小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

山本太郎参院議員、天皇陛下に直訴?=侍従長が手紙預かる

2013-10-31 17:29:16 | Weblog
「山本太郎参院議員、天皇陛下に直訴?=侍従長が手紙預かる」
(時事通信 10月31日(木)16時45分配信)

何を考えとるんだ?

明治時代じゃないんだぞ。

田中正造じゃあるまいし。

島崎藤村の「夜明け前」でもあるまいし。

憲法第一条を読んでないのか?

これだからタレント議員は困る、なのか?

こんなことをしたら、高齢で健康もすぐれない陛下を困らせ、(いや、もしかすると陛下もまさか自分が直訴を受けるとは・・・、と微笑んでおられるかもしれない)行動は全くのピントはずれであり、何の効果も無く、むしろ逆効果であり、右翼の連中だって多少、不快に思い、自分の政治家生命を危うくしかねない、ことぐらい、あらかじめ、わかっていなければならない。タレントが議員に立候補することは、悪いとは思わないが、せめて、中学校の公民の教科書は、ちゃんと読んで理解しておくべきである。

まあ、メリットとしては、中学生の公民の授業で、陛下に、こういうことは、してはいけないことなのです、と、わかりやすく、教えることが出来るのに都合のいい出来事である、という点だろう。

しかし天皇に手紙を渡しては、いけない、という法律もない。

また私は、日本国民が陛下に対し、全く対等な人間どうしのように親しげに話す姿にも抵抗を感じる。そもそも陛下は、国籍を有しておらず、日本国の象徴であるが、日本人ではないのである。

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ブルース・リーとシューティング

2013-10-31 15:52:52 | Weblog
ブルース・リーは武術家である。武術はスポーツと違って、ルールの無いストリートファイトである。つまり、あけすけなく言えばケンカである。ルールのないストリートファイトに最も近い格闘技は、といえば、それは、佐山聡の作ったシューティングといっていいと思う。(作った、というと大袈裟である。ルールを決めただけである)シューティングは、パンチ、キック、投げ、関節技、と、ありとあらゆる技を使っていい総合格闘技である。実際、「燃えよ。ドラゴン」のオープニングでは、ブルース・リーはサモ・ハン・キン・ポと、オープンフィンガーグローブを使って、シューティング的な試合をしている。
では、ブルース・リーが求めたものや、弟子に教えたかったものは、シューティングだったのか。答えはNOである。
まず、一つには、ブルース・リーは、優れたシューティングファイターには絶対、なれなかった。からである。し、なりたくもなかっただろう。というのは。全てのスポーツで言えることであるが、スポーツでは、ルールが決められると、それに最も合理的な技術が出来上がり、戦い方が体系化される。シューティングのキックの場合は、力を抜いた脱力のキックであり、ムエタイのキックに近い。パンチもボクシングのでも空手のでもなく、やはりムエタイのパンチに近い。それは、シューティングでは、キックはフェイント的で、相手を倒して、関節を決める、というシューティングのルールで勝つという目的のために、最も有効なキックがムエタイ的なキックだからである。
ブルース・リーの場合。パンチは、すでに太極拳や詠春拳の、寸勁、と言われる高度なパンチを身につけていた。し、キックもテコンドー的な高度な蹴りを身につけていた。そして、一度、ある形式のキックを身につけてしまうと、類似の他のキックは出来ないか、身につけるのが非常に困難だからである。私も空手のキックを身につけてしまってから後では、蹴りは、空手のキックでしか蹴れず、どう頑張っても、ムエタイのキックは出来ない。ブルース・リーもそうであろう。
そして、高度なキックやパンチを身につけてしまった以上、その技術を、より研ぎ澄ますことにブルース・リーの関心は行き、他のルールのある格闘スポーツや、そのキックに鞍替えする気は全く起こらなかったのである。そしてブルース・リーにとって若い頃、詠春拳を身につけてしまったことは、良くも悪しくもブルース・リーにとって、宿命となった。詠春拳の推手は、お互いに相手の心理的な動向を探り合う、非常に優れた訓練法なのだろう。なにしろ、中国拳法はどの流派でも非常に歴史が深く、優れた深い技術であり、それを使わない手はなく、ましてや、それを捨てるなんてのは、宝石をゴミ箱に捨てるようなものだからである。
だから、ブルース・リーはシューティングという体系化されたルールある格闘スポーツには全く関心を持たなかったのである。
では、ブルース・リーが弟子に教えたかったことは何か。といえば、それは、武術の範囲にとどまらない。ブルース・リーは大学で哲学を専攻し、高校で哲学を教えていたほど、哲学というものを知っており、私もブルース・リーの書いた文章を読んでいるが、うーん、と唸るほど思索が深い。ブルース・リーが弟子に教えたかったことは、「自己実現」「あらゆる束縛、偏見から逃れて自由になること」「自分にとっての真実を見つけ出すこと」「たえず自分で考え、工夫しつづけられる人間になれること」などの精神的なことであり、ブルース・リーは武術を通じて、そういう精神的なことを弟子たちに教えたかったのである。
そういうわけだから、ブルース・リーは弟子に武術家や格闘家になって欲しいとは思っていなかった。
しかし、ブルース・リー自身は、武術家だったから、自分の身につけている詠春拳、多くの流派の中国武術、テコンドーのキック、ボクシング、合気道、などを鑑みて、敵が攻撃してきた時の最も有効な対処法を考え、ノートにメモしていた。それを仮に、裁拳道と呼ぶとしよう(本当は、それが裁拳道ではないのだが)。しかし、それは、ブルース・リーにとってだけ当てはまる真実、戦闘法なのである。だから、ブルース・リーの裁拳道を、一生懸命に、研究し、訓練している少数の人達を、私は可哀想に思う。

