ねーさんとバンビーナの毎日

「静」→ 「淡」→ 「戻」→ 「無」→「休」→「解・涛」→「涛・停」→「抜」→24年「歩」 最終章序章スタート!

なるほど〜

2021年04月30日 20時16分00秒 | 味わうねーさん
をいをい、釣り求人かよぉぉぉ、、、

という結果。


ハロワだけじゃないんだなぁ、どうやら今の世の中。
オリンピック求人なんか正規求人に見せかけて国の求人案件数の量増しをしてますな?コレ??

(オリンピックはやれません、やはり。)


なんだか嫌な(裏ブラックな)繕いに、色んな人が加担している形になってる感じ。

(けれど「これも仕方がないんだ」と解釈しては「自分は決してブラックではないぞ」と言い聞かせてるような。)


これは10年前より酷いかも??


という私のナウな実体験による観測。

今日突かれたお言葉・その1,199

2021年04月28日 23時00分00秒 | 突言葉ねーさん
変化が起こる前は(なんだかやたらに)眠くなる。


自分自身の変化(社会の変化ではなく)を言ってるようです。
たしかになんかやたら眠くて仕方がなくなる日とかってある。
体調?気候?寝不足?くらいな気の留め方しかしてこなかったけど、前後振り返ろう。

何やらカテキンが、、、

2021年04月28日 20時37分00秒 | まんまねーさん
何やらカテキンがコロナに効き目があるようだ。

一番は紅茶で、次に緑茶、、、だとか。

実家を出てかれこれ30年弱。
実家では年がら年中「緑茶」を飲んでいたので(出されるので)、まず砂糖の入った飲み物は飲まなかった。
たまに呑むコーヒーくらい。
なので砂糖の甘みが変に体内に入ると頭痛がする体質で、ハーゲンダッツなぞは甘すぎて頭が痛くなってきて食べきれなかったクチ。

そんな自分だけど、実家を出てからはまず緑茶を飲まなくなった。
甘い飲み物を飲むことの方が多くなってしまった。
甘いものを食べて頭痛がする体質が2012年に消えたのも自らの感覚で実感している。
おそらく流れで1996年頃から背負うことになったコンピュータシステム構築の仕事で、頭の使い方が変わったからだと自己分析している。
ある種のストレス。しかもかなりのストレス。
右脳優先だったのを強制的に左脳優先にしなくちゃならない感じ。
頭を使うと糖分が異常に使用されるらしいがまさにそれだろう。

そんな過剰な時期も過ぎて今はほどほどに戻ってきている。
ハーゲンダッツも月イチ欲しくなるかならないか。

そんなところにカテキンがコロナに効き目があるとの情報を得たので緑茶生活に戻そうと思う。

腹づもり、心づもり

2021年04月28日 20時21分00秒 | 2種分ねーさん
腹づもりしておきます。
腹づもりしておいてください。

54年間ほぼ使わない言葉。


心づもりしておきます。
心づもりしておいてください。

こちらは時として使う。

腹括っときます!
腹括っておいてください!

こちらも時として使う。


腹づもり、、、


昭和に生まれて、まず使ってきたことがないし、年寄りや諸先輩、上司や同僚、仲間、友だちからも耳にさせられることもなかった。


ついこないだまでいた有名大企業さんで「腹づもり」という言葉が盛んに使用されていて(口頭もメール文面にも)、

「なんだか妙だなぁ。
この企業さんの中には人に言えないような企み事しかないってこと?
表向き良い顔しながら裏で計り合いしてるってこと??ブラックじゃん。
なんか嫌な文化が形成されているなぁ。」

と感じた訳なんだけど(事実、「文化が合わなくて、都度会話が噛み合わなくて、非常に困っているんですが!」とハッキリ難癖つけましたが、私。苦笑)


