アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

福島章恭氏による「ドイツ・レクイエム」

2019-02-28 20:00:00 | 音楽/芸術

早く目が覚めてしまった時、アントンKは教会で唄われるモテット集をよく聴く。むろんブルックナーの作品が多いが、朝食前のひと時、どこか目覚めたての身体に心地よいのだ。同時にミサ曲やレクイエムに広がっていく場合もあるが、キリスト信者ではないアントンKでも、その日のスタートのタイミングがとても有意義な時間に変わっていくのだ。

さて、今回はブラームスの「ドイツ・レクイエム」を聴いてきたので記述しておきたい。指揮は、一昨年モーツァルトのレクイエムで熱演を振るった福島章恭氏。そして崔文洙氏率いるヴェリタス交響楽団とこの楽曲のために結成された合唱団と独唱者という素晴らしい一期一会のメンバー達なのだ。

メインのレクイエムの前にワーグナーの「ジークフリート牧歌」の演奏があったが、楽曲の出の音色だけで、とてつもない演奏であることが読み取れた。何という柔らかな絹のような響きなんだろう。崔氏をはじめとする弦楽器群の美しさは途方もなく、かつて聴いたこともない世界がそこには広がっていたのである。テンポは限りなく遅く、フレーズの扱いは最良に保たれている。こんな楽曲だったか?と聴いている耳を疑いたくなるような響きが広がっていたのだ。およそ20分の演奏時間の中に、伝わる内容が満載で、アントンKはこれだけで腹いっぱいになってしまったのだ。

休憩を挟んで「ドイツ・レクイエム」が演奏されたが、やはり合唱指揮者である福島氏の本領発揮と言った場面が相次いだ。サントリーホールの舞台裏側席、いわゆるP席を埋め尽くした合唱団は、巧みな福島氏の指揮に操られ、天まで届きそうに連なる団員たちを包括していた。今回は、アントンKの座席が悪かったのか(2階LB席)、全奏になるとどうしても合唱団が誇張されバランスを失いがちになってしまったが、それでも管楽器のハーモニーは美しく、とりわけティンパニの主張は激しく、決めのポイントでは全体を引っ張り、この辺は録音に聴くチェリビダッケを彷彿とさせたのである。特に第6曲からの高揚感は、かつて味わったことが無く一番感動したポイントだった。

ブラームスのドイツ・レクイエムは、好きかと言われれば、まだ自分の中ではよく解っていないのが本音だろう。カラヤン、アバド、ジュリーニ、チェリ等の録音でしか知らず、生演奏では初めてと言っていいから、楽曲の鑑賞としてはまだ深いところまで手が届かない。しかし今回の演奏では、指揮者福島章恭氏の懐の大きさを見たようで、さらにまた別の楽曲で聴いてみたいという気持ちになっている。あれほどまでに独自性が強く、自分の想いを具現化できる指揮者は、そうそういないと思われるからだ。前回鑑賞したモーツァルトの大ト短にしろ、今回のジークフリートにしろ、ある意味音楽がそそり立っており、これが孤灯の芸術美ということを示した演奏だったのだと思える。だからこそ聴衆は、彼のベートーヴェン、そしてブルックナーを心待ちにしているのだ。想像しただけでワクワクするではないか・・そしてこんな素晴らしい演奏の土台は、コンマスの崔文洙氏の采配も大きかったはず。終演後、彼が各パート奏者に駆け寄り、労いの握手を交わしていた姿にアントンKも熱くなってしまったのである。久々に心の通った熱い演奏会だったと振り返っている。

ブラームス ドイツ・レクイエム特別演奏会

ワーグナー 「ジークフリート牧歌」

ブラームス 「ドイツ・レクイエム」OP45

指揮  福島 章恭

ソプラノ 平井 香織

バリトン 与那城 敬

コンマス 崔 文洙

ヴェリタス交響楽団

ヴェリタス・クワイヤ・ジャパン

2019-02-27 東京サントリーホール

 


「夢空間」が走った頃‥

2019-02-27 20:00:00 | 鉄道写真(EL)

3月が目前に迫り、平成時代も残り少なくなってきた。元号が変わることで世の中変わるのだろうか。いや、変わらないだろう。自分自身変わったらいいという期待はあるが、決して容易いことではないはず。それまでの蓄積が多いからなおさらだ。

国鉄がJRに変わり、全国的に臨時列車用の特別列車が増えていく時代には、次世代を想像させる寝台列車「夢空間」車両が存在した。24系に属するらしいが、今年でちょうどデビュー30周年だという。もっともこの車輛自体、とうに廃車になっているから、30周年などとは言えないが、そんな次時代を考えた鉄道車両があったということに今は驚いてしまう。あれから大きく世の中が変わってしまい、とうとう寝台列車すらない時代。夢空間ではなく、夢物語となってしまったのだ。

掲載写真は、この3両の特別車両が編成に組み込まれ、全国を走り回り出した頃のもの。「夢空間北東北」として北へと向かう列車だ。横須賀線経由で横浜始発(ちょっと不確実だが)となるのが当時は珍しく感じ、仕事の合間にやっつけで撮影したものだ。どうしてこんな撮り方をしたのか、もう記憶にないが、かろうじて最後部の夢空間が覗いて見えているのがご愛敬。初代のレインボー機EF651019の赤と、ヘッドマークの白のコントラストが美しい。

1991-10-25   9010ㇾ  EF651019 夢空間北東北 JR東日本/東海道本線:東神奈川付近


追憶の東北ブルトレ~ED75「あけぼの」

2019-02-26 15:00:00 | 鉄道写真(EL)

