
暦はもう白露、みなさまにはお変わりありませんか。
重陽の日、台風の接近で二週間延期した旅に出ました。秋茜舞う日光中禅寺湖畔へ。峠の九十九折をゆく車のゆき交う道は藤袴や秋桜が咲き乱れ、尾花の叢は車窓を掃うように風にゆれていました。かつては山野に限らずいたるところを、こうして秋草が彩っていたのかもしれません。
秋の野に咲きたる花を 指折りかき数ふれば 七種(ななくさ)の花
萩が花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝顔の花
(『万葉集』 山上憶良)
「春は木の花、秋は草の花」と友人が教えてくれました。たしかに、春を代表する花たち(梅、椿、桜など)は木の花、秋はやはり七草の花を思い浮かべます。いずれもはかなく消えてゆく花なのに、梅や桜は待ち望んだ季節の到来を告げる役目を担うせいなのでしょうか、わたしたちの気持ちに華やぎを添えてくれますね。でも、秋の花はどうでしょう。夕日をうけて金色に輝くすすき、虫のすだく宵の口の萩の花をながめていますと、春の花には感じることのない淡い郷愁のようなものが満ちてきて、人恋しくなってしまいます。
萩の花 くれぐれまでもありつるが 月出て見るに なきがはかなき
(『金塊和歌集』 源 実朝)
萩の花は日の暮れるまぎわまであったはずなのに、月が出たので見てみると、どうしたことか花がない。「見渡せば 花ももみぢもなかりけり」(※)と詠んだ藤原定家の鋭さにも似て、京の都にあこがれた鎌倉の若者のはかない命を暗示しているような、すさまじい虚無を感じずにはいられない歌です。花が散ってゆく‥、という“時のうつろい”など無視してしまって、花が「ない」のですから。その先には、ひょうびょうとした枯野が横たわっているのでしょうか。
秋の草花の、清んだ秋空のもと風や置く露にしなやかにたわみ、美しい曲線を描いて楚々と咲く姿にひかれます。秋草を「日本の美を象徴するもの」と言った美術史家もいました。それに、「あなたは秋草のようだ」なんて、大和撫子なら一度は言われてみたいもの。
いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ
(色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ)
うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑいもせすん
(有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず)
美しい日本語をひとつひとつ拾いながら「いろは坂」を下り、晩夏の旅は終わりました。暑さも彼岸まで。晩夏から初秋へ、うつろう季節を楽しみましょう。
※ 見渡せば 花ももみぢもなかりけり 浦のとまやのあきの夕ぐれ
(『新古今集』 藤原定家)
重陽の日、台風の接近で二週間延期した旅に出ました。秋茜舞う日光中禅寺湖畔へ。峠の九十九折をゆく車のゆき交う道は藤袴や秋桜が咲き乱れ、尾花の叢は車窓を掃うように風にゆれていました。かつては山野に限らずいたるところを、こうして秋草が彩っていたのかもしれません。
秋の野に咲きたる花を 指折りかき数ふれば 七種(ななくさ)の花
萩が花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝顔の花
(『万葉集』 山上憶良)
「春は木の花、秋は草の花」と友人が教えてくれました。たしかに、春を代表する花たち(梅、椿、桜など)は木の花、秋はやはり七草の花を思い浮かべます。いずれもはかなく消えてゆく花なのに、梅や桜は待ち望んだ季節の到来を告げる役目を担うせいなのでしょうか、わたしたちの気持ちに華やぎを添えてくれますね。でも、秋の花はどうでしょう。夕日をうけて金色に輝くすすき、虫のすだく宵の口の萩の花をながめていますと、春の花には感じることのない淡い郷愁のようなものが満ちてきて、人恋しくなってしまいます。
萩の花 くれぐれまでもありつるが 月出て見るに なきがはかなき
(『金塊和歌集』 源 実朝)
萩の花は日の暮れるまぎわまであったはずなのに、月が出たので見てみると、どうしたことか花がない。「見渡せば 花ももみぢもなかりけり」(※)と詠んだ藤原定家の鋭さにも似て、京の都にあこがれた鎌倉の若者のはかない命を暗示しているような、すさまじい虚無を感じずにはいられない歌です。花が散ってゆく‥、という“時のうつろい”など無視してしまって、花が「ない」のですから。その先には、ひょうびょうとした枯野が横たわっているのでしょうか。
