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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

7/7(木)川久保賜紀&江口 玲のデュオ・リサイタルは「流麗」で「豊潤」な音の響演

2011年07月09日 02時46分59秒 | クラシックコンサート
ヤマハホール Concert Series 川久保賜紀 & 江口 玲 デュオ・リサイタル

2011年7月7日(木)19:00~ ヤマハホール 1階 A列 10番 4,000円
ヴァイオリン: 川久保賜紀
ピアノ: 江口 玲
【曲目】
プロコフィエフ: ヴァイオリンとピアノのための5つのメロディ 作品35
プロコフィエフ: ヴァイオリン・ソナタ 第2番 ニ長調 作品94
パデレフスキ: メロディ 作品16-2*
シューマン/リスト編: 愛の歌「献呈」*
ホフマン: 夜想曲~「モクセイソウ」より*
リスト:「リゴレット」による演奏会用パラフレーズ*(*はピアノ・ソロ)
フランク: ヴァイオリン・ソナタ イ長調
《アンコール》
クライスラー: 愛の悲しみ
モンティ: チャールダーシュ

 大好きな川久保賜紀さんが、今日は江口 玲さんをパートナーに迎えてのデュオ・リサイタル。会場はアコースティックな響きが美しい東京・銀座のヤマハホールで、333席というサイズはリサイタルには申し分ない大きさである。川久保さんのヴァイオリンは、最近では今年2011年4月21日に東京フィルハーモニー交響楽団の東京オペラシティ定期シリーズで、ヴィヴァルデイの『四季』を、1月には同じ東京フィルで三浦友理枝さん・遠藤真理さんとのトリオによるベートーヴェンの三重協奏曲を聴いているが、思えばリサイタルは久しぶりだ。昨年12月の「Vaiolin Fasta Tokyo 2010」では江口 玲さんのピアノで2曲ほど聴いているが、昨年はトリオでの演奏活動が多かったし、今年の前半は協奏曲の予定がいくつかあったものの、東日本大震災の影響で中止となってしまったものもあった。純粋なリサイタルは、2009年9月、千葉で横山幸雄さんとのデュオ以来、2年ぶりなのである。

 今日も実は1列目のセンター。ソリストの正面の席を確保しておいた。リサイタル、とくにヴァイオリンの場合は、できるだけ至近距離で、ナマの音をダイレクトに感じたいから、いつも前の方に陣取ってしまう。会場が暗転すると、川久保さんと江口さんがにこやかに登場。川久保さんの淡いグリーンのセクシーなドレスに対して、江口さんのサラリーマン風もいつもの通り。華やかかつほのぼのとした雰囲気でリサイタルが始まった。ちなみに、ピアノはもちろんヤマハである。
 1曲目はプロコフィエフの「5つのメロディ」。昨年の「Vaiolin Fasta Tokyo 2010」でも聴いたが、基本的にエレガントな優しさに包まれたヴァイオリンの音色と、時に繊細であったり、時に情熱的であったりと、各曲の曲想に応じて変化する音色の対比が見事で、今がまさに旬の音楽家の瑞々しさが感じられた。夢幻的に縦横に変化するプロコフィエフ独特のロマンティシズムは、流れるように美しい川久保さんのヴァイオリンにとてもよく合っている。
 2曲目もプロコフィエフで、こちらは人気の高いソナタの第2番。基本的には明るい曲想と諧謔性を併せ持ち、豊かな抒情性のロマン派と現代音楽の中間的な曲といえようか。元はフルート・ソナタととして作られた曲をヴァイオリン用に改作したものだが1944年の作というから、第二次世界大戦のまっただ中に作られたとは思えない、快作である。
 第1楽章は抒情的で美しい主題が川久保さんの流麗なヴァイオリンによく似合う。流れるようなレガートの美しさと、短いフレーズの中にも微妙にテンポを揺らして付けられている細かな表情が、曲に豊潤な印象を創り出していた。
 第2楽章はスケルツォ楽章に相当する。弾み、転がるような諧謔的に部分とレガートをきかせて大きく歌わせる部分の対比が鮮やか。快調なリズム感での演奏は、江口さんとの息もピッタリだし、早いパッセージの技巧的な部分は超絶技巧を感じさせないサラリとした弾き方だが、その中でも微妙なニュアンスで表情豊かに演奏するのはさすがである。
 第3楽章は緩徐楽章に相当し、夢幻の世界を漂うような浮遊感が印象的。あくまで柔らかく、角のない音色が素敵だ。
 第4楽章はロンド形式のフィナーレ楽章だ。快活なロンド主題に挟まれて登場する様々な楽想に多彩な演奏表現で応えている。川久保さんの場合は、多彩な音色を繰り出してくるというイメージではなく、基本的には「流麗」で「豊潤」な音色は変わらないのだが、むしろ曲想に応じた表情付けが雄弁であり、結果として非常に豊かな音楽を創り出しているようである。
 聞き終わってみれば、4つの楽章を通しての構造感もしっかりしているし、豊潤に音楽の瞬間・瞬間が連続しているような気分で、いつまでも終わって欲しくない、と思えるようなプロコフィエフだった。

