ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

メタボリックシンドロームについて

2006年01月31日 | ダイエット

メタボリックシンドロームの診断基準

ウエスト周囲径:男性85cm以上、女性90cm以上

①トリグリセリド値150mg/dl以上、またはHDLコレステロール値40mg/dl未満
②最高血圧130mmHg以上、または最低血圧85mmHg以上
③空腹時血糖値110mg/dl以上

ウエスト周囲径の基準に加え、さらに①~③のうちの2項目以上に該当すればメタボリックシンドロームであると診断されます。

生活習慣病とよばれている主な疾患に、肥満症、高血圧、糖尿病、高脂血症などがあります。これらの疾患は個々の原因で発症するというよりも、内臓に脂肪が蓄積した肥満(内臓脂肪型肥満が原因であると考えられています。内臓脂肪蓄積により、さまざまな病気が引き起こされた状態をメタボリックシンドロームとよび注目されています。

メタボリックシンドロームでは、ひとつひとつの症状は深刻でなくても重複して持つと、心筋梗塞などの危険性が30倍も高いとされています。従来は症状ごとの対処療法が中心でしたが、内臓脂肪の脂肪蓄積が本症候群の根本原因であることが明らかになったため、内臓脂肪蓄積の徴候をつかみ予防につなげようとするのがこの診断基準の目的です。

今ある肥満体重を、3ヶ月間の食事・運動療法にて、5~10%減少させるだけで、肥満に合併した糖尿病や高血圧症は改善し、メタボリックシンドロームはほとんど治ってしまいます。その後、摂取カロリーを運動分増やして体重の維持を図ります。月平均2~3kgの減量にて、3ヶ月間で目標は達成できます。


肥満とダイエットについて

2006年01月29日 | ダイエット

はじめに肥満とは何か?肥満の弊害ダイエットの目的脂肪はどこに蓄えられるのか?脂肪細胞の体内での役割は?肥満の原因標準体重とは?減量のリバウンド現象,ヨーヨー現象体重を減らす食事運動も必要!ダイエット効果のある運動ウォーキングのすすめゆっくり気長に継続しましょう!内臓脂肪型肥満と皮下脂肪型肥満脂肪計付ヘルスメーターの盲点やせの大食い(褐色脂肪細胞の働き)太りやすい食べ方無理なダイエットによる無月経

はじめに

 世の中,肥満で悩む人は多く,本屋さんの店頭にはダイエットの本があきれるほどあふれかえり,雑誌やテレビで,ダイエット特集がいろいろ取り上げられています.しかし,それらの情報の中には,健康を害すような間違った情報も多く,減量を志す人にとっては,どの方法を選んだらいいか,とまどうことも多いと思われます.
 多くの人がダイエットを志しますが,成功する方は意外に少なく,逆に,ダイエット後のリバウンドを繰り返していくうちに,ますます太ってしまう方もめずらしくありません.また,若い女性で過激なダイエットを繰り返し,貧血,低血糖,無月経,精神異常などの症状があらわれて,身も心もボロボロの状態になって病院を訪れる方も後を絶ちません.肥満の方は,健康的な減量方法を実践してゆく必要があります.
 そこで,本日は肥満とダイエットについての知っておきたいまめ知識をちょっと述べてみたいと思います.


肥満とは何か?

体脂肪率

正常範囲

肥満

成人男性

15~20%

25%以上

成人女性

20~25%

30%以上

 体脂肪率が男性で25%,女性で30%を越えると「肥満」と判定します
 単に体重が多いだけで,直ちに肥満と即断することはできません.肥満とは体の中で脂肪が余分にたまった状態です.身長と体重から割り出される標準体重や肥満度などの指標は必ずしも正しく体脂肪の量を反映しているとはいえません.脂肪が少なく筋肉が増加して体重が増えている人は肥満とは言いません.逆に,細くて体重が軽い人でも筋肉が少なく体脂肪率が高ければりっぱな肥満(隠れ肥満)です.



肥満の弊害

 肥満者は正常体重者と比べて約5倍もの高率で糖尿病を発症しやすいと言われています.同様に,高血圧症は約3.5倍,胆石症は約3倍,痛風は約2.5倍,心疾患は約2倍,関節障害は約1.5倍といった具合に病気のオンパレードです.他にも、血液中にコレステロールや中性脂肪が増加する高脂血症や,過剰な脂肪が肝臓に沈着した脂肪肝,あるいは呼吸機能障害などもよくみられます.動脈硬化短命などとも密接に関係します.また,高度肥満患者の開腹手術では,手術中や手術後に肺塞栓脳塞栓などを引き起こしやすく,手術の傷がつきにくくて開いてしまうこともあります.
 また,肥満女性では,無月経過少月経などの月経異常が多く,月経があっても排卵してない(無排卵月経)ことが多く,不妊症の頻度が通常体重の女性に比べると3倍以上とも言われています.また,肥満妊婦は妊娠高血圧症候群の発症率が高く,難産となる頻度も高いと言われています.さらに,肥満女性では,子宮内膜癌卵巣癌乳癌胆のう癌による死亡率が高いことが知られています.肥満男性には,大腸癌前立腺癌などが発生しやすいことが知られています.
 どの研究報告をみても肥満度と有病率は正の相関を示し,統計的に,高度肥満の人に健康で長生きは望めません.


ダイエットの目的

ダイエットの目的は単に体重を減らすことではなく
体についた余計な脂肪を減らすことにあります.

 脂肪は落とさずに筋肉と骨だけを落としてしまうような減量方法では,体重は減っても体脂肪率は逆に増加してしまい,肥満解消にはなりません.また,体の水分をぬいて急激に体重を減らすような減量方法では,脱水症状をきたし非常に危険です.このように,非健康的な「間違ったダイエット方法」が巷にはあふれていますから,くれぐれもご用心下さい!


脂肪はどこに蓄えられるのか?

 体内の脂肪の量は,脂肪細胞に蓄えられている脂肪の総量です.人体の脂肪細胞の数は成人で250~300億個と言われています.肥満の場合,この一つ一つの脂肪細胞の中に蓄えられている脂肪の量が普通の3倍にもなります.さらに,この脂肪細胞の数が多くなればなるほど体脂肪の全体量も多くなり太りやすくなるわけです.
 人間は,一生の間に3回脂肪細胞の数が増える時期があります.妊娠末期の胎児期生後1年間思春期の3回です.いったん増えた脂肪細胞の数を減らすのは難しいので,これらの3回の時期に脂肪細胞の数をできるだけ増やさないようにする必要があります.

 出生2~3カ月前の肥満の妊婦では,その胎児も栄養過剰となり脂肪細胞の数が多くなり,生まれた後の肥満が運命づけられてしまいます.妊婦さんはくれぐれも肥満には気をつけましょう!
 子供の頃からの肥満は,肥満細胞の数が多いタイプの肥満(細胞増殖型肥満)で,なかなかやせられず,やせても元に戻りやすくなります.小児肥満はぜひとも避けねばなりません!
 
青年期にはやせていて中年以降に肥満となったいわゆる「中年太り」では,脂肪細胞の数は正常で,そのサイズが肥大化しています(細胞肥大型肥満).ダイエットには成功しやすいタイプの肥満です.


脂肪細胞の体内での役割は?

1.必要なときに燃焼してエネルギーを補給する(備蓄エネルギー)
2.体温保持などの断熱作用
3.内臓を正常な位置に保つためのクッション

 脂肪細胞は,体を正常に維持するために欠かせないもので,体脂肪率10%以下では,環境の変化や暑さ寒さに弱く,細菌に対する免疫力も弱く,胃下垂になるなどの健康障害も多くなります.体脂肪率の正常値は,成人男性で15~20%,成人女性では20~25%程度といわれています.

 人類の長い進化の歴史の中で,そのほとんどは飢餓との闘いだったと考えられます.狩猟民族の場合,獲物がとれなければ何日も絶食だったでしょうし,農耕民族の場合でも天候不順の年は収穫が無く飢え死に続出だったでしょう.だから,脂肪細胞の中に余剰エネルギーを備蓄する能力というのは人類がこの世に生き残ってゆくために授けられた非常に大切な能力だったと思います.現在の日本は,毎日3回の食料を確保できるのは当たり前の 世の中です.原始時代では人類生き残りのためのサバイバル能力であったエネルギー備蓄能力が,今の世では余計な脂肪蓄積の元凶ともなっています.