東北のブルトレシリーズ、続いて特急「あけぼの」。

最後のブルートレイン「北斗星」が消滅してすでに4年近くの歳月が流れたが、東北ブルトレとして比較的近年まで存続していた列車が「あけぼの」だろう。アントンKにとっても、このブルトレ「あけぼの」には、思い出も多く、歴史ある名特急だから比較的写真も多く残されている。かと言って、アントンKには、特急「あけぼの」というとどうしても東北本線から奥羽本線周りのブルトレというイメージが最後まで抜けなかった。近年まで残っていた、上越~羽越線周りの「あけぼの」にはどこか違和感があり、何か違うなという感覚があったのだ。まあ現代のカメラ機材を使い、夜間走行撮影など楽しめたことは嬉しかったのだが、純粋な過去の想いに立ち返ると、全く別の列車に思えたのである。もっともこの「あけぼの」も新幹線北伸の影響で、経由路線をたびたび変更してきた列車だから、頭の固いアントンKが着いていけないだけなのだろう。そんな列車に対する想いも、今後時間が経つと忘れてしまいそうなので、ここに記述しておきたい。

アントンKが鉄道撮影を始めた時代、東海道線の九州ブルトレ以外にはヘッドマークが無く、当時初めて見た「あけぼの」にもEF65PFにはマークは無かった。それがJR化直前、全ての列車にマークが着く事がわかると、まず全ての列車のヘッドマークがターゲットとなったが、中でもED75 700番台の「あけぼの」はどうしても撮影したかった。それは、特急「あけぼの」はやはり急行「津軽」同様に秋田地方への特急列車だと思うし、実際のダイヤもそのように設定されていたと思う。EF81ではなく、裏縦貫線用に開発され活躍したED75 700番台に牽かせてこそ本来の姿であると勝手に思い込んでいたのだ。錆びついた過去を写真とともに振り返り、自身の想いや体験を書き留めようと思っているが、懐かしさと同時に今の自分の中では、どこか空虚感に支配されてしまい、寂しさがつのるのだ。

写真は、何度となく撮影したED75700番台けん引の特急「あけぼの」。季節を勘違いして頭に光が入っていない駄作を掲載。現代のカメラなら、たとえ思わぬ条件でも何とか救えるはずだが、ポジではここまでか・・そんな当時の想いも懐かしさに変わっている。叶う事なら、今も変わらぬこのお立ち台でもう一度撮影してみたいと心から思うのだ。

1996-10-05   1001ㇾ  ED75741 特急「あけぼの」 JR東日本/奥羽本線:白沢-陣場


追憶の東北ブルトレ~EF81「はくつる」

2019-02-22 20:00:00 | 鉄道写真(EL)

「鳥海」という列車名に対し、東北には圧倒的に歴史があり、またとても美しい列車名の特急が走っていた。二羽の鶴、「ゆうづる」と「はくつる」のことだ。アントンKは、この列車名には当時から思い入れがあり、東海道線のブルトレ達と並んでいつも撮影をそそる列車だったのである。

特急「はくつる」は、蒸機の時代から存在した列車であり、アントンKが撮影を始めた時代(1970年代中盤)には、客車列車ではなく、583系電車で運転されていた。それも2往復運転され、北海道へのアクセスに従事していた列車だった。東北新幹線の北伸とともに常磐線経由の「ゆうづる」は消えていったが、東北本線を走破していた「はくつる」は、何とブルートレインに返り咲き我々ファンを虜にしたのだった。13連の583系で驀進していた「はくつる」もアントンKにはとても魅力的だったが、あの美しい伝統あるヘッドマークを掲げたブルトレの「はくつる」は、圧倒的な存在感でファインダーの中へ飛び込んできた。

写真は、夜明け間もない好摩の築堤を北へと急ぐ特急「はつくる」。今回はヒサシのないEF8187けん引の画像を掲載する。車体の赤と、そしてマークのブルーのコントラストが美しい。

197-04-26   11ㇾ  EF8187 特急「はくつる」 JR東日本/東北本線:好摩付近


特急「鳥海」~485系時代

2019-02-21 20:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

前出のブルートレイン「鳥海」に続いて、今回は485系特急型電車時代の「鳥海」を掲載。

さらに時代は遡ってしまうが、上野から上越線~羽越線経由で青森まで走っていた時代があった。当然ながら夜行ではなく昼行の特急電車であり、上越新幹線開通後、短期間ではあるが孤軍奮闘の活躍を見せていた特急電車の記憶が残っている。その当時、上越新幹線といっても大宮-新潟間の暫定開業だったからか、上野発の長距離列車はまだ存続していた訳だ。ブルトレの「鳥海」は、当時山形新幹線の進捗で減便したブルトレ「あけぼの」の補完で復活した列車。やはりどちらも新幹線の動向の影響をもろに受けた列車たちと言えるだろう。

今と季節は同じ2月、まだ中里は雪深く、移動にも四苦八苦した思い出がよみがえる。先頭車は、485系でも、北海道からやってきた1500番台のクハ。左右にダブルワイパが装着され、雪中でも実に頼もしく思えたものだ。今や485系電車すら壊滅状態。最近類似した塗装のJRの特急電車が走り始めたらしいが、果たして485系電車を彷彿とさせるような外観なのか?まだ実車を見ていないから少し楽しみではあるが、かつての栄光が想い起こせるようなシーンを期待したい。

1983-02-04   2041M    特急「鳥海」  JR東日本/上越線:越後中里付近にて