キュヴェ タカ/cuvee taka 「酔哲湘南日記」

新鮮な山海の恵みを肴に酒を吞み、読書、映画・音楽鑑賞、散歩と湘南スローライフを愉しんでいる。 

夏の楽しみが消えうせて

2010年07月31日 | Weblog
今朝の湘南は、日の出から猛暑の予感を感じさせるお天気で、蝉が過激に鳴いております。今年は蝉が出てこないんじゃないかと10日前まで思っていたのですが、暑くなるとやっぱり出てきます。ミンミン蝉とシャーシャー蝉の鳴き声が暑さをさらに際立たせ、夏なんだなあとつくづく思います。

さてこう暑いと何にもする気がいたしませんから、ベッドに引っ繰り返って扇風機の風を浴びながら読書をして、それでも汗が出てきますから、数時間おきに水風呂に入りシャワーを浴びることを繰り返し、暑さをやり過ごすしかありません。多少日が傾き歩行可能になる夕方を待ち、二時間ばかり散策をして汗をびっしりとかき、風呂に入ってから熱くならない程度にアルコール含有水分を補給し、またもや引っ繰り返って読書の続きをいたします。

かつては早朝か夕方海岸で海に浸かって涼を取っていたのですが、ご存知のように二宮海岸は3年前に消えうせ、住民は釣りばかりでなく水浴びの楽しみも剥奪されております。国土交通省は、詰まらん道路を造るのは後回しにして、養浜事業を優先させて欲しいものです。





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餡かけスパゲティー

2010年07月30日 | Weblog
名古屋でお取引先と直営店のパスタハウス「シェスティーノ」でお会いして商談をして、そのままそこでお昼をいただきました。関東にはつい最近まで無かった料理に餡かけスパゲティーがあるのですが、今回初めて賞味いたしました。

店長の石川さんはフランスで修業をなさったそうで、餡はデミグラソースにトマトの味わいとチリの辛味が聞いたものでした。中華の焼きそばに掛かった餡を連想しておりましたが、それとは大違いで、これが正統な名古屋餡かけスパゲティーなのかどうか分かりませんでしたが、洋風の大変ボリュームのある好ましい一皿でした。

これを肴に夜ワインを飲む方も多いようで、この時期濃い目の味付けの料理にきっちり冷やした白ワインを合わせたら、幾らでも杯がすすみそうです。そのワインは一律1本2,000円ですから、財布が軽くなることを恐れずに思う存分飲み食いが出来ます。しかも名古屋駅の傍の地下街にありますから、新幹線の時間ぎりぎりまで楽しめます。出張帰りに名古屋の味“餡かけスパゲティー”を楽しんでいただくのに絶好の店です。

ちなみに、よく利用させていただく和食の「竜むら」は隣ですから、財布の重たい方はこちらで軽くしてからお帰りになるのもいいでしょう。
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70年代のボージョレの意味

2010年07月29日 | Weblog
中井英夫さんのとらんぷ譚がここ数ヶ月に渡って講談社文庫から新装版として読みやすくなって発売されております。当然コレクターとしては見逃すわけも無く、Ⅰの「幻想博物館」から順次そろえて、今月のⅣ「真珠母の匣」をもって完結となりました。普通にⅠから読み進めればいいのですが、こういうものは全巻揃ってでなければ読み始められない性向でして、しかもへそ曲がりのせいもあり、逆さ読みでⅣから読むことになりました。

物語は、大正生まれの中年から老年に差し掛かった姉妹3人の前に若い男が現れ、ラヴアフェアーが展開されるのですが、火遊びのお守りに宝石を買い求めて身に着けておけとの女占い師からのご宣託があり、読者は姉妹それぞれラヴアフェアーを味わうという趣向となっております。

この中で、末の妹の亭主が運送業で成功した成金の愚物として描かれているのですが、この男に金に飽かした美食の結果「ワインもボージョレは1973年ルイジャドーに限る」と言わせています。この小説が書かれたのは1970年代後半、そのころの日本のワイン事情は、実は良くわかりませんが、果たして俗物を強調するためにボージョレ、ルイジャドーと書いたのでしょうか、あるいは当時このワインはファッショナブルな記号として使えたのでしょうか。