肥満の原因

 摂取エネルギー(食べた食物のエネルギー)が消費エネルギー(基礎代謝量+活動エネルギー)を上回ると,余ったエネルギーが脂肪に変えられて脂肪細胞の中に蓄えられます.肥満の原因は,摂取エネルギーが多すぎる(食べ過ぎ)か,消費エネルギーが少なすぎるか(運動不足)のいずれかです.
 太りやすい体質の人と太りにくい体質の人は確かに存在し,同じ量を食べても,太ってしまう人もいれば,ちっとも太らない人もいます.太りやすい体質は遺伝的要因も大きいですが,さらに後天的な社会的・環境的要因も重要です.
 また,早食いやどか食いの摂食パターンは肥満を招きやすく,精神的ストレスから過食に走ったり,ムードで食べ過ぎてしまう人も太りやすく,最大の太る原因は食習慣にあると言えます.食習慣は幼少時より長い時間かかって身についたものですから,それを改めるのは容易なことではありません.しかし,せっっかく苦労して減量しても,悪い食習慣を改めない限り,あっと言う間に元の木阿弥です.太る原因となる悪い食習慣はぜひとも改める必要があります!肥満解消を志す人はまず自分自身の食習慣をしつけ直す覚悟が必要です.


標準体重とは?

 BMI=体重(kg)/身長(m)の2乗

 日本肥満学会では,体格指数(BMI)の値が22近辺のとき,もっとも病気を合併する確率(有病率)が低いという研究成果に基づき,身長(m)×身長(m)×22を標準体重(kg)とすることに取り決めました.
計算例:身長160cmの人の標準体重は,1.6×1.6×22=56.3kgになります.

肥満度(%)=100×(実測体重-標準体重)/標準体重

計算例:身長160cm,体重60kgの人は,100×(60-56.3)/56.3=6.6%の肥満度になります.

 肥満度40%を越える高度の肥満の人は,さまざまな合併症を伴っている可能性が極めて高いので,直ちに専門医のメディカルチェックを受け,専門医の指導のもとに肥満解消に真剣に取り組むべきです!

標準体重(健康体重)=身長m×身長m×22

美容体重=身長m×身長m×20
(BMI正常最低値,女性はどうしても美容を重視されますので...)

 適正脂肪重量=体重の22.5%(女性)
        体重の17.5%(男性)

肥満度(%)

判定

マイナス10%以下

やせ

マイナス10%~プラス10%

正常

プラス10%~プラス20%

肥満気味

プラス20%以上

肥満

BMI

判定

19以下

やせ

20~24

正常

24~26.4

肥満気味

26.4以上

肥満

 なお,上の図で肥満と判定された方でも,筋肉量が多く脂肪率が正常の場合は,肥満ではありませんから,医学的にはダイエットの必要はありません.そういう方が無理にダイエットを実行すると筋肉が落ちてしまい,かえって脂肪率が上がってしまうこともあり得ますからご注意下さい.ダイエットの目的は,あくまで余分な体脂肪を取り除くことにあり,単に体重を減らすことではありません.


減量のリバウンド現象,ヨーヨー現象とは?

 ダイエットがうまくいって,いったん減量に成功したとしても,その後再びもとの体重へ戻ってしまうという体重の「リバウンド現象」はよく経験します.ダイエット成功後に短期間で前よりもさらに太るというのはよくある話です.特に,急激なダイエットで短期間に大幅に減量すると,体重がすぐに逆戻りしやすいことが知られています.リバウンド後は,以前より筋肉が減り脂肪だけが増えていて,しかも脂肪がとれにくい状態になってしまってます.この減量とリバウンドというサイクルを幾度も繰り返す「ヨーヨー現象」(または「ウェイトサイクリング」)に陥ると,1度目よりも2度目と回を重ねる毎に,ますます減量しにくく,かつリバウンドしやすくなる方向に生体は変化していきます.これは,ダイエットを実行する前よりはるかに悪い状態です.こんな状態に陥らないようにくれぐれもお気をつけ下さい.
 やせることよりも,やせた状態をいかに維持するかの方が,はるかに重要で困難な問題です.やせた状態を維持するために絶対に必要なことは,太る原因となった食習慣を変えることです.

減量で減らした体重をいかに維持するか
が最重要事項です!

 ダイエット成功後,油断してはいけない期間は2年間です.特にダイエット成功後の半年間くらいは最も警戒すべき時期です.食事量には常に気を配り,体重が増加し始めたら,すかさず,運動量を増やすなどして早めに対処しましょう.

 減量後の体重維持は,最初の減量の程度が大きいほど困難であることが知られています.現状から10%程度の減量でも成人病は著しく改善されますから,最初から理想体重を目指して挫折を繰り返すよりは,現在の不健康な状態から少しでも脱却できる実行可能な目標体重を設定してそれを確実にクリアしていく方が現実的でしょう.
 米国健康財団の健康体重に関する勧告では,まずは体重の10%程度の減量で十分としています.そしてこの体重を6カ月以上維持し,体重増加のないことを確認してから次のステップに移るようにとしています.


体重を減らす食事

エネルギー収支を常に赤字の状態に!
体脂肪を分解・燃焼させるためには,
摂取エネルギーの方が消費エネルギーよりも
少なくなるように食べればよい.
 

 摂取エネルギーを少なくするのが基本ですが,人間が生きてゆくうえで必要最小限のエネルギー(基礎代謝量)は確保する必要があります.極端に食事量を減らし過ぎると,基礎代謝率が下がって減量困難となる上に,筋肉や骨格などにも影響し,無月経などの月経異常,貧血,低カリウム血症,肝機能異常,低血圧症,精神異常,まれには突然死すら招いたりします.ですから,食事療法を実行する際には,摂取エネルギーの量,バランスのとれた栄養が問題になります.

体脂肪1kgを燃焼させるためには,
エネルギー収支の赤字を7200kcal
つくる必要があります!

(一般に,脂肪1gを燃焼させるためには9.3kcalを消費する必要がありますが,実際には,体脂肪には水分が含まれているので,体脂肪1g減らすための消費エネルギーは7.2 kcalとなります.)

 例えば,1日に2400kcalのエネルギーを消費している人が1日の摂取エネルギーを1600kcalに落とした場合,1日あたりのエネルギー収支の赤字は800kcalですから,体脂肪を1kcal減らすには,7200/800=9日かかります.これなら,1カ月で3kgの減量に成功するはずです.

 日常生活や仕事を普通にこなしながら減量する場合,1日の摂取エネルギーを男性1600kcal,女性1400kcalにし,1カ月3kg減を目標にゆっくり減量しましょう!

 どんなに少なくする場合でも,男性は1500kcal,女性は1200kcalを必ずとるようにして下さい.ただし,肥満度40%を越える高度肥満の人では,入院して1日の摂取エネルギーを男性1000kcal,女性800kcalとする厳重な減食療法が行われることもあります.

 ダイエットの基本はあくまで食事制限にあります.1日の摂取エネルギーを正確に知るためには,どうしてもカロリー計算が必要になります.しかし,食材からカロリーを計算してゆくのは面倒です.メニューごとにカロリーを表示しているカロリーブックを使ってみるのも一つの方法です.外食の時どれくらい残したらいいのか判断したりするにも便利です.
 肥満の人は,常日頃,摂取カロリー過剰で胃拡張の状態となっていて,食べ過ぎないと満足できない状態となってます.その悪い食習慣を断ち切らないかぎり,たとえいったん減量に成功しても,すぐに元の体重に戻ってしまいます.適正な食事量で満足できるように,気長に自分の体を慣らしてゆきましょう!


ダイエットには運動も必要!

適応現象によって体重減少が止まる

 食事制限によるダイエットを開始すると,ちゃんと実行すれば,最初の1カ月間はおもしろいように体重が減少しますが,2カ月目にはいると,体重の減少はほとんど止まります(適応現象).これは,体が,少ない摂取エネルギーに合わせて,基礎代謝量を低下させて消費エネルギーを減らそうとするために起こる現象です.ダイエットの途中で挫折する人の多くは,体重減少のみられないこの時期に減量をあきらめてしまうのです.
 この適応現象を克服するために必要なのが運動なのです!運動をすると,活動エネルギー消費に加えて基礎代謝量も増加します.さらに,余剰エネルギーが脂肪に変換されにくくなります.適応現象を克服するために必要な1日運動量は300kcal程度とされています.およそ一万歩の歩行がこの運動量に当たります.

