプログラムに弱いし、いいものを調査する能力もないのでT-timeに依存。商売熱心でない。

読書するときはビュワーソフトT-Time(ティタイム)(無償)が必要。

◆一画面は23字×17字。
立ち読みでご覧になると一目瞭然。この画面では読書の雰囲気が出ない。字面が汚い。

◆古典物は全文を当用漢字、現代仮名遣いになおしてしまうので原文の雰囲気が出ない。当用漢字以外の漢字を多用している本は電子本にできない。またルビが多い芥川龍之介作品や踊り字の多い作品は対応できないので販売されていない。樋口一葉、森鴎外作品なども販売されていない。

以下の本は私の電子本ですぐさま対応できるが、著作権の関係から秘密会員組織にでもしないと、対応できません。秘密図書館を作れば対応できるのですが一人では忙しくなって自分の創作ができません。どこかの出版社がそこの本を電子本にしたいときは請け負ってもよろしいですが。

理想書店

コーヒー党奇談 阿刀田高 価格 525円
 ヴォイセズ/ヴァニーユ 赤坂真理 420円
 雪明かり 藤沢周平 525円
 兵隊宿 竹西寛子 735円
 熱血ポンちゃんが行く! 山田詠美 420円
 ミスキャスト 林真理子 420円
 恋をして…(上) 大関賀子 882円
 恋をして…(下) 大関賀子 882円
 吉本隆明初期詩集 吉本隆明 735円
 横しぐれ 丸谷才一 735円
 地下鉄に乗って 浅田次郎 420円
 真夜中の料理人 阿刀田高 420円
 おまんが紅・接木の台・雪女 和田芳恵 735円
 暗い流れ 和田芳恵 735円
 星に願いを 林真理子 420円
 まどろむ夜のUFO 角田光代 420円
 みんなの秘密 林真理子 420円
 むらぎも 中野重治 840円
 十四歳のエンゲージ 谷村志穂 420円
 ヴァイブレータ 赤坂真理 420円
 朝霧・青電車その他 永井龍男 735円
 迷い道 阿刀田高 420円
 鳳仙花 川崎長太郎 735円
 時間 黒井千次 735円
 偉大なる暗闇――師 岩元禎と弟子たち 高橋英夫 735円
 花はくれない 小説 佐藤紅緑 佐藤愛子 525円

「喜多圭介電子図書館」仕様

◇何種類かの体裁があるが、電子図書館にある体裁が仕様。
 書籍体裁は39字×18行(通常の本に近い)。

◇古典物すべて、返り点の漢文に対応。一応すべての漢字に対応。

◇ビュワーはほとんどのパソコンにあらかじめインストール済みのアクロバット・リーダー
 官庁の公文書などの仕様はPDFだから、電子本としての信頼度か高いということ。したがって目次は本の中とは別にリーダーにも設定できるる。

◇印刷可能。

◇テキストファイルとして書き出したいときはPDFを全面コピーすれば可能だが、画面と同じようにはならないからよほどの理由がなければしないほうがいい。この点ではT-timeも同じ。

喜多圭介電子図書館

私はオペレーションシステム(OS)がWINDOWS以前から書籍体裁で文藝物(小説・評論・随筆・エッセー・現代詩・短歌・俳句)を読めるシステムを大学の先生方や大学院生、印刷会社幹部と10年近くかかって構築してきました。

横組体裁はだれでもやれるのですが、「喜多圭介電子図書館」の体裁は、私独自のものです。

【電子書店】経営者募集 売り上げの7割はあなたに還元!

そこでこのノウハウを伝授し、電子本書店経営をされる女性を募ります。なぜ女性かといえば熱心な女性のほうがネットショップは成功率が高いからです。

私のシステムはノウハウをマスターしてもらえれば書籍化はテキストファイルがある物なら短時間作業で電子本書籍化可能です。何事も長続きの秘訣は作業負担が少なく、手早く完成品ができることです。

そうでないと私も「喜多圭介電子図書館」に掲載の膨大な作品の縦組化は無理なはずです。

すでに販売商品200点以上在庫あり。

作家デビューしたいかたの作品も販売(但し原稿200枚以上、100枚物なら二作品~800枚前後で販売に耐える品質)

条件を提示。
◇文学・文藝作品を読むのが好きなかた(必須条件)

◇ビジネスHPの開設ができるかた。(ヤフーのジオシティなら簡単です、ただし有料のほうを)

◇在宅女性で、金儲けに熱心なかた。金儲けに熱心でないかたは販売アイデアを思い付きません。
 勤務をお持ちの女性でも日に2時間程度パソコンの前にお座りになるかたならけっこう。

◇年齢は30~45歳未満。パソコン操作に老化現象のあるかたは無理。

◇パソコンにある程度精通している。ファイルの解凍とか冷凍ができるかた。

その他の条件提示は私のメールボックスから問い合わせのあったかたに提示します。メールボックスはゲストブックに設置してあります。

日本中のどこに住んでおられてもかまいません。なお鬱っぽいかたはご遠慮ください。


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八雲立つ……76【完】

2008-11-20 13:51:13 | 八雲立つ……

仲居は昨夜の姿勢で頭を下げて出て行った。
「一人でしゃぶしゃぶは味気ないな。佳恵さんと食べるから美味しい」
「奥さん亡くなられてからはずっとお一人で」
「そう。慣れましたが、たまにこうやって食べるのがいい」
「孝夫さんは高明たちに合縁奇縁の話されたでしょ。あのとき私、本当のことだと実感してたの。主人が亡くなってからは主人を思い出すことより、これから先、子ども三人抱えてどうやって生きていこうかと、そのことばかり。それが京都であなたに逢ってから、突然あなたへの思いの切なさや淋しさが衝き上げてきて……でもあなたには奥さんがおられた。あなたとのことはとても無理だと諦めていました。あなたは美術館で言いました、主人や義典さんが亡くなったことで、私たちがこうなったと。もう一人あなたの奥さんの死も私たちがこうなる奇縁です」
「……そうだね、佳恵さんの言う通りかも」
「三人の死の上に稔った恋、私、大切にします」
「ぼくもあなたを大切に思います」

口に含むととろけてしまいそうな出雲和牛のしゃぶしゃぶを賞味しながら、時々、相手の顔に眼をやり、静かに話した。

しかしいろいろと話ながらも、孝夫は鬼が本当に人を愛することができるのかと、律子を喪ってから思い詰め始めたことを、頭の片隅で苦悩していた。

律子は四季の折々に訪れた洛北の大原三千院の往生極楽院に座す観音菩薩像のような女だった。孝夫が時折露わに見せかけるすさんだ感情を、にじり寄って受け止め、慰撫する女だった。そのために孝夫は鬼のこころを露顕させることはなかったが、律子が亡くなった今となっては、果たしてこころの根にある棲み着いている鬼が現れないとも限らない。孝夫の予感としては、そうなる前に自らいのちを絶つだろう、大江山の酒呑童子のように女の肉を食ってしまうほどの獰猛さは自分にないだろうと考えていた。
「食事済んだら寝床が用意されるまで、昨夜のバーに行きますか。外に出ても寒いだけでしょう」
「あの幻想交響曲を最初から最後まで聴きたいわ」
「頼んでみます」
「橋の処にあった寒椿もう一度見たいの」

佳恵は寒椿の咲いている様を思い出しただけで、自分の躯が身内から炎上するのを覚えた。

その夜も佳恵は孝夫に寄り添い、朱色の欄干の橋の中央に佇んで、濃緑の中から顔を覗かせている数え切れない寒椿に見とれた。そこはまさしく女の官能の園であった。眺めているだけで佳恵の躯に蜜が溢れてくるのを感じた。全身に悦びと悩ましさが渦巻いた。その気持ちはバーでベルリオーズの幻想交響曲に耳を傾けているあいだも、ずっと持続していた。

