ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

癒着胎盤に関する個人的な経験談

2006年03月05日 | 周産期医学

当医療圏では、麻酔科、小児科の併設された産科2次施設は当科しかなく、3次医療施設は医療圏から100km以上離れていますから、当科が医療圏内の最後の砦となっています。分娩前でも分娩中でも分娩後でも、何か母児の生命に関わる事態になれば全例が当科に搬送されてきます。ですから、(子宮全摘を要するような子宮筋層内に侵入した)癒着胎盤例が医療圏内で発生していたとすれば、必ず当科に搬送されていたはずです。

最近17年間の当医療圏内の総分娩件数はおそらく約35000件程度で、その期間内に(子宮筋層内に侵入した)癒着胎盤は当科では2例しか経験してません。1例は当科での経膣分娩例で、もう1例は他院で経膣分娩後に胎盤が娩出されなかった例です。2例とも前置胎盤例ではありませんでした。その間に、前置胎盤例は恐らく200~300件はあったはずで、そのほとんどすべてを当科で帝王切開してますが、単に前置胎盤というだけの理由で3次医療施設に母体搬送した症例は1例もありませんでした。結果的に癒着胎盤を合併した前置胎盤例は1例もありませんでしたので、幸い、逮捕されずに現在に至っております。

私自身の少ない経験の範囲内では、二十数年の臨床経験で、前置胎盤に癒着胎盤を合併した大変な症例は、大学卒業したての駆け出しの頃に1例経験しただけです。しかも、その症例は、たまたま大学の医局で、先輩医師が夜中に関連病院から応援依頼の電話を受けた時に偶然同席していたので、先輩について行って無理にお願いして手術に第2助手として参加させてもらったケースでした。

私自身の感覚でも、(臨床的に問題となる)癒着胎盤の発生頻度が分娩1万件に1例程度という教科書的記載は、あながち間違ってはいないと感じています。

私自身は分娩前に癒着胎盤と診断できたことはまだ一度もありません。将来、たまたま運よく分娩前にMRIなどで診断できた場合は、手術前に十分な輸血の準備をして計画的な二期的手術を行いたいと思っています。しかし、よほど典型的な穿通胎盤例でもないと、分娩前の診断は難しいのではないかと思っています。

ただし、一口に『癒着胎盤』と言っても、胎盤の剥離とその後の止血にちょっと苦労する程度の臨床的にほとんど問題とならない軽症例(子宮摘出を要しない例)はもっとはるかに多数例あります。臨床統計の報告で癒着胎盤の件数が桁違いに多い場合は、もしかしたら、軽症例も入っているような報告もあるのかもしれません。詳細につきましては当ブログの『癒着胎盤の定義について』をご参照ください。私の個人的経験談はそういう軽症例は全く無視しての話です。