アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

臨時列車 華やかりし頃を懐かしむ~EF58

2023-04-29 08:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)
世間は大型連休に突入した。今年は最大9連休とも言われ、海外へと繰り出す家族づれも多いとか。3年続いたコロナ感染症が落ち着きを見せ、その対応も緩和されることになったからだろう。夜の街も以前のような人の賑わいを感じている。
かつて鉄道輸送も、多客時には多岐に渡る臨時列車たちが運転され、目を楽しませてくれたものだった。年末年始や夏の盆シーズンの列車たちは未だに語り継がれているが、5月のGWなどにも長距離列車のみならず、いわゆる行楽列車中心に増発されていたことが思い出される。
 掲載写真は、お盆の時期大増発されていた東北線の臨時列車を狙いに出かけた時の画像。むろん撮影データから見てEF57狙いだったはず。日の出から撮影現場に立つことは出来ず、初電で一目散に目的地を目指す訳だから、撮影対象は何本かに限られてしまうが、それでも線路端で列車を待つ時のワクワク感は今でも思い出せる。定期の急行列車に混じって数本の臨時列車がある時はなお更だった。視界に茶色のカマが入った時の緊張感はたまらない。逆に青にクリームの警戒色が見えた時の落胆は計り知れなかったのだ。これは、後者の落胆時の写真なのだ。ゴーナナが消滅して以後、いわゆるゴハチブームが到来する訳だが、この時どうしてそんな予測が出来ただろうか。機関車、そしてその機番で一喜一憂した若き時代が懐かしい。
1976-08-17    9408列車  急行おが52号 EF58 152      栗橋付近にて


荷物列車は忘却の彼方へ~EF58

2023-04-27 17:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)
まさか旅客会社から機関車が消えてしまう時代が来るなんて思いもしなかった。

今でも発行されているかもしれないが、昔は国鉄車輛配置表というハンドブックが毎年発売されていて、よく購入しては全国の車両番号とにらめっこしたものだった。鉄道模型が主体だった時代は特にそうで、列車の編成と車番を確認しながら、自分の愛車を決めたもの。稀に実車に巡り合うと妙に嬉しかったものだった。鉄道趣味の主体が写真に移行してからも、機番の確認や撮影管理上、配置表は重宝した。あの時代を思うと、何という機関車の衰退だろうか。全国に配置されていた機関車たちも、機関区そのものが消滅してしまい、電車区(現代では車両センターというのか?)の片隅にひっそりと佇んでいる印象をもってしまう。そもそも客車がほとんど消滅してしまった現在、残存させる理由は見つからないから、辛い現実を認めざるを得ないのである。機関車ファンの最期の砦は、やはり貨物会社ということになりそうで、本来あるべき鉄道の底力を世間に知らしめて欲しい。最近は特にそんな想いが湧き上がっている。
掲載写真の時代は、今にして思えばまだまだ機関車天国だった。当時米原機関区のEF58は、午後上京してくる唯一の定期列車があり、米原区のゴハチ狙いには欠かせない列車だった。ただ、東海道線を午後上るスジだから、都内近郊ではどこでも光が悪く、撮影には不向きだったことを思い出す。これは、大井町ホーム先端から、太陽に向かって撮影したとんでもない画像。今のデジタル技術でかなり補正している。こんな列車が、毎日走っていた時代。気が付けばあっという間に過ぎてしまった。
1978-11-19     荷36列車 EF58 118    東海道本線:大井町


客車列車の誘惑~EF58

2023-04-23 08:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)
休日の朝、自室では何かしらの音楽を聴く。今では鑑賞に耐えられる様なシステムはなく、何かをしながらの「ながら聴き」に終始してしまうが、ひと時のこの時間が好きで、もう何年続いていることか・・・
 ブルックナーのモテットのCDは聴き過ぎて、気が付けばジャケットが擦り切れてしまった。シューマン、バッハ、モーツァルト、ショパン、ワーグナー、・・・朝だからという事はないが、小品を次々と聴くのが好みだ。今もシューマンの子供の情景を聴きながら、PCに向かっている。どこか落ち着く一時なのだ。
 前記事でEF60の画像を出し、当時に想いを馳せていたら、さらに若き時代の想いが蘇ってしまった。そんな中から1枚掲載しておく。
 
 アントンKが鉄道にカメラを向けて間もない時代の駄作、EF58の普通列車。お昼間の高崎線を上野まで走っていた、遠い昔のおとぎ話のような列車だ。今の社会を考えれば時代錯誤そのものだが、現代から遠い時代への憧れが募ってしまう。高崎第二機関区のEF58は、どれも同じ形態で面白みがなかったが、半世紀近くの時間経過とともに味わい深く思えるようになるとは誰が考えようか。荷物、郵便車後方の連なる10系客車が美しい。
1976-03-28      2322列車 EF58 174         高崎線:宮原付近
 