今夜は二人ともそれぞれの思いに耽っているかのように押し黙って、グラスの液体を口に含み、視線を棚に並んだ各種の銘柄の洋酒の瓶に向けているだけだった。それでもあの若いバーテンダーは、二人は交響曲に耳を傾けているのだと思い、怪しまなかった。

部屋に戻ると寝屋が整っていた。

二人は待ちかねたように布団の中で抱き合った。そして孝夫の舌や指先に佳恵の白い躯は囚われ、人形浄瑠璃の人形のように操られ、佳恵はあられもない恥ずかしい姿で、忍ぶように低く嗚咽し、ときには高いよがり声を上げ、このまま散ってしまっても悔いのない官能の花を咲かせ続けた。
                         【完】


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あらゆる創作技法を駆使してます。なお私のこれまでの作品では禁じ手としてましたポルノグラフィ手法もワンシーンありますので、一部の女性読者に不快な思いを抱かせるかもしれませんが、ご了解願います。

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八雲立つ……75

2008-11-20 07:59:33 | 八雲立つ……

二階に上がった。広い展示室の左右に日本画家、上村松園、横山大観、川合玉堂、伊東深水、山口華楊といった作家の作品が展示してあった。
「この美術館の創始者はロマンチックな人物ですね」
「お義父さんの話では貧乏な育ちで、これといった学歴もなかった人だったそうで、戦後大阪で不動産などで蓄財されたそうです」
「こうした作品をコレクションするとなると、半端な蓄財でないでしょ。政治家で例えると田中角栄型の人物。よほど金作りが上手かったのでしょう」
「一代で築いたようです」
「しかしぼくは上村松園の美人画よりあなたの着物姿のほうが魅力あるな」
「またからかって。孝夫さんってこんな人だったのですね」

しかし佳恵の表情は、言葉とはうらはらのむず痒いような顔の喜びを湛(たた)えていた。
「そう。エッチ人間」

孝夫は笑っていた。

佳恵は躯が燃えてくるのを感じた。早くここを出て、あの宿に戻り、孝夫に抱かれたいと焦がれた。

宿に戻ったのは三時過ぎだった。

部屋に入ると、孝夫にやにわに抱きつかれ、唇を合わせられた。佳恵はすぐさま躯がとろけそうになり、唇を離したとき、孝夫の首に腕を巻き付けた。しばらく立ったままそうしていた。
「着替えるわ」
「ぼくの前で着替えて」
「孝夫さんの前で……恥ずかしい」
「恥ずかしくないよ」
「それじゃあちらのソファに座って眼を瞑っていて」
「そうする」

佳恵は昨夜来ていた洋服を傍らに用意すると帯を解いて着物を脱いだ。
「ふぅーん、長襦袢姿も色っぽいな」
「眼を開けてる」
「そのピンク色のも帯って言うの」
「伊達締め」
「伊達締めか。それは?」
「腰紐」
「それは何なの?」
「衿芯。ここに差し入れて衿の形を整えるの。あらいやだ、孝夫さん小説に書くつもりでしょ」

佳恵は孝夫を睨んだ。
「名前くらい知っていないとね」
「長襦袢脱ぎますから、ここから先は眼を瞑ってて」
「そうする」

しばらくして、
「開けてもいいわよ」と、佳恵の声がした。

孝夫が眼を開けると、佳恵は着物や長襦袢、肌着を衣桁に掛け終わっていた。
「着物を着るのは面倒なものだね」
「慣れるとそうでもないわよ。お茶淹れましょうか」
「うん」

佳恵は居間の座卓の前で湯飲みにお茶を注ぎながら、
「孝夫さんと居ると気持ちが楽なの」と言った。
「ぼくもきみといるとゆったりできる。佳恵さんのおかげでいい正月ができた」
「春に逢ってくださいね、京都に出掛けますから」
「着物でお出で」
「考えておきます。孝夫さんに見て貰えて嬉しい」
「そういう気持ちって女心なんだろうな……空いているうちに大浴場に行きますか」
「はい」

夕食は出雲和牛をふんだんに使ったしゃぶしゃぶと盥(たらい)に竹の葉を敷いた鮨だった。しゃぶしゃぶの鍋は銅製の大きな物だった。

昨夜の仲居が佳恵に説明していた。
「昆布二枚でお出しはだしてありますが、あと五分ほどガスコンロにかけてください。それから昆布を取り出してからお酒と塩を適当に加えてください。あとはお好みにやってください。紅葉おろしはこちらにできてます」
「わかりました」
「それではごゆっくりお召し上がりください。お飲み物はこちらに」


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八雲立つ……74

2008-11-19 17:29:24 | 八雲立つ……

「出雲大社のは豪壮な感じだが、ここは荘厳な息吹が感じられる。ぼくはこっちのほうが好きだ。祭神はやはり素盞嗚尊か大国主命?」
「ここは天穂日命(あめのほひもみこと)、天照大神の二番目のお子様で大国主命に出雲大社を建立しろとご命令になったの」
「あーそういうことか」

孝夫は感心したような口調だった。

暫く周囲を眺め回したが、長く居れるほどの物はあとになかったので、車の処に戻った。
「近くに八雲立つ風土記の丘がありますが」
「名前は知ってますが、何があるところなの」
「古代出雲を復元してあります。それと埴輪とかの遺跡の展示」
「そこはまた次にしようか」

孝夫は助手席に腰を下ろした。
「また次がありますの?」
「あなたとこうなったらあるでしょう」

孝夫は神妙に応えた。
「私、春夏秋冬に京都に出掛けます。そのとき逢って欲しいの」
「春夏秋冬ね、きっと逢いに行きます」
「その間淋しくても待ちます」

佳恵は昨夜のちぎりで、信隆のときには感じられなかったことだが、孝夫が自分の躯に宿っている感覚があった。信隆亡きあと閨怨に囚われることもなく、子育て一心に日々を過ごしてきたが、それは自分というものの存在感を喪失し、自分の内側を覗くことのない対外的な生き方であった。大袈裟に考えると日本民族の子孫を遺すだけの生き方に覚えた。女の生き方はそういうものだろうか、それを感受しなければならないものだろうか、佳恵は三年間掛けてそのことを思案してきた。

その結果が昨夜出た。孝夫との交接によって、まだ物足りないが、私は瑞々しく生まれ変わった。これからの私は一個の女として生きたい。

高速道路に引き返すと、安来市に向かって走った。途中で高速を降りると農村地帯を飯梨川に沿って南に走った。孝夫は腕時計を見た。十二時近くになっていた。
「着いたら出雲蕎麦食べますか」
「美味しい処があります」

美術館近くの駐車場に停めると、こじんまりとした出雲蕎麦専門店に入った。昼食時で混んでいたが席はあった。注文を取りに来たとき割子蕎麦を注文した。

出雲大社の蕎麦よりも黒みがかった腰のある割子を食べ終わると、美術館の入口に向かった。孝夫は高い入館料を払うと、渡されたパンフレットに眼をやりながら中に入った。
「ここは河井寛次郎の焼き物と横山大観の絵がいいらしいね」
「それと庭園」
「喫茶室から眺められるようです。そこでくつろぎましょう」
「はい」

大きなガラス窓の近くのソファに向かい合って座ると、ホットコーヒーを注文した。
「後ろの山並みを借景とした庭園ですね。ここに座ってしまうと動きたくなくなるね」
「ほんとに」
「いいとこ案内して貰った」
「出雲大社、日御碕、八重垣神社に神魂神社、それとここ。孝夫さんとの思い出の場所」
「肝腎なのが抜けている。T温泉」
「からかって。あそこは恥ずかしい思い出」

佳恵はこころなし上目蓋が熱っぽく感じた。
「人の縁は不思議な物です。縁のない者同士は毎日顔を合わせていても、結び合うことはない。縁のある人同士はそのとき結び合わなくても、いつかきっと結び合う。ほんとに不思議だ」
「運命ですね」
「うん、運命。佳恵さんの喜悦の声を聴いたのも運命」
「エッチな孝夫さん……」

