みことばざんまい

聖書を原典から読み解いていくことの醍醐味。この体験はまさに目からウロコ。

Coffee Break, #155

2018年02月19日 | コーヒーブレイク
ヤコブ1章2節
私の兄弟たち
さまざまな試練に会うときは
それをこの上もない喜びと思いなさい

先に考察したように、この聖句において「試練」と訳されている単語はπειρασμόςであり、その意味は、ペイラスモス:悪魔による試練、まやかし、誘惑。

すると、「それをこの上もない喜びと思いなさい」という文章に違和感を覚える。

早速、検討に入る。

この箇所をKJV訳で確認すると

count it all joy

と訳出している。

countと訳された単語はἡγέομαιで、意味は

ἡγέομαι:
Middle voice of a (presumed) strengthened form of G71; to lead, that is, command (with official authority); figuratively to deem, that is, consider: - account, (be) chief, count, esteem, governor, judge, have the rule over, suppose, think.

最初にcommandとある。これは面白い。
次いで、数え(上げ)る、見做す、判断する、思う。

それを大いなる喜びであると命ぜよ
それを大いなる喜びであると見做せ
それを大いなる喜びであると想定せよ
それを大いなる喜びであると数えよ

「それ」とはペイラスモス:悪魔による試練、まやかし、誘惑

上の日本語訳(語訳ではなさそう)にあるように

悪魔による様々な試練をこの上もない喜びと思え

となる。

全文直訳する。

同1:2
私の兄弟姉妹たちよ
悪魔による様々な試練に取り囲まれた時
それをこの上もない喜びと思え

これは、山上の垂訓マタイ5章11~12節と共鳴する。

次に、何故そう「思う」必要があるのか。

その答えが次の3節に書いてあるはずだ。

まずは英語訳。

同1:3
Knowing this
that the trying of your faith worketh patience
(KJV)

tryingと訳された単語はドキミオン。

ドキミオン:神の承認を得るための試練

同1:3
あなたがたはこのことを知っているではないか
あなたがたの信仰の
承認を得るための神の試練は
希望に満ちた忍耐を形づくるということを

願いのサブスタンスが神によって承認され、地上において実現するまで、ワクワクしながら待て、ということを記者は言いたいではないか。

期待に胸ふくらませながらワクワク待つこと、これが神によって与えられる試練だ。




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Coffee Break, #154

2018年02月18日 | コーヒーブレイク
ヤコブ1章2節
私の兄弟たち
さまざまな試練に会うときは
それをこの上もない喜びと思いなさい

試練と訳されている単語について検討しておきたい。

原語はπειρασμόςという単語で、意味は

πειρασμός:
From G3985; a putting to proof (by experiment [of good], experience [of evil], solicitation, discipline or provocation); by implication adversity: - temptation, X try.

disciplineとあるから迷わされてしまうのだろう。

πειρασμόςが使われている聖句をいくつか見ておく。

ルカ22:28
Ye are they which have continued with me in my temptations

第1ペテロ1:6
Wherein ye greatly rejoice
though now for a season
if need be
ye are in heaviness through manifold temptations

ルカ4:2
Being forty days tempted of the devil
And in those days he did eat nothing
and when they were ended
he afterward hungered

最後の聖句を見ると、はっきりと書いてある。

temptedと訳された単語はπειράζωで、πειρασμόςの動詞形だ。はっきり「悪魔によって」と書かれている。

πειρασμόςとは、悪魔による試みであり、誘惑であると理解できる。

一方で

第1ペテロ1:7
信仰の試練は
火を通して精練されてもなお朽ちて行く金よりも尊いのであって
イエス・キリストの現われのときに
称賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかります

とある。

「信仰の試練」と書いてある。このような書き方(訳出)をされるから、ますます分からなくなるのだ。

試練は悪魔から来るのか、それとも神から来るのか、と。

この聖句において「試練」と訳された単語はδοκίμιονで、意味は

δοκίμιον:
Neuter of a presumed derivative of G1382; a testing; by implication trustworthiness: - trial, trying.