都合良く、そのころ日本リカーで営業の前線に立っていた人がうちにいますので、聞いてみることにいたしましょう。今日はこれから名古屋ですので、来週にはこのワインの意味を判然させ、中井英夫の美意識を確かめてみたいですね。


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久し振りの御徒町で

2010年07月28日 | Weblog
お取引先の紹介で御徒町の小売店へ営業に出かけました。御徒町は私にとって懐かしい町で、学生時代には春日通りを湯島に向かったところにあるインドカレー店デイリーに通いましたし、上野鈴本で林家三平を観たりしておりました。就職してからはお取引先と湯島のクラブへ随分と通いましたし、鈴本の近所のルアーショップで随分とルアーを買い求めたものです。しかしながら、お取引先が越したりしたものでここ十年は余り縁の無い町になっておりました。

商談後はご紹介いただいたお取引先と一緒でしたので、御徒町駅下の寿司の名店“さかえ寿し”に入り、チラシを肴に生酒を飲みながらコドロンキオの営業活動を行ないました。カウンターが6席、テーブルが一つの小体な店を昭和33年からやってきているそうですから大したものです。現在の親方は、親父さんから引き継いだ二代目で、三代目候補の息子さんと二人で切り盛りしています。欲が無くて寿司に対する愛情が一杯で、いい感じの空間です。

毎日築地に行って仕入れをしているそうですが、低価格で寿司を提供してくださっているので随分苦労が多いだろうなと思います。チラシのほかに、軍艦巻きの雲丹、これは軍艦の中身が北海道の馬糞雲丹で、比較のために一寸青森の紫雲丹をお皿に載せてくれました。馬糞雲丹は濃厚で紫は北国の夏を感じさせる爽やかさがありました。しんこと茹でたての蝦蛄を握ってもらいましたが、とにかく安くて気楽に注文が出来、江戸のファーストフードの握りずしはかくあるべきだと思いました。

カウンターの右にここに海苔をおさめている海苔屋の社長、左に御徒町らしく貴金属会社の社長が陣取っておりましたが、左の社長はワイン愛好家のようで、話が弾み、親方に寿司に比較的合うワインを長年かけてようやく開発したのでサンプルを送る事、ついては貴金属の社長が来たときに一緒に試飲をして欲しい事を頼み帰って参りました。この勢いで日本中の寿司屋にコドロンキオを案内したいものです。

7月中に沼津、8月に入りましたら、八戸、仙台、札幌の寿司屋へこのワインを紹介して回るつもりです。イタリアン、フレンチというところへワインを案内するのも悪くは無いのですが、寿司、蕎麦、鰻、割烹、天麩羅、焼き鳥に合うワインの開発を行い、そこへ確実に入れてゆく事が大きな結果を生む事は間違いなく、また日本人の繊細な味覚に合わす事が出来る日本人の仕事であると思います。寿司には酒、蕎麦には酒か蕎麦湯割の蕎麦焼酎、鰻にはかなりワイン、白焼き以外には赤、割烹には酒、天麩羅には白ワイン、焼き鳥にはビール、酒、ワインと、食のヴァリエーション世界一を誇る日本でアルコールのヴァリエーションも世界一を目指して見たいじゃないですか。
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キャラ売り

2010年07月27日 | Weblog
あんまり暑いんでハイボールを薄めにしてがぶ飲みしています。ビールもこれだけ暑いといけません。ビールは初夏の爽やかな陽射しが似合います。サントリーは角の出荷調整をしているようですが、また以前のようにアルコールを添加して日本独特のウイスキーを造り、増産することはないのでしょうか、少なくともスコッチのバルクをブレンドしたウイスキーに文句を言う手合いはいないと思います。要は品質が落ちなければ出自は問わないですよ、最近の消費者は。しかし、かつて世界一にまでなったオールドがここまで落ちぶれた反省から、サントリーのウイスキーは国産ウイスキー原料のみを使うとの固い掟があるのかも知れません。儲かればいいってもんではないって事が、日本の企業も少し分かってきたのは慶賀すべき事です。

