NHK記者
去年の秋の事である。ある日、私は渋谷で仕事した。医療関係の仕事である。私は患者、特に女の患者とは、病気の事に関して淡々と話すが、けっして感情は入れない。まあ、当たり前と言えば当たり前であるが。公と私は、ちゃんと区別する。それは、医療に限らず、たとえばマクドナルドの店員で、お客になれなれしく話しかけてくる人がいないのと同じである。それが仕事のマナーである。しかし、医療では、患者も色々聞いてくる人もいるし、こちらも説明しなければならないので、会話が多くなる時もある。また、患者も時には、感情を入れて話しかけてくる人もいる。しかし、私は、患者とは個人的なつながりはけっして持たない。たとえ、診療する短い時間の間だけであっても。だが、まあ、ほとんどの場合、患者も病気の事だけを聞いてくるので、そういう事は滅多にない。ちょうど八百屋に野菜を買いに行く人はいい野菜を買いにいくのであって、八百屋のおやじとお喋りを楽しむために行くのではないのと同じである。
だが、去年の秋のある日、診療してたら一人の女の患者が診療の後、名刺を渡してきた。
「私、NHKの記者なんです。医療関係を担当してます。医療に関してお聞きしたい事があるんですが、よろしいでしょうか」
こういう事ははじめてだったが、たいして驚かなかった。名刺を見ると、確かにNHK記者と書いてある。私は彼女の顔を見た。彼女は素晴らしい美人だった。(と言っておこう)
要するに診療を兼ねた取材である。さほど、乗り気もしなかったが、まあ、話のネタにもなるだろうし、
「いいですよ」
と答えた。その時はちょうど診療のおわる時刻だった。彼女もそれを計算していたのだろう。
診療がおわって、外へ出た。だが、彼女は見当たらなかった。しばし待ってみたが、彼女が来ないので、私は、帰ろうと思って駅に向かった。すると、彼女があらわれた。渋谷駅前なので、喫茶店はいくらでもある。
一番近いファーストフード店に入った。
私はアイスティーで、彼女はコーヒーを注文した。
そして二階に上って向かい合わせに座った。
「私はNHKで医療分野を担当していますが、××で診療報酬が大幅に変わりましたね」
「ええ」
「それによって、診療所では何か変化がありましたか」
「どういうことですか」
私は逆に聞き返した。彼女が何を聞きたいのかわからなかったからである。
「たとえば経営のために必要もない検査をしているとか」
「それはないと思いますね。私の知る限り。むしろ検査が足りないくらいだと思ってます」
必要もない検査をしたら支払基金でカットされるじゃないか、そんな事も知らないのか、取材は基本的な事くらい調べてからしろ、と言いたい思いを抑えて私は穏やかに答えた。
私はいささか、彼女に不快感を感じた。何て、あまちゃん、なんだろうと思った。ので、こう言った。
「NHKだって八百長じゃないですか」
「そんな事ないです」
彼女はすぐにむきになって言い返した。
子供なんだ。NHKの記者でありながらNHKが清く正しい番組であると本気で思ってるほど子供なんだ、と「伊豆の踊り子」の川端康成のように思って私は朗らかな喜びでことことと笑った。頭が拭われたように澄んで来た。微笑がいつまでもとまらなかった。
そもそも医者が自分の不利になるような事は言わないのが普通ではないか。
どんな企業に取材しても、自社の欠点や企業秘密など言う会社などあるわけがないではないか。人に、あなた達はインチキをしていますか、と聞いてるようなものではないか。
「誰か詳しく知ってる人知りませんか」
彼女はさも残念そうな表情で独り言のように言った。
「知りません。私はあんまり医者の友達がいないもので」
私は彼女の思っている事は全て見抜いている。
しかし、私は人を傷つけたり、からかったり、恥をかかせたりしたくないので何も言わなかった。
その後、少し話した。
「僕、浅野浩二ってペンネームで小説を書いてるんです」
「へー。すごいんですね」
「ホームページに小説を出してますから、よかったら見て下さい。「浅野浩二」で検索すればすぐ出てきます」
「じゃあ、見させてもらいます」
そんな事で彼女と別れた。
もちろん、ホテルで一休みしませんか、何て一般の男が聞くような事はしなかった。
彼女にあまり魅力を感じなかったからだ。
(だが彼女は他の人が見れば、すごい美人でキュートに感じるだろう)
そんな事で彼女と別れた。渋谷から東急東横線に乗って家に帰った。
家に帰って、彼女の名前で検索したら、二つくらい出てきた。もっと出るかと思ったが当てが外れた。