食事制限+運動がダイエットの基本

 食事制限だけでは適応現象によって体重減少が止まる時期が何度もやってきます.そこで,さらに体重を減らすためには,より過酷な食事制限か,運動を加えるかのどちらかを選択しなければなりません.より過酷な食事制限は健康状態を悪化させてしまいます.食事制限はそのままにして,根気よく運動を続けて,何度も訪れる適応現象を克服してゆくことが大切です.
 運動で消費できるエネルギーはそれほど多いものではありません.食事制限なしで,運動だけで体重を減少させることはほとんど不可能と考えて下さい.運動で体脂肪1kgを減らすためには,7200kcalのエネルギーを消費する必要があり,これをウォーキングに換算すると24万歩分の運動で消費されるエネルギーで,ランニングだとマラソン3回分の消費エネルギーです.運動の前後に体重計の目盛りが減るのは,発汗で体の水分が減った分がほとんどで,運動後に水を飲んだらすぐに元に戻ります.運動後に食欲が増進して普段より余分に食べてしまえば,むしろ体重は増えてしまいます.減量のためには,運動をして,なおかつ,摂取カロリーもある程度は制限する必要があります.


 

ダイエット効果のある運動

 適応現象を克服してゆくためには,1日300kcal程度消費する運動が必要ですが,具体的にいうと,歩行で75分,階段の昇りで40分,自転車こぎで1時間,水泳やなわとびで30分,これらの運動を継続した場合の消費エネルギー量が300kcalに相当します.
 300kcalというと,ビールなら大ビン1本と同じエネルギー量です.運動後に,ビール1杯飲めば消費エネルギーはプラスマイナスゼロとなってしまいますからご用心!

 ダイエットには,短距離走のような急激で激しい運動よりも,軽く汗ばむ程度の軽い全身運動を長く続けるほうが効果があります.運動開始直後は,エネルギー源として筋肉中のグリコーゲンや血液中のブドウ糖が使われますが,運動開始後15~20分たってから脂肪が使われるようになり,30分を経過すると使用されるエネルギーのほとんどが脂肪になります.そのため,脂肪を燃焼させるためには,30~60分くらいは運動を持続した方が効果的です.また,週1回程度の運動ではダイエット効果はほぼゼロに等しく,毎日継続して行える歩行などの軽い運動がダイエットには適しています.毎日継続できるかどうかが重要で,激しい運動は必要ありません.
 体脂肪は,時間をかけてゆっくりと温めなければ燃焼が始まらず,しかも燃焼し続けるには多量の酸素を必要とします.脂肪を燃焼させるために一番効果のある運動が,大量の酸素を使う有酸素運動エアロビクス:酸素を取り入れながら行う運動)です.ウォーキング,ジョッギング,水泳,サイクリング,エアロビックダンスなどです.
 ダンベル体操などの筋肉運動では,筋肉を鍛えて筋肉の量が増え,基礎代謝量が増えることによって消費エネルギーが増加します.また,ダイエットの食事制限で,脂肪ばかりでなく筋肉なども減少してしまう可能性がありますから,筋肉を鍛えて筋肉減少を予防することは大切です.
 要するに,ダイエットのためには,ウォーキングなどの有酸素運動を主とし,それを補う形でダンベル体操のような筋肉運動も併用するのがベストと考えられます.


ウォーキングのすすめ

 70年代のジョッギング,80年代のエアロビクスに続いて,今,ウォーキングが世界的に注目されています.ウォーキングは,誰でも気軽に始められて,安全で,故障の心配も少なく,健康維持や脂肪燃焼にも最も最適な万人向きの全身運動です.日常生活の中に,ウォーキングを積極的に取り入れて習慣化しましょう.
 ジョッギングでは,足首,ひざ,腰に体重の3~4倍の衝撃が加わるため,ひざや腰などの故障を起こしやすいことが指摘されています.心臓への負担も大きく,ジョッギング中の突然死も少なくありません.ジョッギング提唱者のジム・フィックスさんも走行中に死亡しました.ジョッギングなどの激しい運動では,細胞に障害を与える活性酸素が体内で発生しやすく,健康作りや脂肪燃焼の目的の為には,ウォーキングのような『適度の運動』の方が,ジョッギングよりもむしろ効果が高いことが実証されています.『適度な運動』とは心拍数110~125/分程度を維持できる比較的軽い運動です.にこにこ笑いながら歩く程度の運動強度です.実は,これが最も効率的に体脂肪が燃焼する運動強度でもあります.運動強度がこれ以上になると糖質(グリコーゲン)が主なエネルギー源として使われ,これ以下では脂肪が十分に燃焼されません.
 万歩計(歩数計)は,ウォーキングを本格的に始めるのに欠かせないグッズの一つです.歩数で消費カロリーがわかれば,毎日歩くのが楽しみになります.現在私が使っている万歩計は,歩数カウントだけではなく,歩行距離,消費カロリー,ストップウォッチ機能までついていて多機能超うす型のタイプのものです.1万歩を歩いて消費されるエネルギーが約300kcalですから,1日1万歩のウィーキングが推奨されています.

ウォーキングの目標:1日1万歩!

 フィットネス・ウォーキングの理想的なペースは,1分間に約100歩と言われています.このペースで1日1万歩というと,トータルで1日約100分のウォーキングが基準となるわけです.

 高度肥満の人の場合は,急にがんがん歩くと,関節痛や筋肉痛を起こしたり,心臓に異常をきたす危険さえあります.従って,最初は,足腰への負担の少ないスイミングプールでの水中歩行やサイクリングなどから入り,ある程度体重を落としてから,ウォーキングに進むことをお勧めします.


ゆっくり気長に継続しましょう!

 ダイエットの食事は,カロリーを押さえた栄養バランスのよい食事を,規則正しく食べるというのが王道で,これ以外には方法論はありません.しかし,栄養士がついているわけでもなくカロリー計算なんてやってられません.そこで,具体的には例えば,『間食は一切止め,3度の食事を品数はいつもと同じにして,各品の量をいつもの2/3に減らす(外食の場合は各品を1/3づつ残す)』というような方法も有効です.これを気長に続けてゆけば確実に体重は落ちていくはずです.最初の2週間くらいは空腹感に悩まされますが,3週間目以降くらいになると胃も小さくなってきて空腹感は次第になくなります.これと,1日1万歩のウォーキングを組み合わせて確実に実行してゆけば,1日当たり600~800kcal程度のエネルギー収支の赤字を作り出すことが可能です.これを継続すれば1カ月3kg程度の減量ペースが期待できます.方法論としては非常に単純なことです.必ず成功するはずですから,これをゆっくり気長に継続しましょう!


内臓脂肪型肥満と皮下脂肪型肥満

 従来,肥満とは皮下脂肪の蓄積と考えられていましたが,CT検査により,肥満者(ときには肥満ではなくても)にはおなかの中の臓器の周囲に大量の脂肪が蓄積している人がいることが分かりました.このおなかの中に脂肪(内臓脂肪)がついた肥満を内臓脂肪型,皮下脂肪の多い肥満を皮下脂肪型に分けると,従来,肥満が引き金になると考えられていた糖尿病,高脂血症,高血圧,虚血性心疾患(狭心症・心筋こうそく)や動脈硬化など生活習慣病の多くは,実は皮下脂肪型ではなく,内臓脂肪型に多いことが分かりました.肥満と病気の研究は今や内臓脂肪の研究に絞られてきたと言っても過言ではありません.
 内臓脂肪こそ悪玉脂肪の最たるものだということです.この内臓脂肪は内 臓の周囲や腸間膜の表面などに大量についているが,その存在はCTで突き止める以外にありません.CTでへその部分を輪切りにすると白く映るのが筋肉で,脂肪は黒く見えます.内臓脂肪は皮下脂肪より目立ちにくいのですが,生活習慣病を招く危険性が高い.体重はそれほど重くはなくても,内臓脂肪型肥満と分かったら,すぐに減量すべきです.食事療法と運動療法によく反応するので落ちやすい脂肪です.


脂肪計付ヘルスメーターの盲点

 体脂肪率を算出する方法にはいろいろありますが,最近,一般家庭でも脂肪計付ヘルスメータが多く利用されています.これは,電導度を測定し体脂肪率を推定する方法で,脂肪が電気を伝えにくいことを利用した測定方法です.他の方法と比べて測定手技が簡単で多くの対象を扱う場合には有用ですが,やや測定値に問題があります.電流は体の表層を流れるので,その測定値は皮下脂肪の量を反映し,内臓脂肪の量は反映しません.皮下脂肪の少ない内臓肥満の方の場合は測定値が低くなり,真の体脂肪率を反映してない場合も考えられます.内臓脂肪の量は,臍の高さのCT像から計算できます.高度の内臓肥満は体型を見ればお腹がでていてすぐわかります.
 臨床的には,皮下脂肪の量よりも内臓脂肪の量の方がずっと問題視されています.内臓肥満は,さまざまな疾患を合併しやすく,病気の宝庫で,内科的治療の対象となる場合も少なくありません.
 お腹がでていて体重も重く,どう見ても肥満なのに,電導度による体脂肪率の測定値が低い場合は,内臓肥満の可能性が高いので,病院で他の方法による体脂肪の測定を行ってみることをお勧めします.