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漫画家と小説家

2013-10-29 01:11:44 | Weblog
私は、漫画家と小説家では、漫画家の方が偉いと思っている。なぜなら、漫画を描けるようになるには、相当の訓練が必要だからだ。それまで小説を書いたことのない人が、いきなり小説を書くことは、出来る場合があるが、一般の人が、いきなり漫画を描くことは、不可能である。ただ漫画家も、訓練して漫画を自在に描けるようになったら、もう漫画を描くのはしんどくない。

さて、漫画と小説の違いであるが。

小説では、誰を視点にして書くか、というのに気を使う。視点は、一人で主人公でなければ、ならないのである。主人公がAの場合、

「Aは嬉しかった」

と彼の心は書けるが、そう書いたら、

「Bは嬉しかった」

とは、書けないのである。

そこで、テクニックとして、

「Bは嬉しそうな顔をしていた」

と、あくまで客観的に書かなくてはならないのである。

しかし長編では、別の人の視点で書かなければならない時もある。そういう時は、章を変えて、この章は、Aの視点、この章は、Bの視点、とか章を変えることによって、視点の問題を解決している。

もっとも、登場人物があまりに多すぎる小説では、そういうことは出来ない場合もある。この場合は、視点を一人の人物に固定できないから、多くの人物の視点で書くしかない。これを神の視点という。

もっとも、視点の固定というのは、小説において絶対に守らなくては、ならないものではなく、章を変えなくても、複数の人間の視点で書いても、問題ない場合も多い。小説の大家でも神の視点で書いている小説も、結構ある。

しかし。漫画では。この視点という問題がないのである。漫画では、登場人物すべての視点で描いているのである。つまり神の視点である。

もう一つ。小説家と漫画家の違い。

小説を書く時は、音は、ささいな音でも小説を書くのに、大変な障害になる。音楽も人の会話も、少しでも、あると書けないのである。

しかし漫画では。不思議なことに、漫画家は、音楽をかけないと、気分が乗らず、漫画が描けない、という人が結構、いるのである。手塚治虫もそうだったし、ジョジョの奇妙な冒険(私は読んでないが)の作者の荒木飛呂彦氏もそうらしい。自殺した漫画家の山田花子もラジオを聞きながら漫画を描いていた。それ以外でも、音楽をかけないと、気分が乗らない漫画家は多い。