佳恵の目元が薄紅に染まった。
「不謹慎だが信隆が死んでくれなければ、そして義典も死んでくれたからあなたとこうなった。信隆が生きておればこんな風になることはなかった。これも運命だとしたら、運命は非情な面も持ち合わせているな」
「……」
「八重垣神社の稲田姫命も八岐大蛇がいたから、素盞嗚尊と結ばれた。そうなると八岐大蛇に擬された人物はだれかということになる」
「……」
「神妙な気持ちになるな」
「はい……」

三十分余りそこで休憩してから孝夫は、
「一巡りしますか」と腰を上げた。


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八雲立つ……73

2008-11-19 13:43:44 | 八雲立つ……

     *

佳恵はまだ暗い五時半頃に目覚めた。孝夫は眠っているようだった。信隆のようにいびきはなかった。孝夫が朝風呂に浴ると言っていたのを思い出した。孝夫が浴る前に自分も浴っておこうと、そっと布団から抜け出し、裸の躯を寝巻きに包んで浴場に入った。

昨夜のように露天風呂に横になった。外は雨が止んでいるようだったが、窓にはまだ暗幕が貼られていたので何も見えなかった。浴場の天井から落ちる滴の音が、時折耳に響いた。

佳恵は白い躯の隅々を眼で追った。まだ乳首の立っている左の乳房の上側に、小さなキスマークの印されているのが見えた。昨夜のセックスのことはほとんど覚えていなかったが、腰の辺りに余燼が燃えていた。その辺りに眼をやるとこれまで死んでいた物が蘇生して、猛々しい黒い獣が蹲っているかのようだった。

腰回りの弛緩していた部分が引き締まっている感じだった。そして朽ちかけていたところに瑞々しい生気が漲り、まだ飽くなき渇望に燻っているようにも思えた。

風呂から上がると、孝夫は寝巻きでソファに腰を下ろし、外を眺めていた。
「もう起きられたのですか」
「あなたも早いね」
「なんだかパチッと。早起き鳥みたいに」

佳恵は微笑んだ。それから鏡台の前に座ると化粧を始めた。鏡の顔を眺めると自分の顔でないような気がした。くすみが何処にも見当たらなかった。孝夫さんが言ったように若返ったのかしら、と思った。躯も軽くなっている。
「雨どうです?」
「薄く雲が懸かっているけど、しだいに晴れそうな天気」
「私、もう一晩泊まってもいい?」
「ぼくはいいけど、家のほうは大丈夫?」
「大丈夫と思いますけど、もうすぐしたら電話します」
「きょう別れるのは切ないな、とぼくも思っていた。ここぼく一人になるものね」
「きょうは八重垣神社と足立美術館に出掛けません?」
「八重垣神社、名前はよく知ってるけど何処にあるの?」
「ここからなら出雲大社に行くより近いですが」
「そんなに近く……足立美術館は?」
「安来市ですから少しありますが、車で走ったら早いです」
「行こうか。T温泉におってもお風呂だけだもんね」
「ここを九時半頃出て美術館にお昼頃の予定でいいですか」
「ありがとう。それでいい」
「きょうも一緒に過ごせる、嬉しいわ」

ゆっくりした時間に朝食を済ませると、着物に着替えた佳恵は屋根に雨粒の浮かんでいる車を動かした。
「十五分くらいで着きます」
「祭神は大国主命なの?」
「いえ、素盞嗚尊と稲田姫命(いなだひめのみこと)。八岐大蛇に襲われた稲田姫命を素盞嗚尊が救って結婚したんです、それで縁結びの神社です」

佳恵が明るい顔で微笑んだ。
「神仏を信じてないと言った人がね」
「信じてなくても願いは掛けるの」
「健康的な精神だ……この神社の謂われも国譲りに関係ありそうだね」

M市市内に入らず、ずっと高速道路を走った。そして途中で高速から離れると南に走った。
「もう着きます」

鳥居の両側に赤色の地に白文字で八重垣神社と書かれた幟が立っていた。境内はそんなに広くはなかった。すでに若い女性のグループが何組か詣でていた。

孝夫と佳恵は拝殿に進むと、それぞれ賽銭箱に硬貨を投げ入れ型どおりの祈願をした。孝夫は佳恵の幸せを願い、佳恵は孝夫といつまでも一緒に居られるようにと願った。
「女性に人気がある神社だね……椿の樹が目立つ。あれはとくに大樹だな。椿でこれだけ大きいのは珍しい」
「夫婦椿。愛の象徴。三本ほどの椿がくっついてるの」
「ふーん、がっしりと永遠にだな」と孝夫が言うと、佳恵は眩しそうな眼差しで笑った。
「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣造るその八重垣を――の本拠地に来て良かった」
「そうでしょ。それじゃあと神魂(かもす)神社も近くですからそこに寄ってから美術館に。神魂神社は出雲大社より古くて、大社造りの初めなんです」

佳恵は車の処に戻りながら説明した。
「行ってみたい」
「そうでしょ」

確かにすぐ近くだった。平地の八重垣神社と異なり、濃緑の森深くに在った。くすんだ木の鳥居を潜ると、凸凹だらけの寂びた灰色の石畳を上っていかなければならなかった。上り切ると、そこに床下の高い本殿が頭から被さってくる趣で建っていた。


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八雲立つ……72

2008-11-19 07:42:41 | 八雲立つ……

信隆が亡くなって以後、この躯は男に触れていない。信隆との夜のことは朧になり、遠いむかしにそんなことがあったという淡い記憶しかなかった。元々信隆は夜のことに淡泊で、事後はすぐにいびきをかいて眠った。佳恵もまたそんな風な物だと思っていたので、義務を果たした気持ちだけが残り、美容店で読む週刊誌に載っている、躯が燃えるということが、実感から遠かった。これらのことはエッチな男の人向けに誇張して書いてあるだけで、女性はそんな風には感じ取れないと考えていた。

それでも京都観光から戻ってくるといまは尼の寂聴さんになっているが、京都ゆかりの瀬戸内晴美さんの『女徳』、『煩悩夢幻』、『かの子繚乱』、『妻と女の間』などを読んだ。中には女の性を濃艶な官能描写した箇所に眩惑されて、その頃から時折秘儀に耽ることがあったが、男抜きの秘儀は秘儀でしかなく、あとに虚しさが押し寄せてきた。

そんな躯の私に、今夜どんなことが起こるのか、それが不安だった。

三人の子どもを母乳で育てなかったので、佳恵の乳房は歳の割には張りがあった。佳恵はお椀ような二つの乳房を両の掌で覆った。明らかに乳首が何かを欲しがるように突っ立っていた。

風呂から上がるとシルクの下着に取り替え、寝巻きだけの姿で布団の部屋に入った。孝夫は窓に近いほうの布団で仰向けになり、眼を瞑っていた。佳恵が横の布団に潜り込むと、
「湯加減どうでした?」と小声で訊ねた。
「芯から温もりました」
「そう。ぼくも朝方浴ってみようか」

平生の口調だった。佳恵には孝夫が何を考えているのかわからなかった。この人は乱れる人でないと感じた。

孝夫が仰向けの躯を佳恵のほうに向けた。
「佳恵さん、こっちに入ってきますか」と誘った。

佳恵は乳首を突っ立てたまま、素早く孝夫の布団に潜り込んだ。孝夫が被さってきた。孝夫の唇が首筋に触れたとき、佳恵の躯に電流が走り、躯がピクッと痙攣した。唇は首筋から耳朶のうしろ辺りを這ってきた。またも躯が痙攣し、躯の皮膚感覚が全身開いていくようでぼうとなり、孝夫の胸の下から孝夫の躯に両手でしがみついた。洩らすまいとした嗚咽が微かに唇から零れた気がした。

