小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

救急医療のたらい回し

2013-03-31 01:45:27 | Weblog
救急医療のたらい回しで、結局、受け入れてくれる病院がなくて死んでしまった患者のニュースをやっていた。今は、二年の研修が必修になっていて、その中には、当然、救急医療と、内科がある。なので、今は、救急が出来る医者が多いのではないか、と思っていた。しかし、どうもそうではないらしい。断った病院は当直の医者が専門外だと言っていた。では、多分、医者というか医学生は、やはりジェネラルドクターより、専門医の方を選びたがっているのだろう。そっちの方が楽である。ならば、きっと、救急の研修は、しんどいし、イヤイヤやっている可能性がある。のではなかろうか。それと訴訟である。今は、95%以上、つまり、ほとんど医者の全員が、医者を守る保険に入っている。5万円くらいの、一年間の掛け捨て保険である。ほとんどの医者は、患者に訴えられることを恐れているのである。それは、昔と違って、今は、患者が医者を訴えるケースが増えてきているからである。患者が訴える、というより、医療訴訟に詳しい弁護士が、患者の家族に訴えるよう、そそのかしているのではないだろうか。弁護士は、依頼者がなければ、収入が入らない。そのため、医者はどうしても委縮医療になる。医療は、「思いやりが凶器になって帰ってくる」世界なのである。
医学生は、たとえ、(整形外科とか耳鼻科とか)何かの専門医になろうと思っても、全くかまわないと思うが、研修での救急は、絶対、イヤイヤではなく、気を入れてやっておいた方がいいと思う。というのは、寝当直のバイトの当直料は安いが、救急受け入れ病院の当直のバイト料は、非常にいいのである。また医者のアルバイトの斡旋業社では、救急患者を一人受け入れたら、プラスいくら支払う、という条件までつけている。研修医の間では、救急のことを奴隷科とか、言ってる人もいるけれど、私の感覚は全く違う。医学は嫌いとか言っている私だが。(それは、医学以外に、やりたい事、それは小説創作である。があるからであるが)私は、これは本心なのだが、この世の全ての学問に興味がある。私の時は、研修は必修ではなかったが、研修で、外科系とかをやらなかったことを、私は、つくづく後悔している。しかし、それは楽をするためではない。私は関西の医学部に入ったので、どうしても研修は関東にUターンしたかったからである。出身母校いがいの大学の医局には、私の内向的な性格では入りにくかった。(出身母校は気兼ねを使う必要が全くない自分の家みたいなものである。が、出身母校いがいの医局は、他人の家みたいなもので非常に気を使う)それに、国家試験が終わった後は、過敏性腸症候群の自律神経症状がひどくて、とても外科系の研修は出来る体調ではなかった。当然、真面目な私であるから、研修の時の、静脈注射は熱心にやった。あと、精神科では、患者が、立ちくらみを起こして、倒れて額を切ることがあるのだが、その縫合も医者の仕事であり、今でも、縫合は出来る。手というか、体で覚えたものは、スポーツと同じであり、頭で覚えた知識と違って、時間が経っても忘れないのである。なので、研修での救急とか内科とか外科とかは、しっかりやっておいた方がいい。

もう一つ。ベッドが満床です、といって断る病院も、やはり、おかしいと思う。病状が安定していて、ただ寝ているだけの患者も病院には多い。そういう患者にベッドをあけてもらって、別の所で休んでもらえる場所は、病院の中には、いくらでもある。一つのベッドで二人の患者に寝てもらう、ということだって出来る。同性なら問題はない。さすがに、男の患者と女の患者を、一つのベッドに寝かせてはまずいと思うが。でも、ばあさん、なら、いいのではなかろうか。人が生きるか死ぬかに比べたら、そんな事、どうでもいいことである。

緊急の時には、インフォームド・コンセントで、病院の方から、当直医は、専門外ですが、診断、治療が的確でなくても、訴えないでくれますか、と患者や患者の家族の了解を得るようにしたら、いいのではないだろうか。

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三寒四温

2013-03-31 00:56:37 | Weblog
三寒四温で、暖かい日と寒い日の変動が激しい。花粉症で、鼻が詰まって口呼吸になってしまう。ので、寝ている間に冷たい空気が咽喉をとおって、咽喉が痛くなってしまった。それから風邪になった。喘息とは違う今までと違った呼吸困難が起こる。ので、行きつけの医院に行った。この医院の先生は、消化器が専門で、呼吸器はあまり詳しくない。だが、この日は、別の呼吸器科の専門の非常勤の先生だった。さすが呼吸器の医者である。痰を採取して、パルオキシメーターで血中酸素濃度を測定して、レントゲンを撮った。レントゲンから、肺気腫があるかも、しれない、と言った。肺気腫とは、気管支の先のぶどうの房のような肺胞が破壊されて、つながってしまい、呼吸の効率が悪くなって、運動すると呼吸が苦しくなりやすい疾患である。タバコを吸う人がかかりやすい。そのくらいのことは、知っている。英語でempphysemaと言うのも知っている。だが私は、医者です、などとは言わない。素人を装っていた方が、相手がどのくらいの実力の医者かがわかるからである。私は肺気腫ではない。タバコは全く吸わないし、プールで5時間、ぶっつづけにクロールで泳げるが、全く息切れもしない。また、一週間後に来て下さいと言われた。フローボリュームという、思い切り、息を吐く検査をすれば、わかるのだが、そこまでは、しないんじゃないだろうか。機器もなさそうだし。ちなみに、胸部レントゲンの読影は、呼吸器科の医者でも、結構むつかしいのである。簡単に診断できるのは、明らかな肺炎(肺が真っ白になる)と、心拡大と、大きな小細胞ガンと肋骨骨折である。まあ、他にもあるだろうが。

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今日から開幕戦

2013-03-29 21:53:28 | Weblog
今日から開幕戦。プロ野球は、どの球団も外人がいるので応援する気になれない。

選抜高校野球はベスト8が決まる。おそらく大阪桐蔭が優勝するだろう。

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日本史年表3

2013-03-27 00:20:02 | Weblog
842承和の変。・・・・・藤原良房の妹、順子の子を文徳天皇にする。自分は太政大臣になる。
888○阿衡の紛議。・・藤原基経が宇多天皇から「阿衡」に任命され不満。
1028平忠常の乱。・・東国で平忠常が反乱。源氏が鎮圧。
1247△宝治合戦。・・・反北条の三浦を滅ぼす。以後、得宗。
1285霜月騒動。・・・・安達氏が滅びる。以後、得宗。
1293○平禅門の乱。・・安達氏を滅ぼした平頼綱も滅びる。
1335中先代の乱。・・・得宗北条高時の子を尊氏が鎮圧する。
1350観応の擾乱。・・・足利氏の内紛。直義。直冬。
1391明徳の治。・・・・義満が守護大名、山名氏清を滅ぼす。
1399応永の乱。・・・・義満が、守護、大内義弘を滅ぼす。
1438永享の乱。・・・・鎌倉公方の足利持氏を6代義教が滅ぼす。
1441嘉吉の乱。・・・・守護、赤松満祐が義教を暗殺する。
1493○明応の政変。・・10代が細川によって11代に変えられる。
1604 糸割符。・・・・・ポルトガル商人の暴利抑制ため、中国生糸を買わせる。
1715海舶互市新例。・・新井白石は金銀の流出抑制のため、半分を銀で支払わせる。
1839蛮社の獄。・・・・モリソン号を打ち払った、渡辺崋山、高野長英を投獄。
1860五品江戸廻送令。・・生糸、灯油、呉服、雑穀、蝋の五品を江戸の問屋を通して輸出。
1862坂下門外の変。・・・公武合体の老中、安藤信正が天皇の妹と家茂を結婚。尊攘派に襲われる。
1863。8月18日の政変。・薩摩が尊攘の公家の三条実美らを京都から追放。
1864禁門の変。・・・・・新撰組に対する長州の反撃。
明治8.1875大阪会議。・・・・・大久保が板垣や西郷に政府にもどるよう誘う。
11.1878○三新法の公布。・・地方税規則などの公布。
14.1881明治14年の政変。・・開拓使官有物払下げ事件。大隈を罷免。
151882壬午軍乱。・・・・・朝鮮の親日の閔妃が親清派のクーデターにあい、閔妃は親清になる。
17.1884○秩父事件。・・・・松方デフレで米価が下がり農民が蜂起。
17.1884○甲申事変。・・・・朝鮮の閔妃に対する親日派の反乱を日本が協力。だが清により負ける。
18.1885○大阪事件。・・・・大井憲太郎らが朝鮮独立党を樹立。逮捕され入獄。
24.1891大津事件。・・・・イギリスとロシアを押えようとしたが、ロシア皇太子が警官に切りつけられイギリスとの条約は頓挫。
28.1895○閔妃殺害事件(びんひ)・・親露反日の閔妃が日本行使に殺される。
33.1900義和団事件。・・・北清事変。清は義和団を利用して列強八カ国に宣戦したが負け北京議定書。
大正1.1912第一次護憲運動。・・・・第一次護憲運動で桂内閣退陣。次は山本権兵衛。
3.1914○シーメンス事件。・・軍艦購入のわいろで第一次山本内閣失脚。
6.1917○石井=ライシング事件。・・日米の中国の権益の協定。
昭和7.1932血盟団事件。・・・・・5・15。犬養が殺される。

