孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イギリス  ロイヤル・ウェディングの興奮と厳しい経済・社会の現実

2011-04-30 22:00:58 | 世相

(イギリスの栄光を彷彿とさせるロイヤル・ウェディング “flickr”より By Antonio_Tello http://www.flickr.com/photos/60464644@N07/5669717477/

【「この結婚式は国をひとつにしてくれる」】
イギリスでは“世紀の結婚式”に、沿道で100万人が喝さいを送ったとかで、先ずはおめでたい話です。
各国のTV報道を見ていると、イギリスより、君主制に縁のないアメリカの方が興奮度合いが高いように思えます。自分たちの持たないものへの一種の憧れでしょうか。
一方で、君主制を廃止したフランスは、やや皮肉交じりの分析調の報道で、これまた興味深いものがあります。

****100万人が喝采 バルコニーでキス 英挙式****
ロンドンのウェストミンスター寺院で29日に行われたウィリアム英王子とキャサリン妃の結婚式。国民に愛された故ダイアナ元妃の愛息と一般家庭出身の女性が育んだ愛に、沿道では約100万人が喝采をおくり、世界で推定20億人がテレビで見守った。(中略)

キャサリン妃は故ダイアナ元妃の時と同じく、伝統的に使われた「(夫に)従います」の言葉は使わなかった。大学で恋に落ち、別れも経験した現代的なカップルの対等な関係を印象づけた。歴代の王が眠り、ダイアナ元妃の葬儀も営まれた由緒ある寺院に、聖歌隊の賛美歌が響き渡った。
挙式後、王子夫妻は寺院の外に姿を現し、4頭立ての馬車でバッキンガム宮殿までパレード。沿道には赤、青、白の英国旗・ユニオンジャックが至る所にはためき、2人が手を振ると観衆から大きな歓声が上がった。

午後1時25分、宮殿のバルコニーに立った2人は、笑顔でキス。眼下の広場を埋め尽くした観衆の要望にこたえ、もう一度口づけを交わした。(中略)
寺院そばのトラファルガー広場では、多くの市民が巨大な画面で式の様子を見守った。ロンドンのビデオ編集者トム・クラークソンさん(22)は「この結婚式は国をひとつにしてくれるし、世界が我々を見てくれる。英国が景気後退から抜け出そうとしている時だからこそ、みんなを元気づけてくれる」と話した。【4月29日 朝日】
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王室人気は上昇
近年回復傾向にあったイギリス王室に対する国民の好感度、王室存続の予測も、今回のロイヤル・ウェディングで更に高まったようです。

****英ウィリアム王子挙式 ダイアナ元妃の夢、再び幕開け****
 ■スキャンダルの歴史超え「ウィリアム国王」に期待
エジプトのファルーク国王(1952年の革命で王政崩壊)はかつて「生き残ることができるのはトランプの王様4人と英国王」という名セリフを残した。
チャールズ英皇太子と故ダイアナ元妃の結婚式から30年。おとぎ話のような恋は不倫、離婚、元妃の事故死で幕を閉じ、元妃の悲劇に冷淡だった英王室に国民は反発した。ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚で王室人気は上昇したが、二人の円満な夫婦生活と王室の未来は切っても切り離せない。(中略)

現王室でもエリザベス女王とフィリップ殿下の結婚は64年目を迎えたが女王の妹、故マーガレット王女、長男のチャールズ皇太子、長女のアン王女、次男のアンドルー王子が離婚。離婚していないのは三男のエドワード王子だけだ。
チャールズ皇太子と元妃のダブル不倫が発覚、二人が別居、離婚した90年代、世論調査で「50年後も英王室は存続している」という回答が半数を下回るなど、英君主制は深刻な危機に立たされた。

しかし、英調査会社YouGovと英ケンブリッジ大が今月26、27日に行ったアンケートでは66%が「今後100年間英王室は存続する」と回答、76%が「ウィリアム王子は良い国王になる」と答えた。
王族の好感度ランキングは1位がウィリアム王子で78%。2位エリザベス女王71%▽3位キャサリン妃70%▽4位ヘンリー王子63%-の順。チャールズ皇太子は19%にとどまった。
ウィリアム、ヘンリー両王子の人気が高いのは、その気取らない人柄によるところが大きい。(中略)