やせの大食い(褐色脂肪細胞の働き)

 脂肪は脂肪細胞にためられますが,この脂肪細胞には,まったく働きの違う2種類があります.脂肪細胞のほとんどは白色脂肪細胞で,これは全身にあって,余剰エネルギーの蓄積という役目を担っています.褐色脂肪細胞は,余剰のエネルギーを消費する逆の働きを担っています.
 褐色脂肪組織は,首の後ろ,背中の肩甲骨あたり,脇の下,心臓の周囲,腎臓の周りにあり,総量でも40g程度しかありません.褐色脂肪組織は,交感神経系に支配され,熱を出してエネルギーを消費します.褐色脂肪組織は,寒さから体を守るために働く他に,余計なエネルギーを燃やし,肥満を防ぐ働きもしています.
 褐色脂肪細胞の働きの活発な 人は,脂肪がどんどん燃焼されて,いくら食べても太らない(やせの大食い) 体質の人です.逆に,褐色脂肪細胞の働きが悪ければ,脂肪がなかなか燃焼されず,肥満につながりやすいということになります.
 ネズミを使った動物実験では,この褐色脂肪細胞の働きを何十倍にも活性化すると,太った ネズミがみるみるやせてきて,食べても食べてもガリガリになってしまうそうです.人間ではまだそのような臨床実験の報告はないようですが,やせの大食いは,この褐色脂肪組織が発達しているということで説明できると考えられます.もし,将来,この褐色脂肪細胞の働きを有効利用することが可能となれば,肥満解消の大きな助けになることが期待されます.今後,この方面での研究の進展に大いに期待するところですが,現状では,ダイエットは,栄養バランスのとれた減カロリー食プラス運動で気長に頑張るしかありません.


太りやすい食べ方

 太りやすい食べ方の典型は,早食いと夜食の習慣です.この2つの習慣をを改めるだけでも少しは違うかもしれません.
 早食いでは,満腹状態の胃から脳への『もう満腹だ』という満腹信号が届く前に,食べすぎてしまいます.肥満の人ほど食事の時間が短い傾向があります.これをなおすには,意識的に味わってゆっくり食べて,脳への満腹信号が届く(一般的には10~20分といわれています)のを待ちましょう.太りがちな人はこの信号が遅いとも言われています.
 また,同じ食べ物でも,夜食べたものはエネルギーとしてためこまれやすいことが知られています.昼間は,体に蓄えられた栄養を使ってエネルギーに変えようとする交感神経が活発に働いています.これに対して,夜は副交感神経が働き,その間は体の中に栄養を蓄えようとするので,夜食は肥満につながりやすいのです.眠りにつく4時間前までに,食事はすませておきたいものです.

ゆっくり食べましょう! 夜食はやめましょう!



無理なダイエットによる無月経

 体脂肪率が正常で減量の必要が全くないのに,『痩せているほど美しい』との思い込みから無理なダイエットに走って無月経になり(体重減少性無月経),病院を訪れる若い女性が多いのは問題です.肥満でダイエットの必要がある人の場合でも急激なダイエットは危険です.せいぜい1カ月3kg以内の減量にとどめ,ゆっくり減量しましょう.
 元の体重の10~15%くらいの体重が急激に減少すると,無月経になる危険性があります.一般に,月経が起こるには体脂肪率が少なくとも17%程度は必要で,月経周期を維持するためには22%以上が望ましいとされています.月経が起こるためにはある程度の体脂肪が必要なのです.



地域周産期医療体制の今後の流れは?

2006年01月28日 | 飯田下伊那地域の産科問題

世間一般の人達は、妊娠・出産でまさか妊婦や胎児・新生児が死ぬことがあるなんてことは全く考えてなくて、分娩では母児ともに安全なのが当然と信じきっている人がほとんどだと思います。ところが、実際の産科医療の現場では、常位胎盤早期剥離だの、前置胎盤出血だの、弛緩出血だの、血栓性肺塞栓症だのと、まさに死ぬか生きるかの修羅場の世界です。

例えば、常位胎盤早期剥離がいつ誰に起こるかは全く予知できませんが、いったん常位胎盤早期剥離が起これば発症後数時間以内の母体死亡も十分にあり得ることなので、常位胎盤早期剥離の症例に直面した産科の医療現場では、母体の救命が第一の目標となり、胎児の救命は全くの偶発性に依存し、運がよければ胎児を救命できることもあるというのが実態です。母体の命だけでも何とか助けることができれば我々は使命を果たせてほっと安堵しますが、いくら頑張っても母体死亡になることだって十分にあり得ます。

今後、産科診療がこの世の中に存続してゆくためには、まず、分娩で母児ともに安全なのが当然という世間一般の常識を根本から改めてゆく必要があると考えています。医学的常識が全く通用しなくなって、産科で結果が悪ければすべて訴訟というような社会になってしまえば、現在残り少なくなってしまった現役の産科医達も今の職場からは全面的に撤退するしかありません。万一、そういう産科医絶滅という事態になってしまえば、昔の産婆さん時代に逆戻りになってしまい、母体死亡率、周産期死亡率が現在の何十倍にもなってしまうかもしれません。そういう事態を社会が許容するということであれば、産科医療が滅亡しても仕方がないでしょう。

現在の医療水準に見合った分娩の安全性を社会が求めるのであれば、その社会要請に応じて、医療圏ごとに地域の周産期医療システムを構築し、大勢の専門医達がチームを組んで一致協力して24時間体制で母児の急変に対応してゆく必要があります。しかし、産科医、新生児科医、麻酔科医などの専門医の数は全国的に全く足りていないという現状があり、今後、広域医療圏ごとに、産科医、新生児科医、麻酔科医などの専門医をセンター病院に集約化してゆかざるを得ない時代の流れであると考えられます。

私自身は、現在勤務している職場が今後もこの世の中に存続してゆけるように退職までにあとひと頑張りしてみようかと今は一応考えています。しかし、私もいつ健康を害して働けなくなってしまうかわかりませんし、職場と心中する気など毛頭ありませんから、もしも地理的条件などから他の医療施設に専門医を集約して、より広域の医療圏をカバーする周産期センターを構築するというような時代の流れとなってくれば、その新しい時流に素直に従って、他の専門医達と全面的に協力してゆく道を選びたいと考えています。今の職場の存続には全くこだわりません。産科医療自体の存続の方がはるかに重要な問題だと思います。


当医療圏の産科問題に対する取り組み 

2006年01月25日 | 飯田下伊那地域の産科問題

私の居住する医療圏では、従来、産婦人科を標榜する十数施設で分娩を担っていましたが、だんだん産科施設数が減ってきて、ここ数年は医療圏内の当院を含め計6産科施設で分娩取り扱いを分担してました。

ところが、2005年の夏頃に3施設がほぼ同時に分娩の取り扱い中止を表明しました。この3施設分を合計すると年間千件近くの分娩受け入れ先がなくなってしまうことになりました。さらに、残りのあと2つの施設も近い将来に分娩を中止したい意向があることが判明しました。

当院(産婦人科医数:常勤3人、非常勤3人)は県より地域周産期センターに指定され、地域の二次周産期施設として、ここ十数年来、異常例を中心に年間約5百件程度の分娩を取り扱ってきました。これが近い将来にいきなり年間分娩件数が約2千件近くに増えてしまうかもしれないことが判明し、非常に危機感を持ち、医療圏内の各自治体の長、医師会長、病院長、産婦人科医、助産師、保健師などが集まって、産科問題懇談会を立ち上げて、何回か集まり、この問題に対して今後いかに対応してゆくかを検討してきました。

その結果、周辺自治体からの支援(資金提供)もいただいて当院産科病棟・産婦人科外来の改修・拡張工事、医療機器の整備などを行ってハード面を強化し、常勤産婦人科医数も(大学の協力が得られて)常勤3人体制から常勤4人体制に強化されることになり、また、分娩をやめた病院の助産師の多くが当院に異動することになりました。

しかし、産婦人科医常勤4人体制の一つの病院だけでは、どう考えても地域の分娩約2千件のすべてに対応することは不可能で、少なくとも常勤産婦人科医7~8人の体制に強化しないと無理だと思われます。小児科医(常勤4人)、麻酔科医(常勤3人)への負担も非常に大きくなるので、現在の体制よりも強化される必要があります。

そこで、当面の苦肉の策として、残る2つの産科一次施設にもできる限り(低リスク妊婦管理を中心とした)産科診療を継続していただき、地域内の関係者の協力体制を強化して産科医療を支えあっていこうということになりました。