これは、私には全く理解できない。漫画家なら、わかるのだろうが。

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ガストの女

2013-10-28 21:25:20 | Weblog
去年の冬だったと思うが。不眠症で眠れなかった。それで、夜中にガストに行って、リブロステーキと、焼きリンゴを注文して食べていた。接客は、いつも、同じアルバイトの女性だった。私が行くと、ニッコリ笑って、「いらっしゃいませー」と言う。私が、いつも、焼きリンゴを注文するので、「焼きリンゴ、美味しいですかー?」と聞いてきた。おわわっ、と私は焦った。私は、私的に親しくなりたいとは、思っていなかった。なぜなら、私は、いつも、夜中に行って、リブロステーキと焼きリンゴを注文する、変わった人なので、その理由を根掘り葉掘り、聞かれたくなかったからである。2012年3月12日に、このブログで書いている。

美味しいから注文してるんじゃないか。誰が不味い物を注文するだろうか。

しかし、その人は、いつの間にか、いなくなった。アルバイトを辞めたのだろう。

私に好意を持っていてくれたのだろう。こんなことなら、レジの時、さりげなく、携帯のメールアドレスを書いたメモを渡しておけばよかった。

そうしたら、その後、メールで打ち合わせて、ドライブ行って、大磯ロングビーチ行って、水着姿の彼女と手をつないで、と色々、楽しく出来ただろう。

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明日から日本シリーズ

2013-10-25 23:16:45 | Weblog
明日から日本シリーズである。まあ、どっちが勝とうが、どうでもいいけど。巨人は嫌いなので、巨人が負けてくれることを応援しよう。特に、監督の原辰徳は大嫌いである。星野監督は嫌いではない。

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プロレス

2013-10-23 17:12:31 | Weblog
プロスポーツの中でも、プロレスは良いと思う。なぜならプロレスは、他の格闘技と違って、100%の力を出し切る真剣勝負の戦いではないからだ。他のプロスポーツは、いつも100%の力を出し切るから、怪我が多いのである。

もちろん、プロレスは八百長では全くない。まあ、80%くらいの力を出して戦っている格闘技である。プロレスがいい、と思うのは、まず、長くやれることである。馬場にしても、猪木にしても、50歳を越してまでやっていた。そして、もう一つは。プロレスの基本は、強靭な肉体作りである。相手の攻撃を、全てかわすのではなく、受けることも、適度にしている。し、お互いの技を出し合って、客に見せて楽しませるのが、プロレスである。こっち(客)も、真剣勝負の殺し合いなど、見たくはない。(少なくとも私は)
体を鍛え、80%の力で戦っているので、プロレスラーは、他のプロスポーツ選手のように、怪我があまりない。それがいい。もちろん、プロレスでも、怪我をすることはあるが。なので、あんまり、危ない攻撃は、しない方がいいと思うのだか。危ない攻撃も、ファンサービスであることも、あると思うが、私は、そういうのは、別に見たいとは、思わない。もっとも、私はプロレスファンではなく、テレビでも、プロレスは全く見ていないが。

