孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク・モスルの戦況 シリア・ラッカ奪還作戦も準備 両地域で関与を強めるトルコ、新たな火種にも

2016-10-27 21:56:38 | 中東情勢

(イラクのトルコ大使館の前で、トルコ軍の撤収を求める人々=バグダッドで18日、AP【10月25日 毎日】)

徹底抗戦のIS 「最後の一人になっても抵抗」するのか?】
イラク・モスルの「イスラム国(IS)」からの奪還作戦は、ISの自爆攻撃を含めた抵抗や、住民を「人間の盾」とする市街戦などで、難航するだろう・・・と予想されています。

実際のところ、作戦がどの程度の時間を要し、どのくらいの犠牲者が出るかは、IS戦闘員の士気によります。
これまでの事例から、IS指導部からは「最後の一人になっても抵抗せよ」との指令が出ているであろうと思われる一方で、撤退準備が既に始まっているという話もあるようですし、これまでも実際には「撤退」しています。

****最後の一人になっても死ぬまで抵抗せよ****
徹底抗戦を命じるISIS指導部の手紙を独占入手 モスルの攻防ではどこまで粘り強さを見せるのか

・・・8月にシリア北部のマンビジでISISが包囲された際に送られた手紙を、本誌は独占入手した。
専門家によればこれを元に、イラク北部のモスルで抵抗を続けるISIS司令官に下される命令も推測できるという(中略)

手紙の日付は8月8日で、マンビジがシリア民主軍に奪還されるわずか4日前。アラビア語で手書きされた手紙は、挑発的で残酷な指示を容赦なく伝えている。最後まで戦え、逃亡兵を殺せ、敵軍の協力者は皆殺しだ、と。

「包囲された同志全員に告ぐ。最後の一人になっても抵抗せよ」
 
この手紙からは、逃亡兵だけでなく、敵軍に投降したい兵士の存在もISIS指導部が認識していたことが分かる。米軍主導の掃討作戦を受けて、ISISの兵士たちの士気が低下していた証しだ。 

そうした兵士たちを司令官は「背教者」と呼び、処刑せよと命令。敵軍に協力する住民たちもまた背教者だから殺してしまえと命じている。(中略)

この手紙に関して重要々のは、「死ぬか、神が勝利を与えるまで戦え」という命令が結局は無視されたことだろう。8月12日にシリア民主軍がマンビジを奪還した際、残っていたISIS兵は街を捨てて逃げたのだ。
 
「問題はモスルでも同じことが起きるかどうかだ」と、米プリンストン大学の研究者コール・ブンゼルは言う。
「拠点としてはモスルのほうが重要だから、彼らはマンビジのときよりもずっと粘り強く戦うと思う。でも結局は撤退するかもしれない」
 
撤退準備は既に始まっている。イラクとアメリカの高官らによれば、ISISはモスルの地下に逃亡用の抜け穴を掘りながら、敵軍の侵攻を遅らせるために爆弾を仕掛けているという。(後略)【11月1日号 Newsweek日本版】
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戦闘激化に伴って残虐行為も拡大
徹底抗戦命令がどうなるかはわかりませんが、「敵軍に協力する住民たちもまた背教者だから殺してしまえ」という命令はすでに実行されているようです。

****IS、モスル周辺で残虐行為か 障害のある女児殺害の情報も****
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は25日、イラク軍がイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」のイラクでの最後の主要拠点モスル(Mosul)奪還作戦を進める中、ISが民間人数十人を殺害したとの情報提供を受けたことを明らかにした。(中略)

提供された情報によると、残虐行為はイラク軍がモスルへと進攻していた19日~23日にIS戦闘員によって実行されたという。
 
モスルの南約45キロにあるサフィナ村では民間人15人が処刑され、遺体が川に投げ込まれた。他の住民に恐怖心を広めるためとみられる。

サフィナ村では民間人6人が19日に手を車につながれて村中を引きずり回されたとの情報もある。6人はISと敵対している部族長と関わりがあったというだけでそのような目に遭ったとみられている。
 
23日にはモスルの南にあるルフェイラ村でISが住民を強制的に行進させた際に、ついて行けなかった女性3人と女児3人の計6人を射殺したという。6人が行進について行けなかったのは、殺された女児の1人が身体障害者だったためだとみられている。
 
またコルビル報道官は、ISの人質となっていた元警察官50人が23日にモスル近郊の建物で処刑されたとの情報があることも明らかにした。【10月26日 AFP】
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また、モスル市内ではIS戦闘員が「軍への密告者の舌を切る」と脅しながら、はさみを持って市内を巡回しているとも。“携帯電話で話している市民は、スパイの可能性があるとして、摘発の対象となり、実際に舌を切られた若者もいたという”【10月23日 読売】

