ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

癒着胎盤

2010年02月28日 | 周産期医学

placenta accreta

【定義】 癒着胎盤は、胎盤の絨毛が子宮筋層内に侵入して、胎盤の一部または全部が子宮壁に強く癒着して、胎盤の剥離が困難なものをいう。

なお胎盤が子宮壁に付着しているが、筋層との結合が密ではなく、床脱落膜の欠損を伴わない真の癒着胎盤ではないものを付着胎盤(adherent placenta)と呼ぶことがある。

臨床的には、胎盤用手剥離に伴い大出血をきたすことから、二次的にショックやDICを引き起こす。母体死亡に占める割合も約3%にものぼり、産科的に重要な疾患である。

【分類】
絨毛の子宮筋層内への侵入の程度による病理組織学的分類
①楔入(せつにゅう)胎盤 placenta accreta:
 絨毛が子宮筋層の表面と癒着するが筋層には侵入してないもの。狭義の癒着胎盤
②嵌入(かんにゅう)胎盤 placenta increta:
 絨毛が筋層内に侵入したもの。
③穿通(せんつう)胎盤 placenta percreta:
 絨毛が子宮漿膜まで達するもの。

癒着の占める割合による分類
①全癒着胎盤 total placenta accreta: 
 胎盤の全面が子宮筋層に癒着しているもの。
②部分癒着胎盤 partical placenta accreta:
 胎盤の一部(数個の胎盤葉)が子宮筋層に癒着しているもの。
③焦点癒着胎盤 focal placenta accreta:
 一個の胎盤葉が子宮筋層に癒着しているもの。

【頻度】 付着胎盤を含めて約0.3%の発生率で、癒着胎盤だけでは約0.01%とまれな疾患である。癒着胎盤のなかでは、楔入胎盤が最も多く約80%を占める。次に嵌入胎盤が約15%で、穿通胎盤は5%とまれである。癒着面の広さ別では、部分癒着胎盤および焦点癒着胎盤が多く、全癒着胎盤は少ない。初産経産別では、経産婦に多い(約80%)。近年、帝王切開分娩の増加に伴い、癒着胎盤の頻度が増加してきている。ACOGの報告によると、癒着胎盤の頻度は約0.04%であり、最近50年間で10倍に増加したことが明らかにされている。

【原因】 床脱落膜の欠損。

①先天的な子宮内膜形成不全
②多産婦に多い
③子宮の手術瘢痕
 (帝王切開術後、筋腫核出術後、Strassman手術後、子宮形成術後など)
④子宮内膜の過度掻爬(人工妊娠中絶、子宮内膜病理組織検査)
⑤子宮奇形
⑥粘膜下筋腫合併
⑦子宮腺筋症合併
⑧前置胎盤
 (前置胎盤の約5~10%に癒着胎盤が合併する)

特に、前回帝王切開既往例の前置胎盤では癒着胎盤を起こしやすい。帝王切開既往回数が0回、1回、2回、3回、4回以上である前置胎盤患者の癒着胎盤合併率はそれぞれ、1~5%、14%、23%、35%、50%と報告されている。現時点では、帝王切開既往患者が前置胎盤を合併した場合、癒着胎盤の存在を想定して管理・分娩にあたることが重要であろう。

【症状】 
①妊娠中: 妊娠中は無症状である。ただし、穿通胎盤ではまれに腹腔内出血をきたして、急性腹症やショックを起こすこともある。前回帝王切開の瘢痕部より膀胱内に絨毛が侵入し、強度の血尿を呈することがある。
②分娩時: 分娩第1・2期に子宮破裂をおこすことがあるが、症状の発現はほとんど分娩第3期に限られ、胎盤遺残として認められる。全癒着の場合は、児娩出後も胎盤が全く剥離されないため、出血は認められない。部分癒着の場合は、児娩出後に癒着部以外の胎盤は剥離するが、子宮は収縮を妨げられ、弛緩出血をみる。 

【診断】 分娩以前には、その診断は不可能である。児娩出後、長時間経過しても胎盤剥離兆候がなく、ときには一部剥離した部分から大出血がみられ、胎盤用手剥離が困難なとき、癒着胎盤を疑う。