秋の草花の、清んだ秋空のもと風や置く露にしなやかにたわみ、美しい曲線を描いて楚々と咲く姿にひかれます。秋草を「日本の美を象徴するもの」と言った美術史家もいました。それに、「あなたは秋草のようだ」なんて、大和撫子なら一度は言われてみたいもの。
いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ
(色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ)
うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑいもせすん
(有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず)
美しい日本語をひとつひとつ拾いながら「いろは坂」を下り、晩夏の旅は終わりました。暑さも彼岸まで。晩夏から初秋へ、うつろう季節を楽しみましょう。
※ 見渡せば 花ももみぢもなかりけり 浦のとまやのあきの夕ぐれ
(『新古今集』 藤原定家)










日本語はきれいですね。これが、今、少しづつ?壊れていくのがとても悲しいです。
それと同じように、「和」の花も置き去りにされていくものが多くなり、今の日本の行く手のような気がしております。
いろはにほへと‥‥
この美しい言葉もただ教科書の上だけでなく、若い人たちの心の糧になったらいいですね。
難しいことかもしれませんが‥‥
絵もお描きになったのでしょうか?
和の花も美しい日本語も、滅びゆくときだからこそ美しい‥ なんてことにならないように、hanafumiさまにならって、わたしも(ささやかではありますが)ブログをとおして学び、受け継いでゆけたらと思っております。
秋草の絵は、月と文字は自作のものですが、それに絵はがきから拝借した花の絵をアレンジしてみました。いずれ俳画など学ぶ機会があれば、自分で描いたものを載せてみたいですね。
お名前に惹かれてやってきました。
美しい言葉が咲き乱れる素敵なお部屋。
これからもまた寄せて頂きますね。
お二人は和のお花と美しい日本語を
受け継いで守っているんだね。
つねっちはね、小さな生き物たちを
護ってあげたいんだぁ。
「宇宙船地球号」は、小さいけれど精一杯生きているたくさんの命が輝いて、まぶしいくらいですね。その輝きが集まって、地球も青く美しく輝いているのでしょう。つねっちさんの世界は無限で、森羅万象への慈しみの気持ちがまっすぐに伝わってきます。
星の数ほどあるブログの中で、hanafumiさんやつねっちさんに出会えたことに感謝いたします。有難う。
hanafumiさんの「和花に惹かれて」
http://blog.goo.ne.jp/fuminoetosi2005
つねっちさんの「この星に生まれて」
http://blog.livedoor.jp/thunechi/
hanafumiさんのサイトから伺いました。
美しい文章に魅せられ、前の記事から読み返しさせていただきました。
和花は季節感があり、歌にも、色紙にしましても、その季節が感じられます。
私は押花で絵を作成していますが、初心者で和花はとても難しいです。
その季節ごとのお花が上手に出来たらと思いい頑張っています。
あややさんの押花は、色の取り合わせがシックでとてもやわらか。作者さんの人柄がそのまま作品に映るのでしょう。花たちの一瞬の輝きをこうして留めておくこともできるんですね。
花は野にあるように、と習ったけれど、それはとてもむつかしいこと。わたしは、そこここで出会う野の花たちと語らうだけの、芸のない人間です(笑
みなさまも、あややさんの心の花たちに逢いにゆきませんか。
「花の心 あややの心」
http://blog.goo.ne.jp/ayaya0310_2004
お見かけしてお尋ねさせて頂きました。
素適な言葉溢れる、素晴らしいサイトですね
私の歩く散歩道にも、ハギの花が
満開になりました。
どんなに暑くても
季節は変わっているのですね。
今日は風が少しあるので
暑さがほんの少し楽です。
またお邪魔させて下さいね。
お友達だよ。
広いお庭に花がたくさん有って
可愛いワンちゃんがたくさんいるよ。
今日は萩を撮ったよ。
風が強くてね
手で押さえてないとブレてしまってね。
万葉集には萩を詠った歌
たくさん有るね。
雪月花さんも短歌詠むのかな?