いつの間にか孝夫の指が乳房と寝巻きの隙間から忍び込んでいた。片方の乳首を弄られたとき、佳恵の躯は活きの良い海老のように跳ねた。ア、アと躯が何かの鳥のように夜鳴きした。両肩から寝巻きが脱げていた。孝夫の口が二つの乳房を行き来し、そのうち一つに吸い付いた。佳恵はいやいやするように顔を左右に激しく振っていた。
「綺麗な乳房だね」

口を離した孝夫が呟いた。その声を呆然となりかけた頭で聞き、やや冷静を取り戻した。そして寸時、信隆とこんなことがあっただろうかと追憶し、こんな激しさは私になかったと思った。が、追憶に浸る間はすぐになくなった。孝夫の口が再び胸を襲った。胸だけではなかった。孝夫の頭が掛け布団の中に潜り始め、孝夫の唇は乳房の谷間から腹部にかけてゆっくりと降りていった。佳恵は両腕を飛ぶかのように左右に伸ばし、躯を反った。

シルクのショーツがつま先から剥ぎ取られたことさえ覚えてなかった。そして孝夫の舌先が熱く濡れそぼった秘処の渓谷に挿入されたとき、佳恵は我知らず孝夫の頭を挟んでいた。それは頭を外そうとしての行為か、いっそう押し付けようとした行為か、判然としなかったが、ヒップが敷き布団から持ち上がった。

佳恵にとってあとはすべて忘我の刻の流れであった。気持ちいいの?と何度か耳元で囁かれ、それに頷いた気もするがはっきりは自覚してなかった。そのうち孝夫は、佳恵の躯を自分の躯の上に導こうとした。佳恵は胡乱(うろん)となった頭でそれがどういうことか考えようとしたがわからなかった。だがそのうち佳恵は孝夫の下半身のところに股を開いて馬乗りの姿勢になっていた。そして孝夫の性器を佳恵の花弁の蕊が食虫花のように呑み込んでいた。

孝夫は両手で佳恵の躯を支えながら立てた。まるで騎手の恰好だった。しかし佳恵は信隆とのセックスでこのような体位を採ったことがなかった。白い陶酔が頭の中に満ち満ちていた。そして佳恵は孝夫の躯の上で貪欲に腰を揺さぶっていた。それはいつ果てるともわからない法悦であった。


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八雲立つ……71

2008-11-18 17:36:55 | 八雲立つ……

信隆が亡くなって以後、この躯は男に触れていない。信隆との夜のことは朧になり、遠いむかしにそんなことがあったという淡い記憶しかなかった。元々信隆は夜のことに淡泊で、事後はすぐにいびきをかいて眠った。佳恵もまたそんな風な物だと思っていたので、義務を果たした気持ちだけが残り、美容店で読む週刊誌に載っている、躯が燃えるということが、実感から遠かった。これらのことはエッチな男の人向けに誇張して書いてあるだけで、女性はそんな風には感じ取れないと考えていた。

それでも京都観光から戻ってくるといまは尼の寂聴さんになっているが、京都ゆかりの瀬戸内晴美さんの『女徳』、『煩悩夢幻』、『かの子繚乱』、『妻と女の間』などを読んだ。中には女の性を濃艶な官能描写した箇所に眩惑されて、その頃から時折秘儀に耽ることがあったが、男抜きの秘儀は秘儀でしかなく、あとに虚しさが押し寄せてきた。

そんな躯の私に、今夜どんなことが起こるのか、それが不安だった。

三人の子どもを母乳で育てなかったので、佳恵の乳房は歳の割には張りがあった。佳恵はお椀ような二つの乳房を両の掌で覆った。明らかに乳首が何かを欲しがるように突っ立っていた。

風呂から上がるとシルクの下着に取り替え、寝巻きだけの姿で布団の部屋に入った。孝夫は窓に近いほうの布団で仰向けになり、眼を瞑っていた。佳恵が横の布団に潜り込むと、
「湯加減どうでした?」と小声で訊ねた。
「芯から温もりました」
「そう。ぼくも朝方浴ってみようか」

平生の口調だった。佳恵には孝夫が何を考えているのかわからなかった。この人は乱れる人でないと感じた。

孝夫が仰向けの躯を佳恵のほうに向けた。
「佳恵さん、こっちに入ってきますか」と誘った。

佳恵は乳首を突っ立てたまま、素早く孝夫の布団に潜り込んだ。孝夫が被さってきた。孝夫の唇が首筋に触れたとき、佳恵の躯に電流が走り、躯がピクッと痙攣した。唇は首筋から耳朶のうしろ辺りを這ってきた。またも躯が痙攣し、躯の皮膚感覚が全身開いていくようでぼうとなり、孝夫の胸の下から孝夫の躯に両手でしがみついた。洩らすまいとした嗚咽が微かに唇から零れた気がした。

いつの間にか孝夫の指が乳房と寝巻きの隙間から忍び込んでいた。片方の乳首を弄られたとき、佳恵の躯は活きの良い海老のように跳ねた。ア、アと躯が何かの鳥のように夜鳴きした。両肩から寝巻きが脱げていた。孝夫の口が二つの乳房を行き来し、そのうち一つに吸い付いた。佳恵はいやいやするように顔を左右に激しく振っていた。
「綺麗な乳房だね」

口を離した孝夫が呟いた。その声を呆然となりかけた頭で聞き、やや冷静を取り戻した。そして寸時、信隆とこんなことがあっただろうかと追憶し、こんな激しさは私になかったと思った。が、追憶に浸る間はすぐになくなった。孝夫の口が再び胸を襲った。胸だけではなかった。孝夫の頭が掛け布団の中に潜り始め、孝夫の唇は乳房の谷間から腹部にかけてゆっくりと降りていった。佳恵は両腕を飛ぶかのように左右に伸ばし、躯を反った。

シルクのショーツがつま先から剥ぎ取られたことさえ覚えてなかった。そして孝夫の舌先が熱く濡れそぼった秘処の渓谷に挿入されたとき、佳恵は我知らず孝夫の頭を挟んでいた。それは頭を外そうとしての行為か、いっそう押し付けようとした行為か、判然としなかったが、ヒップが敷き布団から持ち上がった。

佳恵にとってあとはすべて忘我の刻の流れであった。気持ちいいの?と何度か耳元で囁かれ、それに頷いた気もするがはっきりは自覚してなかった。そのうち孝夫は、佳恵の躯を自分の躯の上に導こうとした。佳恵は胡乱(うろん)となった頭でそれがどういうことか考えようとしたがわからなかった。だがそのうち佳恵は孝夫の下半身のところに股を開いて馬乗りの姿勢になっていた。そして孝夫の性器を佳恵の花弁の蕊が食虫花のように呑み込んでいた。

孝夫は両手で佳恵の躯を支えながら立てた。まるで騎手の恰好だった。しかし佳恵は信隆とのセックスでこのような体位を採ったことがなかった。白い陶酔が頭の中に満ち満ちていた。そして佳恵は孝夫の躯の上で貪欲に腰を揺さぶっていた。それはいつ果てるともわからない法悦であった。

     *

佳恵はまだ暗い五時半頃に目覚めた。孝夫は眠っているようだった。信隆のようにいびきはなかった。孝夫が朝風呂に浴ると言っていたのを思い出した。孝夫が浴る前に自分も浴っておこうと、そっと布団から抜け出し、裸の躯を寝巻きに包んで浴場に入った。

昨夜のように露天風呂に横になった。外は雨が止んでいるようだったが、窓にはまだ暗幕が貼られていたので何も見えなかった。浴場の天井から落ちる滴の音が、時折耳に響いた。

佳恵は白い躯の隅々を眼で追った。まだ乳首の立っている左の乳房の上側に、小さなキスマークの印されているのが見えた。昨夜のセックスのことはほとんど覚えていなかったが、腰の辺りに余燼が燃えていた。その辺りに眼をやるとこれまで死んでいた物が蘇生して、猛々しい黒い獣が蹲っているかのようだった。


