ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

茨城県産婦人科医会、日本産科婦人科医会茨城地方部会、茨城県医師会の抗議文

2006年03月14日 | 大野病院事件

 抗議文

 平成18年3月10日

             茨城県産婦人科医会 会長 石渡  勇
     日本産科婦人科学会茨城地方部会 会長 吉川裕之
                                   茨城県医師会 会長 原中勝征

  
 先ずは、ご逝去された患者様とご家族ご親族の皆様に対し哀悼の意をささげたいと思います。
 さて、平成18年2月18日、福島県立大野病院産婦人科医師、加藤克彦氏(以下、医師)が業務上過失致死および医師法違反の被疑により逮捕、富岡警察署に勾留、3月10日福島地裁に起訴された件に関し、茨城県産婦人科医会(以下、医会)、日本産科婦人科学会茨城地方部会(以下、学会)、茨城県医師会(以下、医師会)は、誤った医学的判断および医師法解釈による不当な行為と考え、遺憾の意を表明すると共に抗議するものであります。

1. 医療上の過失の有無に関する意見

 国内外の論文をみても、前置胎盤症例は全分娩の0.5%に見られ、多くは帝王切開となる。この場合留意すべきものは癒着胎盤である。癒着胎盤を伴う前置胎盤の頻度は0.1%未満である。また、子宮全摘出が必要な癒着胎盤は全分娩の0.01%と考えられる。一般にこの頻度は経産回数、高年齢、帝王切開術等手術既往と相関するとされる。癒着胎盤症例でMRI検査によって事前に診断されるのは2.5%との報告もある。
 報告書(県立大野病院医療事故調査委員会;平成17年3月22日)をみると、本症例においては、前回帝王切開がなされているが、その創部と胎盤付着部位は離れており、前置胎盤症例の中で特別な危険因子が存在していたわけではない。また、超音波検査やMRIを用いて癒着胎盤を診断する試みは論文に出始めているものの、日常診療の中で標準的な取り扱いになる程、診断の信頼性は高くない。すなわち、これらの機器を用いた癒着胎盤の診断は医療水準となっていないと判断する。また、医師は超音波検査で前置胎盤と診断し、妊娠36週6日に、麻酔医、外科医、看護師4-5名のスタッフを確保し、輸血用血液を5単位用意するなど慎重な準備の下に手術を開始している。特に、本症例は胎盤剥離が極めて困難であったが、摘出された子宮・胎盤の病理組織診断では癒着胎盤(placenta accrete)であり、胎盤の剥離ができない嵌入胎盤(placenta increta)や穿通胎盤(placenta percreta)ではなかった。本症例は出血量速度とも極めて予想外のことであり、手技の問題ではなく、極めて特異的疾患によるもので避けがたいことと判断する。また、今回のように子宮を摘出せねばならないほど大出血になることは極めて稀であり、子宮の温存を強く希望する患者に対して、胎児娩出後、胎盤剥離を試みず直ちに子宮全摘を行うことを患者に説明することは困難である。胎盤剥離を試みて剥離困難かつ多量の出血があった場合、子宮全摘出を行うのが一般的である。
 本症例は、子宮全摘出となる程の癒着した前置胎盤を予知することは困難であり、ここに過失は存在しないと判断する。

2. 患者・家族への説明義務違反について

 報告書には、手術中に大量出血が見られた時点、子宮摘出を判断した時点において家族に対する説明がなされていない、と記載されているが、救急救命に全力が傾注されている最中に説明をすることは不可能であり、本件において説明義務違反は存在しない。

3. 警察への届出について

 医師法21条(医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない)と規定されている。「異状死」の概念や定義には曖昧な点が多い。日本法医学会は「診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの」を「異状死」に含めるとした。一方、外科関連学会協議会は、診療行為の本質を考慮し、説明が十分になされた上で同意を得て行われた診療行為の結果として、予期された合併症に伴って患者の死亡・傷害が生じた場合については、診療中の傷病の一つの臨床経過であって、重大かつ明らかな医療過誤によって患者の死亡・傷害が生じた場合と同様に論じるべきではないとし、「何らかの重大な医療過誤の存在が強く疑われ、また何らかの医療過誤の存在が明らかであり、それらが患者の死亡の原因になった場合、所轄警察に届出を要する」としている。本件は、結果的には医学的に合併症として合理的に説明できる死亡であり、異状死とは認めがたい。また、子宮全摘出となる程の癒着した前置胎盤を予知することは困難であり、過失は存在しない。また、説明義務違反の存在もなく、重大な医療過誤が存在するとは言いがたい。