 休憩を挟んでの後半は、まず江口 玲さんのソロから。演奏の前に江口さんからご挨拶があり、先日コンサートで石巻を訪れた際、彼の地の惨状を目の当たりにして心が痛んだというお話とともに、義援金募金を呼びかけられた。その後で聴く江口さんのピアノは、いつもの穏やかで優しい演奏とはちょっと違って、心に染み入る哀切の音色だった。
 パデレフスキの「メロディ 作品16-2」は愛が溢れるようなロマンティックな小品だが、今日この時期には、美しい旋律の影に深い悲しみが秘されているように聞こえる。江口さんのピアノは透明な音色とハーモニーが美しかった。
 シューマン/リスト編の「献呈」は、今年がリスト・イヤーということで聴く機会の多い曲だ。江口さんの演奏は、サラリとした中にも暖かみのある情感が込められていて、人の息遣いを感じさせるように旋律が美しく歌う。でもやはり「愛の歌」なのに悲しく聞こえてしまい、涙を誘った。
 続いて、ホフマンの「夜想曲」。ホフマンはポーランドの人でこの曲は1923年の作。とはいえ曲想は完全にロマン的なもので、ショパンにも似た、哀愁を帯びた美しい旋律のノクターンである。江口さんの肩の力の抜けた自然な演奏スタイルは、曲の美しさを引き立てている。
 ピアノ・ソロの最後はリストの「リゴレット・パラフレーズ」。ヴェルデイの傑作オペラ『リゴレット』の第3幕から得た主題を華麗な装飾をたっぷりと編み込んで、リストならでは絢爛豪華な曲に仕上がっていて、まさに演奏会用パラフレーズだ。前の3曲はかなり抑えた調子の美しくゆったりとした曲だったが、このような超絶技巧的な曲でもサラリと弾きこなす江口さんはさすが実力者だ。主旋律と装飾音の明らかな音色の違いなど、多彩な音色を次々と繰り出し、また歌うような主題旋律にからむ煌びやかな装飾音が絶品。素晴らしい演奏だった。
 4曲を続けて演奏した江口さんには盛大な拍手が送られた。鳴り止まない拍手に何度も呼び出されて…。ヴァイオリン・リサイタルの中でのピアノ・ソロでこれほど喝采を浴びるのも珍しいことだ。4曲とも、江口さんのほのぼのとした優しい人柄がそのままピアノに乗せられたような、「理」ではなく「情」に訴えかけてくる素敵な演奏だった。会場にいた人が皆、同じように感じたことだろう。

 最後は再び川久保さんが登場し、フランクのソナタ。この曲も大好きなヴァイオリン・ソナタのひとつである。実は個人的にはロマン派の3大ヴァイオリン・ソナタを、フランク、サン=サーンスの1番、リヒャルト・シュトラウスだと決めている。ほぼ同時期(1885~1888)に書かれたこの3つのヴァイオリン・ソナタは、ウィーン系でないロマン派の傑作たちだ。
 第1楽章、属九の不協和音に乗る何とも不思議な空気感のある第1主題…、川久保さんのエレガントなヴァイオリンが素敵だ。主題が展開していき、徐々にクレッシェンドしていく際、ヴァイオリンの音がどんどん色濃くなっていくのが印象的。ビアノによる第2主題も江口さんの軽やかで透明な音色が、この楽章の不思議な雰囲気をさらに醸し出していく。
 第2楽章は本来なら第1楽章に相当するような力強い楽想と構成を持っている。次々に現れる早いパッセージにも、川久保さんと江口さんの息はピッタリで、ハギレの良いリズム感で、それでも1本調子にならずに、微妙に急緩を織り交ぜて、激しい川の流れのごとき演奏だった。
 第3楽章は、第1楽章の主題が表現を変えて現れたりするが、自由な形式の中にも曲全体の統一感がある。とくに中盤から終盤にかけての旋律が美しく、心にせまってくる楽章である。ここでは、とくに川久保さんのヴァイオリンの低音部の音が豊かに響いた。どんなに強く弾いても音が荒れたりない。情熱を前面には出さずに、1歩下がって控え目でいるところが、ブランクっぽいエスプリが効いていると思う。
 第4楽章はまさにフィナーレ楽章にふさわしく、第1~3楽章の様々な主題がカノン風に現れるロンド、という複雑な構成。川久保さんのヴァイオリンは「流麗」で「豊潤」のまま、最後までエレガントさを失わず、それでいて最後はドラマティックに盛り上げていく。江口さんとの掛け合いは、とくにコーダに入ってからは躍動感と音楽の喜びに溢れていて、素晴らしいフィナーレとなった。
 川久保さんのヴァイオリンは、今が一番「旬」なのではないだろうか。安定して完成の域に達している技巧と、女性的な瑞々しい感性に加えて、そろそろ円熟度も増してきている。自己主張を強く押し出すのではなくて、聴く者の心を自然に開かせてしまう音楽を創り出している。一方、江口さんのピアノも押しが強くはなく自然体である。このおふたりが奏でる今日のリサイタルは、聴く者たちをやさしく包み込んで、穏やかな感動をもたらしてくれた。痺れるような感動をもたらす音楽も良いし、涙なくしては聴けない音楽も悪くないが、今日のように心に豊かさをもたらしてくれる音楽もまた、理想的なものだと思う。川久保さんと江口さんに、Bravi!!を送ろう。 いや、Bravissimo!!