ラッカ奪還作戦も「数週間以内に開始する」】
これまでの戦闘による犠牲者については、以下のようにも。

****IS900人殺害か=モスル奪還作戦―米司令官****
米中央軍のボテル司令官は27日、AFP通信に対し、イラクで17日に始まった過激派組織「イスラム国」(IS)が拠点とする北部モスルの奪還作戦で「IS戦闘員800〜900人が殺害されたのではないかと見積もっている」と述べた。
 
イラク軍はこれより先、イラク部隊が24日までに「テロリスト772人を殺害した」と表明し、戦果を強調していた。連日100人前後のペースで死亡している計算となり、モスル周辺で日々続く交戦の激しさが示唆されている。
 
イラク側の被害は明らかではないが、IS系メディアの「アマク通信」は24日、ISが17日以降「819人を殺害した」と伝えている。【10月27日 時事】
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この種の「戦果」発表は、大本営発表的に誇張される傾向がありますので、実際のところはわかりません。
もし、実際にも「IS戦闘員800〜900人が殺害された」ということであれば、モスルのIS戦闘員は数千人レベルと推測されていますので、その1~2割にもなり、市街戦に入る前の現段階で既に相当規模のダメージを受けていることにもなります。

一方、米軍主導の有志国連合は、ISのイラクの拠点であるモスルの攻略と並行して、ISが「首都」とするシリア・ラッカの奪還作戦を並行して進める方針を明らかにしています。

****<対IS>米連合軍、ラッカ奪還作戦「数週間以内****
米国のカーター国防長官と英国のファロン国防相は26日、過激派組織「イスラム国」(IS)が首都と称するシリア北部ラッカの奪還作戦を「数週間以内に開始する」との見通しをそれぞれ示した。(中略)

イラク軍などは今月中旬からモスル奪還を目指した大規模な軍事作戦を開始し、有志国連合も空爆や作戦指揮で支援している。(中略)

対IS作戦を巡っては、NATOも今月20日から大型レーダーを備えて味方機の指揮管制を担う空中警戒管制機(AWACS)をシリア上空に飛ばし、有志国連合に情報提供を始めている。また、これまで隣国ヨルダンで行っていたイラク軍の訓練をイラク国内でも近く始める見通しだ。
 
NATOのストルテンベルグ事務総長は25日の記者会見で「イラク軍への支援を強化する」と述べたが、モスルなどの奪還作戦への直接的な関与については明言を避けた。【10月27日 毎日】
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関与を強めるトルコ 「締め出されたままではいられない」】
“先が見え始めた”ISに対する軍事的圧力は加速度的に強まることが予想されますが、イラクでも、シリアでも、ここにきて俄然“存在感”を示そうとしているのがトルコです。

トルコはこれまでも、スンニ派民兵支援のためとして部隊をイラク領内に駐留させており、イラク政府と対立していました。

「われわれは作戦もその後の協議にも参加する。締め出されたままではいられない」(10月17日 エルドアン大統領)という“非常に正直でわかりやすい”発言にもあるように、今後更に本格的にモスル奪還作戦に関与する姿勢を示しており、主権侵害とするイラク政府との対立が激化しそうです。

****<イラク>トルコと対立 モスル奪還作戦、参加を拒否****
過激派組織「イスラム国」(IS)の実効支配下にあるイラク北部モスルの奪還作戦を巡り、イラク政府とトルコ政府との対立が深まっている。

国境を接するイラク北部で影響力を保持したいトルコは、作戦に積極的に参加しようとしているが、イラク側は拒否。両国の対立は「IS後」のイラク安定に悪影響を及ぼす恐れがある。
 
トルコのユルドゥルム首相は23日、モスルの北東約20キロのバシカで、トルコ軍がクルド自治政府の支援要請に基づいてISの拠点を砲撃したと発表した。イラク北部への介入を「国土の一体性を守る措置」と位置付け、「今後も必要な対応をとる」と述べた。
 
トルコ軍は昨年からバシカ近郊などに駐留。衛星テレビ局アルジャジーラによると、約2000人の兵士がいるとみられる。イラク政府は「無許可の駐留は主権侵害行為」として撤収を求めたが、トルコ側は、友好関係にあるクルド自治政府の治安部隊やイスラム教スンニ派民兵の訓練が目的で、「イラク政府も承知済みの計画だ」と反論した。
 
イラクのアバディ首相は22日、「トルコが(モスル奪還)作戦に参加したいことは知っている。だが、これはイラク人の問題だ」と不快感を表明したが、23日のユルドゥルム首相の発表はそれを無視した形だ。

トルコはこれまでも、ISやイラク北部に逃げ込む反政府武装組織「クルド労働者党」(PKK)を念頭に置いた「テロ組織対策」などの「大義名分」を次々と持ち出しており、作戦参加を既成事実化する狙いがあるとみられる。
 