地味な存在だったEF60の思い出

2023-04-21 20:00:00 | 国鉄時代(カラー)
ロクマル晩年の19号機は特例として、アントンKにとっては、あまり話題の中心に置くことが無かったEF60という新性能電気機関車。ED60型が新性能のパイオニアだとしたら、F型のロクマルはさらに高性能な電機だったに違いない。残念ながらリアルタイムでは見ることも出来なかったが、ロクマル500番台が東海道線でブルートレインをけん引していたという実績からも明らかだろう。今から思えば、東海道でゴハチ撮影の合間にやってきたのがEF60の貨物列車で、よほどのことがなければカラーフィルムでシャッターは切らなかった。その後、八王子機関区をはじめ、首都圏のEF15を淘汰するため大量に転配されると、それまで当たり前に見られた茶色のデッキ付き機関車が一気に消えていったことの衝撃が蘇る。そしてロクマルからロクゴへ切り替えとさらに時代が移ってきた訳だ。追う身から追われる身に立場が変わり、あれだけいたロクマルでさえ見られなくなっていった。その間、時間にしてどのくらいなのだろう。国鉄が民営化される大きな節目を境に淘汰されてしまったのだ。数年前まで現役を貫いたEF6019号機は、なぜ19号機だったのか未だに理由が定かではない。民営化当時に高崎に在籍していたお座敷客車「やすらぎ」の塗色に合わせてお色直ししたことが、存続の引き金になったのか。いずれにせよ、ロクマルの中では特例中の特例だろう。
 掲載写真は、高崎二区のEF15に代わって大量に配置されて間もない時代のEF60による高崎線の専用貨物列車。以前にも書いているが、朝の上り列車に回送を兼ねた重連運転のスジがあり、よく狙っていた時代だった。そして番号潰しに燃えていた時代でもあり、そんな単純だった自分が懐かしく思い出されるのだ。

1985-12-28     5860ㇾ   EF60 73+128         高崎線:神保原付近


薄味に終わった大野和士のマーラー演奏

2023-04-15 12:00:00 | 音楽/芸術
今回は、40年来の親友のお誘いを受け都響の定演を聴いてきた。楽曲はマーラー一曲というアントンK好みのプログラムだったが、音楽監督の大野和士氏の作る音楽が過去の経験上あまり好きではなかったため、お誘いを受けなかったらスルーしていた演奏会だった。お互い年相応にか野暮用が増え、なかなか普段から会えなくなってしまったから、今回は再会が目的で鑑賞は二の次になっていたかも。少々不真面目な鑑賞となった。
 都響は相変わらず上手く、豪快でいて絢爛な音づくりだった。マーラーの第7と言えば、声楽こそないが舞台所狭しとなりフルオーケストラ音楽の中でも大掛かりな編成で、オケの醍醐味は存分に味わえる楽曲。冒頭から活躍するホルン群の雄弁さは、これぞマーラーと呼びたくなるくらいの迫力で我々を魅了していたように思う。その他の金管楽器群、木管楽器群もクライマックス時のパワーと響きの美しさは特質に値した。が反面、弦楽器群、特に1stVnやVlaが大事な箇所で響かず、拍子抜けしたのだ。この辺、指揮者大野氏の音楽作りと大いに関係しているはずだが、全奏時におけるオケの響きが、バランスに欠けていると感じた。テンポを大いに動かし、最後はオケを煽りまくって終結したが、どこか大野氏の冷静沈着な感情が音楽に融合されずに終わった感覚だった。そこには、人間のあらゆる感情、情念といった精神性は無く、かなり内容が薄味でさっぱりした物のように感じてしまったのである。
 滅多に生演奏に接することのできないマーラー第7だから、テンシュテットのライブやバルビローリ、都響で言えば、古くは若杉弘、そしてインバルのマーラーを描いて会場へと向かったが、予想通りというか、オケは素晴らしいのに演奏そのものは駄演に終わっていた。やはり音楽は理屈ではない。理攻めで楽譜を読み、そこから作曲者の想いを音にすることの意味、難しさを改めて考えさせられた。度々出てくる弦楽器ソロパートの貧弱な響き一つ採っても変に納得させられるのである。いつも指標にしているソロコンマスの崔文洙氏だったら、ここはどんな響きになるだろうと、鑑賞しながら考えてしまったくらい。やはり音楽とは深く尊いもの。天国もあれば地獄に落ちることもあるのだ。

東京都交響楽団 972回定期演奏会Bシリーズ
マーラー 交響曲第7番 ホ短調

指揮者   大野 和士
コンマス  山本 友重

2023年4月13日 東京サントリーホール