アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

生まれ変わった上岡の「カルミナ・ブラーナ」

2017-07-30 08:00:00 | 音楽/芸術

「音楽都市すみだ」を目指して意気盛んな新日本フィルによるサマーコンサートに行ってきた。

新日本フィルの本拠地である「すみだトリフォニーホール」が今年で20周年という節目の年に当たり、わが街のオーケストラを目指す新日本フィルも並々ならぬ力の入れようが伝わってくる。またこういった意図を音楽監督である上岡敏之流のアイディアで実現実行されていることも理解できた。

とにかく演奏会前の会場ロビー、ホール内にはいつものコンサートとはどこか違った雰囲気が漂い、華やかで活気に満ち満ちていた印象。街を上げて取り組んでいることが容易に伝わってきた。プログラムがまた凄い。もちろん上岡監督のことだから、当然の成り行きなのだろうが、地元墨田の少年少女合唱団を起用した楽曲が二つ並んでいる。

まず前半は、ペルトという現代作曲家の「子供の頃からの歌」という小品集。舞台の真中にピアノ1台が鎮座し、その周りを取り囲むように少年少女合唱隊の皆さんが並んでいた。センターには合唱指揮者の先生もいらしたが、伴奏者であるはずの上岡のピアノが雄弁でとても気持ちのこもった音色を奏で、時には子供たちの方まで振り返って演奏していたので、本来の指揮者甲田潤氏は遠慮しがちに見えてしまった。上岡氏の演奏は、オケにも通づる繊細な音色。時には激しく、そして時には絹のような密度でアントンKを魅了する。15曲からなる小品に対して上岡氏は子供たちに15枚の絵を描くようにと指導していたらしいが、まさに子供達の歌声にまで上岡氏の陰影が感じられたことは確かなことだった。

そして後半のオルフ「カルミナ・ブラーナ」。

アントンKは、この楽曲についてはあまり好んで聴いてきた訳ではない。録音はかつて見切って処分してしまったし、もちろん実演奏は今回が初めての体験だ。この楽曲自体、演奏されることは珍しいと思われるが、今自分の中心にいる上岡敏之のカルミナ・ブラーナということで、足を運んだ部分が大きいと白状しておこう。楽曲の出の部分から、大編成のオーケストラと合唱団が鳴り響き、このあとどうなるのだろうと不安になったこともしばしば。時にはお下品な世俗歌曲でもあるが、この日の演奏はまるで今までの印象を塗り替えて行った。ダイナミックレンジの広さは、いつもの上岡流だが、オケと合唱団の音響バランスは最高で、どこをとってもうるさくない。録音と比較しても意味がないが、今までの印象とはまるで異なるものが響いてきていたのだ。長年ドイツの歌劇場で仕事をしてきた上岡氏の腕前がここでもはっきりと聴きとれたということか。実に的を得た表現であり、細部にまで神経がいき届いた演奏になっていたと思われる。

上岡敏之監督就任初年度のプログラムは、今回で無事終了。9月からはいよいよ2年目に向かっていく。そのプログラムは、例によって上岡氏の意欲が伝わるものばかりで期待に胸が躍る。既存の有名な楽曲による新しい発見、そして今回のようなレアなプログラムでの共感など、監督上岡氏とコンマス崔文洙氏のコンビによる音楽への情熱を今後とも少しでも感じていきたい。

2017-07-29  

すみだサマーコンサート2017~わが街のオーケストラ~

ペルト  子供の頃からの歌~少年少女合唱とピアノのための

オルフ  カルミナ・ブラーナ

指揮  上岡敏之

ソプラノ 安井陽子

テノール 絹川文仁

バリトン 青山 貴

栗友会合唱団(合唱指揮 栗山文昭)

すみだ少年少女」合唱団(合唱指揮 甲田潤)

 


上野駅のにぎわい

2017-07-29 10:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

アントンKのカメラ小僧時代。バカチョンカメラ(この言い方はもう死語になったか?)にネガカラーフィルムを入れて、まずは、東京駅、上野駅を行ったり来たり・・・もちろん当時憧れの列車達に会いに行く訳だが、鉄チャンの原点はまさしく、この時の思いであり、本でしか見たことのなかった車輛達を目のあたりにして、興奮を抑えながらシャッターを切った遠い日。今そっと思い出しても、自分が一番輝いていた時代だったかもしれない。最寄駅4時41分の始発に乗り何度通ったことか。当時東京駅に入ってくる九州からの寝台列車は、アントンKには、恐れ多い存在。あまりに美しく、そして凛々しいEF65500番代は、今の若者でいうところの「神」的存在だった。

洗練された東京駅とは違って、上野駅は今と同じようにホームが上下に分かれていてとても複雑に思えたもの。上信越からの列車が橋上、東北スジが地上だったと記憶しているがどうだったか。階段を行き来した若き思い出が今も懐かしく思い出される。そして雪まみれの10系客車を牽引してホームに入ってくるゴナナやゴハチを見て「トリコ」になっていく。その頃は、自分がそんなに夢中になれるものなどあるはずもなく、「良い」と感じてからは、そんなに時間はかからなかった。