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八雲立つ……70

2008-11-18 13:08:00 | 八雲立つ……

「実際にあった事柄が故意にねじ曲げられて伝承しているうちに童話化した、あるいは故意でなくても伝承しているうちに変形し、童話化したと思っている。酒呑童子は酒呑童子の現れた時代背景から見て、前者でしょう。なにせ即興で――この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば――藤原道長一族が権勢を振るった時代ですから、逆な見方をすると、それだけ地方豪族や民衆は土地で生産した物を収奪され疲弊していたということです。このことに丹波の大江山に棲み着いていた豪族が、反旗を翻し、都の女、子どもを拐かしていたとも考えられますから」
「私、大学のゼミで歌人の馬場あき子さんの『鬼の研究』をやったことがあります。その中にも孝夫さんのような解釈がありました」
「あーぼくそれ読んでないけどそんな本ありますか」

しばらく鬼談義に花が咲いた。
「いまになって考えると私の結婚生活愉しいことが少しもなかった気がします。その頃はこれが結婚だと思い、不満はなかったのですけど」
「結婚は恋を愛に置き換えることでしょ」
「私には恋もなかったわ」
「見合いだったからね」

佳恵は本当にそうだったと思った。孝夫を前にしていると、胸がやたらときめいているが、信隆との見合い、結婚に至る経過は緊張しかなかった。緊張している間に親同士でどんどん話がまとまって行き、気付くと挙式の日取りまで決まっていた。自分の生涯の肝心要で自分の愚かさを見たが、三人の子どもに恵まれたので、これはこれでいいと納得してきた。

だがいまの私はそうでなかった。三年前に孝夫さんに逢ったときから、納得しない物が芽生え始めたのをこころの底に感じていた。

一時間ほど落ち着いたバーの雰囲気で飲んだあと、そこを出た。
「酔いました」

酩酊というほどでなかったが、佳恵は孝夫に寄り添い、そう囁いた。
「まだ飲めそうだった」
「もういい。眼が廻ってしまいますよ」

部屋に戻ると、佳恵は十二畳半の座敷の真ん中に、華やかな花模様の掛け布団がふんわかと二つ並べられているのに、眼を瞠り、羞恥を覚えた。
「もう敷いてくれてありますね」

孝夫は暢気そうな口調で言うと、それを避けて窓際のソファに腰を下ろした。

佳恵も向かいの席に座った。
「こんな気持ちになったのは何十年ぶりですわ」
「どんな気持ちですか」
「開かれた開放感」
「ぼくもやっとくつろぎました」
「なんだか恥ずかしい」
「何が」
「お布団が眩しくて」
「じゃあ明かりを枕元のだけにして、上のを消しておきましょう。ぼくも少し眩しい」

孝夫は立ち上がると、明かりを小さくしてから座り直した。
「ぼくの歳になるといまの幸せが永遠に続くとは思えない。だからいまが幸せならそのいまを悔いなく貪っておこうという気持ちになります」
「私も……です」

それから二人は窓外に眼をやって黙っていた。荒れた天候になっているのか、吹き降りの雨が窓を濡らし、滴が絶え間なく下に流れていた。微かに雨音が聞こえていた。
「今夜これだけ降っていると明日は晴れるかも」

孝夫はぽつんと呟いた。
「もうそろそろ横になりますか」
「私、部屋のお風呂に浴ってきます」
「風邪引かないように」
「はい」

露天風呂といっても展望が利くように窓を横長にした、室内の檜風呂であった。これなら雨が降っても大丈夫だった。外の景色は湯気にぼやけていた。

佳恵は白い躯を脚を伸ばして横たえた。

――一生一度の竹の花。

そう呟いてみた。


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八雲立つ……69

2008-11-18 10:38:15 | 八雲立つ……

バーの入口に若いウエートレスが立っていて、二人に丁重に頭を下げた。琥珀色の長いカウンターがあり、反対側のボックス席には家族連れといった風の二組が座り込んでいた。どの組も男と女で色違いの綿入れ丹前に羽織を着ていた。そして楽しく談笑していた。孝夫はカウンターの隅のスツールに腰掛けた。

蝶ネクタイの若いバーテンダーがオレンジ色の明かりの下に立っていた。二人に向かってちょこっと頭を下げると近付いてきた。
「ぼくはいつもスコッチの水割りだけど佳恵さんは」
「私、こういうところにあまり入ったことがないので、同じ物でいいです」
「そうですか。じゃあ同じ物をオーダーします」

孝夫はバーテンダーが用意する手元を眺めながら、
「信隆君とは?」
「いえ一度も。それにあの人はビールか日本酒、焼酎でしたから」
「病院を見舞ったとき、酒焼けした顔にちょっと驚きました」
「入院する二年前から大酒飲みって感じでした」

カウンターの上に水割りと突き出しが置かれた。
「仕事からのストレス解放だろうな」

孝夫はグラスを掴んで言った。
「孝夫さんはストレスありますか」
「どうかな……あっても普段はアルコールは一滴も飲まない」
「お飲みにならないのですか」
「あなたのような楽しい人と飲む以外は」

そう言ってから、グラスを口に運ぶと傾けた。
「それってどういう意味です、意味深ですよ」

佳恵もグラスを掴んだ。佳恵の瞳が孝夫に向いていた。
「意味深な意味はないけど」
「隅に置けない人って感じしますけど。お義父さんが、孝夫さんは女に手が早いとか仰ってましたよ」

佳恵は胸に持っていた物を口にした。
「誤解ですよ。叔父は高校生のときの自殺未遂とぼくの小説を二つほど読んで、そう思っているだけです」
「そうかしら」
「そうですよ」

孝夫は二杯目をオーダーした。
「ここ静かな雰囲気でいいですね」と、佳恵は囁いた。
「カラオケしないから」
「私ももう一杯だけ頂戴しようかしら」
「遠慮なく何杯でも」と言ってから、孝夫は自分のグラスがきたとき、追加をオーダーした。そしてバーテンダーの顔を見て、
「微かに聞こえてくるけど、BGMにいい曲かけてますね」と言った。
「オーナの奥様の選曲です」
「そう、趣味のいい奥さんだ。ありがとう」

バーテンダーが離れると、佳恵は孝夫の顔を覗き込んだ。
「なんの曲です?」
「ベルリオーズの幻想交響曲」
「そうですか、初めて聴く曲。なめらかな美しい感じですね」
「五楽章までで一時間近くかかります。ロマン主義開花の導火線の役割を果たした曲と解説にありますが」
「よく聴かれるのですか」
「創作中に」
「音楽聴きながら創作されるの?」
「集中できるから」
「あのー、鬼も酔っぱらったりしますーぅ」

佳恵はいきなり話題を変えた。
「そりゃ酔いますよ。大江山の酒呑童子がいるでしょ」
「あー、ほんとだ」
「この鬼は大酒飲みの上に女好きだったようです。ぼくはグリム童話や日本の御伽草子は暗喩、いわゆるメタファだと考えているのです」孝夫はここでグラスの液体をぐぐっと飲み、「あなたと飲む酒は旨い」と言い、あとを楽しそうに喋った。

佳恵も孝夫に釣られて運ばれてきた二杯目のグラスに口をつけた。


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八雲立つ……68

2008-11-17 17:12:02 | 八雲立つ……

奥さんやなんて、と思ったが、
「ほんとにいいお湯で躯が温もりました」と応え、夜の化粧直しをした。

その間にもう一人の仲居が、孝夫を相手に、
「こちらが鱸(すずき)の奉書焼、こちらが白魚の酢味噌、これは公魚(あまさぎ)の照り焼。あとのものを合わせて宍道湖七珍と呼ばれています郷土料理です。それとこれは松葉がにのかに鍋です。お酒はお電話でご注文いただいたようにお銚子二本用意いたしました。奥さん、ご飯はこちらです。それではごゆっくり召し上がってください。お食事済んでからお布団用意させて貰います。このお宿にはバーも居酒屋もカラオケもありますので、あとで楽しんでください」と説明した。