 アンコールは、クライスラーの「愛の悲しみ」。今の時期、「愛の喜び」よりは「悲しみ」でよかったかなと思う。2曲目はコンサートのフィナーレにふさわしく、モンティの「チャールダーシュ」。フランクの大曲を弾いた後で、よくもまあこんなに早く指が動くものだと妙な感心をしながらも、アクロバティックな超絶技巧を派手に披露していただけば、それはそれでBraaaava!!なのであった。


 終演後は恒例のサイン会。といってももう川久保さんのCDは何枚ももっているし…。というわけで、今回もちょっとズルをして、古~いCDを持ち込んだ(ヤマハのみなさん、ゴメンナサイ)。2002年のチャイコフスキー国際コンクールの時のライブ盤だが、このジャケットのCDは廃盤になっていて手に入らない(ジャケットが変わった盤は現在でも売っている)。このレアものジャケットにサインをいただいた。一方、江口さんのCDはちゃんと購入してサインをいただいた。こちらも同じ2002年の録音で「巨匠たちの伝説」というすごいタイトルが付いている。今日の江口さんソロ演奏曲が2曲入っているものだ。
 クラシック音楽の演奏会の後のサイン会は、とくに小規模なリサイタルの場合は、和気藹々といた雰囲気で楽しい。川久保さんのクラスになるとファンの方も大勢来られるから、皆さん笑顔が絶えずに本当に嬉しそうだ。そういえば、三浦友理枝さんもさりげない普段着で会場で聴いていらっしゃったし…。今日も本当に充実したコンサートだったと思う。この次に川久保さんの演奏が聴けるのは、来月8月の19日(金)・20日(土)、2日連続で、三浦さんと遠藤真理さんのトリオで読響との競演。「3大協奏曲」の企画もので、川久保さんはメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、三浦さんはチャイコフスキーのピアノ協奏曲、遠藤さんはドヴォルザークのチェロ協奏曲という豪華プログラムだ。これはこれでものすごく楽しみである。


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5 コメント

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お疲れさまでした。 (こみ)
2011-07-09 14:54:16
確かに最前列だと、全てがストレートに近いカタチで受け止めれますね。これぞデュオコンサートって感じで、とても楽しめました。
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Unknown (もと江口さんの隠れ追っかけ)
2011-07-24 17:53:47
昔から江口さんのピアノが好きで1年ほど前まで東京公演はほぼ聴いていたのですが、その後とある事情で遠ざかっていました。でもこういう記事を読むと行けば良かったと後悔しきりです。「とある事情」はたぶんまだそのままだと思いますが、次回は行こうかなと思っています。
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追っかけましょう (ぶらあぼ)
2011-07-24 18:28:32
もと江口さんの隠れ追っかけ 様
コメントをお寄せいただきありがとうございます。
「とある事情」は何だかわかりませんが、江口玲さんのピアノはお人柄が滲み出ていて、とても優しく響いてきますね。ぜひとも「追っかけ」を復活させて下さい。音楽も聴かれてナンボだと思いますから。
ちなみに私は川久保賜紀さんの隠れもしない追っかけですが…>^_^<
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Unknown (もと江口さんの隠れ追っかけ)
2011-10-27 21:39:14
11月2日に久々に江口さん聴きに行きます。と言っても江口さんのリサイタルではなくて佐竹由美さんのソプラノリサイタルなんですけど。楽しみです。
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再開ですね!! (ぶらあぼ)
2011-10-28 00:25:33
もと江口さんの隠れ追っかけ様

追っかけ再開ですね!!
以前、南 紫音さんのリサイタルで江口さんが伴奏をされた際、お二人がステージに登場してきたときの様子が、どうみてもどこかのお嬢様とお付きの運転手に見えてしまって、ひとりで笑いをこらえていました。江口さんってホントに素敵なお人柄ですね。演奏にもよく現れています。
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