平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

長い散歩~人生には同行者が必要。

2011年05月19日 | 邦画
 『人生は長い散歩。愛がなければ歩けない』
 これがこの作品の宣伝コピー。
 これはこうも言い換えることが出来ると思う。

 『人生は長い散歩。歩いて行くには同行者が必要だ』
 こんなことを考えさせてくれる作品。

 物語は次の様なもの。(goo映画より)

 定年まで高校の校長を務めた松太郎(緒形拳)は、妻をアルコール依存症で亡くし、ひとり娘とも絶縁状態。家庭を顧みなかった過去の自分を後悔しながら、安アパートでひっそりと暮らし始めた松太郎は、隣室の女が幼い娘・幸(杉浦花菜)を虐待していることに気がつく。それ以来、何かと少女を気にかけていたが、ある日ついに惨状を見かね、彼女をアパートから連れ出してしまう。旅に出た二人の間に、少しずつ生まれていく絆。しかし世間は“誘拐”と見なし…。

 当初、幸は孤独な松太郎に心を開かない。
 虐待により、まわりの大人に対して警戒心が強いのだ。
 一方、松太郎も見ず知らずの幸をどう扱っていいかわからない。
 鳥の雛(ひな)のお墓をいっしょに作った時は心を通じ合わせたかに見えたが、すぐに心を閉ざしてしまう。
 ファミレスで幸のために<鉄板のハンバーグライス>を注文した時は、「熱い!」と鉄板をひっくり返されてしまう。
 だが、この<ひっくり返し>には理由があった。
 虐待で火傷を負わされていた幸は熱いものが怖かったのだ。
 こうして少しずつ心を通わせていくふたり。
 しかし、一方で誘拐事件として警察の手が迫る。

 松太郎にとって幸は<同行者>だったんですね。
 いっしょにご飯を食べて、笑って泣いて、愛情を注げる存在。
 それは他人のどんな小さな子供であっても関係ない。
 当初、松太郎は幸の手を引いて歩いていくが、作品のクライマックスでは、幸が松太郎の手を引いて歩いていく。
 虐待から幸を救ったはずの松太郎が、最後には幸に救われているのだ。
 そう言えば、幸は幼稚園の学芸会で使った天使の羽根を背中にいつも着けていたが、もしかしたら松太郎にとって救いの<天使>であったかもしれない。

 人生は長い散歩。
 ひとりで歩いていくのもいいが、同行者と共に歩いていくのも悪くない。
 いや、きっと散歩を豊かなものにしてくれる。

 そしてラストシーン。
 ネタバレになるので書きませんが、あのラストにはいろいろ考えさせられる。
 あのラストが作品にさらなる深みを与えている。


コメント (4)
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