具体的には、当科で分娩を予定している妊婦さんの妊婦検診を地域の産婦人科クリニックで分担してもらうこと、地域内での産科共通カルテを使用し患者情報を共有化すること、当科の婦人科外来は他の医療施設からの紹介状を持参した患者さんのみに限定して受け付けること、などの地域協力体制のルールを取り決めました。また、産科問題懇談会は今後も継続し、定期的に集まって、いろいろな立場の人達(市民、医療関係者、自治体の関係職員など)の意見を広く吸い上げて、何か問題が発生するたびにそのつど対応策を協議し、その結果を情報公開して、広報などで市民全体に周知徹底させてゆくことが確認されました。今後、地域内の医療施設間の連携(病診連携、病病連携)をさらに強化し、当科は地域の産婦人科診療の二次医療機関の役割に専念することになりました。

今後も当科の常勤産婦人科医数を増やすように最大限の努力を続けてゆく必要がありますが、産婦人科医は全国的に不足しており、現時点ではさらなる常勤産婦人科医の増員は非常に難しい状況です。現在の地域周産期医療供給体制のきわめて困難な状況には、一つの病院や一つの自治体の努力だけではとても対応しきれません。医療圏全体あるいは県全体で長期的な視野に立って十分に協議を重ね、多くの関係者の力を結集して、この難局に対応してゆく必要があります。

******* 南信州サイバーニュース

産科問題懇談会が発足


常位胎盤早期剥離について

2006年01月24日 | 健康・病気

常位胎盤早期剥離は、『正常位置に付着している胎盤が、妊娠後半期または分娩経過中に、胎児娩出前に子宮壁から部分的または完全に剥離し、ときに重篤な臨床像を呈する症候群』と定義されます。

通常、胎盤は児娩出後に自然に子宮から剥がれてきます。ところが、常位胎盤早期剥離という病気では、まだ胎児が子宮の中にいるのに胎盤が子宮から剥がれてしまいます。胎盤が剥がれると子宮の壁から出血し胎盤後血腫という血の塊が子宮壁と胎盤の間に形成されます。

常位胎盤早期剥離は、正常の分娩経過中に病院内で突然おこることもあれば、まだ臨月にもなっていない時期に自宅で突然おこることもあります。胎盤が子宮から剥がれてくると、胎児への酸素と栄養の供給は突然ストップしてしまいます。剥がれる面積が小さいうちは胎児は何とか生きていますが低酸素のため弱ってきます。広い範囲で剥がれると胎児死亡となります。 発症直後に胎児死亡となる例もめずらしくありません。胎盤後血腫のために母体の血液の状態が変化してDICという状態になると、血が止まらなくなり、出血のために母体の生命が奪われることもあります。

常位胎盤早期剥離の典型的な自覚症状は、動けなくなるぐらいに激烈な下腹痛で、お腹は板のように硬くなります。 性器出血がみられることもあります。 胎動が減少または消失します。症状が典型的でない場合も多いです。以上のような症状があった場合には、自己判断で様子を見ないで夜中でも必ず産婦人科での診察を受けることが大切です。 診断するためには胎児心拍をモニタリングする必要があります。超音波検査で胎盤後血腫が認められた場合の診断は確実ですが、実際には超音波検査ではっきりした所見が認められないことの方がむしろ多いです。

常位胎盤早期剥離は母児の命にかかわる非常にこわい病気ですが、いつ誰におこるのかは全く予想ができません。いかに医学が進歩したとはいえ、この病気の発症を予測することは未だに不可能です。重症の妊娠高血圧症候群(旧称:妊娠中毒症)がある場合におこりやすいといわれていますが、実際には妊娠高血圧症候群と関係なく発症することも多いです。 適切な予防法もありません。常位胎盤早期剥離がおこった場合に発症後できるだけ早く診断して緊急帝王切開などの母児の緊急救命処置を行うことが、我々にできる唯一かつ最善の道です。たとえ来院時にすでに胎児死亡になっていたとしても、母体のショック状態、DICを早急に改善させて、大量輸血の準備が整い次第、直ちに帝王切開で胎盤及び胎盤後血腫と胎児を子宮から取り出さないと、胎児ばかりではなく母体の生命にも危険がおよびます。

常位胎盤早期剥離は全妊娠の0.44~1.33%程度に発症すると言われてます。胎盤の剥がれる面積が小さかったり、進行がゆっくりであれば母児とも無事に助かる場合もありますが、来院時にすでに胎児が弱りきっていると、緊急帝王切開で児を娩出して新生児科医に蘇生処置を実施してもらっても脳性麻痺などの障害が残る場合もあります。自宅で発症した場合や他院からの母体搬送例では、来院時にすでに胎児死亡となっている場合が非常に多いです。

常位胎盤早期剥離の母体死亡率は4~10%児死亡率は30~50%といわれています。発症のリスク因子としては妊娠高血圧症候群、絨毛羊膜炎、骨盤位に対する外回転術などがあります。また、前回の妊娠でこの病気を発症した場合には、今回の妊娠での反復率は5~10%と極めて高率となり発症率は約10倍に増加するので厳重な管理が必要となります。

一次医療施設から高次医療施設への母体搬送の時期ですが、妊娠週数とは関係なく、常位胎盤早期剥離が疑われた場合は直ちに高次医療施設へ母体搬送することが望ましいと考えられます。この病気では、児死亡が非常に高率であり、母体にもDIC、多臓器不全などの重篤な合併症が高率に発症しますから、大勢の専門医の力を結集して治療にあたる必要があります。

常位胎盤早期剥離は発症の予知がきわめて困難で、妊婦であれば誰にでもいつでも発症する可能性があり、母体死亡や児の周産期死亡に密接につながる緊急性のきわめて高い病気であり、発生頻度も比較的多いです。気になる症状があれば、自宅で様子を見ることなく病院にすぐに連絡しましょう 


会陰切開についてのインフォームドコンセント(説明と同意)

2006年01月23日 | 出産・育児

誰しも自分の身体に傷がつくのは嫌なものです。経膣分娩で、会陰も無傷で、児も元気なのが理想の分娩であることは間違いありません。しかし、結果的にみて、経膣分娩で会陰に裂傷が全く無い例は少なく、微小な裂傷から直腸が裂けてしまう大きな裂傷まで、会陰裂傷は大なり小なりある程度は避けがたいことです。

 会陰裂傷は以下のように分類されます。
第1度会陰裂傷:最も軽度なもので会陰皮膚、膣粘膜のみに限局し、筋層には達しない。
第2度会陰裂傷:会陰の皮膚のみならず、筋層の裂傷を伴うが、肛門括約筋には及ばない。
第3度会陰裂傷:裂傷が深層に及び、肛門括約筋や直腸膣中隔の一部が断裂したもの。
第4度会陰裂傷:裂傷が肛門粘膜ならびに直腸粘膜まで達したもの。

第4度の会陰裂傷となってしまった場合は、会陰、外陰、膣、肛門、直腸などがズタズタに裂けてしまって、裂傷の縫合修復も非常に大変で長時間を要します。創の治癒状態が不良であれば、長期間の絶食も必要となり高カロリー輸液を要する場合もあり、当然、その後に直腸膣瘻などの後遺症が残ってしまう可能性も高いと考えられます。適切な会陰切開によって、大きな会陰裂傷を予防でき、創の治癒状態も良好であることが期待できる場合もあります

また、分娩介助に際して会陰裂傷を回避させることばかりに集中して、会陰の抵抗から胎児を解放しないで排臨・発露状態をむやみに長引かせると、胎児仮死や新生児仮死のリスクが高まります。分娩所要時間を短縮させて、胎児仮死・新生児仮死を予防するのも会陰切開の大切な目的の一つです。

分娩の進行状況により、必要に応じて適切な時期に会陰切開を実施することによって、第3~4度の大きな会陰裂傷や胎児仮死・新生児仮死などを未然に予防することが可能な場合も少なくありません。

個々のケースで会陰切開を実施するかしないか?は、児娩出時の会陰部の進展状況や胎児の状況などから、分娩に立ち会う産科医がその場で総合的に判断して決めています。分娩が始まる前には児娩出時の母児の状況は誰にも予測できませんから、会陰切開を実施するかどうかを事前に相談して決めておくなんてことは不可能だと思います。しかし、児娩出時のせっぱつまった状況では会陰切開の是非を議論しているような時間的余裕はないので、妊婦検診中に会陰切開の意義や適応についてよく説明し、十分に納得していただいておくことが大切で、娩が始まる前に『分娩時の母児の状況により会陰切開の必要があると総合的に判断された場合には、局所麻酔下に会陰切開を実施することがある』旨の承諾書に署名・捺印していただいておく必要があると考えています。


