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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

5/15(金)中島由紀ピアノ・リサイタル/躍動する力感し抒情的な煌めきが描き出す光と影の間

2015年05月15日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
中島由紀 ピアノ・リサイタル
光と影の間(あわい)


2015年5月15日(金)19:00~ 浜離宮朝日ホール 自由席 1階 1列 9番 4,000円
ピアノ: 中島由紀
【曲目】
シューベルト: 4つの即興曲 作品142(遺作)
ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27-2「月光」
ドビュッシー: ベルガマスク組曲
       1.前奏曲 2.メヌエット 3.月の光 4.パスピエ
ラヴェル: ラ・ヴァルス
《アンコール》
 ドビュッシー:「子供の領分」より「ゴリウォーグのケークウォーク」
 シューベルト: 即興曲 作品90より 第3番

 ピアニストの中島由紀さんのリサイタルを聴く。中島さんとの出逢いは3年ほど前に遡る。2012年の夏、ヴァイオリンの青木尚佳さんとのデュオ・リサイタルの時のことだ。中島さんは尚佳さんの姉貴分(?)にあたりずっと以前から共演していたという。その後は、尚佳さんの演奏会がほとんど中島さんとのデュオであったことにより、私も親しくさせていただくようになった。クローズドの演奏会やプライベートな空間での演奏を含めると、7~8回は中島さんの演奏を聴いていることになる。それらの中でも中島さんのソロを聴く機会もあり、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」「高貴にして感傷的なワルツ」などを聴いた。フランス留学の経験もあるだけに得意のフランスもの。鮮やかな色彩感が印象に残っている。とはいうものの、これまで聴かせていただいたほとんどの曲はヴァイオリンとのデュオ、いわば伴奏であったことと、小さなサロンであったこと、ピアノがフルサイズではなかったことなど、決して条件は良くなかった。今回、本格的なリサイタルを開くというので、なによりも楽しみであった。

 会場の浜離宮朝日ホールは音の響きが良く、残響も長い。そのためにビアノのソロであってもちょっと音がすっきりしないことがなくもない。今回は自由席だったので、早く会場入りした友人のKさんにお願いして最前列のセンター鍵盤側を取っていただいた。響きの良いホールではとくに、直接音で聴ける至近距離の方が好きだ。ピアノ好きの人は楽器本体の正面から右側の席を好むようだが、私は指の動きが見えるという理由だけではなく、左側の方が若干低音が弱まるのでバランスが良いと感じるからである(結局は好みの問題だが・・・・・)。

 今日のリサイタルには「光と影の間(あわい)」というテーマが添えられていた。「光の強さや角度が変わると影が大きく変化するように、ピアノの音も、タッチを変えたり、一つの和音の中で強さのバランスを少し動かすと、まるで違う響きがします」と中島さんは書いている。光と影による音のイメージの捉え方は、フランスの音楽や演奏家に見られる特有の色彩感を生み出すものなのだろう。プログラムは前半がドイツもの、後半がフランスものである。


 さて1曲目はシューベルトの「4つの即興曲 作品142」。第1曲はソナタ形式、第2曲はメヌエット風、第3曲は緩徐楽章風の変奏曲、第4曲は壮大にフィナーレ、という構成になっていて、4曲を続けて演奏すれば4楽章構成のソナタのようにも聞こえる。35分を超える大曲である。シューベルト最晩年の作品であり、中島さんはドイツ音楽の中からも詩情性に富んだロマン的な曲を選んでいる。
 演奏は確かにロマン的な味わいに満ちているものだった。ドイツ風の剛直な構造感は影を潜め、自由な感情の発露と歌心に溢れた演奏だ。第1曲の第2主題などはキラキラと光が煌めくようで印象主義的な佇まい。タッチは決して弱くはなく、しっかりとした打鍵で明瞭な音を作ってはいるが、全体的な印象は確かに光と影の間を行き来しているような感じで、むしろ角張ったところのない柔らかなものになっている。

