孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  自由を求める女性・若者と体制の間の、権力をめぐる体制内部の“せめぎ合い”

2018-02-03 22:02:24 | イラン

(ヘジャブを掲げて抗議する女性。テヘラン市街とみられる(ツイッターから)【2月3日 産経】)

スカーフ着用強制、男性スポーツ観戦禁止への抗議
最近、イスラム支配体制のイランで話題になっているのが、イスラムの象徴とも見られることが多い女性のスカーフ着用強制への女性からの抗議の声です。

****頭髪を覆うスカーフ「ヘジャブ」脱いで抗議 SNS投稿相次ぐ イラン、改革と秩序どう両立****
イスラム教シーア派の最高指導者が統治するイランで、「ヘジャブ」(頭髪を覆うスカーフ)を脱いだ写真などをソーシャルメディアに投稿する女性が相次いでいる。

1979年のイスラム革命以降、女性のヘジャブ着用が義務づけられていることへの抗議の意思を示したものだ。社会の秩序維持と、変革を求める女性の声をどう両立させるかが問われている。
 
今回の動きは首都テヘランで昨年12月、31歳の女性がヘジャブを脱いでいる写真を公開したのが発端。人通りの多い街頭で、素顔のままヘジャブを結びつけた棒を持った写真が、ソーシャルメディア上で拡散した。
 
ロイター通信によると、約30人の女性が、同様の行為を行って逮捕された。31歳の女性は数週間、当局に身柄を拘束されたもようだ。
 
女性の社会との関わりをめぐっては、世界で唯一、車の運転を認めていなかったサウジアラビアが、今年6月にも解禁する方針を打ち出した。一部の女性が車の運転席に座った写真などをインターネット上に公開し、解禁を求めてきた。
 
サウジでは女性は全身黒ずくめの服の着用を義務づけられているほか、就職や結婚、旅行に際しても男性の後見人の許可が必要とされ、むしろイランよりも厳しいルールがある。
 
イランとサウジは、シリアやイエメンの内戦などで互いに牽制(けんせい)し合う“代理戦争”を展開している。サウジの場合、次期国王と目されるムハンマド・ビン・サルマン皇太子の意向を反映した結果とみられている。
 
その一方で、皇太子は国内の社会改革に前向きとされ、米紙ニューヨーク・タイムズは昨年12月、イランとサウジの政府が女性の自由拡大という側面でも競い合う可能性があると指摘し、歓迎する識者の寄稿を掲載した。【2月3日 産経】
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社会的自由を求める女性の動きとしては、“ライバル”サウジアラビアでは一部解禁となった女性のスポーツ競技場での観戦に対する要求も。

****男装した女性のサッカー観戦相次ぐ 付けひげも イラン****
女性が男性スポーツを競技場で観戦することが原則として禁じられているイランで、男装した女性の観戦が相次いでいる。

地域の覇権を競うサウジアラビアでは女性の観戦が解禁されたばかり。ネット上には「イランではなぜだめなのか」と解禁を求める声が上がっている。
 
地元メディアによると、ザフラと名乗る女性は昨年末、首都テヘランであった男子プロサッカーの試合をニット帽と付けひげで男装して観戦。「ひいきチームの試合を生で見られなかったら一生後悔する。男装観戦をやっている人がいるとネットで知り、勇気をもらった」と語った。
 
イランでは先月下旬、若い女性が付けひげなどで男装し、男子プロサッカーを観戦する様子がSNSに投稿されて話題になった。以来、主催者側は警戒を強化。12日に北東部マシュハドであった試合では、観戦しようとした男装女性2人が警備員に止められた。
 
イランでは1979年のイスラム革命以降、人気のある男性スポーツを女性が競技場で観戦することができなくなった。禁止する法律はないが、痴漢や暴力を受けるのを防ぐための措置という。
 
一部の国会議員は解禁を求めているが、「社会的な優先事項ではない」(イランサッカー連盟)と消極的な声も強い。【1月15日 朝日】
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止められない外部からの情報流入
昨年7月に1週間ほどイランを観光しましたが、そのときの印象としては、イスラム支配体制という政治の枠組みに比べ、普通の一般国民の生活ぶりは、ワインなどたしなむ人も少なくないとか、モスク近くの住宅はアザーンが“うるさい”ので比較的安いとか、男性乗車の乗合タクシーに女性客が乗り込んできたりとか、イスラム的制約にあまり縛られていないような雰囲気も。(もちろん、ほんの数日の物見遊山の印象にすぎませんが)