4. 地域の医療事情

 県立大野病院は過疎地域にある中核的な総合病院であり、産婦人科医一人でも分娩・手術を実施しなければならないという事情があった。しかも、大出血をおこし子宮全摘出となる程の癒着した前置胎盤を事前に予知することが困難な症例を、施設の整った他病院へ紹介転送することは一般的ではない。

5. 社会的な影響

 警察当局の予期せぬ介入、医師の不当逮捕があれば、医療側は過剰診療・防衛医療、消極的医療(リスクが高い医療を拒否)にならざるを得ず、産科医療からの撤退、産科医の減少、分娩機関の減少に拍車をかけ、周産期医療は崩壊し、国民は分娩する場所を失い、国是とする少子化対策に暗い影を落すものである。事実、地元の福島民友新聞には“医師派遣をおこなっている福島県立医大は、医師逮捕の事態を受けて、「患者の命を守るためには1人態勢を改善すべき」として、県立大野病院と同様、産婦人科医が一人しかいない会津総合、三春の2県立病院への産婦人科医派遣を取り止める方針を固めた”と記述されている。この動きは全国に波及するものと思われる。行政には、患者にとっては安全・安心な医療が受けられるよう、また医師にとっても安全・安心な医療が提供できるよう、複数の医師を確保するなど、速やかな善処をお願いしたい。

 医会・学会、医師会は、ここに加藤医師の逮捕、起訴に対し強く抗議するとともに、加藤医師への全面的な支援を表明する。また、診療行為に関連した患者死亡の警察への届出、事故の真相解明、再発防止について協議する中立的専門機関を早急に創設されることを切に望む。


手術ミス?産婦人科医逮捕で波紋広がる

2006年03月14日 | 大野病院事件

************ 私見

日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会が共同で抗議声明を発表し、多くの産婦人科専門医達が異口同音に癒着胎盤の分娩前の診断は不可能で、大出血の予測は困難だったと主張しているというのに、手術前に病院側(専門外の院長?)が「大きな病院に患者を移すべきだ」などといちいち助言するなんてことが本当にありうるのだろうか?

手術前に1000ccの輸血の準備をしていたのに、輸血の準備をおこたった過失があるということであれば、これから帝王切開を実施するたびに、一体全体、輸血の準備をどれだけすれば過失を免れるというのだろうか?

警察や検察の言っていることは、全く理解に苦しむことばかりである。このような全く理解できない理不尽な理由によって、献身的に地域医療に取り組んできた医師を、凶悪な殺人犯と全く同様の扱いで逮捕するとは、前代未聞のはなはだしい人権侵害である。

****** 以下引用

TBS News-i HEADLINES

手術ミス?産婦人科医逮捕で波紋広がる

 福島県の産婦人科医が帝王切開の手術で女性を死亡させたとして逮捕・起訴されたことが大きな波紋を呼んでいます。事態は、日本産科婦人科学会などが逮捕を批判するまでに発展しています。

 先週10日、業務上過失致死と医師法違反の罪で起訴された産婦人科医の加藤克彦被告(38)。加藤被告はおととし、福島県立大野病院で出産のため、帝王切開した当時29歳の女性を手術のミスから死亡させたとされています。

 女性の胎盤は子宮の入り口に癒着するという極めてまれな状態にあり、警察と検察は、加藤被告がこうした胎盤を無理にはがしたことで大量出血したことが死亡の原因だとしました。

 今回のケースは、「治療の難易度が高く、対応が極めて困難。医師個人の責任を追及するにはそぐわない部分がある」と日本産科婦人科学会が異例の抗議声明を出したほか、多くの医師が今回の逮捕・起訴を批判しています。

 「我々は輸血なんか用意しませんよ、普通の帝王切開では。この場合に1000ccの輸血を用意したこと自体がもうすでに予見はしてた訳ですよ。十分に。ただ(大量出血まで)見通せるかどうかは今の医療・医学では無理だった」(日本大学客員教授【産婦人科】 佐藤和雄氏)

 法律の専門家で医療過誤訴訟を専門とする弁護士も、逮捕したこと自体に否定的な見解を示しました。

 「報道で見る限りは、逮捕の必要性はほとんど感じられないですね。逃亡のおそれも罪証隠滅のおそれもほとんどないと言っていいと思いますね。刑事上の過失が明白な事案とは言い切れないと思いますね」(医療問題弁護団代表 鈴木利廣 弁護士)