日本にプロレスを作ったのは力道山だが、力道山の頃のプロレスは、八百長試合が多かった。
木村政彦も、「わが柔道」で、「プロレスは、投げるにしても、蹴るにしても、全て八百長なので、毎日でも試合が出来た」と書いている。
(まあ、しかし、八百長と書いてあるだけで、察するに、次の試合は、ああして、こうして、などという、相手レスラーとの打ち合わせなどは、なく、要するに、お互い60%くらいの力で戦っていた、ということだろう)
敗戦で日本人が自信を失っていたから、アメリカ人のプロレスラーは反則をやる悪役ばかりを呼んできて、日本人レスラーは、フェアープレーで戦った。その試合に日本人は熱狂し、また、プロレスの興行収入も上がった。それによって力道山は国民的スターとなった。力道山は、お山の大将的性格で、猪木を、そうとう、いじめた。猪木の何が気に食わなかったのだろうか。しかし、力道山の酷いいじめに負けなかった猪木の根性は凄い。やはり燃える闘魂である。

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国会はバカバカしい

2013-10-22 23:59:29 | Weblog
国会はバカバカしい。国会は無駄だと思う。高校生以上なら、知ってるだろうが、国会なんて完全な八百長である。野党議員が何を質問するかを、官僚が、野党議員に、あらかじめ聞いておいて、官僚が、それに対する、的確な答弁の作文を書き、大臣は、その作文を読んでいるだけに過ぎない。野党の質問は、いかに与党の欠点をほじくり、与党のイメージを落とし、自分らの党の人気を上げることしか考えていない。時間の無駄である。要するに、野党は、自分の党の党益しか考えていないのである。こういう時間の無駄が政治を停滞させているのである。どいつも、こいつも、自分の利益追及しか考えていない。イデオロギーを持った政治家も、全くいないわけではないが、基本的に政治家はイデオロギーなんて持っていない。

政治家は、誰でも、色々な政治課題において、こうしたらいい、という自分の考えは持っている。それを、仮に政治家や政党のイデオロギーと言っておこう。しかし、党の存続とイデオロギーの保持の、どちらかを、取らねばならなくなった時には、政治家は、当然、党の存続の方をとる。だから、そんな吹けば飛ぶようなものは、私はイデオロギーなどとは思っていない。

小泉純一郎は、イデオロギーを持っていた政治家、と言っていいと思う。郵政民営化や官から民への移行、変革、など。小泉純一郎は、自分の信念を曲げない政治家だった。しかし彼は、それゆえ変人と呼ばれた。自分の信念を捨てたり、変えたり、妥協するのが、日本では、まともな、普通の、あるべき、正しい、立派な、政治家であって、自分の信念を曲げない政治家は、日本では変人と呼ばれるのである。これが政界の常識、守るべきエチケットなのであるから日本の国会議員はなんと素晴らしいのだろう。

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就職活動

2013-10-22 18:41:03 | Weblog
私も研修医になる時、就職活動をした。母校の医局なら、どこの科でも、ほとんど無条件に入れてくれる。しかし私の母校は、関西で、私はどうしても、関西には、馴染めず、Uターンして、関東に戻りたかったのである。私が応募した病院は、神奈川民医連の川崎協同病院、武蔵野赤十字病院、国立相模原病院、横浜済生会病院、国立下総療養所、の五つである。前の四つは、落とされた。かろうじて千葉の国立下総療養所が採用してくれた。

関東には、医学部がたくさんあるが、別の医学部の医局に入局するのは、人見知りの強い私には抵抗があった。

国立下総療養所は学閥がなかった。就職活動もやっているうちにコツがつかめてくる。それまで履歴書には、趣味とか特技とかは、謙譲の美徳、で何も書かなかったが、そうすると、採用する方は、「こいつは、やる気の無いヤツなんじゃないか」と思われてしまう可能性がある。それで、もっと、図々しく、自己アピールした方がいいのだ。と気ずき、趣味、特技には、書くこと、読書、スポーツは、空手、水泳、スキーと書いた。もしかすると、多少、それが良かったのかもしれない。しかし、国立下総療養所は、おおらかで、よほど問題がない限り入れてくれる。その代り、給料は、月12万円と少ない。月12万円では、とても生活していけない。それで、三ヶ月してから病院が紹介してくれた病院に週一回、当直のアルバイトをした。それは、千葉の北東の方にある小見川病院である。給料とアルバイトで、月30万くらいになり、何とか生活できるようになった。