確定診断は、摘出子宮・胎盤の病理学的所見による。

本症の分娩前診断には、超音波検査、MRIそれぞれによる報告があるものの、現時点では確実に診断できる方法はない。

【治療】 輸血血液を用意して、血管を確保の上で、胎盤用手剥離術を行う。付着胎盤や一部の楔入胎盤では用手剥離可能な場合もある。嵌入胎盤、穿通胎盤では大量出血をきたすリスクが高いので、大量輸血血液を準備した上で子宮摘出術を行うのが原則である。

弛緩出血やDICを認めず、妊孕性の温存を強く希望し、十分なインフォームドコンセントが得られた場合に限り、保存的治療の適応となる。その場合は、化学療法(メソトレキセート、エトポシド)、子宮動脈塞栓術(UAE)などが試みられることもある。

参考記事:

癒着胎盤について

癒着胎盤の定義について


癒着胎盤、問題と解答

2010年02月28日 | 周産期医学

【正誤問題】

(1)子宮内膜症は癒着胎盤の原因になりやすい。

(2)癒着胎盤は胎盤が子宮内膜基底層に付着するものをいう。

(3)子宮内膜掻爬術や子宮内容除去術の既往は癒着胎盤の危険因子の一つである。

(4)癒着胎盤は、楔入胎盤(狭義の癒着胎盤)、嵌入胎盤、穿通胎盤に分類される。

(5)既往帝切例の前置胎盤では1~2%に癒着胎盤が発生する。

(6)前置胎盤単独では癒着胎盤の原因とならない。

(7)前置胎盤の帝王切開では、術前に輸血と子宮全摘の可能性について説明しておく必要がある。

(8)癒着胎盤が疑われる症例では術前にカラードプラかMRIを施行する。

(9)癒着胎盤の原因はほとんどが先天的な原因による。

(10)癒着胎盤の治療では用手剥離を強行する。

解答 ――――――

(1)X 子宮内膜症は癒着胎盤の原因になりにくい。

(2)X 癒着胎盤は、胎盤の絨毛が子宮筋層内に侵入して、胎盤の一部または全部が子宮壁に強く癒着して、胎盤の剥離が困難なものをいう。 

(3)O 癒着胎盤の原因:①先天的な子宮内膜形成不全、②多産婦に多い、③子宮の手術瘢痕(帝王切開術後、筋腫核出術後、Strassman手術後、子宮形成術後など)、④子宮内膜の過度掻爬(人工妊娠中絶、子宮内膜病理組織検査)、⑤子宮奇形⑥粘膜下筋腫合併、⑦子宮腺筋症合併、⑧前置胎盤(前置胎盤癒着) 

(4)O

(5)X 既往帝切例の前置胎盤では10~15%に癒着胎盤が発生する。帝切既往回数が0回、1回、2回、3回、4回以上である前置胎盤患者の癒着胎盤合併率はそれぞれ、1~5%、14%、23%、35%、50%と報告されている。

(6)X 前置胎盤の約5~10%に癒着胎盤が合併する。前置胎盤の胎盤付着部位である子宮下部は脱落膜形成が乏しいためとされる。

(7)O 前置胎盤の帝王切開は出血多量となることが多いので、予定帝王切開においては同種血輸血または自己血輸血の準備を整えて行い、複数の医師が立ち会うことが望ましい。術中に出血コントロールが困難な場合には子宮摘出を考慮する。前置胎盤の4.5%症例に子宮摘出が必要であったとの報告もある。癒着胎盤を合併していた場合、出血量は前置胎盤単独の場合よりさらに増加し止血のための緊急子宮摘出頻度が増加する。

(8)O

(9)X 癒着胎盤の原因はほとんどが後天的瘢痕による。

(10)X 輸血血液を用意して、血管を確保の上で、胎盤用手剥離術を行う。付着胎盤や一部の楔入胎盤では用手剥離可能な場合もある。嵌入胎盤、穿通胎盤では大量出血をきたすリスクが高いので、大量輸血血液を準備した上で子宮摘出術を行うのが原則である。

