孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ブラジル政界の泥沼 ルセフ氏罷免 前下院議長は公職追放 ルラ元大統領も訴追

2016-09-16 21:12:52 | ラテンアメリカ

(弾劾裁判で8月31日、ルセフ氏の罷免が決まった直後の上院本会議。反対派はプラカードを掲げ、賛成派は歓声を上げた=ブラジリア、田村剛撮影【9月2日 朝日】 この中にも汚職の疑惑がもたれている議員が相当数いるのではないでしょうか)

ルセフ氏弾劾は「よりましな」大統領の選択?】
リオデジャネイロ五輪も終わったブラジルでは、懸案となっていたルセフ大統領の弾劾審議に決着がつき、予想されていたように職務停止中だったルセフ大統領の罷免が決定しました。

****ルセフ氏罷免、抗議と歓声 ブラジル新大統領にテメル氏 弾劾反対派デモ、暴徒化も****
5月から職務停止中だったブラジルのルセフ大統領(68)が8月31日、弾劾(だんがい)裁判で罷免(ひめん)された。

昨年から続いたブラジルの政治の混迷は一つの区切りを迎えた。政治の混乱を収拾し、苦境にある経済をいかに回復できるかが、テメル新大統領(75)の課題だ。
 
上院議員81人による採決で、ルセフ氏の有罪支持は61人、反対は20人。憲法で全議員の3分の2以上と定められた罷免要件を満たした。採決結果が示されると、弾劾支持派の議員は歓声を上げ、国歌を斉唱した。一方、反対派は「クーデターだ」と書かれた紙を掲げて抗議した。
 
ルセフ氏の支持者は弾劾裁判に抗議するデモを広げた。最大都市サンパウロでは31日、デモが暴徒化して警察と衝突。警察が催涙ガスなどを使って制圧した。
 
近隣諸国でも、抗議の声が上がった。ルセフ氏の労働党政権と良好な関係を保ってきたキューバやボリビア、エクアドルなど左派政権の各国は、大統領罷免を一斉に批判。ベネズエラはブラジルからの大使召還を決め、「クーデターから生まれた政府との外交関係は凍結する」と宣言した。
 
一方、昨年の大統領選で中道左派から中道右派への政権交代が起きたアルゼンチンは、弾劾裁判の結果を尊重すると表明した。

 ■景気回復が焦点
南米初となるリオデジャネイロ五輪を成功させたブラジル。だが最大の貿易相手国である中国経済の減速などを受けて、ここ数年は深刻な経済低迷に直面している。
 
31日に新大統領に就任したテメル氏は同日夜、国民向けのテレビ演説で「ブラジルは経済危機の中にある。私はブラジル経済に力を取り戻し、軌道に乗せることを皆さんに約束する」と呼びかけた。
 
そして、その日のうちに、中国・杭州に向けて初外遊に出発した。9月4日開会の主要20カ国・地域(G20)首脳会議に出席するためだ。ブラジルの政策転換を国際舞台でアピールするため、一刻も早い採決を望んでいた。
 
2003年のルラ元大統領就任から13年続いてきた労働党政権は、鉄鉱石・大豆など主力輸出産品の資源高を追い風に、経済成長を実現した。格差是正や社会福祉にも力を入れ、中間層を育てた。

ルセフ氏は、高い支持率を誇ったルラ元大統領の後継として、10年に大統領に当選。同国初の女性大統領として、当初は順調な船出だった。
 
だが、15年スタートの2期目からは、景気低迷や、与党議員が絡んだ大規模な汚職の発覚で支持率が急落した。反政権デモが相次ぎ、大統領交代を求める世論が弾劾を後押しした。
 
ブラジルは15年の国内総生産(GDP)が、前年比で実質3・8%減少した。16年も3%超の減少が予想されている。2年連続のマイナス成長は、世界恐慌のあおりを受けた1931年以来だ。高インフレや失業率の高さが国民を直撃している。
 