しかし本当はそうでないのである。国立下総療養所の面接でも、不採用の雰囲気は見え見えだった。

所長は履歴書をヒラつかせて、
「お前みたいな弱僧に空手なんて出来るのかよ。どうせウソだろ」
と罵った。
「いえ。出来ます」
と私は自信を持って言った。
「じゃあ、何か技を見せてみろ」
と所長は高飛車に言った。
「では、ちょっと、私の所に来てもらえませんか?」
と所長に言った。所長は私の所にやってきた。
「何だよ。何をするんだ。まさか、所長であるオレ様を殴るんじゃないだろうな」
と所長は少したじろいだ。
「いえ。痛くはありませんよ」
そう言って私は、所長の腹に手を当てて、トンと、ほんの少し押した。
所長は、わっははは、と笑った。
「なーんだ。これが空手か。痛くも痒くもないぞ」
と、所長と二人の面接官は笑った。
私は、ニヤリと笑い、
「これは、空手の秘技で三年殺しと言います」
と言った。
「何だ。その三年殺し、というのは?」
所長は首を傾げて聞いた。
「三年殺しとは。受けた時は、痛くありませんが、だんだん内臓が腐っていき、三年目に死ぬ、空手の秘技です」
私はそう説明した。
所長の顔が青ざめた。
「助けてくれー。そんな、恐ろしいこと」
所長は、私にしがみついた。
「解毒薬があるように、三年殺しにも、それを解く特殊なマッサージがあります。私はそれを身につけています。三ヶ月かけてマッサージすれば、治ります」
と私は説明した。
「君を採用するー。だから、どうか、その特殊なマッサージをしてくれ。私は死にたくない」

てな具合で採用されたのである。
そうでもしなきゃ、私のような暗い人間は採用される方法はなかったのである。

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SLE(全身性エリテマトーデス)

2013-10-21 22:35:47 | Weblog
SLEとは、膠原病である。ポリクリ(臨床実習)の最初は、小児科だった。私には病棟患者では、SLEの女の子の症例があてがわれた。カルテに入院時の写真が貼ってあって、すごくかわいい。カルテは、SOAPで書かれてあった。SOAPとは、S(Subject、患者の訴え)O(Object、検査値とか、医者側から見た病状)A(assesment、評価)P(Plan、治療の計画)である。Sでは、「お腹が痛い」とか「こんな顔で学校、行ったら、絶対、笑われる」とか、が書いてあった。読んでいて涙が出てきた。何とかして、治してあげたいと思った。しかし私は一介の医学生である。仕方がないので、図書館で内科の本をたくさん借りてきて、読んだ。翌日、病棟に、それらの本を持って患者を見に行ったら、「すごーい」と病棟の子供たちが驚いていた。病棟の子供たちは、今度は、どんな医学生が来るかと、興味を持っているのである。私を見るなり、子供たちは、皆、「優しそう」と言った。症例のSLEの子がいない。おかしいなー、と思って、ベッドの名刹を見て、その子をみつけることが出来た。その子は、ステロイドの副作用で、顔が変わってしまっていた。可哀想すぎる。やりきれない。しかしステロイドをやめたら、腎不全を起こして死んでしまう。ので、仕方がない。病院の中にも、院内学級というのがあって、その子は、真面目で、一人でベッドにいる時にも、結構、勉強しているらしい。と、カルテに書いてあった。

