「もののあはれ」の物語

古き世のうたびとたちへ寄せる思いと折に触れての雑感です。

御十夜の供養

2006年11月07日 | 塵界茫々

 今年の御十夜は、母にとっての初十夜になりますので、なんとかして最後の御満座供養には出たいと思っていました。
 幸い、病人も、続いていた熱が朝方から下がって、気分もよさそうなので、早めに帰宅し、姪の運転する車で菩提寺の御満座供養に参列して来ました。


 御十夜の法要は浄土宗三大法要でも、特に力を入れたお勤めがおこなわれます。
「無量寿経」に基づいて、「この世において十日十夜の間、善行をなすことは、仏の国で千年間、善行をなすことよりも尊い」と説かれている事から始まった法要と伝えられています。善行すなわち念仏を、心をこめて唱えれば、千年の善行にも勝る功徳を積めるとあれば、せめて一夜、亡き人への感謝を、真心こめてお念仏に託すことにしました。
 「三垢消滅 身意柔軟」とはいかないまでも、会衆とのひたすらの念仏は心が和らぎます。
 かつては文字通りの十日十夜の間行われていたのでしょうが、今では三日、あるいは二日、一日と短縮されています。大願寺では二日間今年は五日と六日、午前と午後、法要、供養、法話(講師 河波昌 東洋大名誉教授)が繰り返されました。

 午後7時に始まった御十夜の御満座供養は、厳粛なもので、供養の塔婆がよみあげられ、念仏と法要の経が上げられた後、法話で締めくくられ、最後は初十夜諷誦供養の鐘が激しく打ち鳴らされ、蝋燭の灯りだけの中で僧侶たちの五体投地の礼拝が行われました。
 初十夜を迎えた家々によって供えられた紅白の餅、果物などのお下がりものをいただいて、10時、晴れやかな気分で帰宅しました。