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日本の歴代総理(戦後)

2013-03-26 21:59:57 | Weblog
1945年 (昭和20年)東久邇宮稔彦。幣原喜重郎。
1946年 (昭和21年)吉田茂(1)。
1947年 (昭和22年)片山哲。
1948年 (昭和23年)芦田均。吉田茂(2)。
1949年 (昭和24年)吉田茂(3)。
1950年 (昭和25年)
1951年 (昭和26年)
1952年 (昭和27年)吉田茂(4)。
1953年 (昭和28年)吉田茂(5)。
1954年 (昭和29年)鳩山一郎(1)。
1955年 (昭和30年)鳩山一郎(2)。(3)
1956年 (昭和31年)石橋湛山。
1957年 (昭和32年)岸信介(1)。
1958年 (昭和33年)岸信介(2)。
1959年 (昭和34年)
1960年 (昭和35年)池田勇人(1)。(2)
1961年 (昭和36年)
1962年 (昭和37年)
1963年 (昭和38年)池田勇人(3)。
1964年 (昭和39年)佐藤栄作(1)。
1965年 (昭和40年)
1966年 (昭和41年)
1967年 (昭和42年)佐藤栄作(2)。
1968年 (昭和43年)
1969年 (昭和44年)
1970年 (昭和45年)佐藤栄作(3)。
1971年 (昭和46年)
1972年 (昭和47年)田中角栄(1)。(2)
1973年 (昭和48年)
1974年 (昭和49年)三木武夫。
1975年 (昭和50年)
1976年 (昭和51年)福田赳夫。
1977年 (昭和52年)
1978年 (昭和53年)大平正芳(1)。
1979年 (昭和54年)大平正芳(2)。
1980年 (昭和55年)鈴木善幸。
1981年 (昭和56年)
1982年 (昭和57年)中曽根康弘(1)。
1983年 (昭和58年)中曽根康弘(2)。
1984年 (昭和59年)
1985年 (昭和60年)
1986年 (昭和61年)中曽根康弘(3)。
1987年 (昭和62年)竹下登。
1988年 (昭和63年)宇野宗佑。
1989年 (平成1年)宇野宗佑。海部俊樹(1)
1990年 (平成2年)海部俊樹(2)
1991年 (平成3年)宮澤喜一。
1992年 (平成4年)
1993年 (平成5年)細川護煕。
1994年 (平成6年)羽田孜。村山富市。
1995年 (平成7年)
1996年 (平成8年)橋本龍太郎(1)。(2)
1997年 (平成9年)
1998年 (平成10年)小渕恵三。
1999年 (平成11年)
2000年 (平成12年)森喜朗(1)(2)
2001年 (平成13年)小泉純一郎(1)。
2002年 (平成14年)
2003年 (平成15年)小泉純一郎(2)。
2004年 (平成16年)
2005年 (平成17年)小泉純一郎(3)。
2006年 (平成18年)安倍晋三(1)。
2007年 (平成19年)福田康夫。
2008年 (平成20年)麻生太郎。
2009年 (平成21年)鳩山由紀夫。
2010年 (平成22年)菅直人。
2011年 (平成23年)野田佳彦。
2012年 (平成24年)安倍晋三(2)。
2013年 (平成25年)浅野浩二。

間違い探し。一人だけ間違っている総理大臣がいます。どこでしょう。(簡単)

