孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ブータン  “ユートピア”イメージが先行する「幸せの国」の現実 苦悩する若者も

2013-07-09 22:18:30 | 南アジア(インド)

(ティンプー市内を歩く若者。韓流ドラマなどの影響でショートパンツやミニスカート姿の女性が増えたが、学校や職場では伝統衣服の着用が義務づけられている(岩田智雄撮影)【写真:7月9日 産経新聞】http://sankei.jp.msn.com/world/news/130708/asi13070822260003-n1.htm)

【「政府はこの5年間、何とかするといってきたが、何も実現していない」】
国王主導で立憲君主制での民主政治を進めるブータンでは、13日に総選挙が行われますが、野党が議席を増加させる勢いだそうです。

****幸せの国」ブータン、民主政治の歩み 総選挙前に勢いづく野党****
ヒマラヤ山脈の小国ブータンで、国民議会(下院・定数47)の任期満了に伴う総選挙が13日行われる。
長らく王政が続いたブータンでは2008年に初めて国民議会選が行われ、立憲君主制での民主政治が始まった

この5年間で政治への関心が高まる一方、静かに押し寄せる近代化の波の中で頭をもたげた社会への不満が野党を勢いづかせている。

 ◆子供たちは都会へ
首都ティンプーから東に約70キロ。標高3150メートルの峠の山道を約3時間かけて進み、車を降りてつり橋を渡ると、プナカ県エビサ村に着いた。
青々とした棚田や段々畑が広がる静かな集落には400人ほどの村人が住むが、目につくのは中高年と幼い子供の姿ばかり。若者はどこにいるのだろう。

「11歳から20歳までの子供5人がいるが、全員ティンプーなどの学校に行っている。ここに住むのは私と妻だけだ」
農業を営むナムゲイさん(44)は淡々と答えた。村から通える小・中学校までは歩いて1時間半かかる。通学の負担のせいか、子供たちは落第を繰り返した。悩んだ末、5人とも都会に出した。
「しっかり学んでいい仕事についてほしい。農業は誰か1人がついでくれればいい。この村ではどの家庭もそんな状態だ」という。

携帯電話やパソコンの普及がようやく進み出したティンプーでは農村とは対照的に若者が増え続けている。
しかし、都会に出ればバラ色というわけではない。賃貸住宅の家賃は高騰し、生活も楽ではない。学校を卒業しても希望する職業に就くことができる人は限られており、ティンプーの若者の失業率は約7%と全国平均の3倍以上だ。

ティンプー・タクシー運転手協会代表、リンチェン・ツェリンさん(43)は「運転手が増えすぎて、早朝から深夜まで働かないと稼ぎが追いつかない。政府はこの5年間、何とかするといってきたが、何も実現していない」と不満顔だ。前回選挙は、4月の選挙管理内閣発足まで与党だったブータン調和党の候補者に投票したが「今回はみんなで野党の国民民主党に入れようといっている。政治を選べるようになったことは素晴らしい」と話した。

ブータン下院選は予備選で上位2党を選び、この2党が本選を争う。前回選挙では、2党しか参加しなかったため予備選はなく、本選だけが行われた。王政下で閣僚だった5人を擁する調和党が安定感を見せ、47議席中45議席を獲得して圧勝。国民に不人気の前閣僚が党首を務めた民主党は2議席と惨敗した。

しかし民主党は今回、党首を代え、与党への不満を吸い上げた。4党が参加した5月の予備選では、調和党が33選挙区でトップを維持したが、民主党は12選挙区で1位となり、党勢を拡大した。予備選3位の党の候補7人も本選前に民主党に加入し、調和党を猛追する。

民主党事務局長のツェリン・ワンチュクさん(42)は、「与党は若者の就業対策を何もしてこなかったから、若者の犯罪や少年非行が増えた」と与党を攻撃する。キプチュ・ナムギェル警察長官によると、ブータンの全犯罪の65%がティンプーに集中している。特に若者の傷害、侵入盗事件が増え、違法な麻薬に手を染める者も目立つ。