それ以前に、第一内科(心臓、腎臓)の講義でSLEのことを話していたのが印象に残っている。

江戸時代の頃は、SLEは、原因不明の病気だった。原因がわからないから病気というより、おかしな現象だった。SLEには、色々な症状が出るのだが、精神症状として、統合失調症が出るケースもあるのである。つまり、わけのわからない、おかしな事を言うようになるケースもあるのである。そうすると親、親族は気が動転する。子供に狐がついた、と思ってしまう。SLEは、遺伝病ではないが、家族に、精神疾患の患者が出ると、あの家系は、精神疾患の家系だ、と他の人々に噂されるようになる。そうすると、その家系の他の子供も、結婚の相手がいなくなる。そのため、家族は、SLEの子が、いるということを何とか隠そうとする。外に出さず、土蔵に入れたりする。SLEは、光線過敏症があって、太陽の強い光を浴びると症状が悪化する。そして、その逆に、光を浴びないようにしていると、症状も軽減する。土蔵に入れることで、太陽の光を浴びなくなると、症状が軽減するのである。そうすると、とりついていた狐が去ったと言って、家族は喜び、土蔵から出す。そして外にも出す。しかし、太陽の光を浴びると、症状が悪くなるので、また、狐がついた、と言って、土蔵に押し込める。その繰り返しである。

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神経細胞の興奮

2013-10-21 21:27:16 | Weblog
医学部三年の時から始まった神経生理学で、神経細胞の興奮が、ある事と全く同じであることを私は面白く聞いていた。しかし私以外の人で、それを言う人はいなかった。気づかないのか、あるいは、気づいていても、ことさら言わなかったのか、のどちらかだろう。私だって、気づいていても、それを人に言う必要などなかった。人体の反応である以上、同じ反応があるのは、別に不思議ても何でもない。

それは神経細胞の興奮が、男のオナニーと同じであるということである。

神経細胞の興奮は、全か無かの法則に従う。これは、男のオナニーと同じである。射精するか、しないかは、全く、全か無かの法則である。

神経細胞の興奮は、刺激の閾値を超えた時に起こる。男のオナニーも、射精するには、起爆剤(エッチな写真やビデオ)が必要であり、その閾値を超えた時に起こる。

絶対不応期。神経細胞の興奮が起こった直後は、どんなに強い刺激を加えても神経細胞の興奮が起こらない時期があり、これを絶対不応期という。男の射精も、射精直後には、絶対不応期がある。

相対不応期。ちょっと時間が経つと、神経細胞が再度、興奮しうるが、この時には、閾値が高くなっており、閾値を超す強い刺激でないと、神経細胞は興奮しない。男のオナニーも、射精してから、ちょっと時間が経てば、もう一回、射精することも出来るが、それを成功させるには、初回の射精の時より、より強い刺激が必要である。

こういう風に覚えれば、一生、忘れない。

男が一人でオナニーして射精するには、起爆剤(エッチな写真やビデオ)が必要なのである。これは、ふざけた事でも、不道徳なことでもない。だから起爆剤であるエッチな写真やビデオは、男にとって、なくてはならない必要な物なのである。特に、青春、真っ盛りの若い青年は、オナニーを我慢し過ぎると、性欲がどんどん高進して、かえって勉強に集中出来なくなってしまう。

エッチな写真やビデオは青少年に有害な図書とか、ネットでも18歳未満はダメなサイトとか、言われているけど、そもそも、文部科学省推薦の青少年むけの健全なエロ本とかエロビデオなどというものが、この世にあるのだろうか。

しかしオナニーのし過ぎも、当然、良くない。

また、オナニーがやめられなくて、オナニーの罪悪感で自殺した青年がいた、と聞いたことがあるが、性格が、あまりにも純粋すぎる。

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人を褒められるのも先天的な才能

2013-10-19 21:24:47 | Weblog
人を褒められるのも先天的な才能である。

これは、学校の教師、あらゆる習い事、スポーツ指導者、などに言えることであるが、特にスポーツ指導者に言えることである。

スポーツ指導者でも人を誉められない人がいる。私はそういう人を多く見ている。また、人を褒められる人も見ている。人を褒められるか、褒められないか、というのも、先天的な性格的才能である。人を褒められない人、人の長所を見つけられない人は心の貧弱な人である。そういう人の人生は、つまらない人生である。人を褒められない人は、大抵、わがままで、自己中心で、頑固で、優しさがなく、心にゆとりがなく、いつもカリカリしていて、ものを考える能力がなく、また考えようともせず、バカで、人をからかい、性格が軽率で、褒めることが出来ないから、思ってもいない、お世辞をふざけ半分に言うことしか出来ない。これは、もう先天的な人格であり、治すことは出来ない。

