元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「美と殺戮のすべて」

2024-05-13 06:07:07 | 映画の感想(は行)
 (原題:ALL THE BEAUTY AND THE BLOODSHED)強烈な印象を受けるドキュメンタリー映画だ。題材の深刻さといい、主人公役のキャラクターの破天荒さといい、問題提起の大きさといい、全てがA級仕様である。第79回ヴェネツィア国際映画祭で大賞を獲得しているが、有名アワードに輝いた作品が必ずしも良い映画とは限らないものの、この受賞は十分頷ける。個人的にも今年度のベストテン入りは確実だ。

 本作がクローズアップする人物は、首都ワシントン出身の写真家ナン・ゴールディンだ。彼女は最愛の姉が18歳で自死したのを切っ掛けに、フォトグラファーを志すようになる。テーマは自身のセクシュアリティをはじめ、家族や友人の切迫した状況、ジェンダーに関する問題など、かなり“攻めた”ものばかりだ。しかも、ドラッグの過剰摂取やHIVウイルスの感染などで、作品に登場するほとんどの被写体が世を去っているという。



 そんな彼女が、手術時にオピオイド系の鎮痛剤オキシコンチンを投与され、危うく命を落としそうになる。実はこの薬は中毒性があり、処方を間違えると重篤な事態に陥るのだ。ところがオキシコンチンを販売するパーデュー・ファーマ社は、この薬を野放図にばら撒いて被害を大きくしている。彼女は2017年にこの問題の支援団体P.A.I.Nを創設し、パーデュー・ファーマ社とそのオーナーである大富豪サックラー家の責任を追及する。

 私は不勉強にも、かくも重大な薬害が起こっていることを知らなかった。そしてもちろんP.A.I.Nの存在も心当たりは無い。だが、パーデュー・ファーマ社の所業がいかに悪質なものかを本作は鮮明に描き出し、映画本来の社会的役割という側面を強調する。さらに、この会社が芸術界に多額の寄付をしているという、偽善的な行為も糾弾する。ゴールディンはアートに携わる者として、サックラー家との全面対決に身を投じるのだ。

 芸術家として血を吐くような苦悩に苛まれ、家族や友人を失い、その結果先鋭的な作品に結実させるゴールディンと、儲け主義の権化みたいなパーデュー・ファーマ社との対比は、悲痛な現実の暴露と共に、目を見張るような高揚感を観る者にもたらす。そして、芸術の何たるかを端的に見せつけられた衝撃を受けるのである。

 ローラ・ポイトラスの演出は力強く、対象から一時たりとも目を離さない。今後もその仕事を追ってみたくなる人材だ。なお、この薬害事件の犠牲者は全米で50万人を数えるという。それにも関わらず、サックラー家は勝手に会社を解散させて責任の回避に余念が無い。この世界にはかくも不条理な事柄が頻発しているが、それを真正面から捉える映画作家の存在は、観る者の意識をこれからも少しずつシフトアップさせ続けるのだろう。

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