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日本史年表2

2013-03-26 20:53:12 | Weblog
391 ・・・碑文。倭軍、新羅を破る。高句麗、好太王の碑文。倭の朝鮮半島出兵。
478 ・・・倭王武。倭王武の上表文。倭王武、南朝の宋に派遣。雄略天皇が宋に使いを送る。
562 ・・・伽耶諸国の滅亡。
587 ・・・蘇我馬子、物部守屋を殺害。
592 ・・・蘇我馬子、崇徳天皇を暗殺。
643 ・・・蘇我入鹿、山背大兄王を攻め殺す。
670 ・・・庚午年籍。
754 ・・・鑑真の渡来。
757 ・・・橘奈良麻呂の乱。橘諸兄の子のクーデター。藤原仲麻呂が鎮圧。
764 ・・・恵美押勝の乱。不比等の孫の藤原仲麻呂の乱。
769 ・・・宇佐八幡宮神託事件。道鏡がお告げでオレだと言う。
784 ・・・長岡京に遷都。
792 ・・・健児の制。農民兵士をやめ郡司の子弟を採用。
801 ・・・坂上田村麻呂の蝦夷征伐。
806 ・・・空海、帰朝し真言宗。
810 ・・・藤原冬嗣、蔵人頭。天皇の秘書官。薬子の変。平城天皇が再び天皇になろうとするのを藤原の仲成、薬子の兄妹が補佐。嵯峨天皇は仲成を殺す。
820 ・・・弘仁格式。律令制再建。
842 ・・・承和の変。藤原良房が伴健岑(とものこわみね)、橘逸勢(たちばなのはやなり)を追放。良房の妹、順子の子を文徳天皇に。良房は太政大臣に。
866 ・・・応天門の変。良房は伴善男(とものよしお)を放火として退ける。
887 ・・・藤原基経、関白に就任。
888 ・・・阿衡の紛議。基経は「阿衡」を天皇から任ぜられた。
901 ・・・昌泰の変。道真の左遷。
969 ・・・安和の変。藤原実頼が源高明を九州に左遷。
988 ・・・尾張国群司百姓。農民が暴政を訴える。
1053 ・・・藤原頼通、平等院鳳凰堂。
1069 ・・・記録荘園券契所の設置。国司に納税しない荘園を厳しく取り締まる。
1083 ・・・後三年の役。
1124 ・・・奥州藤原氏の中尊寺金色堂の設立。
1167 ・・・平清盛、太政大臣。
1203 ・・・北条時政、執権になる。
1225 ・・・評定衆の設置。北条氏の御家人政治。
1232 ・・・御成敗式目。武士の均分相続。武家の道理を条文化。
1274 ・・・元寇。
1285 ・・・霜月騒動。御家人の筆頭、安達泰盛(あだちやすもり)一族を滅ぼす。得宗。
1293 ・・・平禅門の乱。安達氏を滅ぼした平頼綱も滅びる。
1317 ・・・文保の和談。幕府が南北交互を提案。か。
1341 ・・・正中の変。
1352 ・・・元弘の変。
1419 ・・・応永の外寇。朝鮮が倭寇退治に対馬を攻撃。
1428 ・・・正長の土一揆。京都の農民が高利貸しを襲い、私徳政。
1429 ・・・琉球王国の建国。
1438 ・・・永享の乱。義教が鎌倉公方、足利持氏(もちうじ)を討伐。
1441 ・・・嘉吉の乱。赤松満祐(あかまつみつすけ)が義教を殺す。
1457 ・・・コシャマインの戦い。
1485 ・・・山城の国一揆。国人と農民が守護の畠山を追い出す。
1488 ・・・加賀の一向一揆。加賀の一向宗徒の武士や農民が守護の富樫政親を敗死させる。
1493 ・・・明応の政変。10代が細川によって11代に変えられる。
1510 ・・・三浦の乱。
1523 ・・・寧波の乱。
1532 ・・・法華一揆。
1609 ・・・島津家久、琉球に侵攻。
1613 ・・・伊達政宗、支倉常長を欧州に派遣。
1615 ・・・一国一城令。
・・・・・・武家諸法度。
・・・・・・禁中ならび公家諸法度。
1627 ・・・紫衣事件。
1639 ・・・鎖国の完成。
1643 ・・・田畑永代売買の禁令。
1651 ・・・慶安事件。
1657 ・・・明暦の大火。
1682 ・・・井原西鶴、「好色一代男」
1695 ・・・元禄金銀。
1716 ・・・享保の改革。
1742 ・・・公事方御定書。民事裁判。
1758 ・・・宝暦事件。
1767 ・・・明和事件。
1772 ・・・田沼意次、老中に就任。
1774 ・・・解体新書。
1811 ・・・ゴローニン事件。ロシア艦長が千島測量中、捕えられる。
1839 ・・・蛮社の獄。モリソン号を打ち払った、渡辺崋山、高野長英を投獄。
1841 ・・・天保の改革。水野忠邦。
明治2 ・・・・・版籍奉還。
3 ・・・・・工部省の設置。
4 ・・・・・新貨条例。円、銭、厘。不換紙幣。
・・・・・・郵便制度の採用。
・・・・・・廃藩置県。
5 ・・・・・学制。大学区。中学区。小学区。フランス。
・・・・・・新橋~横浜に鉄道。
6 ・・・・・徴兵令。
・・・・・・地租改正。
・・・・・・内務省の設置。
7 ・・・・・民選議員設立の建白。
・・・・・・佐賀の乱。江藤新平。
8 ・・・・・大阪会議。大久保は板垣に政府に戻るよう勧める。
・・・・・・愛国社。板垣の立志社が拡大し、愛国社に。
・・・・・・樺太・千島交換条約。千島全島を日本に。
11 ・・・・三新法の公布。地方税規則などの公布。
12 ・・・・琉球処分。
13 ・・・・国会期成同盟の成立。政府をやめた板垣の愛国社が拡大。「国会を開け」
・・・・・・集会条例。政府は国会はまだ早いとして、集会、結社の自由を弾圧。
14 ・・・・明治十四年の政変。開拓使官有物払下げ事件。払下げ事件に大隈が関与しているとして罷免。
・・・・・・自由党の結成。板垣が結成。
15 ・・・・・福島事件。福島県の三島。自由民権運動に対する弾圧。
・・・・・・壬午軍乱。朝鮮で。親清派が親日の閔妃政権にクーデターを起こす。
16 ・・・・・鹿鳴館。
17 ・・・・・華族令。
・・・・・・・秩父事件。松方デフレで農村が不況。自由党急進派と農民が秩父で蜂起。
・・・・・・・甲申事変。親日の金玉均(きんぎょくきん)らがクーデター。日本は応援するが、清とは戦えず天津条約を結ぶ。
20 ・・・・・三大事件建白運動。
・・・・・・・保安条例。政府の自由民権運動の弾圧。
21 ・・・・・・市制・町村制の確立。
29 ・・・・・・黒田清輝ら、白馬会。
30 ・・・・・・金本位制の確立。
・・・・・・・労働組合期成会の結成。
31 ・・・・・憲政党の結成。
33 (1900)・・・・・軍部大臣現役武官制。
・・・・・・・義和団事件。義和団から清が列強八ヵ国に宣戦布告。北京議定書。
34 ・・・・・八幡製鉄所。
・・・・・・・社会民主党。片山潜、幸徳秋水ら。治安警察法により、すぐに禁止。
39 ・・・・・日本社会党。堺利彦、片山潜。翌年、分離、禁止。
・・・・・・・鉄道国有化。
大正4 ・・・・・・二十一ヶ条要求。
5 ・・・・・・吉野作造、民本主義。
6 ・・・・・・石井=ランシング協定。日米の中国の権益の協定。
7 ・・・・・・米騒動。
・・・・・・・大学令。公、私立や単科大学がつくられる。
昭和5 ・・・・・・ロンドン軍縮会議。
8 ・・・・・・国際連盟脱退。
10 ・・・・・天皇機関説。
11 ・・・・・二・二六。
12 ・・・・・日中戦争。
13・・・・・・国家総動員。

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日本史年表1

2013-03-26 20:45:32 | Weblog
391・・・倭軍、新羅を破る。高句麗、好太王の碑文。倭の朝鮮半島出兵。
478・・・倭王武の上表文。倭王武、南朝の宋に派遣。雄略天皇が宋に使いを送る。
810・・・薬子の変。平城天皇が再び天皇になろうとするのを藤原の仲成、薬子の兄妹が補佐。嵯峨天皇は仲成を殺す。
842・・・承和の変。藤原良房が伴健岑(とものこわみね)、橘逸勢(たちばなのはやなり)を追放。良房の妹、順子の子を文徳天皇に。良房は太政大臣に。
858・・・藤原良房が摂政となる。
866・・・応天門の変。良房は伴善男(とものよしお)を放火として退ける。
884・・・藤原基経が関白となる。
969・・・安和の変。藤原実頼が源高明を九州に左遷。
1247・・・宝治合戦。北条の敵、三浦泰村一族(みうらやすむら)を滅ぼす。
1249・・・引付を設置。裁判迅速化。
1285・・・霜月騒動。御家人の筆頭、安達泰盛(あだちやすもり)一族を滅ぼす。以後、得宗。
1350・・・観応の擾乱。足利尊氏派、高師直(こうのもろなお)と、足利直義(ただよし)、直冬派の対立。
1352・・・半済令。荘園年貢の半分を軍事費として守護に。
1419・・・応永の外寇。朝鮮が倭寇退治に対馬を攻撃。
1428・・・正長の土一揆。京都の農民が高利貸しを襲い、私徳政。
1429・・・播磨の土一揆。兵庫県の農民が、武士は出て行け。赤松満祐(あかまつみつすけ)により鎮圧される。
1438・・・永享の乱。義教が鎌倉公方、足利持氏(もちうじ)を討伐。
1441・・・嘉吉の乱。赤松満祐(あかまつみつすけ)が義教を殺す。
1485・・・山城の国一揆。国人と農民が守護の畠山を追い出す。
1488・・・加賀の一向一揆。加賀の一向宗徒の武士や農民が守護の富樫政親(とがしまさちか)を敗死させ、以後、百姓の国になる。
1612・・・天領に禁教令。
1613・・・慶長遣欧使節を派遣。
1615・・・大坂夏の陣。
・・・・・・武家諸法度。
・・・・・・禁中ならびに公家諸法度。
1624・・・スペイン船の来航を禁止。
1633・・・奉書船以外の渡航を禁止。
1635・・・邦人の渡航と帰国を全面禁止。
1639・・・ポルトガル船の来航禁止。
1643・・・田畑永代売買の禁令。
1673・・・分地制限令。分地を制限。
1758・・・宝暦事件。
1767・・・明和事件。
1787・・・寛政の改革。松平定信。
1790・・・寛政異学の禁。朱子学のみ。
1792・・・ラックスマン来航。
1841・・・天保の改革。
1843・・・人返しの法。上知令。
明治1・・・・・五箇条の誓文。新政府の基本方針。
・・・・・・五榜の掲示。民衆の心得。
・・・・・・政体書。政治組織。
3・・・・・・大教宣布の詔。神道を推奨。
4・・・・・・新貨条例。円、銭、厘。不換紙幣。
・・・・・・・廃藩置県。
・・・・・・・日清修好条規。
・・・・・・・岩倉使節団。
5・・・・・・学制。大学区。中学区。小学区。フランス。
・・・・・・・国立銀行条例。松方財政のもと、日本銀行を設立。兌換銀行券を発行。
・・・・・・・徴兵告諭。
6・・・・・・徴兵令。
・・・・・・・地租改正。
・・・・・・・征韓論敗北。西郷、板垣らが下野。
7・・・・・・民撰議員設立建白書。
・・・・・・・佐賀の乱。江藤新平。
・・・・・・・台湾出兵。台湾で琉球漁民が殺されたことを口実に台湾に出兵。英の仲介で清が日本に賠償。
8・・・・・・愛国社。板垣の立志社が拡大し、愛国社に。
・・・・・・大阪会議。大久保は板垣に政府に戻るよう勧める。
・・・・・・立憲政体樹立の詔。明治天皇が段階的に立憲政体を立てるとの詔。
・・・・・・樺太・千島交換条約。千島全島を日本に。
・・・・・・江華島事件。江華島で日本の軍艦が朝鮮に砲撃を受け、朝鮮と交戦。
9・・・・・・日朝修好条規。日本に有利な不平等条約。
・・・・・・廃刀令。
・・・・・・秩禄処分。
12・・・・・琉球処分。沖縄県に。
・・・・・・教育令を公布。アメリカの制度を参考に。学制は廃止。自由な。
13・・・・・国会期成同盟。政府をやめた板垣の愛国社が拡大。「国会を開け」
・・・・・・集会条例。政府は国会はまだ早いとして、集会、結社の自由を弾圧。
14・・・・・開拓使官有物払下げ事件。開拓使長官、黒田清隆が払下げ。民権派が怒る。
・・・・・・明治十四年の政変。払下げ事件に大隈が関与しているとして罷免。
15・・・・・福島事件。福島県の三島。自由民権運動に対する弾圧。
・・・・・・壬午軍乱。朝鮮で。親清派が親日の閔妃政権にクーデターを起こす。
17・・・・・華族令。
・・・・・・秩父事件。松方デフレで農村が不況。自由党急進派と農民が秩父で蜂起。
・・・・・・甲申事変。親日の金玉均(きんぎょくきん)らがクーデター。日本は応援するが、清とは戦えず天津条約を結ぶ。
19・・・・・学校令を公布。ロシアを参考。帝国大学。
20・・・・・大同団結運動。後藤象二郎。党派の違いを超えて旧民権派の再結集をめざす。
・・・・・・保安条例。政府の自由民権運動の弾圧。
30(1897)・・・労働組合期成会。
・・・・・・・金本位制確立。
33(1900)・・・治安警察法。集会、結社の取り締まり法律。
・・・・・・・軍部大臣現役武官制。
・・・・・・・北清事変。義和団から清が列強八ヵ国に宣戦布告。北京議定書。
・・・・・・・立憲政友会結成。伊藤博文。
34(1901)・・・社会民主党結成。片山潜、幸徳秋水ら。治安警察法により、すぐに禁止。
・・・・・・・八幡製鉄所。
39(1906)・・・日本社会党結成。堺利彦、片山潜。翌年、分離、禁止。
・・・・・・・鉄道国有法。
・・・・・・・南満州鉄道株式会社。
昭和3・・・・・・済南事件。山東省に日本軍が出兵。済南を占領。これ以後、清では反日。
・・・・・・・張作霖爆殺。
5・・・・・・・金解禁。
・・・・・・・・ロンドン軍縮会議。
6・・・・・・・満州事変。
・・・・・・・・金輸出再禁止。