******

【正誤問題】

(1)癒着胎盤の子宮温存治療では胎盤を二次的に除去する。

(2)癒着胎盤の治療の原則は子宮全摘出術である。

(3)前置胎盤では癒着胎盤が起こりやすい。

(4)癒着胎盤は絨毛が床脱落膜に侵入したものである。

(5)妊娠高血圧症候群では癒着胎盤を起こしやすい。

(6)子宮奇形は癒着胎盤の危険因子となる。

(7)子宮筋腫核出術の既往は癒着胎盤の原因とならない。

解答 ――――――

(1)O 弛緩出血やDICを認めず、妊孕性の温存を強く希望し、十分なインフォームドコンセントが得られた場合に限り、保存的治療の適応となる。その場合は、化学療法(MTX、エトポシド)、子宮動脈塞栓術(UAE)などが試みられることもある。

(2)O 輸血血液を用意して、血管を確保の上で、胎盤用手剥離術を行う。付着胎盤や一部の楔入胎盤では用手剥離可能な場合もある。嵌入胎盤、穿通胎盤では大量出血をきたすリスクが高いので、大量輸血血液を準備した上で子宮摘出術を行うのが原則である。

(3)O 子宮下部は脱落膜形成が乏しいため、絨毛が子宮筋層にまで侵入しやすく癒着胎盤が起こりやすい。

(4)X 癒着胎盤とは床脱落膜の欠損のため絨毛が子宮筋層に侵入したものである。

(5)X 妊娠高血圧症候群は癒着胎盤の危険因子とはならない。

(6)O 子宮奇形は着床異常をきたす。

(7)X 粘膜下筋腫などでは子宮内膜に手術操作が及ぶことがある。 


前置胎盤、問題と解答

2010年02月27日 | 周産期医学

【問題】
前置胎盤で誤っているのはどれか。
a 多産婦に多い。
b 癒着胎盤が多い。
c 無痛性出血をみる。
d 妊娠15週で診断できる。
e 人工妊娠中絶術の既往は危険因子である。

******

a. 初産婦(0.2%)より経産婦(5%)に多い。
b. 子宮下部は脱落膜形成が乏しいため、絨毛が子宮筋層まで侵入しやすく癒着胎盤が起こりやすい。
c. 無痛性出血(警告出血)が特徴である。
d. 子宮下部伸展に伴い胎盤が内子宮口からはずれていくため、真の前置胎盤の診断は20週以降になされるべきである。
e. 帝王切開、人工妊娠中絶、子宮筋腫核出術などの手術操作の既往がある者に多い。