しかし。

「人が本気でやる気になるのは、褒められた時だけだよ」

「優れた芸術家にとっては、世の中のすべてが美しい。なぜなら彼はすべての外面の現象の中にある内面の真実を読み取るからである」
(オーギュスト・ロダン)

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就活自殺

2013-10-18 21:11:35 | Weblog
就職活動をした学生のうち2割が活動中に自殺を考えたことが18日、自殺問題に取り組むNPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」(東京)の調査で分かった。(時事通信)

警察庁の統計によると2012年に「就職失敗」を理由に自殺した20代は149人にのぼり、07年の60人から約2.5倍に急増しているのだ。20代全体の自殺者を見ると、07年は3309人なのに対して12年は9.7%減の3000人。「就活苦」を原因の自殺が際立って増えていることが分かる。

大学生も大変である。私は、その点、恵まれている。頑張って生きなくては。


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体調が悪い

2013-10-17 10:31:43 | Weblog
今年は体調が悪い。はたして、これが回復してくれるものかと疑問に思っている。弱気なことは、言いたくないのだが事実だから仕方がない。体調が悪いと小説も書けない。それが一番つらい。ネタは、いくつもあって、また、書きかけの小説も、いくつも、あるのだが、体調が悪いと書けないのである。これが、もの凄く悔しい。もちろん、体調を改善しようと、筋トレしたり、プールで泳いだり、しているが、不眠と過敏性腸が改善しない。毎日が病気との戦いである。私は病気は、自分で治すものであり、医者は、そのために利用するものである、と思っている。ネットで埼玉の大宮に、過敏性腸専門の施術者がいるとあったので、行って施術を受けたが、たいした効果はなかった。マッサージと変わりない。マッサージは、自律神経の調整に明らかにいい。マッサージを受けていると、胃腸が動き出すのである。プロメイトという電子治療の無料体験を、たまたま見かけたので、何回も受けたが、私には効果がない。8年ぶりに、大腸内視鏡検査を受けたが、残念なことに悪性腫瘍はなかった。あってくれることを期待してたのに。ヘビの生殺しである。

芥川龍之介も、侏儒の言葉の中で、
「文を作るのに欠くべからざるものは何よりも創作的情熱である。その又創作的情熱を燃え立たせるのに欠くべからざるものは何よりも或程度の健康である。スエーデン式体操、菜食主義、複方ジアスタアゼ等を軽んずるのは文を作らんとするものの志ではない。」
と言っている。

芥川龍之介も、大正15年くらいから、健康が悪くなりだし、神経衰弱、不眠症、に悩むようになり、睡眠薬、精神安定剤、下剤、などを飲みだすようになった。しかし、芥川は、体調が悪くなった後でも、「点鬼簿」「玄鶴山房」「河童」「蜃気楼」などの小説を書いている。今の私の健康状態では、とても小説など書けない。ブログは書けるが、小説を書けるほどの肉体的、精神的体力は無い。どんな作家でも、ひどい頭痛とか、歯痛とか、腹痛とかがあったら、小説などとても書けないだろう。