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日本の歴代総理(戦前)

2013-03-25 04:04:09 | Weblog
1885年 (明治18年)・・・・伊藤博文(1)
1886年 (明治19年)
1887年 (明治20年)
1888年 (明治21年)・・・・黒田清隆
1889年 (明治22年)・・・・山県有朋(1)
1890年 (明治23年)
1891年 (明治24年)・・・・松方正義(1)
1892年 (明治25年)・・・・伊藤博文(2)
1893年 (明治26年)
1894年 (明治27年)
1895年 (明治28年)
1896年 (明治29年)・・・・松方正義(2)
1897年 (明治30年)
1898年 (明治31年)・・・・伊藤博文(3)
             ・・・・大隈重信(1)
             ・・・・山県有朋(2)
1899年 (明治32年)
1900年 (明治33年) ・・・・伊藤博文(4)
1901年 (明治34年) ・・・・桂太郎(1)
1902年 (明治35年)
1903年 (明治36年)
1904年 (明治37年)
1905年 (明治38年)
1906年 (明治39年) ・・・・西園寺公望(1)
1907年 (明治40年)
1908年 (明治41年) ・・・・桂太郎(2)
1909年 (明治42年)
1910年 (明治43年)
1911年 (明治44年) ・・・・西園寺公望(2)

1912年 (大正1年)・・・・・桂太郎(3)
             ・・・・・山本権兵衛(1)
1913年 (大正2年)
1914年 (大正3年) ・・・・大隈重信(2)
1915年 (大正4年)
1916年 (大正5年) ・・・・寺内正毅
1917年 (大正6年)
1918年 (大正7年) ・・・・原敬
1919年 (大正8年)
1920年 (大正9年)
1921年 (大正10年) ・・・・高橋是清
1922年 (大正11年) ・・・・加藤友三郎
1923年 (大正12年)・・・・ ・山本権兵衛(2)
1924年 (大正13年) ・・・・清浦圭吾。
             ・・・・・加藤高明
1925年 (大正14年)

1926年 (昭和1年)・・・・・若槻礼次郎(1)
1927年 (昭和2年)・・・・・田中儀一
1928年 (昭和3年)
1929年 (昭和4年)・・・・・浜口雄幸
1930年 (昭和5年)
1931年 (昭和6年)・・・・・若槻礼次郎(2)。
             ・・・・・犬養毅
1932年 (昭和7年)・・・・・斉藤実
1933年 (昭和8年)
1934年 (昭和9年)・・・・・岡田啓介
1935年 (昭和10年)
1936年 (昭和11年)・・・・広田弘毅
1937年 (昭和12年)・・・・林銑十郎。
             ・・・・近衛文麿(1)
1938年 (昭和13年)
1939年 (昭和14年)・・・・平沼騏一郎。
             ・・・・阿部信行
1940年 (昭和15年)・・・・米内光政。
             ・・・・近衛文麿(2)
1941年 (昭和16年)・・・・近衛文麿(3)。
             ・・・・東条英機
1942年 (昭和17年)
1943年 (昭和18年)
1944年 (昭和19年)・・・・小磯国昭
1945年 (昭和20年)・・・・鈴木貫太郎


これも覚えておいた方がいい。総理大臣の選ばれ方や、辞職は、現在のような民主的な選挙によるものとは言い難いが、辞職の理由は、やはり、政策の失敗や汚職によるもので、その点は現在と変わりはない。次の総理大臣や内閣は、きっといいものだろうと期待されるが、やはり失望におわるという点も現在と同じである。

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浅野浩二の世界史

2013-03-25 02:04:10 | Weblog
□1文明のおこりと古代の世界。
2文明の起こり。
ナイル。灌漑水路。太陽暦。象形文字。ピラミッド。クフ王。
チグリス・ユーフラテス。ハンムラビ王が統一。法典(目には目を)。バビロニア王国。メソポタミア。
インダス。BC2500。農耕。インダス文明。モヘンジョダロ。中央アジアからアーリア人が侵入。BC1500。バラモン教。BC5。釈迦。
黄河。漢民族。BC1500。殷王朝→春秋戦国(諸子百家)孔子。

3ギリシアとローマ。
BC8。ギリシア。ポリス(都市国家。アテネ。スパルタ)。アクロポリスの丘。パルテノン神殿。直接民主制(アテネ)。

BC334。マケドニア。アレクサンダー大王。マケドニア・ギリシア連合→ペルシア帝国を征服する。アレクサンドリア(ギリシア人を移住)33歳で死。→分裂→滅びる。

BC1。三頭政治。(カエサル。ポンペイウス。クラックス)カエサルは、北の全ガリア人を支配。百万人の奴隷を得る。→クラックスが死。→ポンペイウスがカエサルの独裁を恐れる。→カエサルがポンペイウスを殺す。
エジプト王プトレマイオス13世の姉。クレオパトラ。をエジプト王にする。ブルータスに殺される。
BC4。ローマ領ベツレヘムでキリスト生まれる。(ユダヤ人は、BC6にバビロンに連行され、奴隷に。ユダヤ教)