 2曲目はベートーヴェンのピアノ・ソナタ「月光」。やはり中島さんが選んだ曲は、ベートーヴェンのソナタの中でもとくに絵画的・映像的で標題音楽的な要素の強い「月光」ソナタであった。第1楽章は意外にも強めに押して来た。ロマン的ではあるけれど芯が強い。これがもし湖面のさざ波に揺れる付きの光だったとしたら、それは凍てつく冬の情景であり、またそれを見ている“自分”が感傷的に捉えているのではなく、何にも負けないという強い意志を感じさせるものであった。第2楽章はスケルツォというよりはメヌエットのような、抒情性を全面に描き出している。古典的な造形の楽曲の中に豊かなロマン性を織り込んだ演奏だ。第3楽章は激情的でドラマティック。駆け上って行った先のスフォルツァンドが感情を迸らせるようで、鋭く胸に迫ってくる。第2主題も左手の低音が激情を煽るようで、鋭さを失わない。3つの楽章を通して言えることは、「強い意志」を感じる演奏であった。中島さんがベートーヴェンの「月光」の楽譜の中から読み取ったのは、苦難にも負けずに立ち向かっていく強い意志のチカラであった。と、私には思えたのである。

 後半は得意のフランスもの。まずはドビュッシーの「ベルガマスク組曲」。やはりシューベルトやベートーヴェンとは音楽の組み立てが違う。ドビュッシーの生み出す和声の妙は、まさに光と影が織りなす印象派の絵画のようである。「前奏曲」ではその和声の響かせ方がとくに美しい。しっかりとした強めの打鍵から生み出される和音は不協和音を含みながらも、さぁーっと横に広がっていくような絶妙のバランス感覚。強い音なのにふわりと響いている。「メヌエット」は色彩感が多様で、洒脱な演奏だった。「月の光」は意外に早めのテンポですぅーっと流れていく。ここにも出て来た月の光は、過度な感傷を呼び起こすことなく、一種の冷たさ、あるいは隠された激情といったところか。光が作り出す影は昼間よりも夜の方が闇が深い。絵画的に音楽の中に情感の深さを感じた。「パスピエ」は音の粒立ちが丸く、軽快に弾み、転がるようであった。

 最後はラヴェルの「ラ・ヴァルス」。つまりワルツではあるが、この曲の持つ複雑な和声はとても難解だと思う。叩き付けるような不協和音の連続の中から澄んだ音で洒落たワルツの旋律が明瞭に現れてくるとホッとする。一方で連続する分厚い不協和音の流れは、太い音の塊自体が曖昧な旋律を形作っているようだ。中島さんの演奏は、強い打鍵で不協和音を叩き出し、澄んだ協和音のワルツ主題を優しく煌めくように描き出している。まさに光と影を描き分けているわけだが、その境目は曖昧で、連続的であり不連続的でもある。影の中からジワリと光が抜け出して来る感性が素晴らしい。

 アンコールは2曲。ドビュッシーの「子供の領分」より「ゴリウォーグのケークウォーク」。諧謔的で色彩感にも溢れた素敵な演奏だ。最後の最後は、シューベルトの「即興曲 作品90」より「第3番」。息の長い歌謡的な旋律と対照的に煌めくような分散和音が美しくブレンドされて素敵な演奏だった。

 今日は中島さんのリサイタルを初めて聴いたわけだが、全体の印象としては、けっこうハードなイメージであった。ひとつひとつの音の立ち上がりが鋭く、クッキリ明瞭に響く。どちらかといえば硬めの音だろう。音量も大きい。要するにメリハリの効いた演奏になっている。ところがその中で、フランスで培われたものであろうか、ハッとするような鮮やかな色彩が現れる。その際は極めて抒情的でありロマン的な情緒を感じさせるのである。そのギャップというか、バランス感覚が個性になっていて、活き活きとした生命力を感じさせるのである。絵画的・映像的な情景の描き方だけでなく、その情景を見つめる“自分”の意志が音楽の中に現れているような気がするのだ。人格が投影されている演奏だと思う。

 終演後はホワイエにて中島さんにご挨拶。面会を求めて列ができてしまった。このホールは撤収時刻の厳しいらしく、終演後はあまりのんびりできないのが難点である(ただし主催公演ではそうでもないらしい)。

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