まさに、試練であり、試みと訳されて当然の単語。

この単語が使われている聖句を調べてみると

ヤコブ1:3
Knowing this
that the trying of your faith worketh patience

ローマ14:18
For he that in these things
serveth Christ is acceptable to God
and approved of men

この聖句において、δοκίμιονはapprovedと訳されている。

第1コリント11:19
For there must be also heresies among you
that they which are approved may be made manifest among you

この聖句においても、approvedと訳されている単語はδοκίμιονの派生語。

要するに、δοκίμιον(試練、試み)とは

神によって与えられる試練、試みであり、神の承認を得るために与えられる

と理解してよさそうだ。

同じ「試練」と訳されていても、原典で使われている単語が全く違うのだ。

やはり原典研究は極めて重要であり、日本語訳だけだと頓珍漢な結論に至る恐れがある。

ペイラスモス:悪魔による試練、まやかし、誘惑

ドキミオン:神の承認を得るための試練

・・・つづく。




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Coffee Break, #153

2018年02月13日 | コーヒーブレイク
ヤコブ1章10節
富んでいる人は
自分が低くされることに誇りを持ちなさい
なぜなら
富んでいる人は
草の花のように過ぎ去って行くからです


言うまでもなく、この聖句は1章9節の対比で語られている。

英語訳を見ると、それがはっきりと分かる。

ヤコブ1:9
Let the brother of low degree rejoice
in that he is exalted

ヤコブ1:10
But the rich
in that he is made low

文頭にButがあることに注目したい。

日本語訳では

同1:10
But let the rich rejoice
in that he is made low

このように補充して理解しているが、それで良いのか。

違う(と思う)。

同1:10
But NOT let the rich rejoice
in that he is made low

ではないか。

低くされているということは、この地にいるということだ。言い換えると、天に国籍がないということ。

だから、続けて次のように書いてある。

because as the flower of the grass
he shall pass away

全文直訳する。

ヤコブ1:10
富んでいる者を喜ばせるな
低くされているのだから
故に、野の花のように
その者は必ずや滅び去るであろう

カネがあろうとなかろうと、常に霊において謙って、常に霊において飢え渇きを持てと言っているのではないか。





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Coffee Break, #152

2018年02月12日 | コーヒーブレイク
ヤコブ1章9節
貧しい境遇にある兄弟は
自分の高い身分を誇りとしなさい

理由あって、ヤコブ書1章を詳しく調べている。

二心の真意とは何か。

まずは、この9節。

「貧しい境遇」と書いてある。

これを「貧しい人」と勝手に置き換えて理解していないだろうか。

早速原典を参照しながら、英語訳を見てみたい。


Let the brother of low degree rejoice in that he is exalted
(KJV)

つまり、「貧しい境遇」と訳された単語は英語訳では「low degree 」と訳出している。

low degreeと訳された単語はταπεινόςで、意味は

ταπεινός
Of uncertain derivation; depressed, that is, (figuratively) humiliated (in circumstances or disposition): - base, cast down, humble, of low degree (estate), lowly.

低い、謙遜な、落ち込んだ、という意味を持つ単語。最後にof low degree (estate)とあるので、この日本語訳では「貧しい境遇にある」と訳しているのだろう。

この単語の意味について、lowly in spiritと書いてある辞書があった。

This is it!

これだと確信。

>霊において低い者


次に後半部分。

「自分の高い身分」と訳しているが、英語訳はhe is exaltedだ。

原典を確認すると、ὕψοςという単語が使われていて、意味は

ὕψος:
From a derivative of G5228; elevation, that is, (abstractly) altitude, (specifically) the sky, or (figuratively) dignity: - be exalted, height, (on) high.