4古代中国の大帝国。
戦国(七大国)→秦の始皇帝、中央政権。→農民の反乱で滅びる。→劉邦(農民)が漢王朝→武帝(大帝国になる)→三国時代→隋(煬帝)→唐618。(長安)

□2新しい国々のおこり
1ヨーロッパ諸国のおこり。
375.ゲルマン大移動(アジアの遊牧民のフン族が進入)。ローマと戦う。
395.西ローマ帝国(滅ぼされる)と東ローマ帝国にわかれる。
ゲルマン人→各地に国。フランク王国(大きい)→キリスト教徒が多い→クロービス王が洗礼を受ける。(支配のため)→カール大帝。西ローマ皇帝。800。
1077ローマ教皇、グレゴリウス七世が神聖ローマ帝国(ドイツ)のハインリヒ四世を破門する(カノッサの屈辱)

2イスラム帝国
610。東西交易―メッカ(アラビア半島)を通る。マホメット(アラーの神)がイスラム教をつくる。メッカ→ヤスリブ(メディナ)先人に迫害され。→先人(メッカ軍)が、イスラム軍に攻撃→イスラム勝つ。→メッカにもどる。聖典(コーラン)。
762。カリフ(教主)をめぐるイスラム同士の内乱→バグダード(イスラム文化)

3モンゴル帝国
1206チンギス・ハン(モンゴル帝国)
1271フビライ・ハン(北京を大都に。元)
漢民族(農民)が紅巾の乱。
1368明王朝。300年つづく。

□3近代ヨーロッパの誕生
1十字軍の遠征
1096。西アジアのセルジューク・トルコ(イスラム教)→エルサレムを占領→教皇おこる→十字軍を作り、トルコと戦う。
1429。イギリス×フランス(負けてばかり)。フランドル地方の羊毛。イギリス王がフランス王にもなろうとする。百年戦争。ジャンヌ・ダルク。
1241。ドイツの都市がハンサ同盟。

2ルネッサンス
1506。ダ・ビンチがモナリザを描く。
1517。ルター。95ヶ条の意見書。

3大航海
1498バスコ・ダ・ガマがインドに着く。
1492コロンブスがアメリカに着く。
1522マゼランが世界一周。

4王国の栄え
1558エリザベス一世が即位。ドレークがスペインの無敵艦隊をやぶる。
1600東インド会社を設立。
1682フランス。ルイ14世。太陽王。北アメリカに植民地(ルイジアナ)
1770。ピョートル大帝。北方戦争。バルト海沿岸を獲得。


□4近代ヨーロッパの発展
1市民革命
1642正教徒革命。国教徒(国王。チャールズ一世)×議会(正教徒。ピューリタン。クロムウェル)→国王は死刑→王政→1688名誉革命(議会が、オランダから国王を招く。ジェームス二世はフランスへ亡命。無血革命)
1620正教徒がメイフラワー号で北アメリカへ。
1773ボストン(アメリカ)茶会事件。
1775独立戦争。ワシントン。フランクリンがたくみな外交。
1776アメリカ独立宣言。
1789フランス革命。
1804。ナポレオン。

2産業革命
インドの綿織物が必要。
1765ワット。蒸気機関。
1814スチーブンソンが蒸気機関車。

3近代国家の発展
イギリス。資本家中心の議会→労働者が組織、ストライキ(チャーチスト運動)→ビクリトア女王の時代に、保守、自由の議会できる。
フランス。ナポレオン後、王政復古。専制政治。→市民革命(成功)→新国王も資本家保護→1848二月革命→ナポレオン三世。
ドイツ。1871。ウイリアム一世。議会で北のプロシア中心論と、南のオーストリア中心論の対立。→ビスマルク(政治家)「鉄と血」軍隊増強。→オーストリアを外交で、打ち破る。→フランス(ドイツが強くなるのを嫌う)と戦争(普仏戦争)普はプロシア。→ドイツ勝つ。
アメリカ。
1861。南北戦争。北軍が勝つ。
南部。アフリカの黒人どれい。綿花さいばい。イギリスに輸出。自由貿易したい。州権分立を主張。ジェファーソン・デービス(大農場主)を大統領に。
北部。商工業がさかん。中央集権国家を主張。リンカーンが大統領。

4欧米列強のアジア侵略
インド。中央アジアからイスラム教徒が侵入し、ムガール帝国成立。イスラム教とヒンズー教の対立。イギリスとフランスがインドの利権あらそい。(プラッシー「インド」の戦い)→イギリス勝つ。→インドにイギリスの安い製品が入る。手工業の綿織物がおとろえる。失業者↑→セポイ(インド人)が反乱。1857。→イギリスが鎮圧。
中国。明(漢民族)↓→清(満州民族)。中国は貿易を制限(広州のみ)→清からの茶>イギリスの輸出。→銀が中国へ。→イギリスがアヘンを清に売る。銀を獲得。→アヘンを焼く。→イギリス怒り、アヘン戦争。1840。→1842。南京条約(香港をイギリス領に)
清、失業者↑。税↑。→洪秀全(キリスト教)が南京に太平天国設立。1851。→清に攻められ、10年で滅ぶ。
日清戦争で外国は清を弱いとみる。→外国が鉄道や鉱山の利権を得る。→義和団の乱。清政府も外国に宣戦布告。→8カ国(日本、ロシアなど)が乱をしずめる。
孫文(民族・民権・民生の三民主義)。清政府に対し、革命おこる。辛亥革命1911。孫文が臨時大統領となる。中華民国が成立。→袁世凱(清の実力者)が孫文と手を結ぶ。

□5二度の世界大戦
1第一次世界大戦。1914
ドイツ、イタリア、オーストリア(三国同盟)(バルカン半島から西アジアへ進出をもくろむ)。
イギリス、フランス、ロシア(三国協商)。ドイツがアメリカ商船を攻撃→アメリカが連合国へ。
ロシア。専制政治。→警備隊「血の日曜日」→帝政たおれ、臨時政府が成立。(3月革命。ロシア革命)1917。→臨時政府も資本家が多い。→レーニンが勝ち、ソ連ができる。

1920。国際連盟が成立。ベルサイユ条約の翌年(アメリカ非加入)
インド。(第1次大戦でイギリスに協力したのに、イギリスからの自治をやぶられる)→1919ガンジー。非暴力・不服従。ネールは完全独立を求める。→1947インド独立。

中国。第一次大戦の21ヶ条に北京大学が反日デモ。1919(昭和8)5・4運動。孫文(国民党)と毛沢東(共産党)が国共合作。軍閥(外国の手先)と戦う。蒋介石(国民革命軍)が軍閥を破る。

2第二次世界大戦。1939(昭和14年)
第1次大戦後→アメリカがヨーロッパ(第1次大戦で疲弊してる)に資本を貸す。商品を輸出する。→ヨーロッパ経済が立ち直る。→1929(昭和4年)。世界恐慌。→ブロック経済。

1939。独ソ不可侵条約。ヒットラーは、イギリス(チャーチル)はソ連の応援を期待してるのかもしれないと思う。→ソ連に攻撃。冬将軍。→イギリスがソ連と連合。
ABCD包囲網(アメリカ、イギリス、オランダ、中国)。日本を石油で孤立させる。
1945(2月)ヤルタ会談。アメリカ(トルーマン)、イギリス(チャーチル)、ソ連(スターリン)。

□6現代の世界
二つの世界1
1945(四月)国連できる。(51ヵ国)。
1949。(昭和24)NATO
1949。中華人民共和国が成立。
1951(昭和24)サンフランシスコ平和条約。(48ヵ国)。日米安保。吉田茂。

変わりゆく世界2
1960。アフリカの年。(アフリカで17ヵ国が独立)
1967。(昭和42)ECができる。
1968。(昭和43)ソ連がチェコに戦車。「プラハの春」
1975。(昭和50)南北ベトナム統一。ベトナム社会主義共和国。