そうした生活スタイルを後押ししているのが、メディアやネットを通じた外国の情報でしょう。

下記記事は、先ごろの反政府抗議行動において、革命前の“王政”を懐古する若者たちがいたことに関し、その背後に外国メディアの意図的戦略がある・・・との内容ですが、“王政懐古”云々はともかく、現代社会にあっては海外からの情報を遮断して、特異な社会秩序を維持するというのは至難の業であることは確かでしょう。

****イラン王政懐古の掛け声は衛星波に乗って広がる****
<革命から39年、王政時代に憧れる若者たち。その裏に亡命者の思惑と巧妙なメディア戦略が>

「革命を起こしたのは間違いだ!」「レザ・パーレビ!」

パーレビ王朝を打倒した1979年のイラン革命から今年1月で39年。昨年12月28日に発生しイラン各地に飛び火した反政府デモで、参加者の一部からは故モハマド・レザ・パーレビ元国王の長男の名前を叫ぶ声が上がった。

レザ・パーレビ元皇太子は57歳の今も亡命先のアメリカで暮らしており、今さら王座に返り咲くとは思えない。一方、イランのデモ参加者の大部分は20代以下――つまり自分が知らない王朝の復活を要求しているわけだ。

彼らの真剣さを疑うわけではないが、政治的見解については説明が必要だろう。なぜいま若者たちはパーレビ王朝復活を求めているのか。

原因は一言で言えばテレビ、とりわけ亡命イラン人による衛星放送のせいだ。

革命当初の亡命者はほとんどが国王の支持者で、彼らの多くがロサンゼルスに住み着いた。1990年代前半から、こうした亡命者の一部は祖国に向けて放送を開始した。

政府は当初、必死に放送をブロックしようとした。警察や治安部隊が民家を強制捜索。屋根やベランダや居間にこっそり設置された衛星放送受信アンテナを探し出して没収した。

しかし90年代後半〜2000年代前半に受信アンテナの低価格化・小型化が進み、エリート層でなくても購入でき、隠れて設置しやすくなった。しまいには当局が検挙し切れないほど普及。地元メディアによれば、総人口の70%以上が衛星テレビを視聴しているという。(中略)

最高指導者アリ・ハメネイは、欧米と亡命者がイランに対し、主にメディアを武器にして侵略する「ソフトウォー」を仕掛けていると繰り返し主張。このメディアによる侵略に新たな番組編成で反撃するよう、保守派民兵組織バシジと国営メディアに指示している。

だが視聴者を引き付けているのは、味気ない国営メディアではなく、外国の放送チャンネルだ。14年、国営文化交流センターの責任者は次のように語った。「国営テレビはつまらなくて壁に頭をぶつけたくなる。どのチャンネルでも年取った聖職者がどう生きるべきかを説教している。若者が見なくても責められない。私は現体制を支持し、イラン・イスラム文化の促進に努めているが、その私だって見やしない」

コンテンツは欧米並みに
イラン向けの衛星放送は始まって20年以上になるが、劇的に変わったのはこの10年だ。(中略)09年の英BBCペルシャ語放送の登場を皮切りに、イラン向け衛星テレビ局の質は変わった。

現在では欧米並みの高水準が当たり前のようになっている。だが何より重要なのは、コンテンツが劇的に向上したことだ。想定する視聴者層にアピールするパーレビ王朝寄りのニュースや娯楽番組がついに提供されようとしている。(中略)

それが特に顕著に表れているのが(ロンドンからの衛星放送で多くの視聴者を獲得している放送局)マノトの娯楽番組だ。リアリティーTV、ゲーム、歴史ドキュメンタリーなど多彩なラインアップで、10年以降は革命前のイランを賛美する傾向を強めている。

「古きよきイラン」を演出
なかでも昨今の王政回帰ムードを理解するカギといえる番組が『タイムトンネル』。『ニュースルーム』の人気司会者の1人を進行役に古い記録映像やドキュメンタリー、写真などを使って革命前のイランを描き出す。革命以前の文化をノスタルジックに見せる。ベールから解放されたミニスカートの女性たち。ナイトクラブとアルコールとダンスがあふれる音楽シーン......。要するに、革命を境に禁じられ、特に若者が待望している側面を見せるのだ。

決め手は、『タイムトンネル』が批判をしないことだ。見終わったときには、イランの何もかもが完璧で穏やかで、何より楽しいと思えた時代への憧れしか残らない。当時の抑圧や格差の蔓延には一切触れない。視聴者を「何もかも完璧だったのに、なぜ革命なんか起こしたんだ」という気持ちにさせる。(中略)

それでもイスラム共和制を取る現政権が国内の野党勢力を弾圧していなければ問題はなかっただろう。反政府派と野党指導者のほとんどが逮捕されたか亡命を余儀なくされ、保守派と改革派の膠着状態が長期化するなか、若者たちは現体制に代わる選択肢に飢えている。