これに対し、テメル氏は中道政党であるブラジル民主運動党に所属。大統領代行に就いた際には、労働党の閣僚をすべて退任させ、中道右派の野党を内閣に取り込んだ。財務相に、経験豊富なメイレレス元中央銀行総裁を起用。省庁削減を実現させるなど、財政健全化に注力してきた。
資源やインフラ整備の分野の民営化にも意欲を見せる。正式な大統領就任でさらに改革が進むと、金融市場は期待を寄せる。
 
ただ民間調査機関が7月に実施した世論調査では、当時のテメル暫定政権の支持率は14%で、それまでのルセフ政権と差がない。与党内には、汚職事件の捜査対象になっている議員が大勢おり、テメル氏自身も関与が疑われている。【9月2日 朝日】
*******************

ルセフ大統領を追い落としたテメル新大統領の不人気ぶりも相当なものです。

****開会宣言したブラジル大統領に観客「出ていけ****
7日に行われたリオデジャネイロ・パラリンピックの開会式で、開会を宣言したテメル大統領に対して観客から「出ていけ」と大合唱が起きた。
 
テメル氏は8月31日、弾劾に問われたルセフ前大統領の罷免に伴い大統領に昇格。テメル氏は大統領代行として出席したリオ五輪開会式でもブーイングを浴びていた。
 
開会演説に臨んだ大会組織委員会のヌズマン会長も、「連邦、州、市の各政府の支援に感謝したい」と話した瞬間、観客から激しいブーイングがわき、ヌズマン氏が1分以上黙り込む一幕があった。開会演説の中断は極めて異例だ。国民の根強い政治不信が浮き彫りとなった。【9月8日 読売】
*******************

“ルセフ氏弾劾は「よりましな」大統領の選択という色合いが濃く、政治改革は2018年の次期大統領選まで持ち越される見通しだ。”【8月25日 毎日】とのことですが、「よりましな」かどうかも怪しいところです。

ルセフ前大統領は不正会計処理を問われましたが、彼女の弾劾を推し進めたテメル氏らの勢力は、もっと直接的な“私腹をこやす”汚職・不正にかかわってきたとの疑惑もあります。そのあたりが、ルセフ氏が「これはクーデターだ」と息巻く所以でもありますが。

****テメル大統領代行にも汚職疑惑 地元報道****
ブラジルの暫定政権を率いるテメル大統領代行が、市長選挙で違法な資金集めをしていた疑惑が15日、浮上した。地元メディアが報じたもので、展開次第で政権の土台が揺らぎかねない事態だ。
 
報道によると、国営石油会社ペトロブラスをめぐる大規模汚職「ラバジャト事件」で、検察の司法取引に応じた関連会社の元社長が2012年のサンパウロ市長選に際し、テメル氏から寄付金集めを要請されたと供述。元社長は約150万レアル(約4600万円)の提供を約束したという。
 
ブラジル政財界を揺るがす同事件では、これまでルラ前大統領やクニャ下院議長(停職中)ら与野党の有力政治家が起訴されているが、テメル氏に関する疑惑が浮上したのは初めて。テメル氏側は資金は法律に従って処理したとし、疑惑を全面的に否定している。【6月16日 産経ニュース】
*******************

ブラジル政界の泥沼
上記記事にもあるクニャ下院議長は与党実力者で、ルセフ前大統領弾劾を主導した人物ですが、12日に汚職で公職追放が決定しています。そもそもルセフ前大統領弾劾は自身の汚職疑惑追及への報復だったとも。

****前下院議長を公職追放=ルセフ氏弾劾主導の実力者―ブラジル****
ブラジル下院は12日、汚職事件で捜査を受けているクニャ前議長の公職追放を決めた。クニャ氏は、ルセフ前大統領の弾劾を主導した政界の実力者。政界の暗部に精通しているとされる。報復として「政治腐敗の実態を暴露するのではないか」と警戒する声も広がっている。
 