あれから半世紀、鉄道を取り巻く状況や社会環境も大きく変わったが、写真を撮りたいと言う気持ちは、まだ年甲斐も無く相変わらず続いている。でもその原動力は、いつの時代も同じ思いの仲間がいたことに今さらながら気付かされるし、自分よりコアな深い友人がいてくれたことに尽きると思う。周りの仲間達を見習い、時には励まされ切磋琢磨して自分磨きをしてここまできたのかもしれない。思えばとても短く感じてしまうが、こうした充実した時間は、何て果かないものなのか・・・

一番賑わいを見せていた時代の上野駅でのスナップを掲載する。

1982-11-08    特急「はくたか」&特急「とき」


魅力的な飯田線を思う

2017-07-27 10:00:00 | 鉄道写真(EC)

仕事で飯田線沿線まで出向いたので、昔の飯田線の写真を掲載。

飯田線も、最近ではとんと撮影に出かけることも無くなってしまった。以前のように貨物列車が設定されている訳でもなく、魅力的な電車が走っていることもない。在り来たりな地方ローカル線に成り下がっている。撮り鉄としては心寂しい状況だが、視点を変えてみれば、まだ魅力的な路線であると久々に路線を歩いて思い返したのである。美しいアルプスの山々を望みながら、コトコトと各駅停車に乗車して旅するのも贅沢な時間に思えてきた。そこには時間に追われた日常はなく、のんびり流れる空気感だけを感じることができるだろう。いつか近いうちに実現してみたい。

写真は、今回出向いてきた飯田線の北部地域の飯田線ローカル。169系電車が使用されている。撮影したこの時は、湘南色ではなく信州色と呼ばれる塗装でやってきたのを見てがっくりしたものだが、こうして今見てみると、これはこれで、地方ローカルの雰囲気が醸し出されて肯定派に廻りそうである。何が何でも原色と考えていたアントンKも、時間の経過とともに思いも変わる。それで良いのだ。いつも自然体でいたいから。

1992-02-28    JR東海/飯田線:七久保-伊那本郷にて

 

 


上岡の「幻想」~異次元の世界

2017-07-23 10:00:00 | 音楽/芸術

上岡敏之指揮による新日本フィルハーモニーの幻想交響曲に行ってきた(2日目)。

今回はシーズン最後を飾るに相応しいリクエストコンサートとなり、幻想交響曲が選出されたということらしい。聴衆自らが事前にアンケートに応募して選曲するスタイルは、過去にもあったかどうかわからないが、演奏する側にも、おそらくいつもとは違う思い入れが加わり、良い緊張をもって演奏に臨めたのではないか。今こうしてこの演奏会を聴き終わってみて、どこかいつもとは違う雰囲気がホール内に漂っていたように思っている。

さて今回のメインプログラム、ベルリオーズの幻想交響曲だが、やはりというか指揮者上岡の独自性の強い演奏となり、アントンKの想定のはるか上をいく素晴らしいものだった。これは、長年親しんできたクラシック音楽の分野でも、特に有名な楽曲の一つである「幻想交響曲」だが、録音を含めた過去にも体験のないほどの衝撃を受けた演奏だったと断言しておく。ちょうどそれは、40年近く前にFM放送から流れてきたチェリビダッケの「新世界より」を聴いていて受けた衝撃に酷似しており、何十何百と聴いてきた有名な楽曲だから、自身で知り尽くしているとおごっていたアントンKをあざ笑うかのように、新鮮さとともに身体に飛び込んできたのだった。この時、クラシック音楽の「深さ」というものを再認識したと同時に、自分では理解したと考えていた有名な楽曲も、さらに深く聴き返してみたくなったことを今回思い出したのである。

アントンKは、ここ数年上岡敏之を毎回聴きにホールへと足を運んでいるが、やはりドイツ音楽中心で今回のようなフランス物は初めて。長年ドイツで研鑚を積んだ上岡氏なら当然なのだが、今回の絢爛豪華な幻想交響曲にどう立ち向かうのかが、最大の聴きどころだった。SNSなどでの事前情報にも目を通してはいたが、実際の演奏はそれらとは印象が異なっており、第1楽章から上岡トーン満載だった。夢心地の様相を呈した柔らかい序奏部が開始され、主部のテーマが開始されると、いよいよ上岡氏の主張の連打となる、息づかいに合わせて揺れ動くテンポは実に自然体であり、あっという間にアントンKもその音楽に引き込まれそうになる。8分音符で繰り返される弦楽器の伴奏がしっかり聴き取れ安定感を増していて心地よい。細部に渡り上岡氏の指示が目の前に見てとれるのだ。続く第2楽章は、ポルタメント多様の美しい優雅なワルツ。オケ全体が明るく響き、ハープが華を添えている。第3楽章では、木管の音色がわびしく響き、どこか懐かしさを誘う。しかしここでのまるで絵画を見る様な遠近感のある情景は素晴らしかった。打楽器による雷鳴も、どこか遠くで鳴り安堵の気持ちが湧いてくるのである。しかし、そういった安らかな雰囲気はここまで。いよいよ怒涛の第4楽章~第5楽章へと進むのだ。