正解:d

******

【正誤問題】

(1)前置胎盤ではしばしば胎児機能不全が出現する。

(2)前置胎盤の診断は内診所見により行う。

(3)前置胎盤の超音波診断では妊娠初期から診断可能である。

(4)前置胎盤では児頭が固定しやすい。

(5)前置胎盤では一般に妊娠32~33週頃に帝王切開が施行される。

(6)前置胎盤では出血量が多ければ妊娠週数を問わず帝王切開を施行する。

(7)前置胎盤の帝王切開では、自己血輸血の適応となりうる。

(8)前置胎盤、癒着胎盤、Asherman症候群は子宮内膜掻爬術後に起こる。

(9)前置胎盤の頻度は母体年齢とともに増加する

(10)前置胎盤では経腟分娩が極めて困難である。

解答 ――――――

(1)X 前置胎盤ではNRFSは少ない。

(2)X 前置胎盤では内診は禁忌である。

(3)X 前置胎盤の超音波診断は妊娠22週以降に行う。

(4)X 前置胎盤では児頭が固定しにくい。

(5)X 帝王切開の時期は可能な限り妊娠37週を目標とする。

(6)O

(7)O 前置胎盤の診断は妊娠中期には可能で、あらかじめ自己血輸血を用意するよい適応となる。

(8)O

(9)O

(10)O 前置胎盤では分娩方法は帝王切開となる。

******

【正誤問題】

(1)前置胎盤は下腹部痛を主症状とする。

(2)前置胎盤とは胎盤が内子宮口を覆う病変である。

(3)前置胎盤ではしばしば警告出血が認められる。

(4)前置胎盤は経産婦より初産婦に多い。

(5)前置胎盤には低置胎盤が含まれている。

(6)前置胎盤は有痛性の性器出血が認められる。

(7)前置胎盤の出血量は外出血量とは比例しない。

(8)前置胎盤では外出血が陣痛間欠期に強く、常位胎盤早期剥離では子宮収縮期に強い。

(9)前置胎盤では胎位異常をきたしやすい。

(10)前置胎盤ではしばしばDIC徴候が発現する。

解答 ――――――

(1)X 前置胎盤は無痛性である。

(2)O 

(3)O 前置胎盤では、多量の出血をきたす前に少量の初回出血(警告出血)を認める場合が多い。

(4)X 前置胎盤の頻度は経産回数とともに増加する。

(5)X 前置胎盤に低置胎盤は含まれない。

(6)X 前置胎盤は無痛性性器出血が認められる。

(7)X 前置胎盤の出血量は外出血量と比例する。

(8)X 前置胎盤では陣痛発作時に外出血が増加し、常位胎盤早期剥離では陣痛間欠時に外出血が増加する。

(9)O

(10)X 前置胎盤でのDIC徴候が発現する頻度は、常位胎盤早期剥離と比べて少ない。

******

【正誤問題】

(1)前置胎盤では癒着胎盤が多い。

(2)前置胎盤では羊水過多となる。

(3)前置胎盤は超音波断層法で診断する。

(4)前置胎盤では安静療法が必要である。

(5)前置胎盤ではオキシトシンを使う。

解答 ――――――

(1)O 子宮下部は脱落膜形成が乏しいため、絨毛が子宮筋層にまで侵入しやすく癒着胎盤が起こりやすい。

(2)X 前置胎盤と羊水過多とは関係がない。

(3)O

(4)O 安静により妊娠を継続させて、児の成熟を待つ。

(5)X 前置胎盤に子宮収縮剤は禁忌である。


胎児機能不全(NRFS)

2010年02月24日 | 周産期医学

non-reassuring fetal status (NRFS)

【定義】 胎児機能不全(NRFS)とは、妊娠中あるいは分娩中に胎児の状態を評価する臨床検査において「正常でない所見」が存在し、胎児の健康に問題がある、あるいは将来問題が生じるかもしれないと判断された場合をいう。

従来から使用されていた「胎児仮死」あるいは「胎児ジストレス」の用語は使用しない。

NRFSはさまざまな病態があり得るが、この中で最も重大となる病態は胎児の低酸素症とアシドーシスであり、この状態が生じ増悪すると、低酸素性虚血性脳病変(脳性麻痺)や胎児死亡が起こりうる。

【NRFSの徴候】
(1)胎児心拍数陣痛図(CTG)では、
 ①頻発する遅発一過性徐脈
 ②高度変動一過性徐脈
 ③基線細変動の消失をともなう変動一過性徐脈
 ④心拍数基線に戻るのが遅い変動一過性徐脈
 ⑤基線細変動の消失

(2)biophysical profile scoring (BPS)では、
 スコア6点以下の場合は要注意。

 5つのパラメータ(①胎児呼吸様運動、②胎動、③筋緊張、④羊水量、⑤NST)につき、それぞれ正常であれば2点、異常であれば0点として合計し、合計が8点以上あれば問題がないと判断する。

(3)超音波ドプラ法では、
 ①臍帯動脈拡張末期血流の途絶・逆流

臍帯動脈血流における拡張期の途絶・逆流の出現は、胎児胎盤循環不全を示唆する重要な所見である。拡張期血流の途絶あるいは逆流所見が認められた胎児の周産期死亡率は極めて高率で、本所見を認める場合には厳重な胎児管理を要する。

 ②中大脳動脈の抵抗係数(RI)および拍動係数(PI)の低下
 (脳動脈における拡張期血流速度の増加)

RI、PIは測定部位より末梢の血管抵抗を反映している。RI、PIが標準より低ければ血液は流れやすくなっていることを示す。胎児の酸塩基平衡あるいは循環動態の異常を生じた児に脳血流を増加させる代償機構が働くため(brain-sparing effect)と考えられている。

(4)児頭採血では、
 胎児血液pHが7.20以下で、
 さらに、0.02/分の速度で減少
 (胎児アシドーシスの所見)

 胎児血液の基準pH:7.25~7.40

(5)胎児酸素飽和度モニタリングでは、
 FSpO2 30%以下
 (胎児低酸素症の所見)