王政時代から国王の側近として要職にあった調和党の候補者は、こうした国民の不満をひしひしと感じ取っている。民主化前は閣僚が農村に行くと、村人は1日がかりで食事などの準備に追われるのが常だったが、首相を務めたこともあるジンバ前公共事業定住相は「今は選挙区に行くと、『橋を造ってくれ』などと要求ばかり突きつけられる。不作法になったものだ」と話す。

 ◆国王が安定の要
政治や政治家への国民の意識が変わる中、ブータン安定の要となっているのがワンチュク国王だ。父親の先代国王が提唱した「国民総幸福量(GNH)は国民総生産(GNP)よりも重要だ」との概念を推進し、国民からの人気も高い。

犯罪が増えたといっても「最近起きた殺人事件は2010年」(ナムギェル警察長官)というように凶悪犯罪は少なく、治安も安定している。「幸せの国」は穏やかに民主政治の道を歩んでいる。【7月9日 産経】
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“父親の先代国王が提唱した「国民総幸福量(GNH)は国民総生産(GNP)よりも重要だ」との概念を推進”すことで、“国民の幸福が経済成長より重視される所”という意味で「幸せの国」とか「幸福の王国」「最後の理想郷」というユートピア的なイメージで語られることが多いブータンです。
ヒマラヤの山奥で、昔からの伝統文化が守られているという“秘境”のイメージも、そうした“ユートピア”イメージを強くしています。

当然ながら、現実のブータンが「幸せの国」「幸福の王国」を実現している訳ではなく、国民総幸福量(GNH)に象徴される精神性を重視した“幸せ”を追及している・・・ということであり、やや“ユートピア”イメージが先行しすぎているきらいがあります。

最大の問題は失業 薬物とアルコールの問題も
そうしたブータンにも物質文明の波は押し寄せており、その社会は急速に変わりつつあることは、約1年前の2012年7月1日ブログ【ブータン 「幸せの国」で目覚める“物欲”】http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120701で取り上げたところです。

国民の高まる“物欲”を抑制するために、増税によって商品価格を高くしようとする政府、結局、それも世論の反対でとん挫してしまったことなど、物質的な豊かさを一段と求め始めた国民意識の変化に苦悩するブータン社会の様子が紹介されています。

変化する人々の意識と、十分に対応していない社会の間の軋轢は、高い失業率た薬物・アルコールの乱用という形で、都市部若者に特に大きな負担を強いているようです。

*****幸福の王国」ブータンで苦しむ若者たち*****
そこは「最後の理想郷」として知られている──美しい自然と仏教文化あふれるヒマラヤ奥地の国、国民の幸福が経済成長より重視される所。

だがそのバラ色の評判に、ブータン王国の都市に暮らす若者たちは迷うことなく異議を唱える。

「人びとが幸福でないことは見てとれる」と、ソーシャルワーカーのジグメ・ワンチュクさん(24)は語る。
薬物依存から立ち直ったワンチュクさんは、首都ティンプーにある薬物依存の若者たちの相談所で働いている。「私たちはとても多くの課題に直面しており、多くの人が苦しんでいる」

■薬物乱用、アルコール依存、犯罪率上昇
飲酒、特に米の自家醸造酒は長らくブータン文化の一部だった。だが、国家統計局の昨年の報告書によると、アルコール性肝疾患がティンプーの主要病院における死因の上位を占めるようになった。

また、何世紀もの間にわたって世界で最も孤立した国だったブータンが近代化するにつれ、若者による薬物乱用、特に調剤の乱用が大きな問題になってきている。

ブータンは1974年に初めて外国人観光客の入国を認め、1999年に初めてテレビを、2008年に初めて民主主義を認めた。今でもブータンは外国人に別世界のような印象を与える──職場や学校へ民族衣装で通う人びと、息を呑むような景観に点在する僧院やマニ車、政府庁舎として使われる古い要塞。