しかし私は死なないぞ。まだ、回復の可能性が0になったか、どうかは、わからない。

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三島由紀夫の死

2013-10-16 17:24:42 | Weblog
三島由紀夫が、なぜ自決したか、わからない、という人が、私には、わからない。You-Tubeでの、三島のインタビューや、死の10日前の古林尚氏との対談で、もう、ほとんど全てわかる。自衛隊の違憲性に対しては、三島はそれほど憤っていない、と私は思っている。むしろ、あれは、口実である。ただ、経済的繁栄にうつつを抜かして、戦争など忘れ、快楽ばかりを貪り、ダラダラ生きている一部(多く)の日本人に対しての訴えは、本物である。要するに、「もっと真剣に生きろ」という主張である。そして、もう一つは罪悪感である。学徒出陣、特攻隊員として死んでいった若者達に対する引け目である。三島は、(父親の協力もあったが)生きたいために徴兵のがれに必死だった。しかし乙種で合格してしまった。そして遺書まで書いた。しかし肺結核と誤診されて即日帰郷となったことを喜んだ。特攻隊員たちは皆、夢も希望もありながら、日本のために死んでいったのに、自分は、生き延びて、夢であった文学において、欲しいものを、十分すぎるほど手に入れた。夢も希望もありながら、死んでいった特攻隊員たちに対し、申し訳ない、という思いは、強くあったはずである。それと、言動一致である。自分の思想を発言(というか、書いて)しておきながら、それを行動しない、というのは、三島にとって、耐えられないほど、つらかったからである。それらは、憂国のためである。

しかし、三島の死の動機は、憂国のためだけではない。自分の欲求のためもある。それは、

△歳をとりたくない。ボディービルで作り上げた肉体美が、歳をとることによって、その美が低下することを恐れた。のである。もちろん、人間は、誰だって、歳はとりたくない、と思っている。しかし、三島の場合は、その程度が異常なほど強いのである。肉体の美や、老い、を一部の作品で文学のテーマにまでしているほどである。

△夭折したい願望。三島は文学において、夭折の美を多く書いている。三島は、幼い時から、レーモン・ラディゲの夭折に嫉妬したほどである。

△人間(自分)の死が小さくなる、ことに対する嫌悪。畳の上で、ハチの巣の中の一匹の蜂のようには、死にたくない。という願望。明治維新の英雄たちや、特攻隊員のように、男の死とは、命を捨てて目的のために、突っ込むもの、であり、そういうふうに死にたい、という願望。

三島にとって「行動」とは「目的のために、突っ込んで死ぬ」ことだった。これは、三島独特の風変りな思想である。一般の人にとって、「行動」とは、「生きて何かをする」ことである。しかし三島にとっての「行動」は、一般の人の「行動」と考え方が違うのである。

などである。

ともかく、三島は誠実で理想が高すぎる。彼の理想の高さが、彼を自刃させた、と言ってもいい。三島の死は、三島にとっては必然だった。志があまりにも高すぎる人の心理は、一般の人には、わからないものである。



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一本足打法

2013-10-15 20:02:08 | Weblog
バッティングセンターで、王貞治の一本足打法を真似てみたら、打てるようになった。王の一本足打法は、バットを前に傾けて構えている。それも、真似してみたが、なぜか、それの方が力が入るのである。

2012年1月27日のこのブログで、私は、

「バッティングにおいて、脇を開けて構えると、明らかに長打を打てる。というより長打になる。別に力を入れなくても。構えの時、脇を開けないと、飛距離は短くなる。これは、私にとっては、もう法則である。ただ構えの時は、脇を開けていても、スイング動作に入ったら、すぐに脇は、閉まらなくてはならない。」

と書いている。

最近、出てきたYou-Tubeで、古田敦也が、このことを「今と昔は違う?バッティングでの後ろ脇の使い方」http://www.youtube.com/watch?v=NpKCrjYawacで述べている。 他にも、古田敦也氏は、バッティングについて述べているが、氏の教えはわかりやすい。

あと、スイングの時、前の腕の脇を少し開けるとバットコントロールが、よく出来るようになる、ことにも気づいた。

これも古田敦也氏が、「操作性バツグン!バッティングでの前脇の使い方」http://www.youtube.com/watch?v=symg-THrpY8で全く同じことを言っている。

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