 胎児酸素飽和度の基準値:30~70%

(6)臨床症状では、
 ①羊水の胎便汚染
 ②急激な産瘤の増大

【NRFSの原因】
①母体因子:心疾患・喘息などによる低酸素症、高度貧血、出血・仰臥位低血圧症候群などによる低血圧、子癇発作・血管病などによる血管攣縮、無呼吸など

②子宮因子:過強陣痛、子宮破裂、子宮奇形など

③胎盤因子:糖尿病・妊娠高血圧症候群・過期妊娠による子宮胎盤機能不全、常位胎盤早期剥離、前置胎盤など

④胎児因子:血液型不適合・双胎間輸血症候群・母児間輸血症候群・前置血管破裂・パルボウイルスB19感染などによる胎児貧血、未熟児、先天性心疾患など

【NRFSに対する対応】
①母体への酸素投与
②母体の静脈路確保・輸液
③母体の左側臥位への体位変換
④子宮収縮薬投与を中止して、子宮収縮抑制薬(塩酸リトドリン)の点滴静注
⑤内診
⑥急速遂娩(吸引分娩、緊急帝王切開など)

CTG所見で遷延一過性徐脈 prolonged deceleration (心拍数の減少が15bpm以上で、開始から元に戻るまで時間が2分以上10分未満の徐脈)は、母体の無呼吸・低血圧、過強陣痛、子宮破裂、臍帯脱出、常位胎盤早期剥離などで発生する。多くは胎盤の循環不全により生じるが、胎児状態がよいものから急速遂娩が必要なものまであるので慎重に判断する。10分以上の一過性徐脈の持続は基線の変化とみなす。この場合は超緊急帝王切開の適応となる。

【血流再配分】
胎児機能不全では、胎児は低酸素状態に陥っている。低酸素状態では、各臓器へ酸素を十分に供給できないため、血流再配分とよばれる代償機構が働き、生命維持に重要な臓器への酸素供給を優先させる。しかし、低酸素状態が遷延し、重症化すると、血流再配分は破綻する。この場合、低酸素性虚血性脳病変(長期的な後遺症として脳性麻痺)や各腫臓器障害、胎児死亡が起こることがある。

血流再配分によって
 血流が増加する臓器: 脳、心臓、副腎。
 血流が減少する臓器: 肺、四肢、腸管、腎臓。


胎児機能不全(NRFS)、問題と解答

2010年02月22日 | 周産期医学

【練習問題22】(産婦人科研修の必修知識2007)

24歳の初産婦。妊娠経過に異常を認めない。妊娠38週で前期破水のため入院となった。入院後、自然陣痛発来し、順調に分娩進行していたが、胎児心拍図モニター上、子宮収縮に伴う100bpmの変動一過性徐脈が出現した。内診所見は子宮口7cm開大、展退80%、station +1で、流出する羊水に胎便や血液の混入は認めない。ただちに行うべき処置を下記の中から2つ選べ。

a.緊急帝王切開
b.母体の体位変換
c.人工羊水(生理食塩水)注入
d.酸素投与
e.吸引分娩

【解答】b、d

NRFSに対する対応
①母体への酸素投与
②母体の静脈路確保・輸液
③母体の左側臥位への体位変換
④子宮収縮薬投与を中止して、子宮収縮抑制薬(塩酸リトドリン)の点滴静注
⑤内診
⑥急速遂娩(吸引分娩、緊急帝王切開など)

******

【練習問題23】

母体の発熱時にみられる胎児心拍数陣痛図所見はどれか。1つ選べ。

a.一過性頻脈
b.持続性頻脈
c.遷延性徐脈
d.基線細変動消失
e.サイヌソイダルパターン

【解答】b

******

【練習問題24】

胎児心拍数モニタリングについて正しいのはどれか。
3つ選べ。

a.遅発一過性徐脈では胎児中枢神経系の低酸素状態が強いほど心拍低下の程度は大きくなる。
b.胎児の呼吸様運動に伴う循環動態の変化は、胎児心拍数基線細変動が起こる要因の一つと考えられる。
c.妊娠40週の胎児にNSTを30分施行したとき、一過性頻脈がなく基線細変動が5~10bpmであれば、CSTを行うべきである。
d.正常胎児では、妊娠中期以降妊娠末期に向かい胎児心拍数基線が低下する。
e.妊娠28週の胎児では40分間NSTを施行したとき、一過性頻脈が全く見られなくても異常とはいえない。