説明し終わると、仲居二人は部屋の入口で膝を着けて頭を下げたあと、出て行った。
「沢山あるな。まずお酒を味見して」
「お注ぎします」
「ありがとう」

孝夫が佳恵の盃に注いでから、二人は盃を合わせた。
「美味しい。お酒をこんなに美味しいと思ったの初めて」

そう言って、佳恵は微笑んだ。
「きょうは運転ご苦労様でした」
「楽しかったです。奉書焼、地元の人でもめったに食べませんね」
「ぼくも一度だけ宍道湖畔の一流料亭に連れて行かれて食べただけです。これは観光客向けでしょう」

孝夫は醤油たれに薬味を加えると、白身を箸でほぐし、その中に軽く浸けてから口に入れた。
「なんとなく紙の香りがするな」
「がんばって食べないと残ってしまいます」
「お客さん、かなり泊まってますね。男風呂に二十数人浴(はい)ってましたから」
「そうですか。明日までは多いかも」
「お子さんたち、大丈夫?」
「はい、お風呂に行く前に電話しました。聡実が心配ないから二日でも三日でも泊まってきて、と言ってました」
「お母さん用無しってわけか」

孝夫は佳恵を見て笑った。
「もうお母さん役卒業します。そうしないと子どもたちに嫌われますから」
「親はそういうものですね」

昼食が割子蕎麦だけだったので、二人とも食欲旺盛だった。
「お酒一本ずつにしたのは、あとでバーに行こうかと考えて」

孝夫は佳恵の盃に注ぎながら言った。
「孝夫さんはカラオケされるの?」
「ぼくはまったく駄目です」
「お母さんはダンサー当時ステージで歌っておられたとか聞きましたが」
「ぼくは母とはなんでもかでも逆な生き方ですね。佳恵さんはカラオケは?」
「会社の同僚に引っ張られて行ったときは仕方なく付き合ってます」
「ここはバーとカラオケルームは別になっているそうです」
「それのほうが静かでいいですわ」

     *

バーは一階の庭園の一角を利用して架かっている朱塗りの橋を渡った別館にあった。暗くてよく見えなかったが、橋の下には白い玉砂利が川のように配置されていた。
「趣向を凝らせているね」と孝夫が言ったとき、佳恵は胸の裡でアッと声を上げた。

あの女の歌手が歌っていた歌詞、一生一度の竹の花、の中に、渡って懲りない渡月橋、というフレーズがあったことを思い出した。

――これがその橋なのかも……。

さらに驚いたのは橋の中央部の庭園の反対側に、目隠し用の竹垣を背景に、見上げるほどの高さの寒椿がすくっと立ち、赤い花を咲かせていたことだった。そして根元にも無数の花弁が散っていた。

孝夫も珍しく思ったのか、そこで立ち止まった。そして独り言のように呟いた。
「宿の経営者はなかなかの趣味人だな」

佳恵は花弁の蕊(しべ)が黄色くほどけているのを見つめた瞬間、胸裡がカッと燃え立ち、腰から下が熱くなり、感覚を無くしよろけそうになった。狼狽えて横に立っている孝夫の手を初めて握り締めた。孝夫の言葉に応答する余裕はなかった。


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八雲立つ……67

2008-11-17 13:33:36 | 八雲立つ……

「佳恵さんがこんなに大胆とは想像してなかったなぁ」
「私にも鬼が棲んでいるかも」
「えっ」
「車の中で仰ったでしょ、鬼が棲んでいると」
「ああ、あのこと……」
「人に恋する鬼ですわ」
「能の「道成寺」は毒蛇に変身しましたね」
「でもあれは怨みでしょ」
「一度夏に貴船の川床に案内しましょう」
「鞍馬寺の近くのですか」
「そう。貴船神社の鬼も女の怨みですが、やはり能の「鉄輪(かなわ)に出てきます。有名な陰陽師、安倍晴明が登場する話ですが」
「能にお詳しいの?」
「詳しくはないが、創作に能を扱ったことがあるので」
「でも私のは可愛くて切ない鬼ですよ。孝夫さんに怨みなんかないもの」
「小野一族に棲み着いている鬼は冷血、ぼくの母も含めてのことですが」
「でも孝夫さんは冷血でありませんわ」
「いやそんなことはない。冷血です。一度死んでますからね」
「井戸の話ですか」
「あのときから冷血になったと思います」
「奥さんやお子さんにはお優しかったのでしょ」
「どうかな。まあ律子が鬼を封じてくれましたが」
「今度は私が封じてあげたい」
「いつからぼくのことをそんな風に」
「京都のときからです」
「ぼくはあのとき律子のこともありましたが、M市とは関わりを持ちたくない気持ちが強くあり、あなたとも距離を空けていました」
「いまはどうですか」

佳恵は切ない眼差しで問いかけた。
「いまですか……鬼という哀しい者同士がこうして居る……お互いの運命かな」

そう言って孝夫は哀しげな眼差しで雨の降る庭園を見やった。

佳恵も同じように視線を庭園に向けた。沈黙の刻が流れた。
「そろそろお風呂に行きますか。部屋にも露天風呂が付いてますが、ここは何種類かのお風呂があるようです」
「せっかくだから大きいお風呂に行きます」
「お風呂に上がってから食事ということで、フロントに電話しておきます」
「お願いします」

広い浴場のあちこちに巨石を配置した大浴場や露天風呂があった。

佳恵は大浴場の片隅にひっそり浸かると、そこから築山造りの庭園を眺めた。点々と灯る明かりに、雨に濡れた緑が広がっていた。ところどころに赤く見えるのは寒椿なのか。十人ほどの泊まり客が散らばって入浴しているか、洗い場で白い背中を見せているだけで、静かであった。

お互いの運命、そうなのかもしれないと佳恵は思った。正月に孝夫さんが来なければ、私がここにこうしていることはない。そのとき佳恵は信隆と車で孝夫の母親を訪ねたときの、帰路の会話を思い出した。
「孝夫さん、お母さんのところによく来られるのかしら」
「徳島におるからよくってこともないやろ。何で?」
「お母さん孝夫さんの話をよくするでしょ」
「褒めてるな」
「だからあまり来られてないのかなと思ったの。淋しいのじゃないかと思って」
「あんまり行ってないと思う。情がないのやろ」
「孝夫さんに?」
「どっちも」
「そうなの?」
「ぼくも親には逢いたくない。孝夫さんも同じやないか。長いこと逢ってないけど、孝夫さん、冷たいとこがある気がする。小野一族は皆そうや」
「冷たいの?」
「情がな」

孝夫さんも自分で冷血やと言っていたが、情がないということなのか。私にはそうは思えない。なにか悲しみを一杯抱えた人のように思える。私は孝夫さんにどう扱われても後悔しない。いっときでも孝夫さんの悲しみを埋めることができたらそれでいい。私も孝夫さんに満たされるはず。

孝夫さんはここに二泊すると言っていた。私も二泊しようかしら。そして明日は八重垣神社や足立美術館に連れて行ってあげようか。孝夫さんが温泉しかないここに二泊するのは偶然でない気がする。きっと私と過ごすためなのだ。

風呂から上がり部屋に戻ると孝夫さんは先に戻っていて、仲居さん二人が座卓にお膳を並べていた。
「遅くなりました」
「奥さん、いいお湯でしたでしょ」

仲居の一人が鏡台の前に座った、丹前に羽織を重ね着した佳恵のほうを見て言った。


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八雲立つ……66

2008-11-17 10:55:13 | 八雲立つ……

孝夫に京都案内をして貰ったときから、孝夫に抱かれる自分を予感していた。あのときは傍で中三の聡実がうろちょろしていたし、孝夫には奥さんがいた。孝夫さんの胸の中にはまだ奥さんがいるかもしれないが、いたってちっともかまわない。亡くなった奥さんを愛おしむような孝夫さんだから、私も好きになっていく。二人にとって何の不都合もない。佳恵は車を運転しながら、このことを反芻していた。