「腹づもり」という言葉をこの先耳にしたら、状況把握(道理っ外れの企み事(ブラック)がないか?とか)と人間ウォッチング(サイコパス系??)はしちゃうわな。

知らないで多用している若年者がいたら、助言しようと思っている。

オリンピック理念

2021年04月28日 19時02分00秒 | 考えるねーさん
今回ほどオリンピックの意味を考えるきっかけになった回もないのでは。

現状に目をやれば疫病が治りを見せず「開催するな、中止せよ」と声を張り上げる人が大勢いるが、「オリンピックってなんでやりはじめたの?そもそも??」という観点から改めて考える人(調べなおす人)もいるだろうと想像する。

オリンピックの目的として「戦争抑制の為」というのがある。

4年に一度は世界が戦争のない状態を作る」という思想の元にずっとこの祭典が開催されてきた。

これまでに中止になった数回は「戦争を休戦出来なかった」という理由しかない。
「コントロールしきれなかった」ということなんだろう。

今回「延期」となったのは戦争ではなく、疫病で中止を選択してきたことがなかったからのようである。
こちらは人間がコントロールしきれると考えたんだろう。(希望的観測)

しかしフタを開けたら、疫病も最後は「人間の行動や思考のコントロール」に行きつくような感じだ。
昔と比べ医療や薬剤は相当発展しているのにこのさまだ。

戦争がコントロール効かなかったように、疫病までもがコントロール効かないとなると、人間が一番なりさがっていってる気がしてくる。情けない。


どうやら私は間接的ではあるけれども今回のオリンピック開催にあたり縁の下で準備運用に協力することになりそうだ。(結果:はい、お流れになりました。)

「なんでこの流れがいきなりくる?」

「開催するかしないか分からないけど、準備だけはしない訳にもいかず。(イベント業に関わる皆さんがそうだろう)」

という現実が降りかかってきて、

「オリンピックはどう考えても中止しかないじゃん!」

という思考から少し変わってきた。

仮にそうなっても、この現実に関わる意味を考えずにいられなくなっている。

どういう結末になりますやら。


(補足)

コンピュータシステム構築も似たようなもので「導入せんでいい!」っていう反対派がいながら構築が大抵進んでいく。
ホント「反対!」とだけ言う人達の面倒臭さたるや。
それをやろうとしてる側の熟慮や思いについては「そんなのこちらに全く関係無い」という態度を平気で当てつけてくるあたりは「そもそも人としてどうかしてるわな。共感力の欠如は脳に欠陥があるかららしいぞ?気の毒なことに。」と呆れてくることは当たり前にあることなので、怒りもとうに通り越している。
準備が整って(テスト導入前の試作まで出来てから)導入されなかったものも経験値として数回ある。
(コンセンサスを取りきれなかった、反対派のトップに変わってしまった、理念を持って旗を振ってきた方がいなくなったとたんに何となくうやむやに(理念が継承されてはいなかったっちゅーこと)、、、などなど。)
が!
こちらはやった分の賃金は頂いてきたのと(この点は揉め事に発展したことはないな。)、こちらの経験値(スキル)は確実に上がるので(依頼主側で動いてきた人たちだって同じ)、「どうもありがとうございました!(いやホント!)」なのである。
「反対」だけ言って社会に関わるのは結構(お金では補えない)損をしてることも早く気がついた方が良いと思う。
反対を口にする前に「こうする!」を提示できないのは先々淘汰されちゃうのが世の道理。(時間稼ぎしてください、せいぜい)

あ、そうだ。
準備や先々の計画、協力した人への報酬がうやむやなまま(報酬=位だったな。しかも権利はうやむやな。)突き進んでいってしまったあの重大な改革プロジェクトは8年後に死人が出ました。(本当です。未だ残念で仕方ないです。空を見上げては「どう振り返ってもアレが今の日本の成れの果てだよ?どう思う?」と亡くなった彼に問いかけること、あるのよねー、私。)
あれと比較すればオリンピックはまだ準備や計画は存在してる風に見えます。