孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカ  アリゾナ州新移民法、連邦地裁が主要部分を差し止め

2010-07-29 23:29:47 | 世相

(アリゾナ州の新移民法に対する抗議 “flickr”より By Fibonacci Blue
http://www.flickr.com/photos/fibonacciblue/4556668580/)

【「人種分離法」に終止符を打った公民権法】
「移民の国」アメリカは、人種で見るとアフリカ系(黒人)12.1%(3490万人)、アジア系4.3%(1250万人)、また、ヒスパニック系(全ての人種)は14.5%(4190万人)と、著しく多様な人種・民族構成になっていますが、それでも「アメリカ」という国家としての一体感を強く保持していることは、人種・民族問題で紛糾している世界各国の状況からすれば、“魔法”のような感もあります。

しかし、当然ながら、人種・民族間の対立は社会に根深く存在します。
制度的に見ても、リンカーン大統領による奴隷廃止宣言が1863年、合衆国憲法で奴隷廃止が規定されたのが1865年のことです。
その後も「人種差別の合法化」の時代が長く続きました。

“1883年の公民権裁判での最高裁の判断は、「アメリカ合衆国で生まれた(または帰化した)すべての者に公民権を与える」とした「修正第14条は私人による差別には当てはまらない」とし、個人や民間企業によって公民権を脅かされた人々を保護しなかった。特に、このときの判決は、公共施設での黒人への人種差別を禁止した1875年に制定された公民権法のほとんどを無効にしてしまった。さらに1890年にルイジアナ州は、黒人と白人で鉄道車両を分離する人種差別法案を可決した。
これに対してルイジアナ州ニューオーリンズの反人種差別団体が「プレッシー対ファーガソン裁判」と呼ばれることになる裁判を起こしたものの、1896年5月18日に最高裁判所は、「分離すれど平等」の主義のもと、「公共施設での黒人分離は人種差別に当たらない」とする、事実上人種差別を容認する判決を下した。

この「プレッシー対ファーガソン裁判」の判決を元に、20世紀初頭には南北前に黒人奴隷を合法としていたジョージア州やアラバマ州、ミシシッピ州などの南部諸州で、白人による黒人に対する「人種分離(=人種差別)」が合法的に進められた。さらにこの判決を受けて、南部諸州のみならずアメリカ国内の全ての州では、黒人をはじめとする全ての有色人種に対する蔑視や公然の差別が、1964年の公民権法制定までの間大手を振って続くこととなった。
これらの「人種分離法(=人種差別法)」は一般に「ジム・クロウ法」と呼ばれ、アパルトヘイト政策下の南アフリカ同様、交通機関や水飲み場、トイレ等の公共施設のみならず、学校や図書館などの公共機関、さらにホテルやレストラン、バーやスケート場などにおいても白人が黒人と全ての有色人種(白人以外のすべての人種のこと)を分離するもので、当然のごとく有色人種専用のものは劣悪で不潔なものであった。”【ウィキペディア】

こうした「人種分離法(=人種差別法)」に対するキング牧師らの公民権運動、これに理解を示したケネディ大統領の施策があり、そのあとを継いだジョンソン大統領のもとで1964年7月2日に公民権法が成立、これで制度上の、法の上での人種差別はなくなりました。
いずれにせよ、公民権法が成立したのはわずか46年前です。私が子供の頃は、アメリカは「白人専用」といった看板が街角で見られた社会でした。

【オバマ大統領のもとでの複雑な様相】
こうした制度上の問題とは別に、人々の心の中での垣根が今も強く残っていることは言うまでもないところです。
黒人初の大統領となったオバマ大統領ですが、就任当時の人種問題が解消に向かうような高揚感とは裏腹に、黒人であるがゆえに発言には慎重にならざるを得ない現実、黒人大統領誕生やヒスパニック系移民増大に危機感をつのらせる白人保守層の反発など、複雑な様相を見せています。

昨年7月、医療保険改革法案問題で揺れていた頃、黒人教授を自宅で不法侵入者と誤認して逮捕した白人警官を批判したオバマ大統領ですが、波紋が広がり医療保険改革法案にも影響しそうな展開に、慌てて関係者の「ビールサミット」で沈静化をはかったこともありました。

****誤認逮捕で沈静化呼び掛け=黒人教授と白人警官招待へ-オバマ米大統領****
米ハーバード大(マサチューセッツ州ケンブリッジ)の黒人教授が自宅で不法侵入者と間違われて逮捕され、背景に人種差別があったのではないかとの議論が沸騰している問題で、オバマ大統領は24日、ホワイトハウスで、「非難し合うのはやめ、警察と地域のマイノリティー(少数派)社会との関係改善につながるよう、冷静に考えよう」と訴え、事態の沈静化を呼び掛けた。
オバマ大統領は誤認逮捕事件後、「ケンブリッジの警察の行為は愚か」と批判したことから、警察が猛反発。地元警察はオバマ大統領に謝罪を求めていた。
オバマ大統領は、「警察と教授双方が過剰に反応したことが、こじれた一因ではないか」と指摘する一方で、「わたしの発言が、事態を過熱させることにもなった」と語り、配慮が足りなかったことを認めた。
一方で、「ここまで問題が大きくなったのは、人種問題が依然、米国社会を悩ましている証しだ」と述べ、人種や偏見の問題解決に取り組む姿勢を強調した。
オバマ大統領はこの日、当事者であるヘンリー・ルイス・ゲーツ教授と、逮捕した白人警察官に電話し、ホワイトハウスに近く招待することを伝えた。オバマ大統領は「3人でビールを飲みながら語り合いたい」と述べた。【7月25日 時事】
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ギブズ報道官は、アメリカの長年の問題である人種間の緊張に対し、オバマ大統領ができることはこの程度しかないと指摘。「大統領が繰り返し述べているとおり、すべての問題を政府が解決するわけではなく、すべきでもない」と釘を刺しています。

最近では、保守派ブログに“乗せられて”、農務省職員のシャーリー・シェロッドさんを解雇、その後大統領が謝罪するというドタバタ劇もありました。

****差別発言で辞職の米農省職員 実は潔白 大統領も遺憾 *****
米国で、黒人女性の農務省職員が人種差別的な発言をしたとして辞職に追い込まれたが、実は、発言の証拠とされた映像が意図的に編集されたものであったことが発覚し、農務長官が謝罪するまでに発展する騒ぎがあった。22日にはオバマ大統領が直接、女性に電話で遺憾の意を伝えた。
発端は、農務省職員のシャーリー・シェロッドさんが3月の講演で、白人農場主に適切な支援を提供しなかったと発言をしている映像が、インターネットの保守系ブログに掲載されたことだった。ブログには、この発言は農務省職員としてのシェロッドさんの体験を語ったものだと書かれていた。この映像をフォックス・ニュースや保守系メディアが一斉に報道し、批判を受けたシェロッドさんは辞職に追い込まれた。
だが、元の映像をすべて確認すると、この発言はシェロッドさんが農務省に就職する数十年前の体験を話したときのものであり、「人種を超えて協力するべきだ」という趣旨の話の一部分にすぎないことが分かる。
しかも、話に出てきた白人農場主本人が、シェロッドさんは自分を支援してくれたとテレビで語り、彼女の潔白を証明したのだ。
ビルサック農務長官は当初、独自の判断でシェロッドさんの辞職を受け入れたとしていたが、真相が明らかになったのを受け21日、シェロッドさんに謝罪し、省内の別の仕事を提示した。シェロッドさんは仕事を受けるかどうか決めかねている。
また、オバマ大統領は22日、シェロッドさんと電話で7分間話し、遺憾の意を伝えた。シェロッドさんはこれに大いに満足しているという。【7月23日 CNN】
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【増加する不法移民への反発 アリゾナ州新法】
こうした事件に見られるように、アメリカにとって人種問題は非常にデリケートで取り扱いに注意を要する問題です。
そのデリケートな問題に、見方によっては相当に無神経な対応で踏み込んだのがアリゾナ州の移民法問題です。

アメリカには密入国やビザ切れなどで国内にとどまる不法移民が約1080万人いると言われています。メキシコと国境を接し、不法移民の通過点になっているアリゾナ州では、移民政策の責任を負う連邦政府の取り締まりが効果を上げていないことへの不満が強く、4月に不法移民の取り締まり強化を柱とした自前の対策法を成立させました。
この移民法は今月29日に施行予定でしたが、新移民法を「人種差別的」と批判するヒスパニック系住民らの激しい反発があって、オバマ政権は「連邦法が優先するとした合衆国憲法の規定に違反する」などの理由で提訴、アリゾナ州フェニックスの連邦地裁は28日、アリゾナ州新移民法の主要部分の施行差し止めを命じました。

****不法移民取り締まり強化 米地裁 州法施行差し止め*****
米西部アリゾナ州の新移民法をめぐり、連邦政府が法施行の差し止めを求めていた訴訟で、フェニックス連邦地裁は28日、不法移民と疑われる場合、警官が職務質問できるなどとした新移民法の一部を差し止める判断を示した。州政府はこれを不服として控訴する構え。新移民法が憲法違反に当たるかどうかの判断は避けており、最終決着までには時間がかかりそうだ。
地裁は新移民法が規定した(1)不法移民と疑われる合理的な理由がある場合、警官が身柄の拘束や逮捕ができる(2)外国人登録の未申告または登録証の不携帯を違法とする(3)不法移民の就労や求職を違法とする(4)場合によっては逮捕令状がなくても逮捕できる-との条項の差し止めを命じた。
理由は、連邦法の優先規定を定めた憲法に「新移民法が違反する」との連邦政府の主張が妥当とみられるからだとしている。
連邦地裁は同時に、「アリゾナ州当局者は連邦政府当局者と不法移民対策に当たることができる」といった条項については差し止めを命じておらず、こうした条項は当初の予定通り29日に効力が発生する。【7月29日 産経】
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フェニックス連邦地裁のボルトン判事は、アリゾナ州移民法の施行により、警察当局が合法移民を誤って逮捕する可能性があると指摘。州法の施行よりも差し止めによる現状維持の方が「害が少ない」と結論付けいます。

国内世論は不法移民取締強化を狙うアリゾナ州新移民法を支持する傾向にあります。
アリゾナ州には人口約660万人の7%、約50万人の不法移民がいると推定され、「彼らが我々の職を奪っている」との不満が根強くあります。各種世論調査では州民の70%前後が州法を支持しています。
米調査機関「ピュー・リサーチ・センター」が5月6~9日に実施した世論調査によると、アリゾナ州の新移民法について全米の59%が「賛成」と回答。共和党支持層の82%、民主党支持層も45%が同法に賛同しています。

【ヒスパニック系差別の懸念】
同法は「人種や肌の色で不法移民かどうかを判断してはいけない」と定めてはいるものの、不法移民と疑われる合理的な理由がある場合、警官が職務質問を行い、合法的に滞在していることを証明する書面を提示できなければ身柄の拘束や逮捕ができるという内容は、事実上、ヒスパニック系住民を不法移民の疑念で見る人種差別につながることが懸念されていました。

この問題の背後には、建設業や清掃業などの特定の業種についてはヒスパニック系の不法移民抜きでは成り立たない現状、中間選挙を控えて黒人をしのぐ規模となったヒスパニック系住民の批判をオバマ政権として無視できない事情もあります。
もちろん、デリケートな人種問題をどう扱うかという、「移民の国」であるアメリカ社会の基本理念、人種差別撤廃に向けた社会の取組にかかわる問題です。
アリゾナ州のブリュワー知事は声明で「長い法的闘争の末に、アリゾナ州は市民を守る権利を勝ち取るだろう」と、控訴する意向を示しています。

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