聖書において‘be exalted’というのは「高く上げられている」という意味だ。つまり、国籍は天にあるということ。


霊において低い兄弟を喜ばせよ
天に上げられているのだから

これは、山上の垂訓と見事に共鳴している。

マタイ5章3節
Blessed are the poor in spirit
for theirs is the kingdom of heaven
(KJV)

次回、1章10節。







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Coffee Break, #151

2018年01月31日 | コーヒーブレイク
第1コリント2章5節
それは
あなたがたの持つ信仰が
人間の知恵にささえられず
神の力にささえられるためでした

と書いてある。

日本語訳しか知らない人々は非常に不幸だ。

原典に忠実に訳されている英語訳を見てみよう。


that your faith may not be
in the wisdom of men
but in the power of God
(YLT)

英語圏で暮らしている人々は聖書を上のように理解している。


あなたがたの信仰は
人のオツムの中にではなく
神のデュナミスの中にある

極めてダイナミズムに富み、ワクワクするようなことが原典には書いてあるのだ。

残念なことだが、日本語訳ではそれが削ぎ落されてしまっている。



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Coffee Break, #150

2018年01月26日 | コーヒーブレイク
コロサイ1章13節
神は
私たちを暗やみの圧制から救い出して
愛する御子のご支配の中に移してくださいました


「暗やみの圧政」と書いてあるが、これではピンと来ない。

霊的領域を念頭に置いて訳出すべきだと思う。

「暗やみ」と訳された単語はσκότοςで、意味は

σκότος:
From the base of G4639; shadiness, that is, obscurity (literally or figuratively): - darkness.

つまり、「闇」。定冠詞が付いているので「あの闇」。

次に、「圧政」と訳された単語はἐξουσίαで、意味は

ἐξουσία:
From G1832 (in the sense of ability); privilege, that is, (subjectively) force, capacity, competency, freedom, or (objectively) mastery (concretely magistrate, superhuman, potentate, token of control), delegated influence: - authority, jurisdiction, liberty, power, right, strength.

つまり、「力」「権力」「勢力」。

よって、της εξουσιας του σκοτουςは

あの闇の(勢)力の

あの闇の勢力とは、言うまでもなく、この世の闇を支配する悪しき霊ども(αρχή)の勢力だ。

次に、「愛する御子のご支配」について。

この箇所の原典を見ると

την βασιλειαν του υιου της αγαπης αυτου

直訳すると

彼(神)の愛の御子の王国(または、支配)


神は
我々を
あの闇の力から救い出し
ご自身の愛の御子の支配へと
移してくださった



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Coffee Break, #149

2018年01月17日 | コーヒーブレイク
マタイ12章35節
良い人は
良い倉から良い物を取り出し
悪い人は
悪い倉から悪い物を取り出すものです


「良い倉」と書いてあるが、原典には「倉」は出てこない。

英語訳を見てみる。


A good man out of the good treasure of the heart
bringeth forth good things
and an evil man out of the evil treasure
bringeth forth evil things
(KJV)

この英語訳の中のthe good treasure of the heartを「良い倉」と訳しているのだ。

そこで、異本がないかどうか調べてみた。

BibleHubのマタイ12:35を開くと

信頼性の低い写本Nestle GNT 1904やWestcott and Hort 1881(日本語訳の参考写本)では、この箇所の原文はἀγαθοῦ θησαυροῦ 、信頼性の高い写本Scrivener's Textus Receptus 1894(TR)などでは、ἀγαθοῦ θησαυροῦ τῆς καρδίαςとなっている。

θησαυροῦはθησαυρόςの属格で、意味は

θησαυρός:
From G5087; a deposit, that is, wealth (literally or figuratively): - treasure.