ところで小雪ちゃんは、まさにウイスキーでアルコールを飲み始めた最後の世代にアピールするのに、憎いほど相応しい女性です。かつて、大学時代にカティーサークを流行らせた真野響子さんも、オジサン殺しでしたね。今人気絶頂のAKB48の大島優子ちゃんといえども、角ハイボールはここまでヒットしなかったかも知れません。狙いをつけた年代に相応しいキャラクターを持ってくるところが広告宣伝会社の腕ですね。

しかし、大島優子ちゃんをワインに使えば、20代へのアピールは抜群でしょうから、ワインが空前絶後の伸びを示すかも知れず、向こう二十年くらいの安定した消費が約束されるような気がします。キリンさんあたりやってみてくれないでしょうかね。

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美味いうどんを求めて

2010年07月26日 | Weblog
若い頃は関西はうどんが美味いので、関西に行ったら蕎麦を食するのは愚の骨董と考えておりましたから、随分と出汁の効いた美味いうどんを廉価で味わいました。昨年伊勢佐木町の入り口に丸亀うどんが開店し、可也美味い上に¥280とあって物凄い人気です。

先日、と云ってももう3週間前になるでしょうか、石川町の特集だったので久し振りにアド街を観ていたら、これとは別のうどん屋が紹介されていました。長い間、横浜には美味いうどん屋はないと思っていたのに、こうやってテレヴィで紹介されると吃驚しちゃいます。しかも昔からやっているそうで、似非浜っ子としても実にお恥ずかしい。朝6時から店を開いていて、夜勤明けの港湾関係者が開店と同時に詰め掛けているようです。手打ちなのにかけうどんが300円を切っているとかで、天国のような空間です。

問題はアグリ横浜支店からだと少し遠い事、気軽に昼に出かけられる距離ではありません。それでも地続きですから歩いていれば必ず着きますし、所詮は横浜市内ですから、行って行けないことはない。しかし、夏の炎天下は避けたほうがよろしいようで、うどん喰いたさに熱中症になって倒れたら、ワイン業者としての名折れですものね。

それでも今朝はなんとなく秋の気配がいたします。この数日朝夕にはカナカナが鳴いて、暑い中にも秋が忍び寄っているのは確実で、すでに夏至から一月以上が過ぎ、夕暮れも随分と早くなってきております。今年の夏は短いように感じられ、石川町のうどん屋へ行ける日も存外早いのかもしれません。


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夏らしい夏は10日しか続かないので

2010年07月25日 | Weblog
いや暑い日が続きますね。昨日も湘南地方には昔懐かしい光化学スモッグ注意報が出て、外での運動や外出を控えるようにとのことでした。その注意を少し気にして三時になってから散策を開始いたしましたが、それでも暑くてかないませんでした。

道中かき氷をいただける店に寄り、レモンとミルク茶で涼を求めましたが、天然素材のかき氷はすっきりとして美味いですね。後味がシロップなどとはまるっきり違います。しかしながら、暑さはしぶとく、一時の涼で対応できるものではありませんでした。歩いてるそばから脱水症状になるような気配で、麦茶を連続的に飲みながらの散策となりました。

夜半に俄かに北東の風が吹き、過ごしやすくなりましたが、冷気と暖気のぶつかるところは雨が降り雷が発生します。読書が捗りましたが、ごろごろする音が多少気がかりでした。

空けて今朝は抜けるような青空、今日も大量の水分を持っての散策となりそうです。それでも秋の気配は確実にやって来ています。暑いけど、儚い夏らしい夏を存分に味わっておくことにいたしましょう。








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横浜の奇才

2010年07月24日 | Weblog
関内駅前のビル4階の芳林堂は、かつて高田馬場に通っていた35年前、駅前に出来たBIG・BOXに入っていた書店で、5年前関内に出現してからも懐かしいためか、しばしばブックウォッチングに出かけます。先日出かけたところ、昨年お亡くなりになった平岡正明さんの著書が平台にいっぱい積まれており、その中でも「立川談志と落語の想像力」に反応し、思わずパックンしてしました。何かに興味を示しだしたら、一気呵成に関連書物を読んで我が物にしようなんて、ちょっと浅ましいですが、子供の頃からの性向ですから簡単には治りません。“立川談志”と“落語”に反応してしまったのですね。