だが、伝統社会の網の目は、ほつれ始めている。
「犯罪率は年々高まっている。空き巣や強盗などは10年前にはほとんど無かった」と、ダンバー・K・ニロラ氏は語る。人口75万人足らずのブータンに2人しかいない精神科医の1人だ。
「現在直面し、今後ますます大きくなるであろう最大の問題は、失業だ。失業とともに、薬物とアルコールの問題も来る」

■「国民総幸福量」と現実のギャップ
こういった問題が、「国民総幸福量(Gross National Happiness、GNH)」をトレードマークにしている国で起きていることは、意外かもしれない。

GNHは、用語としては1970年代に先王の即席の発言で決まり、その後、本格的な開発モデルに発展した。国民総生産(GDP)を重視する諸外国と異なり、ブータンのGNHは、環境と文化を守り、良き統治を目指し、持続可能な社会・経済の発展を追求するものだ。精神と物質の両方の豊かさのバランスを取ろうというこの観点は世界の注目と称賛を集めた。

だが、GNHの基本コンセプトはブータン国内でも支持されているものの、その実際の運用には疑問も投げかけられている。
「この国の問題を見る限り、GNHがこの国にあるとは思えない」と、学生のジャミャング・ツェルトリムさん(21)は語る。ツェルトリムさんの最大の懸念は、多くの人と同じく、ブータン国内に若者向けの望ましい雇用がないことだ。しかもブータンの年齢中央値は26歳。今後さらに多くの人びとが生産年齢に到達する。

公式には、ブータンの失業率は2009年の12.9%から、2012年には7.3%に減少しているが、この統計には疑問の声も上がっている。

民間事業が発達していないことから高学歴のブータン人向けの事務職はごく限られている。一方で、成長する建設産業での手仕事は、国境を越えて来るインドの労働者が大半を担っている。

「雇用の需給がマッチしていない」とニロラ医師は語り、若者層が農業をしなくなっており、高齢者が農業を続けていると付け加えた。

問題の背景にあるのは、ブータンが隣国インドに投資、支援、輸入で大きく依存していることだ。昨年、過剰な需要の結果、ブータンはインドルピーが枯渇し、結果として大規模な信用危機が起きた。この経済危機のピークは、ちょうどジグメ・ティンレイ首相がニューヨークの国連会議で幸福哲学を説いていたころ訪れた。

「このとき、多くの人がGNHを厳しく非難するようになった。私たちの政府首脳陣はブータン国外でGNHを紹介することの方に興味があるのだ、とね」と、ブータニーズ紙の編集者、テンジン・ラムサング氏は語る。

ラムサング氏は、GNHが「高度に知的な」コンセプトとしてエリート層の支持を獲得する一方、国民の大半からは十分な支持が得られていない中で、政府首脳陣は悪化する国内問題を「見ないふりをする」ようになったのだと指摘する。

一方、GNH指標を考案したシンクタンク「ブータン研究センター」の研究者、ペマ・ティンレー氏は、「ユートピア国家」を求める非現実的な期待により、GNHが不公平な非難を浴びていると反論する。
「GNHはブータン国民全体の目標であり、達成しようと目指しているものだ。現時点でブータンがGNHを達成したとは誰も言っていない」とティンレー氏は語った。【6月26日 AFP】
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ブータンに限らず、物質的な豊かさとは縁遠い途上国を豊かな国から訪れた外国人は、その“何もないことの豊かさ”を称賛することがあります。ときに“貧しさのなかで子供たちの目は澄んで輝いていた”的な思い入れを込めて。

そこには物質的な豊かさの限界という真実があることは否定しませんが、ただ、多くの現地の人々が物質的な豊かさに強くあこがれていることも事実です。そうした人々の願いを無視することはできません。

ブータンにあっても、人々の物質的豊かさを求める声は今後ますます強まります。生活スタイルの変化に対応した産業構造を実現し、雇用を創出していく必要もあります。
“「高度に知的な」コンセプト”GNHがどのように国民に受け入れられていくのか、非常に注目されるところです。

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