つまり、「蓄財」「富」「宝」

倉には宝が詰まっているというイメージがあるので、「倉」と意訳したのだろう。しかし、原義は「蓄財」「富」「宝」だ。しかも「心」という修飾語が付いている。

さて、ἀγαθοῦ θησαυροῦ τῆς καρδίαςとはどういう意味か。

直訳すると

心(καρδίας)のἀγαθοῦ(良い)宝(θησαυροῦ)
(心の良い宝)

心の良い宝とは何か。

ここでも「善行」と考えると敵の罠に嵌まるので注意せよ。


良い人は
心の良い財宝から
良い物々を
引っぱり出す
悪い人は
悪い財宝から
悪い物々を

・・

我々キリスト者にとって、心の良い宝とは主イエスキリスト以外にあり得ない。

我々はキリストの全知全能の香りを解き放つ存在なのだ。



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Coffee Break, #148

2018年01月14日 | コーヒーブレイク
ヤコブ2章1節
私の兄弟たち
あなたがたは
私たちの栄光の主イエス・キリストを信じる信仰
を持っているのですから
人をえこひいきしてはいけません

いい加減いや気が差してきたが、くり返し指摘しておく。

>私たちの栄光の主イエス・キリストを信じる信仰

英語訳
the faith of our Lord Jesus Christ, the Lord of glory

原典
την πιστιν του κυριου ημων ιησου χριστου της δοξης

直訳
我らの栄光の主、イエスキリストの信仰



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Coffee Break, #147

2018年01月12日 | コーヒーブレイク
エペソ4章13節
ついに
私たちがみな
信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し
完全におとなになって
キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです

この聖句にも重大な誤訳があるので指摘しておく。

>信仰の一致と神の御子に関する知識の一致

と書いてある。

逐語訳されている英語訳を見てみると

the unity of the faith and of the knowledge of the Son of God

とある。

直訳すると

神の御子の信仰と知識との一体化

ここで、一体化と訳した単語はἑνότηςで、意味は

ἑνότης
From G1520; oneness, that is, (figuratively) unanimity: - unity.

つまり、ひとつになること。

「一致」という意味もあるが、onenessとあるので原義ではない。

ここでは、「一体化」とした。

上の日本語訳と比較してほしい。

以前にも指摘したが、この手の日本語訳の背景には、必ずと言っていいほど、「我ワレは~に対する」という訳出パターンがある。これは「使徒信条告白」を主張・強調するためのデモではないかと思われる。

このワレワレワールド故に、「神の御子の信仰の一致」とはせずに「(ワレとワレの)信仰の一致」と訳出し、また、「神の御子の知識」ではなく、「神の御子に関する(ワレの)知識」と訳出しているのだ。

神の子の信仰と全知と一つになり

と訳出すべきではないかと思う。

つまり

主イエスのフェイス、そして主のマインドとひとつになる

その結果(εις )

unto a perfect man(完全な人)に至る


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Coffee Break, #146

2018年01月12日 | コーヒーブレイク
一部引用開始

・・・

この場合、人称代名詞も名詞も属格で、重複して「香り」に係っています。

・・・

>この場合

とある。

彼は当ブログの中のこの記事しか読んでいない可能性が高い。

>人称代名詞も名詞も属格で、重複して「香り」に係っています。

とある。

つまり、彼が言っていることは

την οσμην της γνωσεως αυτουにおいて
γνωσεως(知識の)もαυτου(彼の)も
την οσμην(香り)に掛かるということ。

併記すると、「知識の香り」「彼の香り」

にもかかわらす、なぜこの箇所を「彼の知識の香り」と理解しようとしないのか。

ここに「我(ワレ)」を無理やり介入させて、「我(ワレ)が彼を知る知識の香り」とする理由は何か。

素直に「キリストの(放つ)知識の香り」と解釈すれば良いではないか。

以上で、考察を終了する。

それ以下については割愛する。

・・

ワレワレワールドをグルグル回りしながら、約束の地に到達することはできない。

スーパーナチュラルワールドをご一緒に冒険してみませんか、Oさん。


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