たまたま手近にあった唯一の選択肢が、パーレビ王朝の復活を待ちわびるニュース・娯楽産業だったというだけの話だ。【1月30日 Newsweek】
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先述のイラン旅行の印象で言えば、イスラム革命が否定したはずの革命前のパーレビ王朝時代の国王宮殿などが、(特に、批判めいた形ではなく)ごく普通に“きれいで豪華な施設”として公開されていることが不思議に思えました。

イランにとってイスラムは歴史的には“比較的新しい流入文化”であり、イラン人のアイデンティティーの根幹をなすペルシャ帝国以来の連綿たるイラン・ペルシャの栄華を否定することは、イスラム支配体制としてもはばかられるということでしょうか。

根底には経済的困窮への不満
“王政懐古”はともかく、イランの若者を、一か月前の抗議運動に噴出したような体制批判に向かわせている背景、一部には革命全の過去に憧憬を抱かせている背景に、現在の経済的困窮への不満があることは言うまでもないところです。

****イラン反政府デモから1カ月】制裁にあえぐ経済、民衆困窮 政権「反米」目くらまし****
・・・・物価高への不満を機に始まったデモは全国80の都市や町に広がった。治安部隊との衝突で20人以上が死亡し、約4千人が一時拘束されたとの情報もある。イランの失業率は約13%だが若年層に限れば30%近いとされる。
 
政権は来年3月までに90万人分の雇用を創出すると述べ、国民の声に耳を傾ける姿勢を示した。
 
欧米諸国はイランに数々の経済制裁を科してきた。核・ミサイル開発疑惑だけでなく、中には人権侵害をめぐる制裁もある。トランプ米政権が2015年締結の核合意の破棄をちらつかせる中では、海外からの投資の急増は期待できず、自国で経済のてこ入れを進めるしか手はない。
 
しかし、ロウハニ大統領が切れるカードは少ないようだ。最高指導者直属の革命防衛隊や、宗教慈善団体「ボンヤード」などが国内のビジネスに深く関与し、実に国内総資産の6割を支配していると推計する識者もいる。こうした組織は税金を免除されている上、競争を嫌って起業や雇用創出を阻んでいるとされる。
 
政権は「反米」を叫ぶことで、汚職や腐敗といった問題から民衆の目をそらせる狙いとみられる。デモで批判のやり玉に挙がった穏健派のロウハニ大統領の求心力が落ち、反米が主体の強硬派が影響力を拡大すれば、米国との対決色がさらに強まる公算が大きい。【1月31日 産経】
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【“欧米の扇動”を警戒する体制側
体制側は、体制批判につながるアメリカなど外国の影響が国民生活において強まることを警戒しており、“小学校での英語教育を禁止する”という反応も。

****<イラン>小学校で英語教育禁止へ 西側の影響力警戒****
イラン政府は今月に入り、小学校での英語教育を禁止する方針を明らかにした。指導部は、幼い時期から子供に英語を教えることが「西側による文化侵略」につながるとの見解を示したという。ロイター通信などが伝えた。

イランでは昨年12月28日から約1週間、全土で反政府デモが起き、指導部は「欧米が扇動した」と主張。政権側が一層、米国などの影響力に警戒を強めている模様だ。
 
イランでは中学校に入学する12歳ごろから英語を学ぶのが一般的だが、一部は小学校で開始し、富裕・中間層では子供を英語塾に通わせる家庭も珍しくない。

英国留学経験者の保守穏健派ロウハニ大統領は「英語は就職に役立つ」と推進の立場だったが、今回の決定について「止める力はなかった」(英BBC)と報じられている。
 
一方、反米の最高指導者ハメネイ師は近年、一部の保育園にまで英語教育が導入されている現状に否定的で、度々「西洋文化の浸透」につながると指摘。一方で外国語教育そのものには反対せず「スペイン語やフランス語、東洋の言語も学ぶべきだ」と述べていた。(中略)

ハメネイ師を支える精鋭軍事組織・革命防衛隊の幹部らは「米国などがデモ隊を扇動した」と主張。今回の英語禁止の背景には、欧米思想の若年層への過度な浸透を防ぎたい指導部の思惑があるとみられる。【1月12日 毎日】
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体制内部の権力闘争 次期最高指導者をめぐる争いも
イランの場合、“体制側”とか“政権”と言っても、改革派も支持する保守穏健派のロウハニ大統領などの勢力と、ハメネイ氏周辺・革命防衛隊・イスラム聖職者などの保守強硬派では全く立場が異なり、また、保守強硬派内部にあってもハメネイ氏周辺とアフマデネジャド前大統領は激しく対立している・・・といった分裂・抗争状態にあります。