それまでの全奏になっても決してオケを絶叫させない上岡流は定説通りだが、ここからは解禁されてオケが自由自在にポイントで自己主張する。アントンKが度肝を抜かれた表現は、第4楽章では金管楽器で奏されるマーチ主題の表現。主題後半のミーファーラーソを特に大きく目立たせていて、オーケストラ全体をキリッと占め上げていた印象。そしてそのフレーズの終わりの弦楽器による合いの手も、異常なほど鋭く緊張を誘うのだ。後で譜面を見てみたが、確かにこの部分、金管楽器にはアクセントの指示があった。しかしここまで極端とも言える表現は聴いたことが無くとても印象に残った。全体的に打楽器群の主張は激しく不気味ささえ伝わるが、ここはまさにそういう音楽であり、音楽の大きさを再認識した。そして第5楽章では、第4楽章と同じことが言える。2階に設置された鐘は金属的な響きではなく、柔らかい、しかし上品な音色で鳴り響いたが、それに反して、打楽器群は相変わらずの主張で音楽が良い意味で荒々しく恐怖感を伴ってくる。特に185小節からの大太鼓のmfの無視は、アントンKとしてはグッドな表現であり、当然今まで聴いたことが無く唖然とさせられたのだ。以降、Fgの雄弁さにも目を見張るが、第363小節からコーダまでの下りは、この楽曲に相応しく聴衆も完全に打ちのめされた雰囲気になっていた。Hrのsfを確認してからの必要以上のppによる緊張感、そしてその後のアクセル全開によって興奮をあおられ、第414小節からの金管楽器に負けじとも劣らない、打楽器群の最強奏にはアントンKも完全降伏した。

このところ新日本フィルを聴いているが、今回の演奏に触れてみると、一段と新しい色彩が加わり、また新たな発見ができたような気がしている。これは、もちろん指揮者上岡敏之の音楽性によるものだろうが、実はそれを一番理解しまとめ上げているコンマスの崔文洙氏のご尽力だろうと理解している。本番中に上岡氏とアイコンタクトを何度も交わして、良い物を作り上げようとする謙虚な誇りのようなものをアントンKは聴いていていつも感じるからである。来シーズンもプログラムが決まり、アントンKも予定を組んでいるところだが、こんな演奏を聴いてしまうと、もう今から次の演奏会が待ち遠しくて仕方がないのである。

新日本フィルハーモニー交響楽団 RUBY

リクエストコンサート

パガニーニ ヴァイオリン協奏曲第1番 P6

ベルリオーズ 幻想交響曲 OP14

アンコール

バッハ パルティータ第2番  サラバンド

リスト  ハンガリー狂詩曲第2番 G.359-2

2017年7月22日 すみだトリフォニーホール

 

 


鮫代走によるトヨタ編成を狙う

2017-07-20 21:00:00 | 鉄道写真(EL)

夕涼みがてらハンドルを握りいつものポイントへ急ぐ。日中の気だるさもこの時間だと少しはマシになり、外出する気持ちにもなるものだ。

今回は、上りのトヨタロンパスEXP列車。ここのところのダイヤの乱れの影響を受けてEF66が代走で上っているとの情報を頂いた。それも検査を受けるHD300付きとのことで、比較的希少な編成のようだ。この場所でのトヨタロンパスは、下り列車でいつも撮影はしているものの、上り列車で撮るのは初めてではないだろうか。何せ到着時刻が遅く、今の時期でもやっとのことで撮影ができる時間帯でこの日も日没後にシャッターを切るといった状況だった。

ポイントに近づくと、昼夜問わずカメラを持ち果敢に撮影しているお仲間であるお二人の姿が見えた。分単位で暗くなる撮影地でも、これから撮影を共にできることで、どこか安心してしまうから不思議なものだ。雑談に華が咲く間もなく、通過時間が迫りファインダーに集中する。とにかく露出が一気に落ちてくるので、感度を上げなければならないが、今回は明るく写すより、今目で見ているような夕闇迫る雰囲気を出したいと思い、思いのほか露出はアンダーにしていつも撮っている朝とは違うように心がけた。当然ながらシャッタースピードは遅くなりズーム流し撮りをするが、個人的には、あまり背景は流れて欲しくないので、列車に合わせてゆっくりカメラを振るといった手法になった。

何百回と撮影したポイントでも、新たな世界が目の前に広がり、新鮮に感じたことも事実だった。

2017-07   2052レ  EF66112+HD300-13   新鶴見付近