【解答】b、d、e

遅発一過性徐脈は、胎児低酸素症により出現する。胎児心拍数低下の程度は問わない。基線細変動消失時の遅発一過性徐脈は極めて危険である。

NSTでは、一過性頻脈が出現することをreactive、出現しないことをnon-reactiveとよぶ。胎児は20~40分ごとに睡眠と覚醒を繰り返すため、NSTは、一過性頻脈の出現まで、あるいは80分間測定を行う。

******

【正誤問題】(チャート国試対策・産科)

(1)一過性頻脈の頻発はNRFSの徴候である。

(2)non-reactive NSTはNRFSの徴候である。

(3)早発一過性徐脈はNRFSの徴候である。

(4)軽度変動一過性徐脈の発生は胎児にとって病的意義はない。

(5)高度変動一過性徐脈、特に基線細変動消失の合併は超危険徴候である。

(6)CSTにおける遅発一過性徐脈の頻発は急速遂娩の適応にならない。

(7)サイヌソイダルパターンは胎児高度貧血または胎児失血の存在を示す。

(8)サイヌソイダルパターンを示す胎児ではしばしば胎児水腫がみられる。

(9)胎児に高度貧血を起こすのは風疹とパルボウイルスB19感染症である。

(10)遅発一過性徐脈から遷延性徐脈への移行は極めて危険である。

解答 ――――――

(1)X 一過性頻脈(accelation):15bpm以上、15秒以上続く頻脈化。交感神経優位の所見で、妊娠30週以降、accelationの増加が起こる。妊娠32週以後、accelationが頻発する活動期とaccelationがほとんど認められない静止期に分類できるようになる。accelationの存在は、胎児がreassuringであることを示す上で最も重視される。accelationが認められないという所見の診断価値はあまり高くない。

(2)X 胎児の睡眠もあり得る。reactive NSTにおける胎児well-beingの予知は高いが、non-reactive NSTにおける胎児危険の予知は低い。

(3)X 早発一過性徐脈(early deceleration):分娩第2期に子宮収縮による児頭圧迫で発生する。異常所見ではない。

(4)X かなり危険な徴候。

(5)O CST:10分間に3回以上の子宮収縮を起こさせた状態で、胎児心拍数陣痛図を記録し遅発一過性徐脈の出現の有無をみる。遅発一過性徐脈の出現を認めるもの(CST陽性)を胎児機能不全と診断する。

(6)X 急速遂娩の適応。

(7)O サイヌソイダルパターンの原因:胎児水腫、重症胎児貧血、胎児低酸素症、正常分娩の途中など 

(8)O

(9)X 先天性風疹症候群(白内障、心奇形、動脈管開存症、聴力障害、肝脾腫)。パルボウイルスB19(胎児水腫、高度な胎児貧血)

(10)O 遷延一過性徐脈(心拍数の減少が15bpm以上で、開始から元に戻るまで時間が2分以上10分未満の徐脈)は、母体の無呼吸・低血圧、過強陣痛、子宮破裂、臍帯脱出、常位胎盤早期剥離などで発生する。多くは胎盤の循環不全により生じるが、胎児状態がよいものから急速遂娩が必要なものまであるので慎重に判断する。10分以上の一過性徐脈の持続は基線の変化とみなす。この場合は超緊急帝王切開の適応となる。

******

【正誤問題】

(1)既往帝切の経腟分娩では遷延一過性徐脈の発生は子宮破裂を考える。

(2)骨盤位分娩では破水後の遷延一過性徐脈の発生は臍帯脱出を考える。

(3)排臨時に遷延性一過性徐脈が発生した児の予後は一般に不良である。

(4)簡易BPSではnon-reactive NST、および、AFI<5cmを妊娠中断の指標とする。

(5)胎児血流測定では臍帯動脈拡張末期血流の途絶を妊娠中絶の指標とする。

(6)児頭採血法で血液pHが7.3であればNRFSである。

(7)胎児酸素飽和度が40%で持続すればNRFSである。

(8)羊水の胎便汚染、急激な産瘤増大はNRRSの存在を示唆する。

(9)低酸素症では腎臓、皮膚、筋肉への血流が増加する。

(10)低酸素症では脳、心臓、副腎への血流が増加する。

解答 ――――――

(1)O

(2)O

(3)X

(4)X 簡易BPS:10分間のNSTで2回以上の一過性頻脈が認められ、AFIが5cm以上の場合、胎児はwell-beingであると考える。negative NST、あるいは、AFIが5cm未満の場合は、CSTあるいはSPSを行う必要性が生じる。