 ■警備6億7800万、式に27億1300万円 英紙報道
今回の結婚式の費用は正式には発表されていないが、英紙報道によると推定2000万ポンド(約27億1300万円)。英王室とキャサリン妃の両親が負担する。これとは別にロンドン警視庁などによる警備費は500万ポンド(約6億7800万円)と報じられている。2009年度の英王室維持費は前年度比330万ポンド減の3820万ポンド(約51億8600万円)。英国民が緊縮財政を強いられる中、結婚式の支出にも厳しい目が注がれた。
招待客もチャールズ皇太子と故ダイアナ元皇太子妃の結婚式時の3500人から大幅に減らされたものの、挙式費用は報道ベースでも当初見込みの4倍に膨らんでいる。【4月30日 産経】
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チャールズ皇太子の不人気ぶりが、お気の毒です。

【「イギリスなんてもはや存在しない。あるのはかつて存在したものの痕跡だ」】
イギリス王室は追い風が吹いているようですが、イギリス経済、その国際的影響力の方は厳しいものがあります。
リビアのカダフィ大佐は、「イギリスなんてもはや存在しない。あるのはかつて存在したものの痕跡だ」と切り捨てたとか。

****光と影、2つのイギリスの物語****
秒読み段階に入った英王室のウィリアム王子とケイト・ミドルトンの結婚式。その様子はテレビを通じて世界20億人(つまり地球の人目の3分のI近く)が見守ると、イギリスのメディアは騒ぎ立てている。
ロンドンの土産物店には2人の写真をプリントした皿やマグカップが並び、政府は挙式の4月29日を祝日にすると発表。イギリス人にとっては、世界中がイギリスに憧れているという気分を満喫するお膳立てが整った。

ああ、もはやイギリス人に残された役割はその程度なのかと、嘆きたい気持ちでいっぱいだ。
リビアの独裁者ムアマル・カダフィは3月半ば、「イギリスなんてもはや存在しない。あるのはかつて存在したものの痕跡だ」と切り捨てた。
その後行われたリビア空爆には英軍も参加して、イギリスの爆弾も落とされたから、カダフィの発言は必ずしも的を射ていたとは言えない。だがイギリス人の中には、カダフィの「分析」をしぶしぶ認める者が少なくないのも事実だ。

イギリスでは現在、世界犬恐慌の余波に苦しんだ1930年代以来となる厳しい緊縮財政が行われている。公共部門では今年中に数十万人が職を失い、それ以外の部門でもインフレや増税、社会福祉手当の大幅な削減によって、家計は大きく圧迫されるとみられている。
軍事施設から公共図書館まで、さまざまな公的施設が閉鎖されるか売却される。英海軍で唯一残っていた空母アーク・ロイヤルも、国防省のウェブサイトで競売に掛けられている。

イギリス人にとって「国家の衰退」は今に始まった話ではない。むしろイギリス史研究では1つのテーマになっている(最近はアメリカもその傾向にある)。しかし現在のイギリスは、私の記憶にある限り最も「嫌な予兆」にあふれている。
確かに70年代は英国病とオイルショックでIMF(国際通貨基金)の融資を受ける破目になり、80年代にはマーガレット・サッチャー首相(当時)の行き過ぎた規制緩和のために労働組合が力を失い、製造業が壊滅的な打撃を受けた。

過去30年で製造業は消滅 
それでも、最近の莫大な財政赤字と公共事業の大幅削減に頼った景気回復策ほど、イギリス人にイギリス人らしさを失わせる政策は過去に例がない。
ウィリアムの両親であるチャールズ皇太子とダイアナ妃が結婚した81年、イギリスの状況はエリザペス女王が戴冠した53年と大して変わっていなかった。

ロイヤルカップルをひと目見ようと、結婚式が執り行われたセントポール寺院からバッキンガム宮殿までの沿道は、数え切れないほどの群衆で埋め尽くされていた(その大部分は白人だった)。
彼らの愛国心は実に素直なものだった。(中略)

実体経済の変化はもっと大きかった。チャールズとダイアナが結婚したとき、イギリスには炭鉱労働者が25万人いて、造船業も健在だった。鉄鋼や自動車、菓子、衣服、ビールを製造する工場もあった。それが今は炭鉱業と造船業、それに繊維業は消滅したと言っていい。