中東戦争
1947パレスチナをユダヤ人とアラブ人に分割。イスラエル共和国できる。
第一次。1948。イスラエル建国にアラブが開戦。
第二次。1956。エジプトがスエズ国有化にイスラエルが反対。
第三次。1967。イスラエルがエジプトを攻撃(6日)
第四次。1973。(昭和48)エジプト→イスラエル。アラブは石油。(17日で停戦)

これも去年、世界史の大まかな要点を書いてみたもの。日本史は理屈がわかるから面白いし、覚えやすいが、世界史は、日本史と同じ分量の教科書で、全世界の歴史を学ばなければならない。それは、はっきり言って不可能である。だから世界史は、理屈までは理解できない。なので、わけもわからず、年代と出来事を覚えるしかない。しかし、日本史を勉強してしまうと世界史にも興味が出てくるので、日本史、世界史、を選択する人も多いと思う。世界史は、理屈がわからなくても暗記が好き、というような人に向いている。だが、日本の幕末からは、日本も世界史の中の主人公の一人となるので、わかりやすい。幕末からは、日本史も世界史も共通している部分が多い。ので楽である。これも私用のメモだが、もう少しわかりやすいようなものを、書いてみようと思う。

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浅野浩二の日本史

2013-03-25 00:41:46 | Weblog
①旧石器時代。大陸続き。マンモス。打製石器。

②縄文時代。大陸と切り離された。採集。シカ。イノシシ。

③弥生時代。稲作。高倉倉庫。邪馬台国。卑弥呼。

④大和時代。蘇我馬子(仏教)×物部守屋。推古天皇。聖徳太子。大化の改新645。蘇我蝦夷(父)と蘇我入鹿(子)を中大兄皇子(天智天皇)と中臣(藤原)鎌臣が殺す。
壬申の乱672。中大兄皇子の、大海人皇子(弟)と大友皇子(子)殺される。

⑤奈良時代。藤原不比等→長屋王(皇)→藤原四兄弟。妹の光明子を聖武天皇の皇后に。長屋王を殺す。→橘諸兄(皇)(と、玄と吉備真備)→藤原広嗣(四兄弟の子。九州へ)→藤原仲麻呂(不比等の孫)→道鏡(坊主。殺される)

⑥平安時代。桓武天皇→平安京794。坂上田麻呂を征夷大将軍に任命。蝦夷征伐させる。
平将門の乱。藤原純友の乱(海賊)
白河天皇(上皇。院政)
桓武平氏×清和源氏(天皇の子孫)。
保元の乱。崇徳上皇×後白河天皇(勝つ。院政はじまる)
平清盛(勝つ)×源義朝(子の、頼朝が伊豆に。北条時政に監視される。娘の政子が頼朝と結婚)
(以仁王(後白河法皇の子)が「平氏を討て」)
義経が。富士川(水鳥)→一ノ谷の戦い(馬で駆け降りる)
清盛が死ぬ。
長野の(源)木曽義仲が挙兵。
後白河法皇(平氏、次に源氏の力を弱めたい)→義経に義仲を討たせる。平氏が滅びる。

⑦鎌倉時代。1192
頼朝は義経を殺す。
頼朝(1)→頼家(2)→実朝(3。公暁に殺される)源氏なくなる。
北条時政の子(北条義時)が摂関政治。
後鳥羽上皇→「北条義時を討て」
北条政子が立つ。後鳥羽上皇は隠岐へ流罪。六波羅探題。(承久の乱)元の来襲。徳政令。
後醍醐天皇が「鎌倉を討て」失敗。隠岐へ流罪。
大阪の楠木正成が挙兵。群馬の新田義貞が挙兵。足利尊氏が挙兵。(三人が討幕)
1333年。鎌倉幕府が滅びる。

⑧南北朝時代。
1336年。尊氏が征夷大将軍。室町幕府を始める。京で光明天皇を立てる。後醍醐天皇を南朝に。

⑨室町時代。
応仁の乱1467。足利義政と日野富子は夫婦。義政の弟の義視と、日野富子の子の義尚が、後継ぎで対立。

⑩安土、桃山時代。
信長→足利義昭の後見人→足利義昭が全国に「信長を討て」
浅井長政+朝倉義景(姉川の戦い)
義昭を追放。
武田勝頼に勝つ(長篠の戦い)

秀吉。山崎の戦いで光秀を討つ。
信長の家臣の柴田勝家に勝つ(賤しずヶ岳の戦い)
家康が信長の二男の信雄と組む。
小牧・長久手の戦い。秀吉は家康と和睦。

⑪江戸時代。
関ヶ原の戦い。1600年。(徳川は十万。石田三成は八万。小西行長)
方広寺「国家安康」
1614年。大坂冬の陣。
1615年。大坂夏の陣。
親藩(尾張、紀伊、水戸)。譜代(三河以来の大名)。外様。

島原の乱。
由比正雪。
綱吉。元禄文化。儒学。湯島聖堂。国学。本居信長。小判(金)に銀をまぜる→インフレ。
新井白石。正徳の治。銀やめる。
吉宗。上米の制(一万石に対し100石)。新田開発。目安箱。さつまいも。
田沼意次。株仲間の公認。
松平定信。棄捐令(旗本、御家人の借金帳消し)
水野忠邦。株仲間の解散。人返しの方。上知令(収入のいい土地を幕府へ)

(1。1603-1605)・家康
(2。1605-1623)・秀忠
(3。1623-1651)・家光。天草四郎。鎖国。
(4。1651-1680)・家綱。武断から文治へ。由比正雪の乱。
(5。1680-1709)・綱吉。犬公方。元禄文化。商業↑。
(6。1709-1713)・家宣。新井白石。
(7。1713-1716)・家継。8歳で死ぬ。
(8。1716-1745)・吉宗。享保の改革。米将軍。オランダ学問。
(9。1745-1760)・家重。言葉はなせない。
(10。1760-1787)・家治。田沼意次。重商主義。株仲間。
(11。1787-1837)・家斉。寛政の改革。松平定信(白河藩主)。
(12。1837-1853)・家慶。天保の改革。水野忠邦(質素)。
(13。1853-1858)・家定。日米和親条約(ペリー)
(14。1858-1866)・家茂。
(15。1866-1867)・慶喜

1833年。・・・・天保の大飢饉
1837年。・・・・大塩平八郎の乱。
1841年。・・・・天保の改革。水野忠邦。株仲間の解散。人返しの方。上知令。
1853年。・・・・ペリーが浦賀。
1854年。・・・・ペリー再び。日米和親条約。
1858年。・・・・ハリスが下田。
1858年。・・・・井伊直弼。修好通商条約。
1859年。・・・・安政の大獄(吉田松陰を殺す)。
1860年。・・・・桜田門外の変。
1862年。・・・・生麦事件。薩摩がイギリス人を斬る。
1863年。・・・・薩英戦争。(薩摩は、公武合体。朝廷+幕府。攘夷は無理と知る)
1863年。・・・・下関事件。長州が外国船に砲撃。
1866年。・・・・薩長同盟。
1867年。・・・・大政奉還(政権を朝廷へ)。
1867年。・・・・王政復古の大号令(天皇中心)
1868年。・・・・戊辰戦争。鳥羽、伏見→江戸、勝海舟、慶喜は水戸へ→会津、函館。

明治時代。
2年。・・・版籍奉還(大名の土地を政府に。しかし藩主がそのまま知藩事になる)。
4年。・・・廃藩置県(政府が知事を任命)。
6年。・・・地租改正(地価を決め3%の税→2.5%へ)。
6年。・・・征韓論(士族の不満。西郷が政府やめる。明治10年、西南戦争)。
7年。・・・民選議員設立(板垣。国会開け)。
18年。・・内閣できる。伊藤博文が総理大臣。
27年。・・日清戦争(朝鮮支配しようとして清と戦う)。
28年。・・下関講和条約(遼東と台湾うばう)。
28年。・・三国干渉(ロシア、フランス、ドイツが遼東を清に返せ。返す)。
35年。・・日英同盟。
37年。・・日露戦争(ロシアから満州をもぎとれ)。
38年。・・ポーツマス条約。
43年。・・韓国併合(朝鮮を植民地に)。