羊水塞栓症について

2006年01月19日 | 健康・病気

羊水塞栓症は、8000~30000件の分娩に1回の割合で起こる非常にまれな疾患です。分娩中や分娩直後に、突然、急激に血圧が下がり、呼吸循環状態が悪化してショック状態になるものです。重篤なものは引き続き呼吸停止、心停止となります。非常にまれな疾患ではありますが、もし発症した場合には、致死率は60~80%にも及ぶとされています。事前に発症を予測することは不可能です。

羊水塞栓症で亡くなった方を解剖すると肺などの組織から羊水の成分が見つかることから、分娩時に羊水が血液に入ったことにより肺などの血管が詰まって(塞栓して)発症すると従来は考えられていました。しかし、最近の研究により、分娩時に羊水が血中に入ることは珍しくないことがわかりました。その中のごく一部の人が、羊水成分に対して激しいアレルギー症状を起こすことが羊水塞栓症の原因との学説が最近は注目されています。

すなわち、分娩時などに微量の羊水が母体の血中に入ります。羊水は胎児側のものであり、母体にとっては他人のものということになります。その(自分のものではない)羊水に対して激しいアレルギー症状を起こすことによりショック状態になるという説が有力です。

羊水塞栓症は、分娩中または分娩直後に主に発症し、臨床症状がアナフィラキシーショック症状に類似していること、アトピー性皮膚炎の妊婦に多いこと、また男児に多く、破水直後に発症しやすいことなどが特徴としてあげられています。

羊水塞栓症が発症した場合は、発症直後にショックに対応した治療を迅速に行い、引き続いて、集中治療室(ICU)での集中的な呼吸や血圧の管理、DICの治療などが不可欠となります。しかし、重篤例での母体の救命はきわめて困難な場合が多いのが現状です。

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羊水塞栓症は非常にまれな疾患であり、産科医もこれまでは身近な疾患とは考えてませんでした。しかし、昨今、産科医療訴訟は増加の一途にある中で、羊水塞栓症は、非常にまれとはいえ、これがいつ起こるかは全く予測ができないわけですし、母体死亡率は86%、周産期死亡(妊娠22週以降の死産+生後1週間以内の新生児死亡)率は50%とも言われてますので、産科業務に従事する以上は我々もこの疾患に対して全くの無関心では済まされなくなってきました。少なくとも、『羊水塞栓症という疾患がこの世の中に存在し、妊婦であれば誰にでも起こり得る。非常にまれとはいえ、いったんこの疾患が発生すれば母体の救命は現時点ではほとんど不可能である。』という事実を、自施設で分娩を予定している妊婦さんとそのご家族に対しては周知徹底させておく必要があると私は考えています。


胞状奇胎後に絨毛癌が続発する可能性について

2006年01月19日 | 健康・病気

従来、胞状奇胎娩出後の1~2%に絨毛癌が発生すると言われてきましたが、胞状奇胎後の徹底した管理の普及により、現在わが国では胞状奇胎後に絨毛癌と確定診断される人はほとんどいないと考えられます。

胞状奇胎後は、みんな用心してhCGが陰性化するまで厳重に経過観察し、hCG値の再上昇がみられた時点ですぐに化学療法を開始するので、はっきり絨毛癌だと確定診断できるような状態になることはほとんどないわけです。

それに対して普通の妊娠の後には誰もhCG値の経過観察などしないので、万一、正常妊娠後に絨毛癌が続発した場合、全身転移した状態でもなかなか絨毛癌と診断されず、手遅れに近くなってしまいます。

当科で以前に治療したある患者さんの場合は、無数の肺転移があり呼吸困難におちいっていて、前医の診断は『肺癌末期』で余命あと1週間以内と言われていたのが、たまたま担当医が妊娠反応陽性に気づき当科に紹介され、絨毛癌と診断されました。その患者さんの場合は胞状奇胎の既往はありませんでした。その患者さんは当科で化学療法を実施して完全治癒し、後にお子さんを出産されました。

また、他の患者さんの場合、正常分娩後まだ半年の人で、脳転移、肝転移、脾転移、小腸転移まである人でしたが、当科に紹介される直前までは他院の内科で原発不明の癌の全身転移という診断でした。やはり担当の内科の先生がたまたま妊娠反応陽性に気づいたのが診断のきっかけでした。その患者さんも現在では完治し年に1度の外来経過観察中ですが、発病前と同様に元気に働いてらっしゃいます。

このように絨毛癌は、化学療法の奏効率がほぼ100%近くになったと考えられていて、現在ではほぼ100%近く完全寛解が期待できる病気です。(ただし、抗癌剤抵抗性で治療困難な例や、完全寛解後に再発する例などが一部にあります。)

胞状奇胎は日本人には比較的多い疾患です。当科でも2~3ヶ月に1度の頻度で経験します。胞状奇胎娩出後のhCG検査の間隔は、検査値が再上昇してきたらなるべく早めに化学療法を開始した方がいいので、最初のうちは週1回くらいで、経過順調であれば、2週に1回、月に1回とだんだん検査の間隔を長くしていきます。また、胞状奇胎娩出後、約半年は避妊が指示されます。


子宮内膜症について

2006年01月18日 | 健康・病気

●子宮内膜症はどのような病気か?

子宮内膜症とは、もともと子宮の内側にしか存在しないはずの子宮内膜あるいはその類似の組織が、子宮の内側以外の場所(異所性)に発生し、そこで増殖する疾患です。つまり、子宮内膜が子宮筋層、卵巣、卵管など、腹腔内を中心に入り込み、そこで増殖してしまう病気です。特殊なものとしては臍や膣、外陰部、帝王切間の手術の傷などや肺などにも発生することがあります。

近年、子宮筋層に発生したもの(内性子宮内膜症)は子宮腺筋症とよぶこととし、別途に取り扱うようになりました。従って現在では、子宮内膜症とは子宮外に発生したもの(外性子宮内膜症)のことをさします。

子宮内膜症の発生メカニズムについてはいろいろな説があり、まだはっきりわかっていないのが現状です。なぜ子宮内膜症が発生するのか?その謎は今もって未解決の問題です。

●子宮内膜症の好発年令、発生率

10歳代後半には子宮内膜症の発生が認められ、性成熟期に向かってその発生頻度は加速度的に増加し、40歳代後半の閉経期を迎えるとその発生頻度は減少します。子宮内膜症の正確な発生頻度は不明ですが、多くの疫学的調査の結果から、生殖年齢層にある女性の5~10%が本症に罹患していると考えられています。

特に、通常の検査では不妊の原因がわからない原因不明不妊患者においては、およそ50%の症例が子宮内膜症を合併するという成績が多くの施設から報告されています。このように、子宮内膜症と不妊症との関連性が明かとなり、現在、本症は不妊因子として重要視されるようになりました。

●子宮内膜症の自覚症状

子宮内膜症の自覚症状で最も頻度の高いものが月経痛です。月経のたびにだんだん症状が悪化します。症状がひどくなると、月経時以外にも腰や下腹部に鈍い痛みがあったりします。排便痛、性交痛の訴えも多くみられます。

子宮内膜症の30~40%は不妊症を合併し、現在では子宮内膜症が不妊症の主要な原因の一つとされています。無症状の軽度の子宮内膜症でも不妊症の原因となります。ですから、妊娠を望む人は、月経痛などの症状を放置して子宮内膜症を悪化させることのないように気をつけて下さい。

●子宮内膜症の診断

問診、内診、超音波検査、血液検査、CT検査、MRI検査などをすることにより子宮内膜症であるかないか、ある程度わかります。また進行度などの詳しいことを知るには腹腔鏡検査などで調べます。

問診では、月経に伴う痛みの症状や不妊症を主訴とするものは、子宮内膜症を疑う有力な根拠となります。内診所見では、圧痛を伴う硬結の触知、子宮の可動性の制限、子宮頚部移動時の圧痛、癒着による子宮後屈などが特徴的です。

卵巣は、子宮内膜症の好発部位で、卵巣内に出血を繰り返し血液が貯留し、チョコレート嚢胞とよばれる状態となります。チョコレート嚢胞は経膣超音波検査で特徴的なエコー像として認められます。これを卵巣癌と区別するために、血液検査で腫瘍マーカー(CA125,CA19-9など)を測定し、さらに必要に応じてCTやMRIを行い総合的に診断することが大切です。

●子宮内膜症の治療

子宮内膜症の治療には、いくつかの薬物療法と手術療法とがありますが、患者さんの症状と年齢、進行度、妊娠を望むかどうかで対処方法が大きく変わってきます。また、妊娠によって病変の改善が期待できますので、妊娠希望のある方の場合はまず妊娠成立を助ける治療が先行する場合もありえます。