(5)O 胎盤機能不全によって胎児低酸素状態が発生すると、臍帯動脈拡張末期血流が途絶あるいは逆転する。

(6)X pH>7,25 正常。pH<7.20 急速遂娩。

(7)X 基準値:30~70%

(8)O

(9)X 低酸素症の血流再配分で血流が増加する組織:脳、心臓、副腎。血流が減少する組織:四肢、腎臓、肺、腸管。

(10)O

******

【正誤問題】

(1)低酸素症の血流再配分では末梢血管の血管抵抗が減少する。

(2)低酸素症の血流再配分では脳血管や冠動脈の血管抵抗が減少する。

(3)NRSFでは一般に呼吸性アシドーシスだけが発生する。

(4)NRSFの徴候が発生したら母体の体位変換を試みる。

(5)NRSFの徴候が発生したら母体に酸素吸入および輸液を行う。

解答 ――――――

(1)X 低酸素症の血流再配分で、末梢血管の血管抵抗が増加する。

(2)O

(3)X 胎児・新生児の低酸素症では嫌気性解糖の結果、乳酸菌が上昇して代謝性アシドーシスが発生する。

(4)O NRFSに対する対応
①母体への酸素投与
②母体の静脈路確保・輸液
③母体の左側臥位への体位変換
④子宮収縮薬投与を中止して、子宮収縮抑制薬(塩酸リトドリン)の点滴静注
⑤内診
⑥急速遂娩(吸引分娩、緊急帝王切開など)

(5)O


飯田下伊那地域における産科医療提供体制の変遷

2010年02月08日 | 飯田下伊那地域の産科問題

飯田市立病院に産婦人科が開設された1989年(平成元年)当時の飯田下伊那地域では、分娩を取り扱う施設は十施設以上ありましたが、産婦人科医の高齢化により地域の分娩取り扱い施設は年々減り続けました。2000年頃には地域の分娩取り扱い施設は計6施設(飯田市立病院、下伊那赤十字病院、西沢病院、平岩医院、椎名レディースクリニック、羽場医院)となり、その6施設で地域の分娩(年間1500~2000件)を分担して取り扱ってました。

2005年の夏頃に、その6施設のうちの3施設(下伊那赤十字病院、西沢病院、平岩医院)がほぼ同時に分娩の取り扱い中止を表明しました。この3施設分を合計すると、年間約800~900件の分娩受け入れ先が突然なくなってしまうことになりました。地域から多くのお産難民が出現する事態も予想されましたので、関係者たちは非常に大きな危機感を持ちました。

そこで、2005年8月に医療圏内の各自治体の長、医師会長、病院長、産婦人科医、助産師、保健師などが集まって、産科問題懇談会を立ち上げ、この問題に対して今後いかに対応してゆくかを話し合いました。

飯田市立病院(2005年当時の常勤産婦人科医3人、小児科医4人、麻酔科医3人)は、県より地域周産期母子医療センターに指定され、地域における唯一の二次周産期施設として、異常例を中心に年間約500件程度の分娩を取り扱ってました。産科問題懇談会での話し合いの結果、周辺自治体からの資金提供もあり、飯田市立病院の産科病棟・産婦人科外来の改修・拡張工事、医療機器の整備などを行ってハード面を強化し、常勤産婦人科医数も(信州大学の協力が得られて)常勤3人体制から常勤4人体制に強化されることになりました。また、分娩を中止する産科施設の助産師の多くが飯田市立病院に異動することになりました。

しかし、飯田市立病院だけでは、地域の分娩のすべてに対応することは不可能で、分娩取り扱いを継続する2つの産科一次施設(椎名レディースクリニック、羽場医院)にも、できる限り(低リスク妊婦管理を中心とした)産科診療を継続していただくとともに、地域内の関係者の協力体制を強化して産科医療を支えあっていこうということになりました。