大正時代。
3年。・・・第一次世界大戦(日本はドイツに宣戦。輸出が伸び、大戦景気)。
4年。・・・中国に21ヶ条要求(山東省の旧ドイツ権益を得る)。
7年。・・・富山に米騒動。原敬内閣。
8年。・・・ベルサイユ条約。パリ講和会議。
9年。・・・国連に加入。常任理事国になる。
12年。・・関東大震災。

昭和(戦前)
4年。・・・世界恐慌。
5年。・・・ロンドン軍縮会議。
6年。・・・満州事変(満鉄爆破。柳条湖。満州国を成立)。
7年。・・・5.15(犬養毅を殺す)。
8年。・・・国連を脱退。
11年。・・2.26(斉藤実。高橋是清)。
12年。・・日中戦争(盧溝橋で中国が日本に発砲)。
14年。・・第二次世界大戦。
15年。・・日独伊三国同盟。
16年。・・太平洋戦争。

今は、ワープロやパソコンが誰でも使えるようになって、非常に勉強しやすい。暗記の多い歴史であるが、要点をおさえればそう難しくはない。これからの勉強は、教科書や参考書をノートにまとめて覚える勉強より、自分でワープロで要点を書いて、それを覚えた方がいいように思う。これは、去年、私が要点だと思うものを、まとめてみたものである。教科書の難点は、明治に入ってからも、出来事を西暦で書いているところに問題がある。江戸時代の終わりまでは、西暦で覚えなくてはならないが、明治、大正、昭和、は、日本の年号で覚えた方が、覚えやすいと思う。よろしかったら、明治、大正、昭和の年号と出来事は、これをワードに変換して、紙を折って、年号から、出来事を覚え、逆に出来事から年号を覚えるようにしてみてくだされ。江戸時代は、徳川将軍の名前と在位期間(将軍は死ぬまで在位するから、在位した年号を覚えるだけでいい)を覚える必要がある。これは、私用に書いてみたメモだが、もっと学生が使いやすいようなものを書いてみようと思う。

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NPO

2013-03-22 23:11:08 | Weblog
NPO。私が知っている範囲では、NPOには、(誠実なものもあるだろうが)かなり、胡散臭い組織がある。非営利、ボランティアの名目で、実は、てめえの社会的ステータスを上げるのが目的になっているのがある。少なくとも、不況の今、履歴に、NPOで、こういう社会貢献を私はしてきました、とか、しています、と書ける。特に、公的機関に、くっついているのに、胡散臭いのが多い。これから、NPOの中には、悪質なものが、もっと出てくるだろう。偽善の象徴である。NPOを設立する時、本心で、社会の貢献のためと考えているのか、それとも、てめえのためと考えているのかが、いいNPOと悪質なNPOの分かれ目である。まあ、当たり前だが。

この世の中でタダで動くのは、地震と浅野浩二くらいのものである。

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桜 選抜高校野球

2013-03-22 14:55:36 | Weblog
桜が咲いていた。選抜高校野球が今日から始まった。

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WBC 内川聖一

2013-03-20 16:23:01 | Weblog
ダブルスチールと間違えて走ってしまった内川聖一。
野球に限らず、団体競技でミスはつきものである。内川は、ダブルスチール出来ると思って走ってしまって、
「僕のミスのせいで、三連覇できなくなってしまって、応援して下さった日本の皆様に申し訳ない」
とインタビューで涙まで流した。しかし、野球に限らず、団体競技でミスはつきものである。ミスではないが、チャンスの時、打てなかったり、ゲッツーにされてしまったりしたバッターは、今回のWBCでは、いくらでもいる。
あの内川の涙は、本心のように思える。しかし、そういうふうに、謝ってしまうところに内川の人間的な魅力がある。ソフトバンクに移籍してリーグ優勝した時に泣いたのも内川一人である。「負けたのはオレのせいだ」と責任感を一人で背負ってしまうのは、うつ病気質の性格である。だが、まあ内川が、うつ病になるとは考えにくい。彼は、踵の骨脳腫や顎による神経障害まで経験している。逆境を経験している。

さて、成田空港に着き、新幹線で、福岡の自宅に着いた内川であるが。
ピンポーン。チャイムが鳴った。
「ただいま」
うつむき加減に内川が立っていた。
「あなた。お帰りなさい。ごくろうさまー」
元、アナウンサーである翼夫人が、ことさら笑顔で出迎えた。
だが内川は、黙ったまま、居間に進み、ソファーに腰かけた。内川は何も喋ろうとしない。頭を抱えたまま、下を向いている。しばしして、ボソッと内川が声を出した。
「僕が悪いんだ。僕のせいで負けてしまったんだ」
内川の背中には見えざる責任感が重くのしかかっているように見えた。
「あなた。そんなことないわ。そんなに自分を責めることないわ。野球はチームプレーよ。むしろ、そうやって、負けたのは自分のせい、などと思うことの方が思い上がりだわ」
翼夫人が強気の語調で言った。
「思い上がり、ってどういう意味なのかね?」
内川が聞き返した。
「野球は団体競技だわ。負けたのは自分のせい、などと考えるのは、自分の存在がチームの実力であるような感覚だからだわ。そんなの、むしろ傲慢よ」
翼夫人が言った。
「そうか。言われてみれば、ソフトバンクに移籍して三番をまかされるようになってから、いつの間にか、自分の力がチームの勝敗を決める、というような、思いになっていたな」
内川は、自分に言い聞かせるようにボソッと言った。
「そうよ。だから、もう自分を責めないで」
翼夫人が慰めるように言った。
「そうだな。セ、パ両リーグで首位打者をとって、バットコントロールが日本一などと、もてはやされるようになってから、自分でも気づかない内に思い上がっていた」
内川は顎をさすりながら言った。
「そうよ。そういう思い上がりの気持ちがあるから、肉いがいの料理は食事に出すな、とか、トマトは、食事に出すな、などと言うようになるのよ」
翼夫人は、少し不機嫌そうに言った。
「す、すまない。君に対しても、僕は、わがままになっていた」
WBCのミスと、自分の思い上がりが内川に激しい罪悪感をもたらした。
「じゃあ、これから肉いがいの魚料理も食べてくれる?」
「はい」
「トマトも食べてくれる?」
「はい」
いつの間にか内川の言葉使いは卑屈になっていた。
「翼。僕を叱ってくれ。僕はこわくて町を歩けない。みんなは、慰めてくれるけれど、叱られた方がどれだけ心が落ち着くことか。僕は一億人の日本人みんなが怖いんだ」
内川はすがるように言った。
翼夫人は、しばし黙っていたが、意を決したようにパッと夫を見た。
「わかったわ」
翼夫人は落ち着いた口調で言った。
「じゃあ、私の前で土下座しなさい」
翼夫人は命令的な口調で言った。内川は、翼夫人の前で、頭というか顎を床につけてひれ伏して土下座した。
「さあ。私を日本国民の代表だと思って。そして日本国民と私に対して誠心誠意、謝りなさい」
翼夫人は、膝組みをして、タバコを吹かしながら言った。
「日本の皆様、翼さま、今まで、本当にもうしわけありませんでした。心よりお詫び致します」
内川はペコペコと頭を下げて謝罪の言葉を言った。
翼夫人は、内川の頭をグイグイと踏みつけた。
「ああー」
内川は苦しげに顔を歪めた。翼夫人はスリッパをとると、素足の足指を夫の顔の前に突きつけた。
「さあ。足をお舐め」
夫人は、素足で内川の頭をグイグイと踏みつけた。
「は、はい。翼さま」
そう言って内川は翼夫人の足指を一心に一笑健命にペロペロと舐めた。
一時間くらいが過ぎた。
「ねえ。もういいでしょ。あなた」
翼夫人が夫に声をかけた。夫人は、いささか気の毒そうな表情だった。
内川は、夫人の足を舐めるのをやめた。そして顔を上げた。
「はあ。何だか、気持ちがおちついたよ」
そう言って内川はソファーにもどって座った。その表情には安堵があった。
「あなた。じゃあ、夕食にしましょう」
夫人が言った。内川は立ち上がって食卓についた。
「あー。腹がペコペコだよ」
内川の腹がグーと鳴った。
夫人が台所から料理を持ってきた。それをトンと食卓の上に乗せた。
「ああっ」
内川は、それを見て叫んだ。
なんと、内川の嫌いなトマトが五つ、生のまま、皿に乗っており、おかずは魚料理だったからである。
「さあ。あなた。罰として、今日の夕食はこれよ。これを残さず全部、食べなさい」
夫人は厳しい命令的な口調で言った。
「わ、わかったよ」
内川は、ウゲーとでも言いそうな、げんなりした顔で、手を震わせながら生のトマトを手にとった。内川が目をつぶってトマトをかじろうとした時、
「まって」
と翼夫人が制した。
それはアブラハムが息子イサクを神の命令によって殺そうとするのを、神がとめたタイミングとほとんど同じだった。
「ごめんなさい。あなた。今のは、あなたの思いが本気かどうかを知るためのテストだったの。あなたが本気だということがわかったわ。今のはテストだからね。私がそんなに厳しい女だと思わないでね」
夫人はそう言って、内川の持っていたトマトをとりあげた。そして、トマトと魚料理を台所に持って行った。そして、夫人は別の料理を食卓に持ってきた。それは内川の好きなビーフステーキだった。
「はい。あなた。あらためてWBC、本当にお疲れさまでした。今日の夕食は、あなたの好きなビフテキです。さあ。食べましょう」
そう言って翼夫人も食卓についた。
「君。こんなに遅くまで、僕の帰りを待っていてくれたのか?」
「ええ」
「あ、ありがとう」
内川は涙ぐみそうになった。
「あなた。もう泣かないで」
翼夫人は、二人のワイングラスに赤ワインを注いだ。
「さあ。あなた。ワインを持って」
翼夫人が言った。内川は、ワイングラスを持った。
「WBCでの、侍ジャパンと、あなたの活躍を祝福して・・・カンパーイ」
そう言って翼夫人は、二人のワイングラスをカチンと触れ合わせた。
ワインを飲んでから、内川は、ジュージュー音を出しているビフテキを食べ出した。
「ああ。うまい」
内川は、ハフハフ言いながら、ビフテキを食べた。
ふと前を見ると、翼夫人は、ビフテキを食べずに、ニッコリと黙って内川を見ている。
「翼。君は食べないの?」
内川が聞いた。
「いいの。私の分も食べて」
そう言って翼夫人は、自分の皿のビフテキを夫に渡した。そしてパタパタと台所に行って、さっき出した魚料理を食卓の上に置いた。
「私は、これを食べるわ」
そう言って、翼夫人は魚料理を食べ出した。
「ありがとう。君は優しいな」
また内川の眼頭がジーンと熱くなった。
「あん。あなた。泣かないで。涙もろいのは、いいけれど、あなたは、ちょっと気が小さ過ぎるわよ」