平岡さんはジャズもお好きですから、立川談志の落語の即興性に惹かれたのだろうと当たりをつけております。本のほうは、パックンしただけで咀嚼して消化しておりませんから何ともいえませんが、きっとそんな感じじゃないかと思います。

本の帯には春画における性器の長さと顔の長さはイコールだと指摘された、田中優子さんが推薦のお言葉を書いていらっしゃいます。

私は平岡正明を通して
落語とは
聞くものの想像力の
極みである事を知った

江戸学の春画のときの論考より、落語のほうが詰まらないなあと思いますが、人の推薦をするときには少しテレが入ったりするものですから、こんなものなのかもしれません。平岡、田中、荻野、種村の野毛つながりの人脈は身近に感じます。

それが理由ではないですが、昨夜はあまりに暑いので野毛の福家で暑気払いを行いました。かえって暑くなって寝苦しい夜をすごしたかというとそうでもなく、知らないうちに寝ていたようです。暑気払いの効能はやはりあるようです。


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早朝読書とワカシ

2010年07月23日 | Weblog
もうそろそろだなあと思って恐れていた宮下史朗訳「エセー4」が発売されておりまして、泣く泣く大枚を払って買い求めました。思えばこの悲劇は「エセー1」を買い求めたことによります。宮下訳は世評も高く名訳の誉れ高いものでして、その内容になんら文句のあるものではありませんが、私の性格がちびちび読み進めることを許さず、全巻揃ってから一気という形を取るものですから、一年に一冊発売されるのを気を長く持ちながら待っているのでございます。

そしてかれこれ五年の月日が過ぎ去り、ここのところ発売間隔が長くなってきており、いつ完結するものやら見当もつかくなってきております。早く完結して欲しい気持ちと、出るたびに財布が軽くなる恐怖感とのせめぎあいでして、気分はダブルバインド、どうにかしてくれってんだ。

財布が軽くなりついでに小林秀雄と岡潔の対談集も買い求め、そちらのほうを今朝四時に起きて読み始めましたところ、息子がバイクで釣りに出かけまして、六時にワカシ二尾を持って帰って来たものですから、今朝はそいつを刺身でいただきました。釣りたての魚は歯応えが身上、実に爽やかな朝食となりました。




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西の蕎麦

2010年07月22日 | Weblog
二十代半ば頃、関西の画家陶芸家書道家のところを回る仕事をしておりました。そのときに京都南座の近くの鰊蕎麦が有名な蕎麦屋でそれを食べ、関西の蕎麦はこしが無く、べたべたしていてこっちの人の性格通りで嫌だなと感じました。当時、関東人は関西人を故も無く嫌うのが粋と考えられていた時代でして、私も大きな時代の流れに染まっていたわけですが、蕎麦もそんな風潮を反映して、いわれの無い非難を浴びていたのです。

その後10年ほど経ちまして、京都駅の地下の蕎麦屋で弟の家族と共に蕎麦すきを食べました。相変わらず蕎麦にはこしが無かったものの、舌と上顎でずるっと溶けた様になる蕎麦から、蕎麦本来の風味と旨味を発見し、蕎麦はこしが無くちゃあという関東の常識を離れれば、これも美味いものだなあと思うようになりました。

名古屋はきしめんが有名であり、味噌煮込みうどんが美味いところで、やはり蕎麦の文化は遅れていると考えますが、関東人ゆえか、夏の暑さで味噌煮込みが食いたくないなあと感じるとき、蕎麦をたのみます。その蕎麦は関西の系統に属するもので、こしが無くずるずるしているのですが、蕎麦そのものの味があり噛みしめていると美味いものです。東京の年寄りなんぞに蕎麦を噛みしめているところを見られたら、それこそ「このとんちき野郎、蕎麦は噛むんじゃない、飲み込むんだ」と怒鳴られそうですが、「人の勝手だ、好きなように喰わせろ」てな成り行きになりそうです。

まあ、偏見を捨て物そのものに当たってみると、その良さが分かって来るものです。



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