元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「バンテージ・ポイント」

2008-03-17 06:39:14 | 映画の感想(は行)

 (原題:Vantage Point )通俗的な活劇編ながら、最近のアメリカ映画らしく時事ネタもしっかりカバーしている点が好印象だ。アメリカ大統領がテロ対策条約調印のために訪れたスペインで、民衆を前にしての演説の最中に狙撃される。その後まもなく大爆発も起こり、事件を解決すべく手練れのシークレットサービスの奮戦が始まるが、注目すべきはその前段だ。

 演説会に集まった聴衆は必ずしも全員が大統領のシンパではなく、昨今のアメリカの振る舞いに批判的な連中も集まっている。しかもデモ群集のプラカードに、アメリカの対テロの軍事行動がドルの価値をキープするための単なる“経済戦略”であることを臭わせるメッセージも明記してあるようだ。さらに現場中継を担当する女性キャスターも米国側の責任を追及するコメントを(アドリブで)残すに及んで、脳天気なアクション編とは一線を画そうとする作者の気負いがありありと伝わってくる。

 映画ではこの事件をその場に居合わせた8人の視点による8編の緊張感溢れるエピソードが繰り返される。言うまでもなく黒澤明監督が「羅生門」で使った手法を採用しているが、あの映画では関係者の証言が重なるたびに事件は混迷の度を深めていったのに対し、本作はエピソードの積み重ねが一つの真実に到達するように構成されている。

 しかもそれは平易な娯楽編のルーティンを維持するためのメソッドではなく、さらなる問題の本質に迫ろうという意図をもフォローしている。それは、アメリカ大統領といえども最高権力者ではなく、ある勢力によって据えられた“飾り物”に過ぎないという、身も蓋もない事実である。

 その“勢力”とはグローバリズムに名を借りた経済的覇権システムであるのは想像できるが、それらの息が掛かった取り巻き連中が堂々と大統領を恫喝しようとするシークエンスこそが、この映画のハイライトではないかと思う。また8つのエピソードはそれに結実すべく用意された“伏線”であると言っても良い。

 サスペンス・アクションの一編ながらこういうテイストが挿入されるのは、アメリカの観客にとってそのことが“普通”になっていることの証であろう。冒頭で“時事ネタへの言及は好感が持てる”と書いたが、今や時事問題抜きには娯楽映画も語れない切迫した(≒面白い)状況がアメリカにはあるのだろう。

 ピート・トラヴィスの演出は快調で、畳み掛けるような展開でも息切れを見せない。デニス・クエイドやフォレスト・ウィッテカー、シガーニー・ウィーヴァー、ウィリアム・ハートなどキャストは多彩な顔ぶれだが、主題の大きさと精密な脚本に押されてイマイチ印象が薄いのは仕方がないか。ともあれ、観て損のない快作だ。

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