 警察や検察は、加藤被告が、大きな病院へ患者を移すべきだという病院側の助言を聞かず、輸血の準備を怠ったなどの過失があると判断、逮捕については、証拠隠滅のおそれがあったと説明しています。(13日17:20)

(引用終了)


医師の拠点集約へ

2006年03月14日 | 大野病院事件

****** 私見

医師の点在化か?集約化か?は究極の選択である。

福島県では、今回の事件を契機に、拠点病院への医師集約化が一気に進む方向のようである。県庁内では、医師が各地に点在するより、拠点病院に集約した方が県民に良い医療を提供できるとの意見が大多数を占めるようになったとのことである。

確かに、医師を各地に点在させて高度なことは何もできないような状況下に追いやりながら、一方で、治療水準だけは日本最高レベルを要求して次々に医師の逮捕者を出していくような状況になってしまえば、地域医療が完全に崩壊してしまうことは明らかだ。

福島県と同様の条件下で地域医療に従事している全国の医師達の中にも、今回の事件を受けて、自分達の現在置かれている状況下ではもはや医療は継続できなくなったと感じている者が少なくないと思う。

(以上、私見)

(以下、3/13の毎日新聞の記事からの引用)

医師の拠点集約へ

議論、事件で一気に加速 県、矢継ぎ早の対策

 「逮捕は確かにアクセルになった。ブレーキを掛けられないくらいのうねりになり、正直、このまま突き進んで良いのかなと思う」。自らも小児科医で、県保健福祉部健康衛生領域の今野金裕総括参事は困惑気味だ。

 K医師の逮捕後、県庁内では、医師が各地に点在するより、拠点病院に集約した方が県民に良い医療を提供できるとの意見が大多数を占めるようになった。今野総括参事は「本来『究極の選択』であるはずの問題が、一気に振り子が振れた感がある」と話す。

 逮捕以降、県は矢継ぎ早に医師不足対策を打ち出している。来年度から県立医大に新たに助手20人を配置し、支援要請があった公的病院に派遣することを決め、今月1日には、県立医大医学部長の菊地臣一教授に、派遣の調整役となる「医師派遣調整監」を委嘱した。

 また、民間の病院で危険性の高い手術が行われる際には、これまでも行われていた県立病院からの医師派遣を、県として制度化できるかどうか検討に入った。いずれも県が見据える医師集約化の流れに沿う施策だ。

 さらに、県は市街地の医療機関をネットワーク化し、医師を相互に派遣し合う新システムを導入する方針も明らかにしている。これにはネットワークの外にある都市部以外の医療過疎を招く恐れもあり、医師が少なくなる自治体からの反発も予想される。いずれも今回の事故以前から議論されてきたものだ。それが一気に加速した。

 03年度の「県立病院事業改革委員会」と04年度の「県立病院改革審議会」で検討された結果、県は現在10カ所ある県立病院と診療所のうち4カ所を07年3月に廃止、2カ所を統合することに決めている。財政難対策の意味合いが強かった統廃合が、今回の事故を契機に加速しつつある医師の拠点集中化の流れに合致する形となった。

 ただ、今野総括参事のように「地方の切り捨てにならないようにしたい」と慎重派の県職員もおり、揺り戻しが起きる可能性はある。

 10日午前の2月定例県議会福祉公安委員会。橋本克也議員(自民)が「事件の内容について十分な情報がなく、県民が混乱している。あえて聞くが逮捕の必要性はあったのか」と県警幹部にただした。委員会で、捜査中の特定の事件について聞くのはあまり例がないという。荒木久光刑事部長は「総合的に判断して証拠隠滅の恐れがあった」と述べるにとどめた。

 橋本氏は「本来、事件は事件として処理し、医師確保の問題とは、切り離して考えなければいけない」としつつも「(福祉、治安の)両方を所管する委員として逮捕の理由を聞かなければいけないと思った」と異例の質問の理由を説明する。

 起訴を受け県病院協会は11日、「逮捕、起訴は地域医療に携わる医師ならびに安全で質の高い医療を求める地域住民に対して大きな混乱を招いた」との緊急声明を発表した。全国的にも医師側の反発は続く。こうした動きに捜査関係者は「公判が始まれば、今までの同情論がひっくり返る。それが過失の証明になる」と自信をのぞかせる。医学関係者と捜査当局が真っ向から対立する形となった今回の逮捕、起訴。波紋は広がるばかりだ。(坂本昌信)

(引用終わり)