生き残った産業もほとんどが外国資本の傘下に入った。81年当時、イギリスの板チョコがスイスかアメリカの会社によって製造されることになるなんて誰が想像しただろう。ロンドンの水道はドイツ、電力はフランス企業が供給し、イギリスの製鋼所の未来はムンバイやバンコクの会社に握られるなんて……。

とはいえ、81年がイギリスの黄金時代だったわけではない。チャールズとダイアナの結婚式は、社会の分断と不穏に苦しむ国にとっての、いっときの安堵と気晴らしでもあった。
その年の夏、北アイルランドではIRA(アイルランド共和軍)の受刑者がハンガーストライキの末に死亡。サウスロンドンのブリクストン地区やリバプールのトクステス地区で起きた黒人の若者による暴動が、全国の貧困地区に広がった。
失業率は上昇しつつあり、82年末には第二次大戦後最悪の12.9%を記録し、87年まで11%を切ることはなかった。当時サッチャーは超不人気で、辛うじて82年の総選挙を乗り切れたのはフォークランド紛争で勝利したおかげだった。製造業は事実上消滅し、イギリスは83年までに初めて純輸入国に転じた。

当時と現在では、そっくり同じこともある。失業手当で生活している人が250万人いることと、それが北部で増えているということだ。しかし現在の兆候のほうが先行きは暗い。

礼儀や忍耐を忘れた国民
80年代は北海油田が英経済に大きく貢献した。80年代半ば、政府の税収の10分の1は北海油田によるもので、それが政府の比較的手厚い社会福祉手当を支えた。90年代にはサッチャーの規制緩和によって、ロンドンがニューヨークに並ぶ世界の金融センターに成長した。
しかし石油も債権も無限ではない。現在、北海油田の生産はとっくにピークを超えている。金融機関はある程度持ち直すかもしれないが、巨額の血税を役人して救済された以上、かつてのように国家経済の中心的輝きを取り戻せるとは思えない。

だとすれば、イギリスの政治家が30年近く無視してきた政策を再検討する必要がある。つまり再び輸出国となるべく、製造業を立て直すことだ。
実際、ジョージ・オズボーン財務相は先月の予算演説で、「『英国製』『英国産』『英国デザイン』によってわが国の未来を切り開きたい」と語った。しかし法人税の引き下げや経済特区の設置、徒弟制度の創設を別にすれば、計画らしい計画を聞くことはできなかった。

政府は公共部門を縮小して、民間企業にその隙間を埋めさせれば成長を刺激することができると思っているらしい。だが産業の空洞化が進み、公共部門が雇用の40%を占める北部では、隙間だけが残る可能性がある。

現在と81年の最も重要な違いは、経済よりも社会にある。チャールズとダイアナの結婚パレードに歓声を送った人々は、第二次大戦中に戦場で戦った男性であり、配給でどうにか生活を支えられた女性たちだった。彼らは国家や王室に従順な敬意や義務感を抱いていて、それを子供たちにも教えた。
国民性を定義するのは愚かな試みかもしれないが、少なくともイギリス人の振る舞いはあの頃と比べて大きく変わった。人々は以前よりも声高に自己主張するようになり、怒りやすく、既存のシステムを尊重する気持ちは乏しくなった。礼儀は軽視され、我慢や忍耐はほぼまったく重視されなくなった。

社会的混乱が起きる危険があると言ったら誇張になるかもしれないが、その恐れはある。昨年12月、チャールズとカミラ夫人の乗った車がロンドンで暴徒に取り囲まれた。この事件で何より衝撃的だったのは、ショックを受けた車内の2人の姿だ。
そこにはいつもの落ち着き払った態度は見られなかった。無理もない。オーストラリアでなら共和制支持者が騒がしいデモを起こすのを見慣れているが、イギリスで王室のメンバーがイギリス人の暴徒に襲撃されたのは18世紀以来のことだ。(中略)
つまるところ、イギリス人もギリシャ人とさほど違わないのかもしれない。これからは暴動に慣れる必要がありそうだ。【5月4日号 Newsweek イアン・ジャック(ジャーナリスト)】
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やや辛口に過ぎる感もありますが、長年の停滞に苦しみ、更に3.11の被害を抱える日本は、イギリスのことをとやかく言う立場にないでしょう。
ただ、日本の場合、政治の迷走にもかかわらず、3.11で再確認され、世界からも称賛された“礼儀と忍耐”がある分、地道な回復は可能なのでは・・・と、大した根拠もなく楽観的に感じています。



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