T温泉に入ったのは、二時半過ぎだった。店の横が駐車場の小綺麗な喫茶店が見付かった。向かい合って腰を下ろした。
「少し天気が落ちてきた」
「日御碕はあんなに青空だったのに、夜に雨が降ってきそうな様子」
「時雨が来るかも……ぼくは小雨程度の雨は嫌いでなくて、梅雨時に嵯峨野を巡ることがあります」
「そんなときは人が少ないでしょ」
「農家の忙しい時期は減ってます。一人で野々宮神社、二尊院から祗王寺辺りを傘さして巡るのですが、モスグリーンの杉苔が美しい」

佳恵は女性と相合い傘で歩いている孝夫を想像して悩ましかった。
「今度は聡実をおいて梅雨時に出掛けますので、祗王寺を案内してください」

孝夫は運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。
「いつでも結構ですよ。ここは川筋が通っていて城崎温泉の中心街に似た風情の町だな」
「城崎温泉は大学のゼミで行ったことがあります」
「志賀直哉の研究にでも」
「お風呂の研究も兼ねてです」と付け足して佳恵は微笑んだ。

佳恵は、あの頃は若かった、と思った。溢れるばかりの人生が前途にあると思っていた。だがアッというまの短い人生。恋らしい恋も経験しないまま、もう五十近くになってしまった。どう掴んでいいかわからないが、信隆亡きあとの三人の子育てに専念して、子どもたちの成長にやっとひと安心できるときには、もう五十。このまま女を終えて、朽ちていくことに理不尽を感じとっていた。

     *

旅館の男性に案内させて駐車場に車を停めた。佳恵はトランクから旅行バッグを取り出した。
「ここに荷物を隠してあったの」と言って、恥ずかしそうな眼で笑みを浮かべた。

いくつもの様式の露天風呂が〈売り〉の旅館の玄関に立った。孝夫が名前を告げると、すぐに和服の仲居に案内されて部屋に入った。二間の、二人で泊まっても贅沢な広さの部屋が用意されていた。

常日頃から故郷喪失感のある孝夫は、庭園を見下ろせるソファに腰を下ろすと、今年は年早々にこんなところに漂着したか、という思いに囚われた。

――それも亡き信隆の妻を一緒に……人生のことはいつまで経っても先がわからない。

そんな思いを強めていた。

佳恵は別間で和服を洋装に着替えていた。そしてベージュのセーターに同色のベストを重ね着、クリーム色のパンツ姿で、衣桁(いこう)に着物と長襦袢などを掛けていた。
「着付けは一人でやるの」とくつろいだ気持ちで訊ねると、
「はい。一人でします。母が着道楽の人ですから、高校のときから着物を着てましたので」
「そうだったの。次ぎに京都に来るときは着物だね」
「そうします」
「日本女性は着物が美しいと思うけど、京都でも背が高く痩せている女性の着物姿は、ひどく貧相に見えることがあるけど」
「着付けが下手なんだと思います。着物は肌着、長襦袢からその人の体型にあった小細工をしながら着る物ですから」
「そうか、下の物から細工するのか」
「そうなんです」
「信隆君の生前はよく着物着たの」
「いえ、大阪にいた頃は着なかったです」
「じゃあ佳恵さんの美しい姿を信隆君は知らないのだ」
「またおかからいになって」

そう言いながら近付いてくると、
「お茶淹れましょうか」と言った。
「ありがとう」

テーブルの上にお茶と茶菓子を運んでくると、佳恵はくつろいだ気配で、向かいのソファに腰を下ろした。
「近くに住みながら私、ここ初めてなんですよ」
「そうだったの。ぼくも初めてだが、温泉だけのところって感じだな」
「静かでいいですわ。小雨が降ってますよ」
「そう、しとしとと降ってきた」

二人はぼんやりと庭園に降る雨を見つめていた。


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八雲立つ……65

2008-11-16 16:50:52 | 八雲立つ……

     *

出雲大社近くに戻ると、正午を少し回っていた。
「出雲蕎麦のお店に入りますか」
「高校生のときのお店わかりますか」
「いやわからなかった。どこでもいいです」
「あそこにしますか」

佳恵が指さした店に入った。おばさんが注文を取りに来た。
「割子蕎麦でいいね」
「はい」
「何枚にしますか」おばさんが訊ねた。
「ぼくはお腹が空いたから四枚」
「私は三枚にします」

出雲蕎麦で昼食を済まし、佳恵のトイレを待って外に出た。
「昨日も城山近くで割子蕎麦食べたけど、M市のほうが旨かったね」
「食べに行かれたのですか」
「宍道湖を眺めてから」
「そうでしたか」
「このままT温泉に行ったら早すぎるな。しかし大社以外とくに観るところはないし」
「それじゃ孝夫さんが歩かれた道を走ってM市に出たら朝の道を走ってT温泉でどう」
「宍道湖ひとまわりだな。疲れない?」
「慣れてますから。懐かしいでしょ」
「うん。ここから宍道湖の見えるとこまでが遠かったな」

佳恵の車は湖岸の行きと反対側の道路を走った。
「その頃とは風景が変わってますよ」
「そうだろうね」

孝夫は暫くフロントガラスを通して、前面の景色を眺めていた。そのうち前方五十メートル先に大樹が道路に覆い被っているのが見えた。
「佳恵さん、ゆっくり走ってくれない。あの前方の樹に見覚えがある」
「歩いたときに見たのですか」
「間違いなくあの樹だ。繁みが二回りほど大きいが、幹の恰好がそっくりだ」
「松のようですよ」
「松かもしれない。辺りはすっかり変わっているのになぁ。学生服の上にコート着てたけど、顔がみぞれでびしょ濡れ。孤独な思いは子どもの頃から何度も経験したが、この道を歩いているときも孤独だった。舗装された道でなかった。だけど歩いていたのだから生きようとする意志はあったのだな。人生って一人じゃ淋しいものだな」
「孝夫さんはいろいろとご苦労されてますね」
「小学三年生の頃はまだ芳信叔父のところに預けられていたのですが、五右衛門風呂の水入れをやらされましてね、とくに冬の時期に二十メートル先の共同井戸から水を汲み上げて、そのバケツを両手に持って運んでいたときはつらかった。あのときぼくのこころは死んだんでないかと思っています」
「死んで仕舞われたのですか」
「そんな気がします。死んだこころに鬼が棲み着いた」
「鬼がですか」
「そう。二人の叔父やぼくの母に共通な鬼が。信隆や義典にも棲み着いていた」
「主人にも」
「おそらくは」

孝夫はゆっくりと通り過ぎていく松の大樹を、これで見納めという気持ちで見上げた。

そのとき、佳恵は大学のゼミで課題として馬場あき子の『鬼の研究』が採り上げられたことを思い出していた――能の中の鬼は哀しい生き物で、鬼にも二種類があって、姿も心も鬼というものと、姿は鬼ではあるが、こころは人間というものがある。後者はあまりにも人間でありすぎたため、あまりにも人を恋い、 人を怨み、哀しんだ挙げ句に、鬼となった――たしかこのような趣旨の箇所があったが、孝夫さんの鬼とは、後者を指しているのだろうか。

M市内に入った。腕時計を見ると一時半だった。
「何処かに立ち寄りますか」
「すっと通り過ぎてください」
「そうします。二時過ぎ頃に旅館に着きますが」
「じゃT温泉近くの喫茶店に入ってから旅館に行きましょう」
「はい」
「運転のしどうしで疲れてませんか」
「疲れてません」
「それならいいが」
「ほんとに私がご一緒してご迷惑でないですか」
「ご迷惑なことなんかありませんよ。佳恵さんに後悔がなければ」