子宮内膜症の薬物療法には、痛みに対する対症療法、偽妊娠療法、ダナゾール(ボンゾール)、GnRHアゴニスト(スプレキュア、ナサニール、リュープリン、ゾラデックス)、低用量ピル、漢方薬などがありますが、いずれも子宮内膜症の病変を根治できるものではありません。これらの薬剤で、症状を軽減し、進行を一時的に止めることができますが、現在使われている治療薬はいずれも、肝機能障害、骨量低下などの副作用があり長期間は使えません。またいったん治っても薬をやめるとまた再発ということもありえます。

手術療法には、根治手術と保存手術とがあります。根治手術は病変を起こした子宮や卵巣を全部摘出する手術で、保存手術は病気のところだけを取り除き、子宮や卵巣は温存する手術です。この病気は保存手術では再発する率が非常に高いため、今後妊娠を望まない患者さんでは根治手術が多く行われますが、妊娠を希望する患者さんに対しては保存手術が選択されます。最近は、腹腔鏡下手術も多く行われています。

子宮内膜症は、死に至る病ではありませんが、薬物治療の無効例や治療後の再発例も多く、痛みや不妊などの症状で多くの女性を長期間苦しめています。それぞれの患者さんの置かれた状況によって治療法が異なりますので、貴女の場合はどの治療法を選択すべきか?担当の医師とよくご相談下さい。


ハイリスク分娩に適切に対応できる病院の体制とは?

2006年01月17日 | 周産期医学

正常分娩はあくまで最終的な結果であり、正常と思われる分娩の経過中でも、母体や胎児にいつ異常が発生するかは全く予測できません。

例えば、正常と思われる分娩の経過中に、突然、何の前触れもなく胎盤が剥がれてしまう緊急事態(常位胎盤早期剥離)が時々発生しますが、胎盤が剥がれたあと直ちに全身麻酔下に緊急帝王切開を実施しないと母児の命を助けることができません。異常が発生してから救急車を呼んで対応可能な病院に母体搬送していたんでは、ほとんどの場合、救急車が病院に到着した頃には子宮内胎児死亡となっていて、母体も非常に危険な状態(産科DIC)になっています。

このように、産科救急の多くは、異常発生から30分以内にほとんど勝負がついてしまいますから、異常が発生してからあわてて母体搬送するというようなシステムでは適切な対応が困難な場合が多いです。また、異常はいつ発生するか全く予測できませんから、いつでも異常分娩に直ちに対応できるように、24時間体制で病院内に産科医、新生児科医、麻酔科医などの専門医が常駐していることが理想です。

しかし、現在、日本全国各地で、この産科医、新生児科医、麻酔科医が不足して大きな社会問題となっている状況にあり、現実には、産科医、新生児科医、麻酔科医の24時間院内常駐の実現はなかなか難しいことだと思います。


胞状奇胎について

2006年01月17日 | 健康・病気

胞状奇胎(ほうじょうきたい)とは、胎盤の構成組織である絨毛(じゅうもう)が異常に増殖したもので、小さな袋状の粒がたくさんできて、ぶどうの房のように見えます。日本や東南アジアの胞状奇胎の発生頻度は欧米の2~4倍と推定され、日本では出生339例に1例の発生率と言われています。

正常の妊娠では、一つの卵子と一つの精子が一緒になって受精が起こりますが、受精時に卵子の核が消失して精子の核だけが卵子の細胞質内で分割していった場合(雄核発生)や、一つの卵子が二つの精子を受精した場合(2精子受精)に、胞状奇胎になります。

妊娠初期には、胞状奇胎と正常の妊娠とを明確に区別できるような特徴的な症状はあまりありませんが、近年の超音波診断法の進歩によって、妊娠の非常に初期の段階で胞状奇胎と診断されることも多くなりました。胞状奇胎では、超音波検査で子宮内に無数の袋状の粒が充満している像が観察され、正常妊娠とは容易に区別できます。

胞状奇胎の治療は、まず子宮内容除去術を行って、子宮内の胞状奇胎の細胞を完全に取り除きます。挙児希望のない40歳以上の患者さんでは子宮を摘出する場合もあります。その後は外来での定期検査が必要です。絨毛は絨毛性ゴナドトロピン(hCG)というホルモンを分泌します。胞状奇胎や絨毛癌が存在すると、hCGが尿中に排泄されるので、hCG値を定期的に測定することで異常の早期の診断が可能となります。胞状奇胎後の定期検査中に、hCG値が順調に低下しなかったり、再上昇するような場合は、胞状奇胎の残存(侵入性胞状奇胎)や癌化(絨毛癌)を疑います。

胞状奇胎後の1~2%に絨毛癌が発生すると言われています。絨毛癌は非常に進行が速く、発生後すぐに肺や脳などに転移して全身に広がってしまいますので、できるだけ早期のうちに抗癌剤の治療を開始する必要があります。絨毛癌は適切に抗癌剤の治療を実施すれば、現在ではほぼ100パーセント完全な治癒が期待できる疾患です。絨毛癌の治癒後の患者さんが無事に妊娠出産した例も少なくありません。

しかし、胞状奇胎後の定期検査中に新たに妊娠してしまうと、hCG値が上昇して尿中に排泄されてしまうので、定期検査が全く無意味となり、絨毛癌の早期発見がきわめて困難となってしまいます。そこで、胞状奇胎後の患者さんには、通常6か月から1年間の避妊指導が行われます。胞状奇胎の細胞が完全に消失したと証明する方法はありませんが、hCG値が十分に低下して、一定の基準を満たせば新たな妊娠が許可されます。

以上述べましたように、胞状奇胎は決してそんなに怖い珍しい病気ではなく、一定期間の治療や定期検査の後には妊娠も必ず可能となるはずです。早期診断と術後の定期検査が非常に大切ですから、主治医の先生ともよく相談し、自己判断で管理の途中に受診をやめることなく、きちんと正しい管理を受けるようにしてください。


子宮体癌(子宮内膜癌)について

2006年01月17日 | 健康・病気

子宮体癌子宮内膜癌)は、子宮体部の内膜にできる癌で、従来は日本人には少ない癌と言われていましたが、食生活の欧米化にともなって、近年増加傾向にあります。子宮体癌は、食生活やその人の体質に深く関係があります。高脂肪・高カロリーの食事を好む人、肥満体質の人や糖尿病、高血圧のある人は注意が必要です。また、出産経験のない人や、若い頃排卵障害、ホルモン異常のあった人も危険性が高いことが知られています。年齢的には、45歳以上から増えはじめ、50歳以上の閉経後に多く発生します。

子宮体癌の症状としては、閉経後の不正性器出血月経の異常が重要です。子宮体癌を早期発見するには閉経期前後の検査が大切です。症状が気になる場合は、自己判断せずに産婦人科でしっかり検査してもらいましょう。

子宮体癌のスクリーニング検査としては、子宮内膜細胞診が一般的です。子宮の内部に細い器具(エンドサイト、エンドサーチetc.)を入れ、子宮内膜の細胞をとって調べる検査で、簡単にでき痛みもほとんどありません。この検査で異常が発見された場合、今度は子宮内膜の組織を一部とって調べます(子宮内膜生検)。経膣超音波検査で、子宮内膜が厚くなっているかどうか?も非常に重要な情報です。

子宮体癌の治療法は手術療法が中心です。手術方法としては、腹式子宮全摘・両側付属器切除(場合により,骨盤~傍大動脈リンパ節郭清術など)が行なわれる場合が多いですが、癌の進行度、糖尿病や高血圧の有無、年齢や肥満の程度など、患者さんそれぞれに最適な手術方法を正確に見きわめることが重要になります。子宮体癌の進行度を正確に見きわめるために、手術前にCTやMRIなどの検査も行なわれます。

手術摘出物の病理検査結果(癌の組織型、筋層浸潤の深さ、癌の広がり具合、リンパ節転移の有無など)によっては、術後の追加治療(化学療法、ホルモン療法、放射線治療など)が必要になる場合もあります。


卵巣がんについて

2006年01月16日 | 健康・病気

●卵巣がんの疫学

卵巣癌は日本で増加傾向にあり、1998年度中に4,173人の女性が卵巣がんで亡くなっています。日本で毎年新たに卵巣がんと診断される人は約6500人程度と推定されます。卵巣がんの約90%は,卵巣の表層を覆う細胞に由来する上皮性のがんです。日本人が卵巣がんにかかるリスクは欧米人に比べると半分以下ですが、この差は最近縮まっています。また、母親や姉妹が卵巣がんである場合は、卵巣がんにかかるリスクが3倍くらい高くなることも知られています。

●卵巣がんはどのように広がってゆくか?