そのあたりの権力闘争が、一か月前の抗議行動の勃発・拡散に関係していると言われています。

****イラン最高指導者「後継」巡る暗闘劇****
抗議デモが映した権力争いの混沌
イラン全土を抗議デモが覆う三カ月前のことだ。
ニュースサイト「アマドニュース」に、驚愕の一報が載った。イラン司法府長官で、最高指導者アリ・ハメネイ師の後継候補の一人、サデク・ラリジャニ氏の娘が、英国のスパイとして逮捕されたというのだ。首都テヘランの権力者、政治家は大慌てで確認に奔走し、一時は当局が「ラリジャニ一家に疑惑はない」と声明を出した。(中略)

首都を揺るがせたスパイ事件
父サデク氏は、「アヤトラ」の称号を持つ高位聖職者で、今年三月に五十八歳になる。ハメネイ師の側近である上に、兄はアリ・ラリジャニ国会議長。ハメネイ師の最高顧問であるジャヴァド氏ら他の三兄弟も要職に就き、ラリジャニ五兄弟は、「兄弟強盗団」と陰口をたたかれるほど羽振りが良い。
 
このため、少なくとも体制派政治家の間では間もなく、ひそひそ話で交わされる程度になった。
 
だが、マフムード・アフマディネジャド前大統領だけは違った。十一月中旬、自らの側近二人を連れて、テヘラン郊外の「シャー・アブドルアズィーム廟」に記者を集めて、「ラリジャニ家の全員がスパイだ」と大演説をぶった。
 
アフマディネジャド氏とラリジャニ兄弟は過去数年、不倶戴天の敵で、公衆の面前で怒鳴り合ったこともある。(中略)

前大統領は昨年の大統領選に出馬しようとして、護憲評議会の審査で失格とされた。(中略)
 
傷に塩を塗るような前大統領の粘っこい批判に、兄弟はただちに反撃。政府系メディアを使って、前政権時代の汚職、腐敗の数々を改めて国民に想起させた上、巨額横領で死刑判決が確定している、前大統領の盟友ババク・ザンジャニ死刑囚の「死刑執行間近」といったニュースをうたせた。(中略)

年末年始のイランを襲った全土での抗議デモは、この(ハメネイ師のアフマデネジャド批判)講話の翌日に始まった。

イラン・ウォッチャーの多くが、「デモを始めたのは、マシュハドの高位聖職者アフマド・アラモルホダー師で、アフマディネジャド派が間もなく便乗した」と一致した見方を示すように、抗議は当初、改革派ロウハニ大統領に抗議する保守派のデモだった。
 
今回の震源地マシュハドは、昨年の大統領選をロウハニ氏と争った、エブラヒム・ライシ師の地盤で、アラモルホダー師はライシ師の義父。抗議デモ開催にはライシ師も画策に加わったようだ。
 
きっかけは、ハメネイ講話と同じ日に、テヘラン警察が「女性のベールの巻き方が悪くても、いちいち逮捕拘束はしない」と発表したことだ。マシュハドの保守強硬派はこのニュースに反発して、ロウハニ政権に抗議したのである。
 
アフマディネジャド氏は(中略)自宅軟禁状態にあると見られ、イラン当局はデモが収束した後の一月六日になって、「前大統領逮捕」を発表した。

デモの波には実際に政府に不満を持つ若年層も加わり、死者は二十人を超えたが、二〇〇九年の「緑の革命」に比べると、格段に保守的要素が濃く、体制内の暗闘の性格があった。
 
米ジョンズ・ホプキンス大学上級国際関係大学院のヴァリ・ナスル学長は、「テヘランの大衆が大挙して加わらなかったことで、今回のデモはイラン政府にとって脅威にはならなかった」と言う。

次々と消える有力後継候補
注目すべきは、前大統領とラリジャニ兄弟の抗争や、ライシ師の暗躍がすべて、ハメネイ師の後継に向けた権力者同士のせめぎ合いであることだ。
 
最高指導者は今でも元気に「反米・反トランプ」を語り続けるものの、「病弱」説は絶えない。しかもハメネイ師が望んだ後継候補は、次々に消えている。(後略)【「選択」 2018年2月号】
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最高指導者の後継者争いもさることながら、イラン核合意に関し、1月12日に“合意違反を理由とした制裁の再発動を見送る”と発表したトランプ大統領は「これが最後のチャンスだ」と言っていますので、次回の報告時期の5月に向けて、アメリカの合意破棄の動きが現実になれば、イランの政治体制も大きく揺らぐことになります。

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