(ゆかりんさん)の間違いです
ゴメンナサイ m(__)m
思い出すのは、京都の東福寺境内の白壁にゆれていた萩の花。晩夏の光を反射する白壁。眩しすぎるその光を包み込み和らげるように、それはありました。花が風にゆれるたび、わたしに何かを語りかけているようで、そっとそばに寄り、耳を傾けました。
「もうそこまで 秋は来ています」‥
ゆかりんさんの、透明な秋風のような感性に触れたい方はこちらです。
「言の葉綴り」
http://blog.livedoor.jp/yukarin0513/
ネット検索して、貴サイトを見つけました。
小生にはとても勉強になるサイトです。
今日は挨拶だけ。
そのうちトラックバックさせてもらうかも。
やいっちさんの膨大なエントリーに圧倒されて、まだゆっくりと読ませていただいていないのですが、わたしの大好きな『徒然草』的?歌ことばの世界があり、いずれTBを打たせていただけたら‥と願っておりました。わたしも貴サイトにて学ばせていただきとう存じます。今後もよろしくお願いします。
またのお越しとTBを、心よりお待ちしております。
国見弥一さんの「無精庵徒然草」
http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/
今は事情があって、帰省中なのです。帰京したら、早速、小生としてもTBさせていただきます。
ちなみに、ネット検索で使ったキーワードは、「雨月 季語」でした。
疑問点は、雨(雨雲)で月は全く見えない…それでも月影を偲んでいるのか、それとも、雨雲に遮られていた(いる)のが、わずかに月影が顔を覗かせてくれた、その光景を示しているのか、だったのです。
今のところ、疑問のまま。
わたしの意見は、雨月とは、月影を偲んでいるとも、雲間からほの見える月の姿の光景とも、どちらの意でもかまわない。ただ、この言葉が生まれた意味‥、日本人の月への想いのようなものを考えることのほうに興味があるんです。
雨月、無月、葉桜などといった表現、また、次の和歌のような、
冬ながら 空より花の散りくるは 雲のあなたは春にやあるらむ
(『古今集』 清原深養父)
降雪を花(桜)と見立てたもの(花弁雪という言葉もありますね)‥等々を例にすれば、これらの言葉に共通することは、「見たいと思うものが、何らかの理由によって(明確に)見えない」ということですね。でも、さらに深めてゆくと、やいっちさんのおっしゃるとおり、雨雲や雲の切れ間から時おり漏れくる月影や、薄雲のむこうに透き見える不完全な月の姿、さらには月影を偲び、観念の月をも見ようとしているのではないか‥、と思えてきます。わたしはまったくそれに同感です。見えないけれども見ようとする、あるいはそれが見えてしまうこころがある‥。
これに近いと思われることを松岡正剛氏が著書『日本流』に書かれています。氏は、“もの”に心を寄せて(これが「数寄(=好き)」の源流なのですが)、そこからあらゆる記憶や歴史等を呼び起こしたり、うつろう季節の中に思い出や次にくるべき季節を“見よう”とする感覚が、「何かが何かに見えてくる」という「見立ての手法」として発展し、日本の文化が形成されていった、と述べています。
だから、どうもわたしたち日本人は、ものを目で見るだけでなく、こころで見ているのではないかと思うのです。対象化するのでなく、こころに取り込んで見てしまう。こころで見るのですから、対象物に主観的なさまざまな思いを限りなく投影したり増幅させてしまうのでしょうね。そして、月や花が消えても、なお見ようとするこころが、雨月、無月、葉桜、花弁雪‥ という言葉を生んだのではなかろうかと。
‥これ以上お話すると、次回予定の記事がうすっぺらな内容になってしまいそうなので、このあたりで止めておきましょう(笑
今宵の十三夜月は美しい限りです。
(こうした興味深い話題は、今後はメールでお話ししたほうがよさそうですね。やいっちさんには当方のアドレスを貴サイトのコメント上でお知らせいたしました)
次回の更新で「無月」乃至「雨月」などに関連する記事を書かれるとか。このレス以上の何を書かれるのでしょう。楽しみです。