卵巣がんの初期には自覚症状がないので、ほとんどの場合、転移した状態で初めて病院を訪れます。卵巣がんに最もよく起こる転移形式は腹膜播種(種を蒔くように癌細胞が腹膜を広がってゆく転移)です.腹膜播種が進むと腹水が貯まってきます。横隔膜から更に胸腔内に癌が拡がると胸水が貯まってきます。リンパ節転移は、まず、腹部大動脈の周りや骨盤内のリンパ節に転移し、次第に胸部や首のリンパ節にも拡がっていきます。

●卵巣がんの症状

初期の卵巣がんのほとんどは無症状です。なかには、婦人科検診で偶然発見される場合や、下腹部にしこりが触れるとか圧迫感があるなどの症状で婦人科を受診する場合も時にありますが、腹水のために腹部全体が大きくなるとか、胸水で息切れがするなど、癌の転移による症状で初めて異常を自覚する場合が多いのが卵巣がんの特徴です。

●卵巣がんの診断

いかにすれば卵巣がんを初期の段階で発見できるか?
何か効率の良い卵巣がんの検診方法はないか?

婦人科の診察(内診)で骨盤内の腫瘍が疑われる場合は、超音波検査CTMRI等の画像診断によって、子宮の腫瘍か卵巣の腫瘍か、腫瘍の内部構造、転移の有無などを詳しく調べます。検査によって、腫瘍の発生部位、良性か悪性かを推定することができます。血液中のCA125 という腫瘍マーカーを測定することは良性、悪性の判定に役立ちます。転移のある卵巣がんではほとんどの人がCA125陽性で、多くは非常に高い値になります。しかし、早期癌では陽性率は低く、また癌がなくても軽度陽性の人もいるので、CA125は卵巣がんの早期発見にはあまり役立ちません。

そこで、無症状の卵巣がんを早期発見する検診方法の研究(腫瘍マーカーでのスクリーニング、経膣超音波による検診など)が、世界中で多く試みられてますが、現在のところ有効な卵巣がんの検診方法は確立されていません。そのため、いまだに初期で発見される卵巣がんは非常にまれで、卵巣がんのほとんどのケースでは、かなり広がった状態で初めて診断されているのが現状です。

子宮筋腫などで開腹手術を行った際に、本人の希望で正常と思われる卵巣も同時に切除して、たまたま偶然に、摘出物の病理検査で卵巣の表層に微小な卵巣がんが発見されることがあります。そのような初期の卵巣がんと考えられるような場合であっても、すでに腹膜播種や少量の癌性腹水が認められることが少なくありません。また、不妊治療などで毎日のように産婦人科で超音波検査による卵巣の観察を実施している患者さんにたまたま卵巣がんが発生したようなケースでも、診断時にはすでに進行した卵巣がんとなっていて腹腔内に広く播種病巣が認められる場合が多いです。従って、『卵巣がんの多くは、卵巣の表面の腹膜を含めた骨盤腹膜の広い領域で同時多発的に発生する』と私は考えています(私見)。

●卵巣がんの治療

治療方法には手術療法、放射線療法、化学療法があります。

卵巣癌の手術方法は、転移の状態(病期)、年齢などによって異なりますが、標準的な手術方法では,両側の卵巣、卵管、子宮を含めて切除し、さらに大網切除(+後腹膜リンパ節郭清)などが行われます.また,腹腔内の転移巣をできる限り切除します。ただし、挙児希望のある若年婦人で癌が片側の卵巣だけに限局し、組織学的にも悪性度が低い場合(分化型腺癌など)は、片側の卵巣および卵管のみ切除して、子宮および健側の卵巣を温存する場合もあります。

卵巣がんでは手術後の残存腫瘍に対して、以前はよく放射線治療が行われましたが、最近では化学療法の方が主に行われています。

抗癌剤を使う治療を化学療法といいます。化学療法は、手術で取りきれなかった癌に対する治療として使われます。卵巣がんは抗癌剤が比較的よく効きます。抗癌剤は、内服されるか、静脈注射、あるいは直接腹腔内に注入されることがあります。抗癌剤を繰り返し使うことによって癌細胞が完全に消滅することもありますから、効果がある限り、ある程度副作用が起こるまで使用します。卵巣がんによく使われる抗癌剤の副作用として、血液中の白血球と血小板の減少、貧血、吐き気や嘔吐、食欲の低下、脱毛、手足のしびれなどがおこります。

初回手術で切除できずに残った癌が化学療法によって縮小し切除可能となった場合には再手術(セカンドルック手術)が行われます。

化学療法と組み合わせて徹底的に実施される手術療法と、卵巣がんに有効な抗癌剤の開発とその副作用対策の進歩などによって、卵巣がんの治療成績は近年飛躍的に向上しつつあります

上皮性卵巣がんの初回化学療法の標準レジメンは、現在、パクリタクセルとプラチナ製剤の組み合わせとされています。以前と比べると完全寛解率や生存率はかなり改善されてきましたが、卵巣がんの長期生存率は依然として不良であり、5年生存率が約30%、10年生存率が約10%であり、治療成績は現在でも決して良好とは言えません。


出産育児一時金の支給額増額

2006年01月15日 | 出産・育児

分娩を請け負う施設がこれだけ多様化していて、それぞれの施設で出産に要する料金の設定もピンからキリまで相当な幅があるというのに、この出産費用を一律無料化するという政策は、あまりに現実離れしているので、やはり実現性には乏しいようです。しかし、出産育児一時金の支給額が増額されて35万円になるので、ほとんどの妊婦さんにとって出産費用はタダ同然になると思われます。

それよりももっと重要な少子化対策は、『産科医と新生児科医を現在の絶滅の危機から守り、専門医を新たに養成して、各医療圏に適正に配置する』ことだと思います。産科医と新生児科医がこのまま絶滅してしまえば、女性がいくら赤ちゃんを産みたくなっても、どこにも産むところがなくなってしまいます。そういう時代がどんどん現実化しつつあります。産科医と新生児科医を『絶滅危惧種』に指定して強力に保護・育成するような政策が必要だと思います。

****** 朝日新聞、2006年1月13日

猪口氏、「出産無料化」朝令暮改 混乱招き発言修正

少子化対策の一環として出産費用を国などが全額負担する支援策について、猪口少子化担当相は13日、「広く検討することは視野に入る」と発言し、前向きな姿勢を示した。その後、政府内からは打ち消す発言が相次いだ。出産育児一時金の支給増額を盛った来年度予算案が昨年末に決まった直後の新規施策の検討は難しく、安倍官房長官も会見で「猪口大臣が精力的に全国を回っておられて、その中で要望が強かったということだ」と火消しにやっきだった。

(以下略)

(朝日新聞、2006年1月13日)


性器クラミジア感染症

2006年01月15日 | 健康・病気

性器クラミジア感染症は、クラミジア・トラコマチスという病原体による性感染症で、世界中で最も多い性感染症と考えられています。わが国でも性感染症の中で一番頻度の高い病原体です。

クラミジア・トラコマチスは、ウィルスよりやや大きい病原体で、ウィルスと同じように細胞内寄生体です。泌尿生殖器、眼、肺などに感染します。わが国の生殖年齢の婦人の子宮頚管からクラミジア・トラコマチスが分離される頻度は5~10%といわれ、血清抗体からみると20%前後の婦人が感染しています。

一般に女性では子宮頚管がクラミジアに感染しても無症状であることが多く、帯下感が唯一の症状で、時に子宮腟部が発赤し易出血性となることもあります。子宮頚管炎のみのときは症状は軽いことが多いのですが、ここよりクラミジアが上行し、卵管炎、骨盤内感染症、さらには肝周囲炎まで発症すると、激しい痛みの原因となります。若い女性で、急激な下腹部痛で救急車で運び込まれる人の中に、このクラミジア感染症の人が少なからずいらっしゃいます。卵管炎の後遺症として、不妊症や子宮外妊娠の原因ともなります。また、妊婦が感染していると、分娩時の産道感染によって児に結膜炎や肺炎を発症しますので、多くの産科施設で妊婦検診時にクラミジア検査を実施しています。

クラミジアの検査にはクラミジアそのものを検出する方法(PCR法など)と、血清抗体を検出する方法とがありますが、前者の方が直接的で診断的意義は高いとされています。

治療はクラミジアに対して感受性のある薬剤を服用します。例えば、尿道炎、子宮頸管炎に対して、成人にはアジスロマイシン(商品名:ジスロマック)として1000mg(力価)を1回経口投与します。腹膜炎などの場合は入院・点滴治療を要する場合もあります。性感染症なのでパートナーと同時に治療することが大切です。