喜多圭介のブログ

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八雲立つ……67

2008-11-17 13:33:36 | 八雲立つ……

「佳恵さんがこんなに大胆とは想像してなかったなぁ」
「私にも鬼が棲んでいるかも」
「えっ」
「車の中で仰ったでしょ、鬼が棲んでいると」
「ああ、あのこと……」
「人に恋する鬼ですわ」
「能の「道成寺」は毒蛇に変身しましたね」
「でもあれは怨みでしょ」
「一度夏に貴船の川床に案内しましょう」
「鞍馬寺の近くのですか」
「そう。貴船神社の鬼も女の怨みですが、やはり能の「鉄輪(かなわ)に出てきます。有名な陰陽師、安倍晴明が登場する話ですが」
「能にお詳しいの?」
「詳しくはないが、創作に能を扱ったことがあるので」
「でも私のは可愛くて切ない鬼ですよ。孝夫さんに怨みなんかないもの」
「小野一族に棲み着いている鬼は冷血、ぼくの母も含めてのことですが」
「でも孝夫さんは冷血でありませんわ」
「いやそんなことはない。冷血です。一度死んでますからね」
「井戸の話ですか」
「あのときから冷血になったと思います」
「奥さんやお子さんにはお優しかったのでしょ」
「どうかな。まあ律子が鬼を封じてくれましたが」
「今度は私が封じてあげたい」
「いつからぼくのことをそんな風に」
「京都のときからです」
「ぼくはあのとき律子のこともありましたが、M市とは関わりを持ちたくない気持ちが強くあり、あなたとも距離を空けていました」
「いまはどうですか」

佳恵は切ない眼差しで問いかけた。
「いまですか……鬼という哀しい者同士がこうして居る……お互いの運命かな」

そう言って孝夫は哀しげな眼差しで雨の降る庭園を見やった。

佳恵も同じように視線を庭園に向けた。沈黙の刻が流れた。
「そろそろお風呂に行きますか。部屋にも露天風呂が付いてますが、ここは何種類かのお風呂があるようです」
「せっかくだから大きいお風呂に行きます」
「お風呂に上がってから食事ということで、フロントに電話しておきます」
「お願いします」

広い浴場のあちこちに巨石を配置した大浴場や露天風呂があった。

佳恵は大浴場の片隅にひっそり浸かると、そこから築山造りの庭園を眺めた。点々と灯る明かりに、雨に濡れた緑が広がっていた。ところどころに赤く見えるのは寒椿なのか。十人ほどの泊まり客が散らばって入浴しているか、洗い場で白い背中を見せているだけで、静かであった。

お互いの運命、そうなのかもしれないと佳恵は思った。正月に孝夫さんが来なければ、私がここにこうしていることはない。そのとき佳恵は信隆と車で孝夫の母親を訪ねたときの、帰路の会話を思い出した。
「孝夫さん、お母さんのところによく来られるのかしら」
「徳島におるからよくってこともないやろ。何で?」
「お母さん孝夫さんの話をよくするでしょ」
「褒めてるな」
「だからあまり来られてないのかなと思ったの。淋しいのじゃないかと思って」
「あんまり行ってないと思う。情がないのやろ」
「孝夫さんに?」
「どっちも」
「そうなの?」
「ぼくも親には逢いたくない。孝夫さんも同じやないか。長いこと逢ってないけど、孝夫さん、冷たいとこがある気がする。小野一族は皆そうや」
「冷たいの?」
「情がな」

孝夫さんも自分で冷血やと言っていたが、情がないということなのか。私にはそうは思えない。なにか悲しみを一杯抱えた人のように思える。私は孝夫さんにどう扱われても後悔しない。いっときでも孝夫さんの悲しみを埋めることができたらそれでいい。私も孝夫さんに満たされるはず。

孝夫さんはここに二泊すると言っていた。私も二泊しようかしら。そして明日は八重垣神社や足立美術館に連れて行ってあげようか。孝夫さんが温泉しかないここに二泊するのは偶然でない気がする。きっと私と過ごすためなのだ。

風呂から上がり部屋に戻ると孝夫さんは先に戻っていて、仲居さん二人が座卓にお膳を並べていた。
「遅くなりました」
「奥さん、いいお湯でしたでしょ」

仲居の一人が鏡台の前に座った、丹前に羽織を重ね着した佳恵のほうを見て言った。


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