クニャ氏は、国営石油公社の契約をめぐり、受け取った多額の賄賂をスイスの口座に隠した疑いなどが持たれている。口座の存在を否定し「私は潔白だ」と訴えたが、下院の9割の賛成で議員資格の剥奪と公職追放が決まった。
 
クニャ氏は昨年12月、下院議長として、ルセフ氏に対する弾劾審議開始を決定。連立を組んでいたルセフ氏を窮地に追い込んだ。地元メディアは、クニャ氏の汚職疑惑を追及する議会の動きを阻止しなかったルセフ氏への報復だったと伝えていた。【9月14日 時事】
******************

そのクニャ下院議長とテメル新大統領は“仲間割れ”とも。結果、ルセフ前大統領は公職追放は免れ、政界復帰の可能性も残しています。

****ブラジル情勢】改革断行待ったなし テメル氏の政権基盤弱く 与党内にも抵抗勢力****
8月31日に就任したテメル大統領率いる新生政権は、近年で最悪の状態に陥ったブラジルの経済を立て直すことが最優先課題だ。しかし、テメル氏の政権基盤は脆弱で、野党だけでなく与党内にも抵抗勢力を抱えており、改革を断行できるかどうかは不透明な情勢だ。
 
テメル氏を支えた勢力は、貧困対策や手厚い労働者保護を重視してきたルセフ前大統領や労働党(PT)に、経済悪化の責任を負わせる形で政権から追い出すことに成功した。
 
しかし、ルセフ派の抵抗は強く、31日もブラジル各地で支持者が一部で暴徒化。今後も対立が激化し、政権運営の大きな障害となる可能性がある。
 
さらに、弾劾裁判ではテメル氏の政権与党が一枚岩ではないことが露呈した。
ブラジルの法律では罷免された大統領は8年間、公職追放される規定だが、上院はこの決まりを改め、罷免とは別に公職追放の是非を問う採決を実施。その結果、可決に必要な票数に届かず、ルセフ氏は公職追放を免れた。最悪のシナリオを回避した同氏は、「私は(政界に)すぐに戻ってくる」と支持者に訴えた。
 
この点をめぐっては、テメル氏が所属するブラジル民主運動党(PMDB)の実力者、クニャ前下院議長の議員資格剥奪の問題が絡んでいるとの指摘がある。クニャ氏の政界復帰に道筋つけるため、テメル氏の意向に反し、クニャ氏を支えるグループとPTが「裏で取引をした」との批判が出ている。
 
ブラジル議会は小党乱立の状態で、下院第一党であるPMDBですら議席占有率は13%でしかない。各党が党利党略で政策の善しあしを判断すれば、一つにまとまることは困難だ。
 
さらに、財政健全化のため、年金改革や税制改革のような国民に痛みを強いる法案の推進も、テメル氏の説得と強いリーダーシップがなければ実現は困難だ。(後略)【9月1日 産経】
******************

“クニャ氏を支えるグループとPTが「裏で取引をした」”云々と、12日のクニャ氏公職追放決定がどういう関係にあるのかは知りません。

いずれにしても、誰もかれもが汚職・不正を引きずる状況で、ブラジル政界の泥沼が推察されます。

次期大統領選に出馬すれば「誰にも勝ち目はない」というルラ元大統領も汚職容疑で訴追 政治的動機の臭いも
そうした状況で、未だに高い国民的人気を維持しているのがルセフ氏の後ろ盾ともなっていたルラ元大統領です。
2018年の次期大統領選挙にはルラ氏が左派政権復活を目指して出馬するのでは・・・とも言われています。

****左派政権の復活を目指してルラが次の大統領選に*****
・・・・ルセフ失脚でブラジルの左派政権時代が幕を閉じた。ルセフを大統領に押し立てたのは前任者のルラだ。カリスマ的人気を誇るルラは2期の任期を務め上げて10年に引退。ルラ、ルセフと2代にわたる労働党政権下で何千万ものブラジル人が貧困から脱出した。 