一方、イラク政府は、クルド自治政府や北部に集住するスンニ派がトルコの後ろ盾を得て、独立や自治拡大を求める展開を懸念。

イラクに強い影響力を持つシーア派国家イランのスンニ派を下支えするトルコの動きを非難しており、AP通信によると、イラン外務省のガセム報道官は24日、「テロとの戦いを口実に他国の主権を侵害する行為は受け入れられない」と強調した。
 
対ISでイラク、トルコ両国と連携する米国が仲裁に動いたが、奏功していない。【10月25日 毎日】
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イラク政府が主権侵害だと批判しているのに「イラク政府も承知済みの計画だ」というのも、エルドアン大統領も相当に強引です。

なお、トルコはシリアのクルド人勢力はPKK関連組織して敵視していますが、イラクのクルド自治政府とは協力関係にあります。

トルコはシリア北部でも、IS掃討を名目に、実質的にはトルコ国境に近いエリアでのクルド人勢力の拡大を阻止するために、反政府勢力を支援・軍事介入する「ユーフラテスの盾」作戦を展開しています。

アサド政権のこれまでの関心がアレッポ周辺の戦闘に向けられていたことなどで(あるいは、プーチン・エルドアン会談でなんらかの合意ができていたのか)、これまでアサド政権側は表立った行動は起こしていませんでしたが、トルコ側の作戦拡大で対立が表面化しています。

****<シリア>政権、親トルコ派空爆か 軍事介入以降で初****
トルコ軍は26日、シリア北部アレッポ県で親トルコの反体制派がシリア軍所属とみられるヘリコプターに空爆されたと発表した。ロイター通信が報じた。

シリア軍の関与が事実ならば、トルコが今年8月に軍事介入して以降、シリア軍が親トルコの反体制派を攻撃するのは初めて。アサド政権はトルコの介入を「侵略行為」と非難しており、両国の緊張がさらに高まる恐れがある。
 
トルコ軍の発表によると、アレッポの北35キロのアフタリン周辺で26日、円筒形の容器に火薬や金属片を詰めた「たる爆弾」が反体制派の拠点に投下され、戦闘員2人が死亡、5人が負傷した。
 
トルコ軍は過激派組織「イスラム国」(IS)と少数民族クルド人民兵の掃討を名目にシリア北部で軍事介入を始めた。戦車部隊や特殊部隊が越境して反体制派を支援しているが、当初の活動地域はアサド政権の支配地域から離れていたため、政権側は静観していた。
 
親トルコ派は東西約80キロにわたって国境地帯を制圧した後、アレッポ北方に南下し、政権側支配地域まで約10キロに迫っている。政権側の包囲下にあるアレッポの反体制派と共にシリア軍を挟撃する可能性もあり、政権側は懸念を強めている。【10月26日 毎日】
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「これ以上アレッポに近づくな!さもないと・・・」というシリア側のトルコへの警告でしょう。


トルコの“積極関与”が予見させる「IS崩壊後」の難題
イラク・シリアにおけるトルコの現地政権の意向を無視した積極関与・軍事介入がIS打倒を早めるのか、あるいは、現地での混乱を拡大させるのか・・・。

「IS崩壊後」の影響力拡大を狙ったトルコの関与が拡大すれば、利害が反するイランもこれまで以上に関与を強めることが想像されます。

混乱を防止すべく、アメリカはトルコをとりなそうとしていますが・・・。

****IS掃討で連携確認=米・トルコ首脳が協議****
オバマ米大統領は26日、トルコのエルドアン大統領と、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討について電話で協議した。ホワイトハウスによると、オバマ大統領はシリアでISに引き続き圧力をかけるため、緊密な連携の必要性を確認した。
 
オバマ大統領は、トルコがシリア北部の対トルコ国境地帯からISを排除する作戦を展開したことを踏まえ、IS掃討戦をさらに進展させるため、両国協力の必要性を指摘した。また、イラクでの対IS作戦にトルコがどのような形で参加するかについて、両国による対話が続いていることを歓迎した。【10月27日 時事】
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ISがモスル・ラッカを失い崩壊しても、イラクにおけるシーア派、スンニ派、クルド自治政府の対立、シリアにおけるアサド政権と反政府勢力の対立、それぞれの思惑で介入するトルコ、イラン、ロシア、アメリカなど関係国の存在で、対IS軍事作戦以上に困難な問題が控えていることは、10月18日ブログ“イラク モスル奪還作戦開始 ISの軍事的排除よりも難しい問題が山積 解放後は平和か混乱か”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161018でも取り上げたとおりです。

もちろんISも、面的な領土支配を失っても組織自体が消滅する訳でもなく、テロ活動をこれまで以上に過激化させることも予想されます。
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