具体的には、飯田市立病院で分娩を予定している妊婦さんの妊婦検診を地域の産婦人科クリニックで分担してもらうこと、地域内での産科共通カルテを使用し患者情報を共有化すること、飯田市立病院の婦人科外来は他の医療施設からの紹介状を持参した患者さんのみに限定して受け付けること、などの地域協力体制のルールを取り決めました。また、産科問題懇談会は継続して定期的に開催し、いろいろな立場の人達(市民、医療関係者、自治体の関係職員など)の意見を広く吸い上げて、何か問題が発生するたびにそのつど対応策を協議し、その結果を情報公開して、市の広報などで市民全体に周知徹底させてゆくことが確認されました。(当医療圏の産科問題に対する取り組み

2006年4月以降、飯田下伊那地域の分娩取り扱い施設は3施設のみとなり、予想通り飯田市立病院の年間分娩件数は倍増し約1000件となりましたが、2006年から2007年秋にかけては、共通カルテを用いた地域の連携システムが比較的順調に運用され、それほど大きな混乱もなく地域の周産期医療を提供する体制が維持されました。また、2007年6月には飯田市立病院の常勤産婦人科医は5人となりました。(当医療圏における産科地域協力システムの運用状況

当時、長野県内の他の医療圏でも、産婦人科医不足の状況は急速に悪化し、国立病院機構松本病院、国立病院機構長野病院、県立須坂病院、昭和伊南総合病院、安曇野赤十字病院など、各地域を代表する基幹病院産婦人科が、次々に分娩取り扱い休止に追い込まれる異常事態となりました。(2年半で22病院が35診療科を休廃止/長野県内中核的病院 産科医3割減

そして、比較的順調に推移していると考えられていた飯田下伊那地域の産科医療提供体制にも、2007年10月以降、急速に暗雲がたちこめ始めました。飯田市立病院と連携して妊婦健診を担当していた下伊那赤十字病院と西沢病院の常勤産婦人科医が転勤し、平岩ウイメンズクリニックの院長先生も一時期健康上の理由で休診されました。さらに、飯田市立病院産婦人科の常勤医5人のうち3人までが2008年3月末で辞職したいとの意向を表明しました。いくら立派な連携システムが存在しても、そのシステムを担う人達が地域から立ち去ってしまっては、システムを運用することができなくなります。やむなく、2007年11月2日に開催された産科問題懇談会にて、翌2008年4月からの分娩制限(里帰り分娩と他地域在住者の分娩の受け入れを中止)を決定しました。(飯田下伊那医療圏の産婦人科医療 里帰り分娩と他地域在住者の分娩の受け入れを中止

その後、信州大学の多大な支援により、飯田市立病院はほぼ従来通りの常勤産婦人科医の体制が維持できることとなり、2008年3月10日に開催された産科問題懇談会にて、翌4月から実施が予定されていた分娩制限を一部解除することを決定しました。(里帰り分娩制限の一部解除について地域産科医療提供システムの構築:飯田下伊那飯田市立病院 里帰り分娩受け入れの再開

また、従来から実施していた開業の先生方との連携システムに加えて、新たな試みとして、2008年4月より、助産師と臨床検査技師(超音波検査担当)とが協同して担当する妊婦健診(助産師・検査技師健診)を当院に導入しました。この助産師・検査技師健診は、産婦人科医の負担を大幅に軽減する効果のみならず、患者満足度の向上、スクリーニング精度の向上などにも寄与すると考えられ、今後も継続していく予定です。(産科医、母親の負担軽減へ 飯田市立病院が助産師外来拡充助産師と臨床検査技師とが協同して担当する妊婦健診の導入効果助産師と超音波検査を担当する臨床検査技師による妊婦健診の導入効果:第2報

各医療圏の置かれた状況は、常に大きく変化してます。ある時期に非常にうまくいった方策であっても、それがいつまでも通用するとは限りません。また、一つの医療圏で非常にうまくいった方策であっても、他の医療圏で同様にうまくいくとは限りません。各医療圏の今の状況に応じて、臨機応変に対応してゆく必要があります。(産科復興に向けた長野県各地域の取り組み飯田下伊那地域の産科問題