喜多圭介のブログ

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八雲立つ……63

2008-11-16 10:23:46 | 八雲立つ……

「子どもの頃、袖師ヶ浦の地蔵さんのところから嫁ヶ島まで泳いだことがあります」
「だいぶんありますでしょ。いつ頃のことですか」
「小学五、六年。夏休みに芳信叔父のところに預けられましたので」
「そうですか」
「あの頃は潜れば蜆がよく採れました」
「私が子どものときもまだ泳げました」
「地蔵さんのところから嫁ヶ島までは、弁天さんだったか弁慶だったか忘れましたが、どっちかが歩いて渡ったという道が付いていて、子どもでも立って歩けるほど浅かったんです」
「それは知りませんでした」

佳恵はハンドル操作しながら応答していた。
「もう少し走ったら山陰自動車道に入りますから」
「こっちも便利になりましたね」
「はい。高速道の終点、斐川インターチェンジから出雲大社まで近いです」
「じゃ十時頃に着きますね」
「はい」
「むかし出雲大社に鳥居近くに出雲蕎麦を食べさせる店があったのですが」
「いつ頃のことです?」
「ぼくが高三になる前の春に大山で自殺未遂しまして、山を下りてからどうしようかと思案してたら出雲大社に来てました」
「自殺未遂のあとですか」
「そう。失恋かどうかわからないけど、その頃付き合っていた女子大生が行方不明になりまして、生きているのが嫌になり、ふらっと大山に上りましたが、見付かってしまって、その挙げ句に縁結びの神さんのところに。まるで笑い話」
「ませとられたんですね。年上の女性とお付き合いして」
「背伸びして付き合ってました。相手が『源氏物語』話すると、中之島図書館で『源氏物語』読んだりして。図書館で知り合った。向こうは大学の受験勉強に来てた」

佳恵は孝夫が嬉しそうに喋るので、胸が焦げてきた。
「参詣してからどうされたんです?」
「一畑電鉄の走っているほうの道を歩いてM市に戻りました」
「えー、歩いてですか」佳恵は頓狂な声を上げた。
「みぞれ混じりの雪が降ってました」
「そんな経験されたんですか。やっぱり孝夫さんはお義母さんのいう熱情家ですね」
「さあどうかな。自分では冷たいこころの人間と思ってますが」
「そんなことありませんわ」
「佳恵さんは洗礼は受けられてるのですか」
「はい。子どものときに。でも私、神とか仏とか信じてないのです」
「信じてないの?」
「だって何一ついいことしてくれないでしょ。反対になんの罪もない人ばかりが悲劇に遭うでしょ」
「まあそれはそうだが」

孝夫は、信じてないのか、と胸裡で呟いた。

話しているうちに斐川インターチェンジに着いた。暫く走ると出雲大社前に着いた。広い駐車場に車を停めた。佳恵は後部座席で履き物を履き替えた。それから二人は参道の松並木の道をまっすぐ進んだ。境内は時間の早いせいか、わりと閑散としていた。参詣客は広い境内に三々五々に散らばり、写真撮影や立ち話をしていた。
「ここに来て眼に着くのはあの注連縄だな」
「日本一だそうですから」

本殿に近付いていった。
「信じてなくても賽銭してお詣りしときますか」
「はい」佳恵は笑顔で応えた。
「ここは二礼三拍一礼?」
「二礼四拍一礼です」
「あまりこういうことはよくわからない」
「私もですが、小学生の頃から遠足などで来ますでしょ」
「佳恵さんはそうだね」

型どおりの参拝を済ますと、本殿をいっとき眺めてからもと来た道を引っ返した。
「艶やかですね」
「えっ何が」
「佳恵さんの着物姿が」
「恥ずかしいですわ」
「実に色っぽい」
「そんな冗談を仰って」

少し沈黙の間があってから、
「きょう私、岡山に行ってることになってるのです」

と呟くように言った。
「岡山ですか」
「大学の同窓会が岡山であることに」


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