去年の秋の事である。ある日、私は渋谷で仕事した。医療関係の仕事である。私は患者、特に女の患者とは、病気の事に関して淡々と話すが、けっして感情は入れない。まあ、当たり前と言えば当たり前であるが。公と私は、ちゃんと区別する。それは、医療に限らず、たとえばマクドナルドの店員で、お客になれなれしく話しかけてくる人がいないのと同じである。それが仕事のマナーである。しかし、医療では、患者も色々聞いてくる人もいるし、こちらも説明しなければならないので、会話が多くなる時もある。また、患者も時には、感情を入れて話しかけてくる人もいる。しかし、私は、患者とは個人的なつながりはけっして持たない。たとえ、診療する短い時間の間だけであっても。だが、まあ、ほとんどの場合、患者も病気の事だけを聞いてくるので、そういう事は滅多にない。ちょうど八百屋に野菜を買いに行く人はいい野菜を買いにいくのであって、八百屋のおやじとお喋りを楽しむために行くのではないのと同じである。
だが、去年の秋のある日、診療してたら一人の女の患者が診療の後、名刺を渡してきた。
「私、NHKの記者なんです。医療関係を担当してます。医療に関してお聞きしたい事があるんですが、よろしいでしょうか」
こういう事ははじめてだったが、たいして驚かなかった。名刺を見ると、確かにNHK記者と書いてある。私は彼女の顔を見た。彼女は素晴らしい美人だった。(と言っておこう)
要するに診療を兼ねた取材である。さほど、乗り気もしなかったが、まあ、話のネタにもなるだろうし、
「いいですよ」
と答えた。その時はちょうど診療のおわる時刻だった。彼女もそれを計算していたのだろう。
診療がおわって、外へ出た。だが、彼女は見当たらなかった。しばし待ってみたが、彼女が来ないので、私は、帰ろうと思って駅に向かった。すると、彼女があらわれた。渋谷駅前なので、喫茶店はいくらでもある。
一番近いファーストフード店に入った。
私はアイスティーで、彼女はコーヒーを注文した。
そして二階に上って向かい合わせに座った。
「私はNHKで医療分野を担当していますが、××で診療報酬が大幅に変わりましたね」
「ええ」
「それによって、診療所では何か変化がありましたか」
「どういうことですか」
私は逆に聞き返した。彼女が何を聞きたいのかわからなかったからである。
「たとえば経営のために必要もない検査をしているとか」
「それはないと思いますね。私の知る限り。むしろ検査が足りないくらいだと思ってます」
必要もない検査をしたら支払基金でカットされるじゃないか、そんな事も知らないのか、取材は基本的な事くらい調べてからしろ、と言いたい思いを抑えて私は穏やかに答えた。
私はいささか、彼女に不快感を感じた。何て、あまちゃん、なんだろうと思った。ので、こう言った。
「NHKだって八百長じゃないですか」
「そんな事ないです」
彼女はすぐにむきになって言い返した。
子供なんだ。NHKの記者でありながらNHKが清く正しい番組であると本気で思ってるほど子供なんだ、と「伊豆の踊り子」の川端康成のように思って私は朗らかな喜びでことことと笑った。頭が拭われたように澄んで来た。微笑がいつまでもとまらなかった。
そもそも医者が自分の不利になるような事は言わないのが普通ではないか。
どんな企業に取材しても、自社の欠点や企業秘密など言う会社などあるわけがないではないか。人に、あなた達はインチキをしていますか、と聞いてるようなものではないか。
「誰か詳しく知ってる人知りませんか」
彼女はさも残念そうな表情で独り言のように言った。
「知りません。私はあんまり医者の友達がいないもので」
私は彼女の思っている事は全て見抜いている。
しかし、私は人を傷つけたり、からかったり、恥をかかせたりしたくないので何も言わなかった。
その後、少し話した。
「僕、浅野浩二ってペンネームで小説を書いてるんです」
「へー。すごいんですね」
「ホームページに小説を出してますから、よかったら見て下さい。「浅野浩二」で検索すればすぐ出てきます」
「じゃあ、見させてもらいます」
そんな事で彼女と別れた。
もちろん、ホテルで一休みしませんか、何て一般の男が聞くような事はしなかった。
彼女にあまり魅力を感じなかったからだ。
(だが彼女は他の人が見れば、すごい美人でキュートに感じるだろう)
そんな事で彼女と別れた。渋谷から東急東横線に乗って家に帰った。
家に帰って、彼女の名前で検索したら、二つくらい出てきた。もっと出るかと思ったが当てが外れた。