東京大学先端科学技術研究所 小泉 悠 専任講師
「戦勝記念日は軍が主役のイベントなので参謀総長が来るべきもの。ゲラシモフは就任10年になるが、これまで戦勝記念日に来なかったことはないのではないか。可能性は幾つかあると思うが、今回の戦争を巡って相当にプーチンの信頼を失っているという話がある。ゲラシモフは事実上更迭されているとの噂話もある。最後のチャンスを貰えるかどうかプーチンと折衝中だと。現場の司令官クラスも罷免されるだけでなく、捕まっているのではないかという。参謀本部の中でも何人か罷免されているという話もある。軍とプーチンの関係は相当にぐらついているというのは間違いないと思う」
こうした中、16日にロシアで有名な軍事評論家のホダリョノク元大佐が国営テレビに出演し、こんな発言をしたことが物議をかもしている。
「ロシアにとって戦況は明らかに悪化している。軍事的、政治的状況の最大の問題点は、私たちは完全に孤立していて、全世界が私たちに反対していることだ」
プロパガンダ化した国営テレビで、プーチン氏に不利に聞こえるような戦況を語ることは珍しい。一体どんな意図があるのだろうか。
東京大学先端科学技術研究所 小泉 悠 専任講師
「ホダリョノク氏も随分勇気がある発言をしたと思う。こういう発言を許したのが、ホダリョノク氏の独走だったのか、それとも仕込みで何らかの理由でこういう発言をさせているのかは気になるところだ。実は他にも何人か軍人や専門家は、『動員をかけないと勝てませんよ』とか語り始めている。戦況が厳しいということを専門家の口を借りて喋り始めている、或いは専門家がそういう発言をすることを妨げなくなってきている。では、言わせた末に何処に持っていきたいのか…もはや何々をしてもやむを得ない、という方向に世論を持って行きたいのだろう。その“何々”が何なのかということがこれからの焦点だと思う」
■戦力は3分の1に「逃走して再編成しないと使い物にならない」
実際、ロシアの戦況は悪化の一途を辿っているようだ。小泉氏はロシア軍の攻撃の仕方などから、戦力の厳しさを読み解いている。例えば次の3つがある。▼黒海艦隊が対艦ミサイルで地上攻撃をしている。これは巡航ミサイル不足でないかと小泉さんはみている。▼水上艦ではなく潜水艦から巡航ミサイルを撃っている。これは水上艦用のミサイルが不足しているからではないかという。▼また、徴兵制は任期一年で入れ替えのはずだが、実際には除隊できていない。これは兵士不足の表れではないかと指摘する。
東京大学先端科学技術研究所 小泉 悠 専任講師
「米国の国防総省はロシア軍が何発巡航ミサイルを撃ったかをブリーフィングの中で言っています、つまりアメリカは見ているぞということだが、2千数百発撃っているんです。ロシア軍は相当これまで巡航ミサイルを作っては貯めてきたわけですが、もうそれが3か月もする戦争で枯渇し始めている。例えば対艦ミサイルは敵の軍艦を撃つものだからこれは目的外使用だ。それから潜水艦から撃つのも同じような巡航ミサイルなのだが、出来れば潜水艦は位置を秘匿しておきたいので、水上艦から撃つのがセオリーだと思う。だけれども水上艦用の巡航ミサイルが足りなくなってきているのだろう」
しかし別の見方もできると元陸上自衛隊でソ連を仮想敵国として研究していたこともある渡部悦和氏だ。
元・陸上自衛隊東部方面総監 渡部悦和氏
「対艦ミサイルから地上攻撃をするというのは、黒海艦隊はウクライナの岸に近寄るとミサイルを撃たれて沈没する可能性もあるので、潜水艦を使った対地攻撃用のミサイルを撃っているという考え方もある。ただ、大きな流れとしては小泉さんが言われた通り、ロシアの兵器は厳しくなっている」
オランダの民間軍事サイト「Oryx」によると、ロシアは戦車や航空機などの兵器を3675という数で失っているという(16日時点)。この数字はウクライナの3.5倍だ。兵器の種類別でロシアの損害をウクライナと比較しても、航空機やヘリコプターは2.6倍。対空兵器は1.2倍。戦車は4.2倍。歩兵関連の兵器は3.4倍。そして兵站は14倍も損害に差が出ている。また、イギリスの国防省は、ロシア軍は投入した地上戦力の3分の1を失ったと分析している。戦力の3分の1を失うとどういう状況になるのか―。
元・陸上自衛隊東部方面総監 渡部悦和氏
「ロシア軍は厳しい状況だと言える。戦術の常識では、ひとつの部隊の存亡が30%になるとその部隊は使い物にならない。後ろに逃走して再編成しないと使い物にならない。3分の1というのは33%ですから、この時点でロシア軍をみるとかなり無理をしなければ作戦が出来ないような状態になっている。攻撃する側は5倍の戦力でなければならないと私は言っているのだが、これが出来ないような状況になっている。だから、ドンバス地域においてロシア軍の攻撃が進捗していない。これは明らかな原因がここにあると思う」
■食洗器・冷蔵庫の半導体を戦車に…
ロシアは兵器の増産に躍起になりたいところだが、どうやら更なる難関に直面しているようだ。1936年創業のウラル・バゴン・ザヴォート社は、ロシアの最新戦車のほとんどを製造する。しかし、ウクライナ国営メディアによると、部品不足のため3月21日に操業を停止したという。米国商務省の輸出管理担当者も「ロシアでは制裁で通信機器などに使用する半導体が足りなくなっている」と分析している。
また、驚くべき報告もある。米国のレモンド商務長官は11日、ウクライナ側からの報告として「ロシア軍の戦車を調べた際、食洗器や冷蔵庫から取り出した半導体が使われていた」と明かした。さらにロシアの戦車連隊で、備蓄していた戦車10両のうち実際に運用できる戦車は1両しかなかったという。これは電子機器などの主要な部品が盗まれていたためだと、ウクライナの国防情報局が明らかにしている。
東京大学先端科学技術研究所 小泉 悠 専任講師
「まさにロシアの弱いハイテクの部分が直撃されているので、ハイテク兵器が足りなくなっていくのは明らかだと思う。他方、ロシアは軍事訓練を行うとき、倉庫にしまってあるボロボロの兵器を出してきて油をさして使う。5万何千人分ぐらいの部隊は出来る。更にはもっともっと古い兵器もある。となると武器があるかどうかは戦争を続けられるかどうかに影響はするけど決定はしないと思う。プーチンがもし何が何でもやるとなれば、古い武器も引っ張り出してやると思う。それに対して国民がこんな物を持たされて戦争がやれるかとなるかどうか、この戦争の趨勢を決めてくるだろうと思う」
元・陸上自衛隊東部方面総監 渡部悦和氏
「ロシアはロシア軍のための兵器だけでなく、中国とかインドに輸出をしている。契約をした分、本当に兵器を作って渡すことが出来るのか。いろいろ考えるとロシアでは非常に厳しい軍需産業の状態になって来るのではないかと思う」
(続く)