佳恵の不安そうな顔を読み取って言った。
「後悔してません」


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八雲立つ……64

2008-11-16 12:46:24 | 八雲立つ……

「それじゃ方向が逆じゃないですか。岡山だったら米子道走ったほうが早い」
「いえ、子どもたちには昨夜そう言ってあるだけなんです。私がご一緒にT温泉に泊まったらご迷惑ですか」
「いや迷惑じゃないが……」

孝夫は困惑の表情で口ごもった。
「T温泉まで送っていき、そのままお別れしたらもう二度と逢えない気がして」
「……」
「孝夫さんはこれでM市を縁のない土地にされるのでしょ?昨日そう言ってたでしょ」
「言ったことは言ったが……」
「私にも無関心になるってことでしょ」
「いやそんな風には」
「嘘!きっと私のことなどお忘れになりますわ」
「そんなことは……」
「私も小野の一人ですか」

佳恵の拗ねた口調だった。
「あなたは違う……本当にいいのですか、泊まっても」
「どのみち何処かに泊まらないと……そう言って出てきたのですから」

どうにでもして欲しい、お任せしますという投げ遣り口調だった。

駐車場の車の前まで来ていた。
「佳恵さん、旅館に夕食二人分頼みますから、車の中で待っていてください」

孝夫は車から少し離れたところに立ち止まって、携帯電話をハーフコートの内ポケットから取り出した。

佳恵は後部座席で履き物を取り替えながら、窓から孝夫を眺めていた。

運転席に座ると、とうとう言ってしまった、という思いで、胸の動悸が速くなっていた。風はなかったが、ひんやりした冬の大気の中で、佳恵は顔の火照りを覚えた。

孝夫が戻ってきた。

助手席に座ると、
「頼んでおきました。さあ日御碕に出掛けますか」と言った。

道はすぐにわかった。十字路を稲佐の浜へと書かれた標示に進めばよかった。
「稲佐の浜は途中か。国譲り神話の舞台だった」
「弁天島が見えます」

佳恵は孝夫が先ほどの話に戻さないので、ほっとしていた。
「そうですか……八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を、『古事記』の時代にこういう韻律があるのが不思議だ」
「五七、五七、七のリズム感ですね」
「そうそう、そのリズム感」

車は海岸線を走った。海上に次々と小島が見えた。

孝夫はやっとM市にいるときに締め付けられていたような意識から解放されて、くつろいだ気持ちになった。まさか信隆の妻とこんなところを走っているなど、病院に信隆を見舞ったときには思いも寄らぬことだった。

――人生、先に何があるか……。

日御碕は案外に賑わしい感じの所だった。観光客の車が駐車場に並んでいた。灯台へ続く道筋に民宿や土産物屋も並び、観光客が店内に散っていた。
「日御碕はウミネコの生息地だったな」
「はい、経島(ふみしま)で繁殖してます」

眼の先にスマートな白亜の灯台が見えた。
「女神のような灯台だな」
「海が荒れてなくてよかった」
「荒々しいところかと想像してましたが、お天気が良いせいか穏やかですね」
「青空に白い灯台、気持ちが晴れ晴れします」
「神社がありますね」
「日御碕神社。『風土記』に載ってます。行ってみましょうか」
「ええ」

暫く歩くと朱塗りの楼門の前に出た。
「屋根の高い立派な楼門だな」
「そうですね」

境内に入った。孝夫は案内を読んでいた。
「日沈宮(ひしずみのみや)、下の宮が天照大御神で、神の宮、上の宮が素盞嗚尊ね。素盞嗚尊が天照大御神より上に安置されているのか」
「『古事記』の時代からこの辺に海の人たちが住んでいたのでしょうね」
「きっと海の男、女の祭典が行われていたでしょう」

孝夫は、性典と言いたいところを祭典と置き換えた。

古代人のエネルギッシュな乱交を想像していた。


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八雲立つ……63

2008-11-16 10:23:46 | 八雲立つ……

「子どもの頃、袖師ヶ浦の地蔵さんのところから嫁ヶ島まで泳いだことがあります」
「だいぶんありますでしょ。いつ頃のことですか」
「小学五、六年。夏休みに芳信叔父のところに預けられましたので」
「そうですか」
「あの頃は潜れば蜆がよく採れました」
「私が子どものときもまだ泳げました」
「地蔵さんのところから嫁ヶ島までは、弁天さんだったか弁慶だったか忘れましたが、どっちかが歩いて渡ったという道が付いていて、子どもでも立って歩けるほど浅かったんです」
「それは知りませんでした」

佳恵はハンドル操作しながら応答していた。
「もう少し走ったら山陰自動車道に入りますから」
「こっちも便利になりましたね」
「はい。高速道の終点、斐川インターチェンジから出雲大社まで近いです」
「じゃ十時頃に着きますね」
「はい」
「むかし出雲大社に鳥居近くに出雲蕎麦を食べさせる店があったのですが」
「いつ頃のことです?」
「ぼくが高三になる前の春に大山で自殺未遂しまして、山を下りてからどうしようかと思案してたら出雲大社に来てました」
「自殺未遂のあとですか」
「そう。失恋かどうかわからないけど、その頃付き合っていた女子大生が行方不明になりまして、生きているのが嫌になり、ふらっと大山に上りましたが、見付かってしまって、その挙げ句に縁結びの神さんのところに。まるで笑い話」
「ませとられたんですね。年上の女性とお付き合いして」
「背伸びして付き合ってました。相手が『源氏物語』話すると、中之島図書館で『源氏物語』読んだりして。図書館で知り合った。向こうは大学の受験勉強に来てた」

佳恵は孝夫が嬉しそうに喋るので、胸が焦げてきた。
「参詣してからどうされたんです?」
「一畑電鉄の走っているほうの道を歩いてM市に戻りました」
「えー、歩いてですか」佳恵は頓狂な声を上げた。
「みぞれ混じりの雪が降ってました」
「そんな経験されたんですか。やっぱり孝夫さんはお義母さんのいう熱情家ですね」
「さあどうかな。自分では冷たいこころの人間と思ってますが」
「そんなことありませんわ」
「佳恵さんは洗礼は受けられてるのですか」
「はい。子どものときに。でも私、神とか仏とか信じてないのです」
「信じてないの?」
「だって何一ついいことしてくれないでしょ。反対になんの罪もない人ばかりが悲劇に遭うでしょ」
「まあそれはそうだが」

孝夫は、信じてないのか、と胸裡で呟いた。

話しているうちに斐川インターチェンジに着いた。暫く走ると出雲大社前に着いた。広い駐車場に車を停めた。佳恵は後部座席で履き物を履き替えた。それから二人は参道の松並木の道をまっすぐ進んだ。境内は時間の早いせいか、わりと閑散としていた。参詣客は広い境内に三々五々に散らばり、写真撮影や立ち話をしていた。
「ここに来て眼に着くのはあの注連縄だな」
「日本一だそうですから」

本殿に近付いていった。
「信じてなくても賽銭してお詣りしときますか」
「はい」佳恵は笑顔で応えた。
「ここは二礼三拍一礼?」
「二礼四拍一礼です」
「あまりこういうことはよくわからない」
「私もですが、小学生の頃から遠足などで来ますでしょ」
「佳恵さんはそうだね」

型どおりの参拝を済ますと、本殿をいっとき眺めてからもと来た道を引っ返した。
「艶やかですね」
「えっ何が」
「佳恵さんの着物姿が」
「恥ずかしいですわ」
「実に色っぽい」
「そんな冗談を仰って」

少し沈黙の間があってから、
「きょう私、岡山に行ってることになってるのです」

と呟くように言った。
「岡山ですか」
「大学の同窓会が岡山であることに」


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