ところで、小生も15日の午前に「雨月」ということで、書きかけていました。
東京へ帰ってパソコンに向かえたら、書き込むつもりの下書き。とりあえず、その草稿を別のサイトにアップさせておきました:
http://atky.exblog.jp/2716693/
このサイトはコラム用のものなのですが、出先だと、無精庵徒然草はIDなどが分からないので、更新できず、緊急避難的にコラムサイトに季語随筆の記事(下書き)を載せたものです。
「雪月花」さんの格調高い文章と、ブログの感性に、「ここにも一人」の想いで、この国もまだまだ捨てたものではないと嬉しくなって、仲間入りさせていただきました。
がさつな明け暮れで、トラックバックが打ってあることに今朝気がつきました。ご挨拶が遅れたのかもしれません。お許しください。
時間をかけてゆっくり読ませていただきます。
せめて季節の移ろいぐらいには、心をとめてと想うのですが、「雪月花」を通してより深い観照をあじわえることを併せてお礼申し上げます。
万葉人はユーモアがあって大らかですね。玉をころがすような軽みも。やまとことばに音や色まで感じられるときもあります。
boa!さんのもとめる言葉遊びにほど遠いわたしのブログですが、古人の感性に学びつつこれからも綴ってまいりますので、これからもよろしくお願いいたします。
boa!さんの「もののあはれ」の物語
http://blog.goo.ne.jp/bonito_1929
髪さらさらと
過ぎてゆく秋
はるかなる地よりの風
届けたい
秋桜の詩
心運びくる
私だけの風
あの人への風
心いっぱいに欲しい風
遥か遠き日に吹いた風
心に吹いた風
*******************
コスモスが揺れる季節になりましたね
今夜も雲ひとつない星空です
いつもありがとうございます。
urlの欄にメアドを書いておきました
書く欄も間違えて
そして メアドも間違えてしまいました
ごめんなさい
秋の風は何色?
青春、朱夏、白秋、玄冬‥
秋はやはり、白でしょうか。
台風が去り、東京にも秋色の風が吹いています。
素敵なお写真と文章! ・・・実は私,卒業制作の作品に『雪月花』という名をつけたことがありまして・・・お名前にうっとりしています^^
この度,厚かましくもこちらにトラックバックを持参致しました。雪月花さんのお足下にでも,ご笑納戴けましたら幸いです・・・^^
他の記事もこれからゆるゆると拝読致します(私好みの香りがします〜^^)。
また伺いますね。ありがとうございます
実は、次回更新予定のわたしの記事も、“秋の色をさがして”がテーマなんですよ。かささぎさんの秋色は、曼珠沙華の紅でしょうか。わたしの秋色は‥ ふふ、まだ内緒にしておきます♪
ご縁あってこうしてお話ができますこと、とてもうれしく思います。気候も安定して、秋本番。かささぎさんも、どうぞよい秋を‥ これからもよろしくお願いいたします。
かささぎさんの「日々是好日? かささぎなくらし」
http://blog.goo.ne.jp/kawasaki1218/index.rdf
金塊和歌集の実朝の歌、萩の花のはかなさが感じられて、とても美しいですね。金塊和歌集は未だ読んだことがない本なので、心惹かれました。ほこりをかぶった学校の本棚で、探してみようかと思います。
それではまた、様々な美しいことばを参考にさせて頂くこともあるかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします。
秋が深まると、熱いチャイにヨー・ヨー・マのチェロを聴きながら読書をするのが楽しみです。紅茶の香のするひととき‥、落ち着きますよね。秋の詩織さまも、どうぞよい秋を‥ これからもよろしくお願いいたします。
秋の詩織さんの、和歌と紅茶とフランス文学と‥
「泡沫に浮かぶ夢」
http://akinoshiori.cocolog-nifty.com/tuzuriori/
素敵なサイトで勉強させていただきます。
短歌や俳句などは、実は見よう見まねでして・・・。
なのに、こんな素敵なページへ来ることができて、とても嬉しいです。
「とんぼ飛ぶ すすき野原の 夕焼けに
手つなぎ歩く 姉妹の長影」