一方で、左派ポピュリスト政権のばらまき政治で腐敗が蔓延。ルセフ以外にも数十人の議員が汚職疑惑に問われている。
 
次の大統領選でルラの再出馬を期待する声が、市民には根強い。「ルラが出れば、誰にも勝ち目はない」と、62歳のブラジル人男性テイア・ゼリアは言う。
 
いまだに根強いルラ人気を頼りに左派が再び政権を取れるか。汚職疑惑の解明とブラジル経済の回復が鍵を握っている。【9月13日号 Newsweek日本版】
*******************

しかし、ルラ元大統領も汚職・不正疑惑の渦中にある点では、他の政治家と同じです。連邦検察は14日、ルラ元大統領を汚職容疑で訴追しました。

****ブラジル検察、ルラ氏を汚職容疑で訴追 公金横領の「首謀者****
ブラジルの連邦検察は14日、ルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ元大統領を汚職容疑で訴追した。検察はルラ氏を、国営石油会社ペトロブラス(Petrobras)を舞台とした大規模な公金横領事件の首謀者と断じている。
 
訴追内容は、ルラ氏が370万レアル(約1億1300万円)相当の賄賂を受け取ったというもの。被告とその妻は、ペトロブラスをめぐる汚職に関与したとされる企業の一つである地場建設大手のOASから、海沿いのアパートとその改修費を提供された疑いなどがもたれている。
 
これらの容疑は新しいものではないが、ペトロブラスをめぐる汚職事件の捜査を率いるセルジオ・モロ連邦判事が訴追を認めれば、ルラ氏の件は裁判に持ち込まれることになる。
 
ルラ氏は繰り返し無実を主張しており、訴追は政治的な動機に基づくものだと反発している。
 
左派・労働党(PT)の設立者であるルラ氏は、世論調査では2018年の次期大統領選挙での返り咲きが有力視されている。【9月15日 AFP】
*********************

ブラジルでは裁判所が起訴の正当性を判断する仕組みがあり、ルラ氏は裁判所の起訴の受理後に初めて「被告」の身となります。

汚職・腐敗が構造化しているブラジル政界にあって、ルラ氏が他の政治家同様に不正に関与していたのではないか・・・というのは強く想像されるところではありますが、次期大統領選挙での返り咲きが有力視されているこの時期に「汚職の最高司令官」(検察)と標的にされたことについては、“政治的な動機”の臭いも。

いずれにしても、この際、多少の混乱はあっても政界のウミを出しきるしかないでしょう。

南米で続く「左派離れ」】
ブラジル・ルラ政権は南米左派政権の要でもありました。

“域内最大の経済力を誇り天然資源も豊富なブラジルは10カ国(仏領ギアナ含む)と国境を接し、南米の人とモノの流れを考える際に避けて通れない存在だった。
ルラ大統領(当時)が就任した翌年の04年には、南米諸国連合(UNASUR)の前身となる南米共同体が創設された。南米と北米の「南北間」が主流だった貿易体制から、南米国同士で活発に取引する「南南協力」に軸足を移す契機となり、反米の旗印のもとに左派政権が連帯する風土も育まれていった。”【9月1日 毎日】

アルゼンチンのマクリ大統領、ペルーのクチンスキー大統領、そしてブラジルのテメル新大統領と中道右派政権誕生が続き、コロンビア以外は軒並み左派政権だった南米も様変わりです。

各国で事情はそれぞれあるでしょうが、大きくくくると“バラマキ政策のつけによる財政悪化や、独裁色を強める長期政権への反発が民衆の「左派離れ」を招いている。”【同上】とも指摘されています。

次は急進的反米左派の中核、ベネズエラのマドゥロ大統領の弾劾か・・・というところですが、政権側は時間稼ぎでマドゥロ氏の首のすげ替えだけですまそうということのようです。
そのあたりの話は長くなるので、また別機会に。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする