孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ロシア  クーデター未遂事件から20年 民主化「道半ば」

2011-08-21 22:16:44 | ロシア

(1991年8月19日 ソ連8月クーデターに対抗して、ロシア共和国最高会議ビル前の戦車の上で、国民にゼネストを呼びかけるエリツィン元大統領 “flickr”より By shizhao http://www.flickr.com/photos/shizhao/470996393/

【「今のロシアに市民社会はなく、20年前の期待と相反している」】
ソ連崩壊を導く契機となり、東西冷戦体制終焉へのターニングポイントでもあった、旧ソ連における共産党保守派による1991年8月のクーデター未遂事件から20年が経過したそうです。

“◇クーデター未遂事件
91年8月19日、ソ連のヤナーエフ副大統領ら共産党保守派8人でつくる国家非常事態委員会が全権を掌握し、ゴルバチョフ大統領は南部クリミア半島の保養先で軟禁された。ロシア共和国の大統領だったエリツィン氏は「国家クーデターだ」と非難し抵抗。22日に関係者が一斉逮捕され、計画は失敗に終わった。この事件でゴルバチョフ氏は権力基盤を失い、同年12月末のソ連崩壊につながった。”【8月21日 毎日】

エリツィンが戦車の上で、国民にクーデターへの徹底抗戦を呼びかける雄姿(彼の生涯で一番輝いていた瞬間でしたが・・・)はおぼろげに記憶に残っていますが、それ以外は・・・。

歴史的には重要な節目ですが、いまひとつ印象が強くないのは、他の多くの歴史的事柄同様に、様々な事柄が起こる日々のめまぐるしい時間の流れに埋没してしまいがちなことだけでなく、結局のところソ連は解体したものの、新たに生まれたロシアがどれほどソ連と異なるのか訝しく思われること、そして、当事国であるロシアで、クーデター失敗後のロシアについて懐疑的な見方が広がっている状況・・・そんなものが影響しているようにも思われます。

*****旧ソ連:クーデター未遂事件20年 熱気冷め…記憶も風化****
1991年のソ連崩壊の引き金になった、共産党保守派によるクーデター未遂事件から19日で丸20年。クーデター阻止のため数万人の市民がバリケードを築くなどした当時の熱気は冷め、事件の風化が進んでいる。
ロシアの民主派グループ「連帯」は19日、当時反クーデター派の拠点となったモスクワの旧最高会議ビル(現在は首相府)前で記念集会を開いたが、参加者は50人程度。政府の公式行事はなかった。

当時ソ連の一部だったロシア共和国の人民代議員で、クーデター阻止に立ち上がったビクトル・シェイニスさん(80)は「我々の行動が正しく、ロシアが民主化に向かったのは疑いないが、我々は“勝利”を過大視し、真の民主主義を実現できなかった。今のロシアに市民社会はなく、20年前の期待と相反している」と話した。

ロシアの世論調査機関レバダ・センターによると、クーデターが失敗した要因(複数回答)として、事件直後の調査では「国民の抵抗」が57%、「(エリツィン大統領ら)ロシア共和国指導部の断固たる行動」が55%を占めた。しかし、先月の調査では、それぞれ15%、13%に低落。逆に「クーデターの準備と組織の不十分さ」が28%(91年は34%)と最多で、冷めた見方が広がっている。

別の調査では、事件を「民主革命の勝利」とみる人は9%で、「単なる権力闘争」が41%だった。また72%がクーデターを首謀した8人の名前を1人も答えられず、クーデターに抵抗したルツコイ・ロシア副大統領(当時)らの名前を間違って挙げる人もいた。【同上】
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【「KGB出身のプーチンにとって、マスコミは“奉仕職員”にほかならない」】
エリツィン大統領のもとでの混乱を経て、プーチン大統領によって安定を取り戻したかに見えるロシアですが、いつしか進む道は大きくそれて、共産党による強権支配体制の旧ソ連時代に回帰したようにも見えます。
そんなロシアを表しているひとつが報道の統制の問題です。

****ソ連崩壊20年 解けない呪縛 新・停滞の時代****
閉塞感漂うジャーナリズム
「ロシアのテレビに風刺という手法がなくなり、テレビ出演を許されない者のブラックリストもできた。情報というジャンルはテレビから消えたに等しい」

かつて有力テレビ局NTVの看板番組で放送作家や司会者を務めたジャーナリスト、シェンデロビッチ氏(53)はこの10年間のテレビ事情をこう総括する。自らが「ブラックリスト」入りし、活動の場をラジオやインターネットに移した氏は「私の発言に触れる人はNTV時代の100分の1に減った」と語る。

現在のロシアでは、圧倒的影響力を持つ3大テレビ局が国もしくは国営企業の傘下にある。これらのニュース番組が最高実力者、プーチン首相(前大統領)や「双頭政権」の相方、メドベージェフ大統領の動向や発言を長々と詳細に伝えない日はない。
「旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチンにとって、マスコミは“奉仕職員”にほかならない。奉仕を拒否する者は殲滅(せんめつ)するとの方針で彼は首尾一貫している」とシェンデロビッチ氏は指摘する。

民間のNTV標的
プーチン氏は2000年5月の大統領就任直後に報道・言論統制の布石を打った。真っ先に標的としたのが、チェチェン紛争などの報道で高く評価され、人気と影響力で抜き出ていた民間テレビ局NTVだった。
政権側は発足の1カ月後にNTVのオーナーだった富豪のグシンスキー氏を横領容疑などで拘束し、釈放と引き換えにNTVの株式譲渡を要求。局の経営権は国営天然ガス独占企業「ガスプロム」に渡り、01年4月には大衆の抗議運動も押し切って新たな経営陣と編集幹部が送り込まれた。(中略)

当時の社員約千人のうちシェンデロビッチ氏ら300人以上が自由な報道を求めて局を去った。しかし、その多くが移籍した局もまた放送免許を剥奪されるなどし、政権のテレビ包囲網は狭められていった。

新聞は一定の自由
モスクワのキオスク(売店)には10紙以上の新聞が並んでおり、政権を鋭く批判するものもある。国民の大多数が情報源とする主要テレビと違い、新聞には一定の自由がまだあるのだ。
モスクワ大学ジャーナリズム学部のザスルスキー学部長(82)はしかし、「ロシアは事実上、(大部数の)高級紙をもたない数少ない国の一つとなった。このことが政治や国民の知的水準に与える負の影響はあまりに大きい」と嘆く。

ソ連時代、共産党機関紙「プラウダ」や政府機関紙「イズベスチヤ」の部数は公称1千万部。1991年のソ連崩壊前後、言論の自由が花開いて新聞は人気を誇ったが、90年代半ばには部数が急減し、今や最も定評ある有力経済紙コメルサントでも公称13万部だ。モスクワでは昨年だけでリベラル系の2紙が消えた。
政治への関心低下や活字離れに加え、消費財の製造業や中小ビジネスが発達していないことによる広告の絶対的不足が響いている。

また、露ジャーナリスト同盟によれば、この20年間にロシアで殺害された記者は300人以上で、事件の解決率は8%にとどまる。
息苦しさを増すロシアの報道界では、「ジャーナリズムはもはや魅力的な職業ではない」(ミトコワNTV副社長)との言葉に説得力がある。【8月21日 産経】
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【「ソ連共産党の悪い例を繰り返す必要はない」】
ゴルバチョフ元ソ連大統領は、ロシアの民主化について「道半ば」とし、また、「ソ連共産党の悪い例を繰り返す必要はない」と、プーチン首相率いる「統一ロシア」が下院の3分の2の議席を占める現状に懸念を表明、さらなる民主化が必要だとの認識を示しています。
自身がソ連最高指導者として犯した誤りとして、ゴルバチョフ氏は「民主化しなければならなかったのに(祖国を)崩壊させてしまった」と述べています。

****ソ連:ロシア民主化「道半ば」 ゴルバチョフ元大統領****
・・・・ゴルバチョフ氏はソ連崩壊後のロシアの民主化について「道半ばだ」と述べ、今後5、6年がロシアの将来を左右する重要な時期になるとの考えを示した。
また、ゴルバチョフ氏はソ連崩壊の影響について「国家がバラバラになり、経済力は半分に落ち込んだ。旧ソ連圏の経済はまだ以前のレベルに回復していない。また世界は重要な支柱の一つを失った」と指摘。一方で「ソ連は官僚的で、構成共和国のイニシアチブや可能性を抑圧していた」と述べ、存続は困難だったとの認識を示した。【8月7日 毎日】
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なお、西側世界では非常に評価が高いゴルバチョフ氏ですが、ロシアにおいてはソ連崩壊の責任者として、すこぶる評判が悪いようです。

メドベージェフ大統領は産業構造の近代化や政治・司法の民主化など、プーチン路線とはやや異なる軌道修正を思わせる取組・発言もしていますが、どこまでプーチン路線を修正する気があるのか、基本的にはプーチン路線に乗っているだけなのか、よくわからないところがあります。

【「アジアの大国」と「強盛大国」】
そんなロシアの最近の話題としては、北朝鮮の金正日総書記の訪ロがあります。
今回の訪ロで注目されている事案として、天然ガスパイプラインの建設計画があります。
ロシアが進めている極東サハリンからウラジオストクに至るパイプライン建設を、朝鮮半島を縦断する形で韓国まで延長しようというもので、09年に露・韓が合同調査を実施することで合意しています。
この計画に北朝鮮もかかわれば、パイプライン通過料として年間1億ドル以上の利益が見込めるとされています。

****ロシア、「アジアの大国」狙う…金総書記訪問****
ロシアのメドベージェフ大統領が北朝鮮の金正日総書記をこの時期に迎えたのは、金総書記との首脳会談がロシアの国際的発言力の強化、特にアジアで存在感を高めるための絶好の機会になると判断したからだ。
ロシアは、この数か月に北朝鮮との関係を緊密化させた。フラトコフ対外情報局長官が5月に平壌で金正日総書記と会談し、国営ガス事業体ガスプロムや軍の幹部が相次ぎ訪朝。露朝関係筋は、こうした動きのきっかけは「北朝鮮からの働きかけだった」と証言する。

メドベージェフ大統領は、ウラジオストクでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議開催を1年後に控え、アジア重視を掲げて北東アジアの安全保障の枠組み作りに意欲を示す。今回の首脳会談では、金総書記から核問題をめぐる6か国協議再開に向けて何らかの言質を取り、「アジアの大国」として地歩を固める狙いがあるとみられる。【8月21日 読売】
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「アジアの大国」でも「強盛大国」(最近、「強盛国家」に格下げしつつあるとも報じられていますが)でも結構ですが、それ以前に国内でなすべきことが多いように思われる両国です。



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