まだ続きます。

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暑い

2013-03-19 16:24:24 | Weblog
今日は暑かった。部屋ではクーラーを冷房にした。25℃

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スポーツ上達法

2013-03-19 16:04:11 | Weblog
正社員のテニスコーチがこれほど給料がいいとは知らなかった。もっとも、儲けてるのは、やり方がアクドいからであるが。コーチの傲慢な態度も、うなずける。しかしである。傲慢なコーチも安泰の身分ではない。スクールの社長は、儲けしか頭にないから、どうやってスクール生を増やすかは、常に考えている。スクール生に人気の無いコーチは、リストラとか正社員ではなくパートに変更ということも、行われている。社長も、スクール生を増やせるような魅力のあるコーチを募集している。テニススクールの朝から午後までの日中のクラスは、ほとんどが、おばさんや、既婚の女性である。だから、昼のスクール生は、コーチは男で、性格が面白く、顔もハンサムであることも、人気の要素である。そして、生徒が打ちやすい球を打ってくれるコーチを求める。そして、生徒はコーチのテニスの経歴、実力に、ものすごく、こだわる。これは生徒の方がバカなのである。ほとんどの生徒は、上手いコーチに教われば、上手くなれる。あるいは。上手くなるためには、実力のより高いコーチに教わることが必要だ。という誤った考えを持っているからである。運動の上達とは、実力の高いコーチに教わることだと盲信している生徒が非常に多い。しかし、それは誤りである。運動の上達の基本とは、量質転化であり、それに加えて自分の努力、やる気、工夫、研究心、なのである。つまり、運動の上達とは、自力本願でしか上達しないのに、盲目の生徒たちは、運動の上達は(親鸞の)他力本願でしか、起こらないという間違った信仰におちいってしまっているのである。
ここで、天才柔道家の木村政彦の文を引用しよう。
「私がいいたいのは、必ずしも強い相手と練習しなくても、当人さえその気になれば、いつどこででも練習はできるということである」
「強い相手と練習するのが、本当の練習だと思っているのではないか、ということである。が、本当の練習というのはそういうものではない。もちろん、強い人とやるのも結構だが、弱い人、たとえ白帯の人とやっても、決してそれは無駄にはならないのである。弱い人とやるときには、自分の得意でない技を使用できる。これが累積されて、やがて自分の得意技に躍進する。また相手に裏をとる程の力量がないので、自分の掛け技の経過を見極めることができる。私はそこに弱い人との練習の意義を見出すのである」
(木村政彦)

人気が無く、そのコーチのレッスンには誰も出ない、ようになれば、スクールも、儲けられないから、別の所から、実績のあるコーチを雇うこととなる。そして、人気のないコーチは、新しい人気のあるコーチに取り換えられて、正社員でなくなるか、あるいはリストラということになるだろう。ともかくレッスンのコマ数を減らされる。だろう。テニスコーチの収入は出来高払いなのか、定額制なのかは、知らないが、極端な話、そのコーチのクラスに一人も生徒が出なくなったら、スクールとしても、当然、コーチを替えることを考えるだろう。ここは会社の外回りの営業と同じであろう。契約を一人もとれない社員を会社が快く思うはずがない。リストラされたら、あとは、採用してくれるテニススクールを探すことになるだろう。
しかし。テニスに限らず、どんなスポーツでも、運動神経のいい人なら、一年間か二年間、みっちり、テニスを練習すれば、もう基本は身につく。そして、そこで上達の頭打ちが起こって、それ以上には上手くならない。テニスの基本が身についている人など、日本に無数にいる。中学生は、ほとんど軟式テニスだが、高校生、大学生なら、もう基本が身について、日本でも相当なレベルの人はいくらでもいる。(日本では)自分が上手く出来ること=優秀なコーチの必要かつ十分条件だから、儲けようと思ったら、大学のテニス部で上手い人をアルバイトで、雇った方がテニススクールとしては、ずっと安上がりである。

コーチのアドバイスなど不要である。
それは医療でも同じ事が言えるのだが、患者が医院に来た時、医者の中には、医院に来た患者には、何か薬なり治療なりをしなければ、医療らしくない、と思っている医者も多少はいるだろう。しかし「何も薬を出さない」というのも、立派な治療の選択肢の一つなのである。それは人体には自然治癒力があるからである。高脂血症、糖尿病、肥満、老化、など、つまりは生活習慣病は、患者本人が自覚して、食事制限、運動、規則正しい生活、よい緊張感のある生活、などをしない限り、治らないのである。
それと同様、人間には、スポーツにおいて、自然上達力が、生まれつき、そなわっているのである。コーチの助言などほとんど意味がない。(むしろ害がある方が多い)私の出身高校はスポーツ校で、サッカー、バスケットボール、テニス、ラグビー、などがあり、スキーも一週間の課外授業があり、その他、転回運動もあった。初等科からきたヤツは、みな、運動神経が良く、彼らは誰に教わることもなく、どんなスポーツをやらせても、上達が早い。そして、各自、自分の限界というものがある。彼らは、スポーツコーチなどに頼らず、自分で練習して自分の限界まで上達する。そして、彼らにスポーツコーチをつけたら、自分の限界を超えて上手くなれるか、といったら、(全く例外なく、とは言わないが)ほとんどそれは期待できない。
期待できるものがあるとすれば、それは、筋トレさせ、ランニングさせ、基礎体力を上げさせることである。そういう基礎体力が上がれば、試合で勝てる実力は上がりうる。

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